第2話 三角定規との出会い
三角定規と出会います(?)
10秒と走らないうちに現れた角を曲がると、女の子の姿が見えた。
よかった。たまたま近くにいたみたいだ。まだ女の子は生きている。
「やめろっ!!」
そう叫ぶと、予想通り女の子に組み付いていた侵略者はびくりと身体を震わせ——やたら目立つ俺の赤ジャージを見た。女の子を縛ろうとしていたロープを手放し、腰から警棒っぽい何かを抜く。
警棒……?
「……おいおい」
そうだ。勢いで出てきたけど、俺こいつと戦うのか? 武器とか何も持ってないし、その前に、こんな大男とやり合ったら秒で叩き潰されるんじゃ……!
でも、取り敢えず男の子として、女の子に声をかけなくては。そうだ。こういうシチュエーションは全男子の夢なんじゃないか? ──自分を奮い立たせるためにはこうでも考えないとやってらんねぇ……!!
「おい! そこのあんた! 俺がこいつ引きつけるから、逃げろ!!」
「えっ!!」
どうして、という視線が刺さる。——ああ、やっぱ可愛いな。そんな子を助けられるなんて男冥利に尽きるな!
ま、タダでやられてやろうとは思っちゃいないけど!!
肩からリュックを外し、取り敢えず当初の予定通り盾っぽくすると、それを見計らったように男がこちらに向かってきた。
俺はリュック(水筒入り)を大きく振ると、男の手にぶつける。水筒が丁度当たったのか、男は呻くと警棒を手放した。
「キタァっ!」
もう、興奮して訳が分からなくなっている俺はそのままリュックを振り回し続ける。
普段喧嘩すらした事の無い善良な俺が、こうも相手に暴力を振るえるのかということには正直驚いたが……
考えるのはあとだ。
俺は一瞬動きを止めた男に向かって、リュックを肩に担ぎながら、体当たりをかました。
が。そこは大男。ビクともしない。何やってんだよ俺! くそ、調子に乗るんじゃなかった!
いつの間にか男はロープを手にしていて、わざわざ懐に突っ込んできたバカな俺を捕獲しようとする。俺は男と比べると小柄な体格を生かし、ちょこまかと暴れて少しでも時間を稼ぐ。
そういえば、さっきも階段に溢れてた生徒達を殺そうとはしてなかったなこいつら。
もしかして俺たち生徒を捕獲して、身代金を取ろうとか、そういう狙いがあるのかもしれない。だが、よく見ると腰には銃も見えるし……殺されない可能性はない。
マテマテ、落ち着いていていい時間じゃないだろ!
「く、そ! 離せ!」
手首にロープを巻きつけるためか両腕を掴まれて、そのままぶらんと宙に浮かされる。俺の足掻きなんて意味がなかったようだ。文字通り赤子の手首をひねられてしまった。
「……っ!?」
もうダメか──と諦めかけたその時。俺は天啓のごとき閃きを得る。
俺は持久力がないだけで、運動センスはあると自負している。
だからきっと、できるはずだ。
この状況から体を持ち上げ、思いっきり足を反らし——
蹴る!
侵略者も何をされるか分かったらしく動揺するが、残念ながら手遅れだ。
俺の足は美しいスイングを描き、大男の股間に直撃する。さすがの大男も呻き声を漏らし、崩れ落ちた。しゅたっ、と着地する。
男として同情するぜ。ひぇっ、俺まで寒くなってきやがった。
プルプル震える大男の頭からフルフェイスのヘルメットを外した。リュック(水筒入り)を首に振り下ろすと、くたりと気を失う。
「……ふ、ふー……終わった……」
そこで大きな大きなため息をつくと、修羅場を乗り越えた安心感から崩れ落ちてしまった。両腕、結局縛られてるし。
「あ、あの……って、やっぱりマサキくんだ」
「ん?」
そこに、俺が助けた女の子が近づいてきた。《やっぱり》って、俺、この子と面識あったっけ?
と頭をひねると、意外とすぐに答えは出た。
「あー! ハルナちゃんか! 薄暗くてちょっと、分かんなかった……」
「う、うん。えっと、本当にありがとう……!」
なんで《可愛い》とまで思って、すぐに思い出せなかったのだろう。ハルナちゃんは俺が密かに想いを寄せていたクラスメイトだったのだ!
待って。このシチュエーション、やばくね?
悪漢から命救ったんだぜ俺。なんかもう死にかけたこととか、どーでも良くなったわ。
「いいっていいって……俺的にはあんなのヨユーだったし」
「す、すごいねマサキくん。あ、縄、解くね」
無論大嘘だが、それくらいの見栄は張っていいだろう。あとはこのままハルナちゃんを避難場所まで連れていけば、彼女の中で俺の株は爆上がりだろうな。なんならお付き合いなんてことも……
縄を解いてくれるハルナちゃんの手が時折俺の腕に擦れ、ついでに至近距離にある髪の毛からはなんというかいい香りが……
天国ですか。
マサトよ、訂正する。——学校は希望に満ちていたぞ。
ぱさり、と地面にわだかまった縄を見て、ハルナちゃんは俯いた。
「……さっきの男の人、『怖いことはしない』って、言ってたの……でも、縛ろうとしてくるし、マサキくんを見るなり目の色変えて、いきなり襲いかかったのが、怖くて」
「ゲス野郎だな。侵略者の野郎」
そう言うと、ハルナちゃんは黒の瞳を瞬かせた。
「侵略者?」
「あ、ああ。俺が勝手に呼んでるだけなんだけどな。平和な学校を土足で歩き回る、侵略者……って」
ハルナちゃんはシンリャクシャ、と呟くと、笑顔で頷く。
「そうだね。……やっぱりあの人たちは怖い人たちなんだ。ねえ、マサキくん。私を、守って——」
思わずその体に抱きついた俺を、誰が責められようか。直後に叫んで跳ね除けられてしまったものの、険悪な雰囲気になることはなく、お互いにはにかんだ。
俺とハルナは、手を組んでこの学校を上ることに決めた。2人で生き残ってやる。
*・*・*
その後、取り敢えず俺たちは武器を手に入れることにした。俺が更衣室の窓から見た侵略者の数は、優に10を超えていた。人目を避けて上を目指すとしても、いつ奴らと出くわすかわからない。
さっきみたいな奇跡の一撃が、そう何度も決まる訳がないからな。
ハルナに聞いてみたところ、ほかの生徒達も続々とあの侵略者たちに捕えられているらしい。抵抗すれば無理やり力でねじ伏せられることもあるとか。
というわけで、武器の入手は最優先事項だったのである。
「って言っても、学校に武器なんてあるの?」
「ハルナのお父さんはこの学校の校長だよな?」
「うん。だから何もかも分かるよ。抜け道のありかとか、——武器は蓄えられてないこととかね。さすまたとかはあるかもしれないけど、中学生が振るにはちょっと重いかも」
ある意味絶望的な宣言だった。あるかもしれない、という希望が絶たれてしまったのだ。だが俺は、ここで不安そうな顔をする訳には行かない。
「……しかし、黙って捕えられるのもな。ほら、考えてみたら、さっきハルナが1人で捕まってたのは」
「ああ、保健委員の仕事で、保健室に行こうとしたところだったの。そしたら急に、あの人が飛び出してきて——」
ハルナの目にじわりと涙が浮かぶ。よっぽど怖かったのだろう。
「うん。それもあるがやっぱり、その、校長の娘だったからだろ? ほら、建前的に殺しはしないってんなら、目的は身代金だろうし」
ハルナは黙った。きっと、追われる定めにある自分の運命を呪っているのだろう。俺は振り返ると、安心させるように笑ってみせた。
「でも大丈夫だ。いいこと思いついた」
「何?」
「武器は無くても、武器っぽいものはあるだろ……?」
指さした先は、今俺達が立っている目の前。数学準備室と書かれた部屋だ。ハルナは目を見開く。
「まさか」
「いやー、男の子は1回はやるんですよ。——三角定規で戦うとかね」
さすがにバカバカしい、とため息をつかれてしまったが、俺は割と本気だ。
中から光が漏れているので、きっと鍵は開いているはず。
中に侵略者がいないとも限らないので慎重に開けると——幸いにも、何かが飛び出してくるということは無かった。
中に入ると、多種多様な数学の道具が並んでいる。中でも1番殺傷力が高そうなのは、やっぱりアクリル製の三角定規(1:2:√3)だろう。スケルトンボディと30°の鋭角がたまりませんな。
両手塞がるのはさすがにアレなので、ロマンを捨てて1つだけ手に取る。
「……ごめん。なめてたかも。それ当たったら、とっても痛そう」
「だろー? あ、念の為、ハルナも何か持っていた方が」
三角定規に少し引き気味だったハルナも、実物を目にするとその意見を変えたようだ。俺に促されるまま、1メートルものさしを手に取る。竹ではなく、鉄でできてるやつだ。
「私、ちょっと剣道やってたから……」
「それは意外だな」
定規を本気で握ったら痛そうだし、うん。ハルナは俺が守ってみせる。
と思っていると、ハルナは俺を見て頬を染めた。
「え、変なこと言った?」
「ま、守ってみせるって……」
「……声に出てたのか」
は、恥ずかしいなコレ。てかなんで、こんなに命の危機にあるのに、俺はラブコメの中にいるんだろう。これまで真面目()に生きてきた報いか。ありがとう神様。
数学準備室には当然出口はひとつしかない。長居して周りを囲まれるようなことがあってはならないため、俺たちはすぐそこを出た。
俺たちの目的地は、《例の場所》——4階。そしてそこに行くには、生徒と侵略者でひしめく昇降口付近まで戻らなければならない。
俺はここで、最強のカード・《校長の娘》を使うことにした。
「ハルナ」
「どうしたの?」
「さっき、抜け道があるって言ってたよな?」
「うん。あ、ここから《例の場所》に行くんだね?」
侵略者の足音に耳をそばたてながら、小声で会話をする。後ろを歩くハルナの言葉に頷くと、ハルナは可愛らしい呻きとともに考え出した。
「……校舎ってロの字になってるよね?」
「ああ」
「みんなあんまり知らないみたいなんだけど、2階部分の、ロの字の内側に面してる教室って、実は窓の外の庇の部分を頑張れば歩けるんだよね」
そう言われてハッとする。たしかに。窓から出て庇を歩く——なんてよく考えたものだが。一応安全上の問題で校則違反になるので、よっぽどのバカじゃない限り誰もやらないことだった。
それを言い出すハルナ。意外と、大人しそうな見た目に似合わず冒険家なのかもしれない。
「昇降口の方まで戻ると大変な目に合うだろうから、このまま2階に上がって、窓から外に出るのがいいと思うよ」
「よし、それで行こう。——そうと決まれば、角を曲がった先にある階段を上ろうか」
ハルナの手をぎゅっと握り、走り出した。角に差し掛かると、今朝の反省を生かして一旦速度を緩める。
「っし、角を曲がって……」
足を止めた。またしても、人がいた。
今度はぶつからなかったな、とぼんやり思う。手を握るハルナの力が強くなる。
「マサキ、くん……!」
「下がってろ」
角の先に待っていたのは、——またしても侵略者だったのだ。
大男は口を開くと、見た目に違わぬ重低音を発する。
「……見つけたぞ」
しかも。その体は、血の赤に染まっている。
ただ相手を傷つけて返り血を浴びた、っていうレベルの血の量じゃないよな、これ。相手、死んでるんじゃ——
【ステータス】
パーティ:マサキ、ハルナ
名前:マサキ
武装:教師用三角定規(1:2:√3)、リュック(水筒、数学の教科書、アレ)
服装:赤ジャージ、黒ハーフパンツ
状態:ハルナちゃん可愛い
名前:ハルナ
武装:鉄製1メートルものさし
服装:制服(ブレザー、白カーディガン、スカート)
状態:マサキくんすごい……