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第8話 tear.


 俺がそうしても、誰も何も言わなかった。


 よかったんだ。これで、よかった。

 これで、俺は俺でいられるのだ。


 何度もそう自分に言い聞かせる。だが、俺の中の《良心》と呼ぶべき何かが、けたたましく痙攣しているのがわかった。


 くるりと振り返り、おつかれ、と2人の肩を叩こうとした。——だが、目に入った俺の手は血に濡れている。


 こんな手で2人に触れていいのか。

 ぐうっと世界が遠くなる。でも。いや、それは、だって。


「……あらら、とうとうやらかしたな」


 俺の心が囁いてくるようだった。


 やらかし、という意味ならそうだろうな。やらかした。——友達を殺すなんて、あっちゃならないことだよな。


 そう自嘲する俺を、ハルナとカイトが揺さぶる。何か叫んでいるらしかったが、耳に入ってこなかった。


 お前ら、ほんとに良い奴だな。

 今回のことが全部終わっても、ずっとずっと友達でいてほしいものだ。こんな俺を受け入れてくれるなら、だが。


 だから、びっくりした。


「マサキ。そろそろ大人しくしろ。大人しく我々に下れ」


「は?」


 その声にハッとして前を見ると、そこには1人の侵略者がいたのだ!


 今の声も、俺の心の声なんかじゃなく、こいつの声だったのだ。バリケードが壊れてるから、入ってこれたと……


 しかし。

 言うことに欠いて下れ、だと?


「誰が侵略者にハルナを渡すかよ……!」


 シュウを殺してまで俺が選んだ《使命》だぞ。そんな易々とくれてやるわけ、ないだろうが!


 だが、俺の凶行から間を置かない襲撃に、俺を含め3人とも対応しきれなかったのは事実だ。

 またしても、教室という半密室に敵の侵入を許してしまった。


 仕掛けてこられたら、本当にやられてしまうかもしれない。


 睨む俺を、侵略者は冷たく見下ろす。フルフェイスのヘルメットゆえに表情は見えないのだが、その奥で光る瞳の冷たさは十分伝わってきた。


「そうか。残念だ。——だが我々も犠牲を出されて黙っているほど愚かではないのでね」

「何を……」

「あっ——!!」


 突然、ハルナが出入口を指さしてわなわなと震えた。


 なんと、出入口からはゾロゾロと侵略者が入り込んできている。——なんだこれ。


 さっきの生徒達など目じゃないほどの数である。しかも、全員が銃を構えていた。

 銃の仕組みはほとほと分からないが、どれもこれも俺たちに照準を合わせればいつでも撃てると言いたげだ。


「安心しろ、ゴム弾だ。死にはしない」


 ここで終わりなのか?

 ハルナと交わした約束を曲げてまで、俺は進もうとしたのに?

 カイトだって、目的のために仲間に引き入れたのに?


 ありえない。俺はもう、戻れないのだ。

 ポイント・オブ・ノーリターン。まさしくそれを突破してしまったのだから。


 何かないか、と考える。

 この状況から、抜け出す方法は——




 頭を回す俺の頬を、風がサラリと撫でた。


 目だけを動かしてみると、右側にある窓が薄く開いているのが見えた。侵略者をたたき落とした時に開けて、閉めそびれたのだろう。

 さっきもお世話になったベージュのカーテンが揺れている。

 割と距離も近い。

 頑張れば手も届きそうだ。


 ……これだ。


 下手に動くと撃たれかねないので、やはり目だけで2人を見る。


「……逃げるぞ」


 その言葉に、侵略者どもの失笑が起きる。——だが、カイトとハルナの目は諦めていなかった。


「どうやるっスか」

「マサキ……っ」


「カイト、お前——囮になれるか」


 ある種残酷なことを言ったが、カイトは迷わず頷いた。


「もとよりそのつもりっス。オレの目的、忘れてないっスよね」

「……助かる。だが3人で逃げ切るのは確定事項だ」

「おいおい、我々をあまりなめてくれるなよ——」


 さっきから喋っているリーダーっぽい奴の話の途中で、俺は右腕を精一杯伸ばした。三角定規を握りつつではあったが、カーテンを思い切り引っ張ってカーテンレールから剥がす。


 それに慌てた侵略者どもが慌てて銃を構え直す。何発か発砲されたが、それはカイトが予めハルナの前に入り込んでおくことで、リュックで受け切って被弾を防いだ。


「——ぐあっ!」

「カイトくん!」


 ゴム弾といえど銃は銃。カイトは衝撃から涙さえ流していたが、動けそうだ。


 それから間を置かず、俺が引っ張ったカーテンがこちらまで流れてくる。

 マントのように俺達を覆うと、侵略者から体を隠した。——窓まで走る。


 そこに弾が突き刺さるものの、あの人数に普通に照準されるよりははるかにマシだ。何故なら、奴らが撃ちたいのは俺とハルナだからだ。いや、さっきの会話を顧みるに、ハルナでさえも俺のオマケ要素らしかった。

 カーテンという目隠しをされてしまうと、俺ではなくハルナやカイトを撃つ危険も出てくる。

 ゴム弾と言えど当たれば死ぬこともありうるので、侵略者は躊躇するのかもしれない。


 いや、ユウカさんを殺しておいて今更何だという話だが。


 結局、1番外側にいた俺は三角定規に数発、足に1発食らった。

 しかし少なくとも今はちゃんと動けそうだ。かなり柔らかめの弾らしい。

 その上、まーた集団で来やがった侵略者どもは俺達に接近戦を挑めないのだ。カーテンの中で、堂々と会話をする。


「これから窓を出て、3階に上る」

「えっ!」

「マジっスか」

「ああ、侵略者は重い。——窓から3階に渡るなんて絶対無理だ。それでお前の出番になる」


 窓にたどり着くと、カイトに三角定規を渡す。その後思いっきりカーテンから突き飛ばした。ハルナが短い悲鳴を上げる。


「マサキ!」

「あいつがやるって言ったんだ。——俺が先に上る。数秒待ってろよ」


 飛び出したカイトは、やはりほとんど撃たれていないようだった。

 左手に三角定規、右手にリュックを構えて、接近しようとする侵略者たちを追っ払っている。


 それを一瞥すると、俺はカーテンを肩に掛けて窓に登った。雨水を下ろすパイプに手をかけると、猿のようにたたたっと上階へ登り3階へ乗り移る。


 3階には(ひさし)がない。ベランダのように柵があるだけだ。その手すりにカーテンを縛り付け、叫んだ。


「カイトー!! ドカンとかまして登ってこーい!!」


 了解っスー! と聞こえた後、ここまで分かるほど鈍く痛そうな音が聞こえた。きっと顕微鏡(ステージ上下式)を振り下ろしたのだろう。


 その後ハルナと一緒に窓から顔を出し、俺のやりたいことを悟ったようだ。


「お前はパイプ伝って登る! ハルナはこれに掴まる!」

「わ、分かった!」

「っス!!」


 ハルナはカーテンに掴まると、目をぎゅっとつむって窓からジャンプする。俺も結び目付近を握ってその衝撃に耐える。

 ハルナの足はやがて校舎の壁——パイプの横にとんと下ろされ、そのままカーテンをつたって壁を登り始めた。


 さすがに、人ひとりを俺の力だけで持ち上げるのは無理がある。いや、ハルナが重いとかそういう意味じゃない。確実じゃないのだ。


 だから俺は、カイトが登りきるまではハルナを引っ張りあげることはしなかった。


 ハルナは、俺の顔だけを見て、壁を一歩一歩登ってくる。パイプを登った俺やカイトと違って、ハルナの体勢は全力で重力を受け、かなり辛いかもしれない。


 だが、あと少しだ。

 カイトも中々パイプ登りのセンスがあり、もうすぐ3階という所まで来ている。


 てか、アイツ。リュック(多分顕微鏡入ってる)に三角定規ぶっ刺して持ってきてるぞ。重くないのか……!?

 驚いた目で見ると、カイトはドヤ顔をしてきた。


「とーぜんっスよ!」

「ああ、最高だ! ——ハルナ、カイトが来たら一気に引っ張りあげるから——」

「わ、分かった!」


 言葉は途中で止まった。安堵の笑みを浮かべるハルナの下に、数人の侵略者の顔が見えたからだ。——奴らは、カーテンに手を伸ばした。


「——っ!!」


 だが、上ろうという訳では無いようだ。

 さっきも言ったが、奴らと俺らで最も違うもの——それは重さだ。


 俺と綱引きをしようと言うのだ。

 俺を捕らえるための人質として、ハルナを手に入れるために。


 俺の顔色が変わったのを見てか、ハルナの眉が下がる。頬をひくつかせながらも、なんとか笑顔を作った。


「大丈夫だ。俺が引っ張りあげてやる。上手くいく。絶対だ」

「う、うん……!」

「マサキさん! おつかれっス!」


 丁度いいタイミングで、カイトがパイプから降りた。俺が前、カイトが後ろとして、綱引きのようにカーテンを掴むと——思い切り引っ張る。


「わわっ!」


 前につんのめるようにして、ハルナはよろける。が、すぐに持ち直して先程より早いペースで壁をよじ登り始めた。


「よし! いい感じだ! ザマーミロ侵略者ぁ!」

「さすがマサキさんっス!」


 それに勇んでカーテンをたくしあげる俺らを——ぐん、と強い衝撃が襲った。乗り出していた上半身ががくりと折れる。

 その弾みで、たくしあげて抱えていたカーテンがばさりと落ちてしまった。


「キャッ!」


「……ぐ」

「あは、これ、きついっスね……!」


 一気に初期位置まで戻されたか、と言うほど強く引かれた。こりゃ、笑ってられないぞ……! ハルナも急な衝撃で、壁に体を打ち付けてしまった。


 何とか再び立ち上がるが、下からの揺さぶりが酷くうまく登れないらしい。


「カイトっ!! 顕微鏡落とせ!」

「——やるっスよ!」


 一旦カイトをカーテンから離れさせると、今まで2人で抱えていた重さが一気に両腕にかかる。


 か、肩が外れそうだ!

 脂汗を浮かべる隣で、カイトは顕微鏡——もうあちこち曲がって無残な姿になっている——を掲げた。


「くーらえっス!」


 さながら白い隕石のように、顕微鏡は落ちた。1番身を乗り出して揺らしていた侵略者の頭にジャストミートすると、倒れて窓に垂れ下がる。


 死んだかもなあいつ! もうどうでもいい!


 だが、それでどうやら、無意識的に気が緩んだらしい。


 ——カーテンが、これまでになく強く引かれたのだ。


「——あっ!」

「マサキさ——っ!」


 カイトが離れた一瞬。そこをついて、まだまだ中にうじゃうじゃいた侵略者たちが力を合わせて引っ張ったのだ。

 俺の体は持っていかれ、上半身のほとんどが柵から飛び出す。そこを、カイトがしっかりと押さえつけた。


「ぐっ! マサキさん!」

「マサキ! いや!」

「ハルナ!! 大丈夫だ! 俺が——」


 ハルナはもう3階を目前とするところまで、自力で登ってきていた。あとほんの少し俺とカイトで引っ張ってやれば、無事3階に登れる。


 あと少し、あと少しなのに……!



 ——その《少し》が、絶望的な程遠かった。


 さらに。


 俺たちの耳に、ビリッという音が響く。


 これにはハルナの顔も真っ白になる。

 見てみれば、俺とハルナの間で、丁度カーテンが破れつつあった。体の中で、何かが粟立つ。


「ハルナ!! 捕まれ!」

「ちょっ、マサキさん! それ以上飛び出したら落ちるっス!」

「うるせー!」


 俺はカーテンから手を離すと、真っ直ぐに手を伸ばした。


「ハルナ!」

「マサキッ!! 私、私——!!」


 ハルナも涙を流しながら手を伸ばす。眼下では侵略者たちが(ひさし)に降りて、落ちてくるハルナを救出する手はずを整えていた。


「ふっざけんな……! ハルナは俺が守るって決めたんだよ!」


 震える俺達の腕は、じわりじわりと近付き、やがて指先が触れ合う。そこを起点に互いの指を絡ませようとした時——


 バリバリッ!! と凄まじい音を立てて、カーテンが破れた。


「あ、ああああああああっ!!!」


 絶叫しても何をしても——指は離れていき、血に染まったカーディガンを纏う少女は、地面に吸い込まれていく。

 黒い瞳から玉の涙をぽろぽろ零しながら、ハルナは笑った。


「マサキ! 私なら、大丈夫!! きっと、きっと——追い付くから! 侵略者の洗脳になんて、負けないからね……!!」

「嫌だ、ハルナ!!」


 それを追おうとして、ぐっとカイトを蹴飛ばしてパイプに乗り移ろうとする。

 それを、とんでもない力で押さえつけられた。やはりカイトだ。


「くそ、離せよカイト!」

「ダメっス! 2人して一緒に捕まったら、もうどうにもならないじゃないっスか!!」


「でも————っ!!」

「助けに、行くんスよ!! 当たり前っス!」


 その言葉に動きが止まり、溢れ出る涙を食いしばって、2階を見下ろす。


 そこでは、着地の衝撃からか気を失っていたハルナが、侵略者どもに抱えられて視聴覚室に入れられようとしていた。


 だが、俺がハルナを見つめたその瞬間、その瞳が薄く開く。


「ハ、ルナ……ッ!」


 声は出さなかったが、ハルナの桃色の唇が言葉を形作るのが見えた。


 だいすきです。

 

 俺の勘違いでなければ、そう言っているように見えた。

 そして、ハルナの姿は完全に見えなくなり……


 ピシャリと窓が閉まると——辺りは静寂に包まれる。

さすがにサブタイをTearにしたら気取ってるよなー笑笑 と思ったけどつけちゃいました。


残り2話です……何か怖いです……


【ステータス】

パーティ:マサキ、カイト


名前:マサキ

武装:なし

服装:ハルナのブレザー(血染め)、体操服(血染め)、黒ハーフパンツ(血染め)

状態:ハルナ……!


名前:カイト

武装:リュック(教師用三角定規、数学の教科書ゴミ、アレ)

服装:ブレザー(血染め)、ズボン(血染め)

状態:ハルナさんを助けるっス!


【おまけ】


名前:ハルナ

武装:なし

服装:白カーディガン(血染め)、スカート(血染め)

状態:だいすきです

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