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第5話 血染めのカーディガン

途中から三人称になりますが、許してください。


「カイトくん……?」

「騙したのか」


 目の前に現れた侵略者は、1、2、3……全部で5人。

 今まで1人を相手に命からがら逃げてきたような俺達が、一気に5人も相手取れるわけがない。

 しかもどういう訳か、そんな5人を背に立つカイトを、侵略者は捕らえようともしていない。

 仲間だ、とでも言いたげだ。


 カイトは俯く。俺たちの顔を見れないとでも言いたげだ。


「悪いなとは思ってるっス。でもこうしないとオレが殺られるんスよ」


 なるほど。分かった。

 運良く2階であの人波を抜けたカイトは、視聴覚室にやって来て——侵略者と鉢合わせしたのだ。

 見たところ武器も携帯していないようだったのに、カイトは諦めず、侵略者に取り入った。俺とハルナという餌を用意する代わりに、見逃してもらおうとしたのだろう。


 凄まじい執念だ。


「ハルナ」

「……うん」

「出来るか」


 何を、とは聞き返されなかった。

 小さく頷く。


「やるって、何をやるっスか?」

「もちろん、侵略者をぶっ倒すことだが」

「バカバカしいっスね」


 挑発的な言葉に、カイトではなく侵略者たちが身じろぎする。


 どこか軍隊じみた武装をしているし、もしかしたら俺が2人の侵略者を退けたことを知ってるのかもな。ジャージ、目立ってたし。

 今も、前が開けられたブレザーの隙間から、血染めの体操服が見えてるしな。


「……侵略者、怖い。私を守ってくれる、マサキくんを、傷つける……」


 ハルナはどこかおかしなスイッチが入ったらしく、ぶつぶつと何か言っている。が、やがて黒い瞳に切れるような殺気が宿った。


「——私は、4階まで辿り着く」

「おうよ、ハルナ。絶対だ——」


 その瞬間、侵略者の一人が飛び出してきた。


*・*・*


 俺は顔をしかめると、ハルナより先に侵略者の懐に飛び込む。そいつは5人の中で1番背が高かった。ゆえに、飛び込んだ時点で奴にできることは限られる。


「であっ!」


 腹部のプロテクターに向かって思いっきり60°を突き刺した。当然硬い板に阻まれ、侵略者に肉体的ダメージはない。むしろ三角定規がたわみ、みしりと悲鳴をあげる。

 マサキを振り払おうとして、侵略者は身を屈める。

 だが、人間は体を屈める動作というのは中々機敏にできず、またそれ以外への注意が疎かになるものだ。だから俺はでかいヤツをまず相手取ったわけだ。武装した人間ならばなおさらである。


 ——侵略者は、本気で俺を剥がそうと頑張ってしまった。ぶんぶん揺れる視界の中、俺は侵略者の攻撃をいなし続けるハルナに視線を送った。


「……!」


 それがなんと通じた。

 ここまで数秒にも満たない間だが、ハルナは飛び上がると侵略者のたちとの膠着状態を破る。絶妙なタイミングである。武道の経験があるというのが効いているらしい。本当にすごい子だ。


「ハルナ!」

「はああっ!」


 警棒を掲げる別の侵略者に、ハルナは剣道仕込みの反射神経でリュックを振った。

 その威力たるや。警棒を弾き飛ばすだけにとどまらず、侵略者の右手の指はあられもない方向へ曲がってしまう。

 ステージ上下式顕微鏡は3キロほどの重さがある。それを思い切り振り回すと、水筒などよりはるかな凶器となるのだ。


 ハルナは膝をつく侵略者を盾に残り3人を撒くと、今まさに俺を引き剥がそうとしている侵略者の頭に——リュックを振り下ろした。


「えいっ!」


 ガン、と衝撃音。これは痛い。


「——っ!!?」

「サンキュ!!」


 ちょこまかと捕獲を避け続けていた俺に気を取られていた侵略者は、無様にもそれでノックダウンしてしまった。

 着地して頭を振ると、改めて三角定規を30°の方向で構え直す。ハルナに礼を言ってから残った3人へと向き直った。向こうもプロだ。その頃には俺たちを脅威とみなし、3人がかりでこちらへ向かってくる。


「ど——りゃああああっ! 食らえ!」

「——っ」


 三角定規の腹を盾のように使い、飛び込んできた侵略者の警棒を防いだ。火花が散ることすら幻視するような激しい押し合いは、俺の大声で終わりを告げる。


「ハルナ! 突っ込め!」

「——分かった!」


 何を。

 もちろん顕微鏡(ステージ上下式)入りリュックだ!


 先程俺と揉み合った侵略者の末路を見た侵略者の体は、緊張に強ばる。リュックをトラウマに刻まれた大人なんて、めっちゃ滑稽だな。

 その隙を見逃すことなく、ハルナのリュックアタックが侵略者の足を捉えた。ちなみに、ステージ上下式顕微鏡は3キロ程ある。全力でスイングすると、その衝撃は計り知れないだろう。


「——あああっ!」


 弁慶の泣き所を打たれた侵略者は崩れ落ちた。次は俺だ。ハルナと流れるように入れ替わると、侵略者の右肩に鋭角(30°)を突き刺す。

 吹き出る血。ハルナのブレザーが赤く染まる。その肩が震えるのを、俺の目が捉えてしまった。


 それがいけなかった。


 その隙を狙って、背後の侵略者が警棒を振り上げていたのだ。


 逃げなければ。逃げな、ければ……!


 しかし、1度固まった体は直ぐに動いてくれない。警棒が落ちてくるのがはっきりと見える。


 ……見える、だけだ。


 脳裏には肩を打ち砕かれ、くずおれる俺の姿がありありと浮かび上がってくる。今この場で俺に何が出来るというのだろう? ここまでなのか?


 そこに、リュックを振り下ろした反動で体勢を崩していたハルナの鋭い声が聞こえた。


「マサキくん! 後ろ!」


「っっ! クッソ!」


 瞬間、体が弾かれたように動き出す。──そうだ。俺は今、1人じゃない。

 守るべき存在であって、よきパートナー。

 やはりハルナは俺にとってかけがえのない存在なのだ。そして、そんな俺が今使えるのは、目の前に突き刺している三角定規だけ。


 三角定規のいい所は、鋭角が2つあるところだ。


 右斜め前の男へと30°を刺したまま、そのままちらりと後ろを見る。警棒がもう間もなく俺の肩を砕こうとしているが、ハルナの声を聞いた俺にはもう怖くなかった。


 三角定規を一気に引き抜き、右腕を後ろに振り切った。するとあら不思議。後ろから襲い来る侵略者に60°が叩き込まれる。


 しかし、叩き込まれたのはまたしても頑丈な腹部。重い呻き声。不意をつくことは出来たが、それだけで侵略者は止まりはしない。


「浅い! 今度も頼——!」


 ハルナへと救援を求めたその時。

 ぬるりと、黒い腕が体に伸びてきた。


 ……最後に残っていた侵略者によって、がばりと横から捕えられてしまったのだ! これは、完全に、予想外の事態だ。いや、予測できていたとしても、対処なんてできなかった。


 そんなことどうでもいい。これは、これはまずい。


 三角定規を握る右腕は宙に浮いているが、そんな体勢でロクな刺突は出来そうにない。

 やはり侵略者同士で連絡が行き交っているらしく、侵略者は金的を避けるために内股になっていた。


「マサキくんっ!!」

「ハルナ! 逃げろ! 俺はもう──」

「バカ!」


 ようやく体勢が整ったハルナは、なんとリュックを手放した。やめろという俺の声は無視だ。そのまま、落ちていた警棒を拾う。

 これまでは、手放したリュックを侵略者に使用されてはたまらない、とハルナは無理して重いものを振り回していたのだが、ハルナの専門は剣道である。


 その様子に、目を見開く。


「2人で、生き残るんだから!」



 ハルナは、腹を押さえて呻きつつもマサキへ向かおうとする侵略者の首を突く。ぐえっと汚い悲鳴を上げて、侵略者はよろめく。


 それを見たハルナへ三角定規を投げ——ようとしたが、その瞬間、視界がたわんだ。数瞬遅れて頭に猛烈な痛みが刻まれる。


「……ぐあっ!!」


 ──頭突きだ、と理解するまでに時間がかかった。温かいものが頭から流れ、ゆるゆると腕から力が抜ける。カランと三角定規を地に落としてしまった。


 少しでもハルナへの足止めを、とバタバタさせていた手足の動きが、だんだんとのろくなっていく。


 俺は力尽き——


「……ハ、ルナッ!!」


 ——るふりをして、落とした三角定規を思い切り蹴りあげた。出血は止まらず、軽い脳震盪でも起きたのか体の感覚も鈍い。き、気持ち悪い。もう無理だ。ハルナ……


 ハルナは息を飲むが、マサキの意図を正しく察して、血に濡れた兵器(三角定規)を受け取る。警棒から三角定規へと再びの武器転換を終え、ハルナはさっき首を突いた侵略者の膝を30°で貫いた。

 白いカーディガンに赤い飛沫が飛び、びくりと身を震わせる。


(くそ……ハルナにあんなこと、やらせちまった……)


 ハルナは優しい子だ。たとえ敵でも、血を流すことが嬉しいわけはないのだ。


 その時。侵略者が俺の体を手放した。

 ばたりと地面に叩きつけられるが、もう体を動かす気力はない。


(あれ、俺を捕まえてた、侵略者は——)


 そう。侵略者は俺よりもハルナを危険な対象と認識したのだ。

 剣道の心得があり、重い顕微鏡を難なく振り回す彼女を放っておけば、侵略者側に大きな損害が出ると思ったのだろう。

 今回の戦いでは、三角定規片手に侵略者に突っ込んで、ハルナに助けてもらってばかりだった。俺がハルナより軽んじられるのは当然といえよう。


 三角定規を抱えて放心するハルナの背後に、警棒を携えた侵略者が歩み寄る。──まずい。ハルナ、興奮してて奴に気づいていないぞ……!


「ハル……」


 掠れた声でそう言うのが精一杯だ。でも、それでも、這いずるように侵略者へと近付く。

 ハルナを傷つける訳にはいかないのだ。それは俺の命に変えても。


 その頭に、一粒の水が落ちた。


「……アンタ、たち……なんで……」


 その主はカイトだった。

 侵略者と死闘を繰り広げる俺たちを見て、カイトは……涙を流していたのだ。


「なんで、そんな……戦えるんスか……オレは、オレは……逃げちまったのに……」


 俺は裏切られた事自体はそこまで憎々しく思ってはいない。せいぜいムカつくくらいである。


 ……よく考えてみると、あんなの怪しすぎた。


 この状況──廊下を敵ともしれない生徒が走り回っていた状況で、見知らぬ人間を保護しようなんて、そんなバカがいるわけなかったのだ。


 俺だって、侵略者に詰め寄られてどうしようもなくなったら、他の人を売っただろう。ハルナを守るために。


 カイトは自分の命を守るために、俺たちの命を売ったに過ぎない。そう。俺達はある意味で同士なのだ。


「……カイト、やれ」

「えっ」


 ゆえに俺は、そう言った。

 薄れる意識の中、痛みに逆らうように声をはりあげて。


「お前、仲間が欲しいのは、本当だろ……それ、と、侵略者と、戦いたいって」

「で、でも」


 侵略者は、よほどハルナを警戒しているのかジリジリ過ぎるほどジリジリと歩み寄っていた。今、彼の気が逸れている背後からカイトが飛び出せば、ハルナを助けることが出来る。


 しかも、カイトの腕には丁度いい凶器——救急箱が抱えられているのだ。


「でもじゃねぇ。お前が生き延びたいように、俺は……ハルナを生かしたいんだ」


*・*・*


(やっぱり、この人、何か違う(・・)っス)


 カイトはマサキの顔を見て、そう思った。何か言いたげだが、今は言う気は無いようだ。しかし、もうその目には淀んだ感情はない。


「……すみませんっした。オレ、オレ……」

「話は、後だ。早く——」


 そこで、マサキの体からくたりと力が抜けた。カイトは熱い息を吐き、救急箱を痛いほど握りしめる。


(そうっス。オレの目的は、こんな黒服に付き従って成し得るものじゃ、ないっス。オレ自身が、やらないと)


「ああああああああああああっ!!」


 カイトは大きく叫ぶと、ギョッとする侵略者に向かって救急箱を思い切り振り下ろした。


 頭から血を吹いて倒れる侵略者。その飛沫からハルナを守ったカイトは、半笑いを浮かべていた。


 ——何か、無理やり脱皮したみたいな、気が、するっス……

【ステータス】

パーティ:マサキ、ハルナ、カイト?


名前:マサキ

武装:なし

服装:ハルナのブレザー(血染め)、体操服(血染め)、黒ハーフパンツ(血染め)

状態:気絶


名前:ハルナ

武装:教師用三角定規(1:2:√3)

服装:白カーディガン(血染め)、スカート(血染め)

状態:やってしまった……でも、マサキくんを守れるなら……


名前:カイト

武装:救急箱

服装:ブレザー、ズボン

状態:死にそうっス

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