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第4話 バリケード


 解錠して窓をガラリと開き、念入りにガラスの破片を払う。その後、カーテンを外した手を伸ばして、ハルナを教室に引っ張りあげた。


 中を見渡してみると、どうやらここは理科室らしいと分かる。真ん中の板が外れて水道が現れる仕組みになっている実験台が、いくつも並んでいた。

 潜伏する人影がないのを確認すると、ハルナに向き直る。


「……ハルナ、大丈夫か?」

「うん」


 口ではそう言うハルナだが、体のあちこちに小さな切り傷や赤い打撲跡が見える。

 今の一連の騒ぎで、傷ついてしまったのだろう。


「……ごめん。本当ならさっき飛んできた時も、受け止めてやれば良かったんだけど」

「ううん! そんなことしてたら、マサキくんあの侵略者に、殺されちゃってたよ……」


 先程響いた銃声を思い出したのだろう。俺共々顔色が悪くなる。


「……やっぱり、マサキくんの言う通り……トドメを刺さないとダメなのかなあ」

「ハルナ?」


 よく見れば、なんだか目の焦点が合っていないような気がする。——度重なる命の危機に、とうとう心が悲鳴をあげている、らしい。

 俺は1歩近づいて、そっとその肩を押さえた。


「俺は」


 ——絶対に侵略者には負けないし、次会ったらぶっ殺してみせる。


 ……そう、言うつもりだった。

 なのに、口は勝手に反対のことを呟く。


「……俺は、殺さない。華麗に逃げ切って、ハルナと4階までたどり着いてみせるよ」


 ハルナは、またあの柔らかい——しかし、触れたら壊れてしまいそうな笑みを浮かべた。

 心臓が高鳴る。俺も、おかしくなったのかもしれない。


 マサトよ。学校には本当に希望の力があるのかもしれんぞ。


 しかし、静かだったのはそこまで。廊下に複数の荒々しい足音が響いた。

 考えてみれば当たり前だったが——こちら側のフロアに渡ってきたということは、侵略者がうじゃうじゃいるエリアに渡ってきたということだ。


「……! と、とりあえずリュックに物詰めろ!」

「分かった!」


 三角定規を手に取り、ハルナにそう指示する。ハルナは近くにあった顕微鏡(ステージ上下式)を1台リュックに詰めると、それを背負う。

 頷くと、隣の部屋へと走った。


 理科準備室。

 窓を割って入ってきた俺らが理科室にいるというのは奴らにもバレている。少しでもそこから距離をとってから、廊下に出たかったのだ。


 磨りガラスの窓がはめ込まれている準備室の扉に、ぴたりと耳をつける。足音は右から左へとガタガタ過ぎていくが——


「足音、多くね?」

「うん。私も思った」


 それに、一つ一つの足音がなんだか軽い。

 あの重装備を纏った侵略者たちのものとは思えなかった。


 やはり開いていた鍵に感謝しつつ、準備室の扉を開ける。足音の先を目で追ってみれば、なんとそれらは生徒達だった。


「……は?」

「あの人たち、避難しないのかな」


 近くに侵略者は見えなかった。——しかし、校内をうろつくのが危険だということは、2階まで上がってきた奴なら分かるだろう。

 つーか、生徒の大半はもう3階に移ってるようだし。


「あの」


 ——だから、めっちゃ驚いた。

 突然、右側から声が聞こえてきたのだ。


「——っ!?」


 首がもげそうな勢いで振り向くと、そこにいたのはまたしても侵略者ではなく、1人の生徒。しかも、締めるネクタイの色からして年下の2年生だ。隣の教室から、顔を出している。


 その目は肉食獣のように鋭い。昇降口や階段に溢れていた、ただの《逃げる奴》とは違う印象を受ける。


「アンタ達も、黒服と戦ってんスか」

「……ああ、生きて4階に辿り着くためにな」


 黒服とは、きっと侵略者のことだろう。

 そう言うと、少年は目を細めた。

 年下のくせに、舎弟口調のくせに、何か威厳がある奴だ。


「近くに黒服がうろついてる。さっき走っていった奴らを追って、じきここに来るっスよ」

「……そうかよ、なら俺らは早くここから逃げ出して——」


 その声を、銃声が遮った。

 弾丸のような何かが鼻先を掠め、チリっと前髪が焦げる。


「——へ、あ」

「っ!! こっちに飛び込むっス!」


 思わずおかしな声を漏らす俺の手を、名も知らぬ少年がぐっと握った。——すると、ハルナの目に力が宿る。


「お邪魔しますっ!!」

「ハルナ!?」

「……うおっ!!」


 驚く少年と俺を一気にその部屋に押し込むと、ぴしゃりと扉を閉めた。その背後に、もう1発銃声が響く。


「早くバリケード作って!」

「おうっス!」


 腰が抜けてへたり込む俺をよそに、2人は教卓やらプロジェクターやらを積み上げて、強そうなバリケードを築いてしまった。

 その向こうからダンダンと侵略者が扉を叩く音が聞こえるが、さすがにこれを人力で破るのは無理があるだろう。


 数十秒もすれば足音も遠ざかり、俺たち3人は大きくため息をついた。——助かった。

 ひとまず、礼を言おうか。


「……ありがとな、名も知らぬ2年」

「アンタはマサキさんっスよね」


 驚いた。俺、学年を超えて認知されているとは思わなかった。


「俺のこと、知ってんの?」


 そう問うと、少年は微妙な顔をする。


「……噂はいろいろあるっスよ。両親がネグレクトしてる、とか。弟さんの病気がやばいとか」

「……」


 確かに、父さんと母さんはほとんど家に帰ってこないからな……ネグレクトはともかくとして。マサトのことをヤバい呼ばわりするのは、面白くないぞ。


 思わず黙ると、少年は申し訳なさそうに手を振った。


「もちろんオレはそんな目で見るつもりはないっスけど。アンタは思ってるより名が売れてるんス」

「そうなのかハルナ?」

「う、うん。だから、もっと怖い人なのかなと思ってたんだけど……私のこと、侵略者から助けてくれたし。いい人なんだなって」


 そっか。まあ、ハルナにそう言ってもらえるならなんでもいいや。

 にやける俺に、すっと手が差し出された。


「……成り行きで部屋に閉じこもった訳っすけど、手を組まないっスか」

「何故だ」

「オレはこの2階で、隙を突いてあの階段地獄から抜け出して来たっス。奴らの会話とかも間近で聞いてきたっスから、黒服……アンタ達の言う侵略者の情報は持ってるっス。かたやアンタ達は、その全身を見るに……1階から上ってきたっスね? 腕が立つ仲間が欲しいと、思ってたんス」


 仲間も何も、お前1人じゃねーか。

 と言いかけたが、黙る。1人より2人いた方が、ハルナを守れる可能性は高まる。

 ここは俺のエゴを通すべき時じゃない。


 侵略者に抗いたい——というのは、俺たちに共通しているんだろうからな。


 一応ハルナに目で確認をとってから、俺は頷いた。


「分かった。この部屋を借りた恩もあるしな。改めて。俺はマサキ」

「オレはカイトっス。よろしくっス」


 がっしりと、握手を交わした。


「そういえば、ここは——」

「視聴覚室っスね」


 俺の疑問にカイトがすぐに答える。それを見たハルナが指を1本立てた。


「今日、ここで保健の授業の実習があるはずだったんだよ! もしかしたら救急箱とか、あるかも」

「そりゃいいな。じゃ、ちょっくら探し——」


 ハルナの意見に笑顔で賛成して、探すために立ち上がろうとした時。カイトが慌てたように俺たちの前に立ち塞がった。


「おっ、お二人は休んでて下さいっス! 侵略者と戦うなんて、絶対お疲れっスよね!」

「ん? あ、まあ」


 あまりに必死だったので肯定してしまうと、カイトは超高速で隣室——視聴覚準備室へと消えた。


「何だったのかな」

「……さあ? 案外、先輩に尽くしたいオトシゴロなのかもしれねーな」


 カイトを待つ間、考えてみた。

 俺はハルナにいいところを見せたくて戦っている。身も蓋もない言い方になるけどな。

 ハルナはそんな俺を信じて——そして、侵略者に捕まりたくないから戦っている。


 ならば、カイトはなんのために戦っているのか? まさか、あんな人を殺しそうな目をしたカイトが、()()()のように《全校生徒を守るため》とかいう高尚な思想を持っているとは思えないし。


 俺はため息をつくと、やっぱりあたりをキョロキョロと見回す。


「どうしたの?」

「いや……いつまでも血で濡れてる服を着てるのはちょっとな……」


 とはいえ、ジャージの中は半袖の体操服だ。ガラスや銃弾も飛び交う校舎で、露出を増やして行動するのは得策じゃない。

 ここに誰かが忘れたジャージでもあればなぁ、と視線をさまよわせていた訳だが、当然のようにそう都合良くはいかないらしい。


 ひとまず脱ぐか、とチャックを下ろすと、中まで真っ赤になっていた。まあな。あんだけ染みてたらそらな。

 それを見たハルナの顔色が悪くなる。


「うわっ……ハルナごめん」

「ううん、大丈夫……そ、そうだ」


 すると。何を思ったか……ハルナは自分のブレザーのボタンを外し始めたのだ!


「え、ちょ、ハルナ?」

「これ、着て」


 差し出される女物のブレザー。いや、ブレザーに男女差はほとんど無いのだが。ハルナの目はかなり真剣で、拒否権はないらしい。


「私なら、中にセーター着てるし大丈夫だから。……そんなに真っ赤だったら目立つし」

「う、わ、悪かったな。でも、こんな俺が着たら、ブレザーだって血塗れに」

「だったらさ」


 言葉を遮るように、ハルナは素早く俺の背中に回った。あれよあれよという間にバンザイさせられてしまい、少し小さめのブレザーを着せられてしまった。

 待て。本気でこれ、


「……ダサっ」

「分かってんなら止めろよ!」


 制服のブレザーをジャケットと言い張る度胸があればナシでは無いんだろうが、どっちにしろ下が黒いハーフパンツなのだ。

 ハルナが思わずそう呟くのも無理はない。というか、今の一連の行動、めっちゃ無駄だ。


 と言いつつも、好きな女の子からブレザーの贈り物なんてされちゃってるのだから——嬉しくないわけはない。2人してケラケラと笑った。


「あーあ……ハルナ、くだらねーことでブレザー無駄にしたな……血液のシミって落ちないだろ……」

「ならさ。——リュック買いに行く時に、私のブレザーも見てよ」


 その言葉に、ぱちんと目が覚めた。

 これってデートのお誘いって奴?


「な、なあハルナ。俺たちって」


 恐怖以外の感情で高鳴る胸を抑えてそう言いかけた時。

 ガラッ、と扉が開いた。


 視聴覚準備室が開いたのだ。


「やー、見せつけてくれるっスね。先輩」

「——な、あ、これは」


 やってきたカイトの腕には救急箱が抱えられていて、ほっと息を吐く。


 だが同時に、俺の腕は三角定規へと伸びていた。


「ほんと」


 カイトは俯き、ふるふると震える。


「——死んでくれ……っス」


 直後、カイトの背後から——侵略者が溢れ出てきた。

【ステータス】

パーティ:マサキ、ハルナ、カイト?


名前:マサキ

武装:教師用三角定規(1:2:√3)

服装:ハルナのブレザー、体操服(血染め)、黒ハーフパンツ(血染め)

状態:うそーん


名前:ハルナ

武装:リュック(ステージ上下式顕微鏡、数学の教科書(破れかけ)、アレ)

服装:白カーディガン、スカート

状態:わわわわわ


名前:カイト

武装:救急箱

服装:ブレザー、ズボン

状態:死ねっス

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