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第3話 2階へ


 ハルナを下がらせた俺は、早速三角定規を構えて向こうの出方を伺う。

 さすがにアニメやマンガじゃないんだから、あの図体でメチャ俊敏ってことはないだろ。


「ひっ」


 とタカをくくっていた俺の頬を、すっと何かが切りつけた。氷のように冷たい——ナイフだ。一筋の血が垂れる。


 野郎、刃物使ってきやがった!

 しかも。


「残念だなぁ、ボウズ。俺ら、特殊な訓練、受けてるのよ……」


 恐ろしいことに、あの重低音が背後で聞こえる。大きな筋肉から発せられるのだろう熱が、俺の肌を灼いた。

 ──あのでかさで、目で追えないほど速く動いてみせたというのか!?


 やめろよー! 俺ただのパンピーだぞ!

 てゆーか、さっきの侵略者、もっと雑魚キャラだったじゃん!!


 言ってる場合じゃない。俺の後ろに向かったということは……


 恐る恐る振り返ると、そこにはやはり、羽交い締めにされたハルナがいたのだった。


「……マサキ、くん……」

「くっそ、おのれ侵略者め……!」


 大きな目からボロボロと涙をこぼすハルナ。そんなハルナを見て、俺はただ三角定規を震わせることしか出来ない。

 血まみれの侵略者は、その物騒な見た目とは違ってハルナをすぐ殺すようなことはしないらしい。が、このままでは2人ともあっさり捕えられるだろう。


 どうする、どうする、どうする……!


 と歯ぎしりさえ始めた俺に、侵略者はおかしな顔を向ける。


「マサキ……? それが、お前の名か」

「ああそうだ。真の希望って書くんだよ」

「ふうん、マサキ……マサキ、ねぇ」


 なんだコイツ。俺の名前の何がおかしいってんだ。ニヤニヤすんじゃねえ。

 だが、こいつはハルナではなく俺に興味があるみたいだ。どっちかと言えばハルナを人質みたいに使っているのか? 訳分からなくなってきたぞ。


 手を出したら、ハルナがどうなるか分かっているのか、と言ってるみたいだ。


 この状況で、何が出来る?

 俺は、ハルナの目を見つめた。


 こんな絶望の中でも、ハルナの目から光は失われていない。——さっき華麗に助け出したのが効いているのか、俺がとんでもないことをしでかすのを期待しているようだ。


 そうか。俺を信じて、くれるのなら。


「……逃げる!」


 そう決めると、俺は回れ右して、元々目指していた階段へと走り出した。数秒遅れて侵略者が盛大に舌打ちして、追いかけてくる。


 そう。マサキという名にあれだけ興味を示した侵略者ならば、目先の獲物(ハルナ)に満足せず、俺を追ってくると踏んだのだ。


 嬉しい誤算というのか。俺にはすぐに追いついてはこなかった。

 きっと、あの超高速移動をすると、抱えているハルナに危害が加わったりするんだろう。

 そんなことを考えるやつがどうして血まみれだったのかは知らないが。


 俺は階段の踊り場を超えて、折り返した階段の影にピタリと隠れた。早打つ心臓を押えて、リュックを漁る。


「何か、何かあってくれ……!」


 だが無情にも、リュックの中には数学の教科書と水筒(1L)しかない。俺は傍らに寝転がる三角定規を見つめた。


 絶望的な状況だ。──でも、何も出来ないわけじゃない。

 覚悟を、決めろ。


 俺はリュックから水筒を取り出すと傍らに置き、三角定規を右手に、リュックを左手に装備する。


 侵略者の足音が近付いてくる。やっぱり、どーしても俺が気になるらしいな。マサキっつー知り合いでもいたんだろうか。


 侵略者が追いついてきた時に、考えられる行動は3つだ。


 1つ。普通に踊り場を超えて姿を目の前に晒す。

 ハルナを盾にするつもりなんだろうが、それは俺のリュックで食い止められる。リュックをハルナに投げつけてから、足あたりにでも30°を突き刺してやればいい。


 2つ。この階段を乗り越えて、上からやってくる。

 階段の壁は、普通に立っていれば俺でも乗り越えられそうな高さだ。特別な訓練とやらを受けたという侵略者なら、ハルナを抱えていたって飛び越えることは簡単だろう。


 そして、3つ。それは——


 頭を回していると、侵略者の足音が止まった。階段の仕切りを挟んで俺の向かいにいる。

 奴もどの手で来るか考えているのか。


 いやまて。それを言うならここで待ち伏せするんじゃなく、上にいれば良かったのか!?


 考えるも時すでに遅し。侵略者が力む声が聞こえて——


 俺の頭上に黒い影が落ちた。2つ目か!


 いや。


「あぁぁぁそぼぉぉぉうぜぇぇマサキぃ!!」


 ——同時に、階段の向こうから侵略者の顔が出てきた。

 そう。これこそが3つ目だ。


 俺は落っこちてくる()()()に向かって、せめてものクッション代わりにリュックを投げつけると、その影に隠れながら右腕を思いっきり突き出した。アクリルの刃がきらめき——奴の右腕に命中して鮮血を飛ばす。


「——な!」


 まさか対応されるとは思わなかったのか。侵略者の顔に焦りが滲んだ。


 俺の後ろではハルナが短く悲鳴を上げて着地したが、音が派手ではなかったので上手くリュックの上に落ちたのだろう。

 それに安堵した俺は、どうしても本能的に動きが鈍くなるだろう奴の右半身に狙いを定め——リュックから抜いておいた水筒を投げた。


 投擲(とうてき)能力に特に自信がある訳ではない。しかし、この距離だ。なんとか水筒の底の部分を侵略者の脇腹に命中させることができた。コォンと中で氷が暴れる音が聞こえ、体がぐらつく。

 防具はしっかりしているが、衝撃は伝わるだろう。


「——うっ!」


 体が竦む、その一瞬を逃さない。


「おらああああああ!」


 俺は三角定規のグリップをぐっと握り締め、鋭角を男の左膝に突き刺した。

 びしゃっと飛び散る鮮血。

 赤いジャージはより朱く染まり、不意をつかれた侵略者の体はがくりと崩れ落ちる。動こうとしているようだが、膝にうまく決まった鋭角による痛みは尋常じゃないらしい。


 勝負あったな。


「——行くぞっ!」

「え、マ、マサキくん!?」


 その隙に、ハルナの手を取って俺は階段を駆け上った。

 2階に着くと、(ひさし)に降りるための教室を探す。あのタフな侵略者のことだ。いつまた追ってくるか分からん。のんびりしている時間はない。


「ハルナ! 内側ってどっちだ!」

「ここは北階段だから、……すぐ隣の、美術室っ!!」


 言われるが早いが、《美術室》と書かれた扉を勢いよく開けた。

 侵略者が現れたのがHR後でよかった。その時間帯ともなれば、教師も準備を始めるんだろうから、特別教室も解錠されている。


 震えるハルナの体を抱き寄せて美術室に入れると、扉と鍵を閉める。

 直後、ダァン! と銃声が聞こえた。——今さっきの侵略者が、起き上がってきたのだろう。ここが見つかるのも時間のうちだ。


「こんなことなら息の根止めておくんだった!」


 反射的にそう漏らした俺を、ハルナは恐ろしいものを見るような目で見た。ハッとして曖昧に笑い、頭を撫でようとするが──


「ご、ごめん。今は」


 やんわりと拒絶される。

 そうだよな。俺ってば今脳内麻薬ドバドバだけど、目の前で大男が血まみれにされたりしたら、怖いよな……


 口を引き結ぶと、なんとか大丈夫そうな手首を握り、窓に駆け寄る。

 侵略者が銃も躊躇いなく使うようになったことを考えれば、見えない範囲への警戒も必要だ。中庭や見える範囲の(ひさし)や廊下には、奴らはいない。

 渡るべき向かい側のフロアには、生徒がわらわらひしめいていた。上を目指しているだろう生徒達の現在位置は、2階と3階で半々ずつくらいだ。でもその数は初め昇降口で見た時より減っているように見える。

 侵略者たちに捕まったのだ。

 俺たちは戦闘をこなしているが、奴らは人数が多すぎてちっとも上階へ上れていないのだろう。そこを、やられた。


「……ハルナ、準備はいいか?」

「うん。大丈夫」


 青白い顔をしたハルナに罪悪感を刺激されつつ、俺たちは窓を開けて(ひさし)の上に降りる。そして、向かいのフロア目指して走り出した。

 ここへ来ても俺の赤ジャージ(最早血染めのジャージだが)はよく目立つという超級のマイナスポイントになっているようで、なんとなーく視線を感じる気がする。


「ハルナ、そういえばリュック持ってきたんだな」

「うん。水筒とものさしは、取ってこれなかったけど……」

「いいさ。代わりに石でも詰め込んどけば。上から狙撃されるかもしれない。それ、頭の上に被っておいて」


 ハルナは素直に頷き、頭の上にリュックを被る。大男に突進したりなんだりで、これも血がついていたりボロボロになってしまっているな。

 この騒動が終わるのがいつになるのかは分からないが……リュックは買い直す必要があるだろう。


「なあ、ハルナ」

「……なに?」

「もし、こんな俺をまだ嫌いにならないでいてくれるなら……この戦いが終わったら、一緒にリュック買いに行ってくれないか」


 ハルナが俺を好いているのかは自信がなかったので、ちょっと自信なさげな言葉になってしまった。恥ずかしくて振り返ることが出来ない。


 ハルナはしばらく考えた後、小さく息を吐いた。


「……うん、分かった」

「マジか!!」

「うん。マサキくんは私の命の恩人だし、その——なんだか、いつもより、カッコよく見える、気がする」


 喜ぶ俺に、ハルナはさらに良い情報を付け足す。

 いつも、って昨日までの俺ってことだろうか。

 こんな侵略者と戦うようなこともなく、ごく普通の中学生だった俺より、今の俺の方がいいと。


 テンション上がるー!

 待って、ちょっとこれは、ニヤケが止まらないぞ。


 テンション爆上げのまま、俺たちは目的の向かいフロアへたどり着いた。この頃になると2階に残る生徒は疎らになっていて、きっと侵略者たちの主な分布も3階に移ったと考えられる。


「よし、後はここから侵入だ」

「でも、さすがに窓には鍵がかかってるんじゃ?」


 不安げなハルナに、俺はまたしても三角定規を掲げてみせる。


「次は60°の出番じゃないか?」


 三角定規も大男の血に染まって、半分以上赤かったが、ハルナはそれを見ると小さく吹き出した。


 俺は三角定規を反対に持ち替えると、ハルナに下がるよう手で制して、60°を思い切り打ち付けた。

 鋭角の威力だろうか。窓は派手な音を立てて割れ、破片が飛び散る。そのギザギザとした穴に、顔が青くなった。

 こんな所に体を突っ込んだら、一瞬で血塗れだ。……となれば。


 俺は目の前に揺れるカーテンを強く引っ張る。

 ぶちっと嫌な音を立てて、カーテンが外れた。学校のカーテンって嫌に大きいよな。俺はそれを地面に落ちたガラスの破片で切り裂くと、両手足に巻き付けた。


「マサキくん」

「大丈夫。鍵開けてくるだけだ」


 隙を見計らって、カーテン越しに頭をぽんと撫でてみる。

 っし、成功だ。拒絶されなかった。

【ステータス】

パーティ:マサキ、ハルナ


名前:マサキ

武装:教師用三角定規(1:2:√3)

服装:赤ジャージ(血染め)、黒ハーフパンツ(血染め)

状態:反省中


名前:ハルナ

武装:リュック(数学の教科書、アレ)

服装:ブレザー、白カーディガン、スカート

状態:マサキくん、かっこいいけどこわい……

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