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2人の狙撃手  作者: 三歩
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〜中継基地〜6戦目

屋上にいるのは、腹部を負傷している兵士と、今青年に左胸を撃ち抜かれた兵士がいた。


「ごふっ、、、。う、、、。」


仰向けに倒れる兵士は、胸に手を当て、真っ赤に染まるその手を見た。口の中にも、血の味がしており、大量の血が喉から溢れてくる。自身も、腹部の出血が止まっていない。それでも兵士の胸を押さえている。

そこに、もう1人の兵士が駆け寄って来た。自分の怪我を気にせず、兵士の胸に両手を当てていた。その表情は青ざめ、口元が震えており、必死なのが伝わってくる。


「無駄だよ。」


背後から声が聞こえた。兵士はなりふり構わずライフルを構え、振り返った。屋上の淵に、少女が立っていた。兵士は引き金を弾く。狙いは頭。もしそれが少女でなければ、正確に撃ち抜いていたであろう。弾は空を裂き、彼方へと飛んでいく。少女は僅かに横へと避けただけ。


「そいつは死ぬ。お前ももうすぐ死ぬ。」


少女の表情は冷たく、その瞳は2人を見ている。


「スナイパーは1人で生き残れない。」


少女は淵から降り、2人へと歩き出す。兵士はライフルをもう一度構える。


「だから2人。」


兵士は撃つ。またかわされる。


「私達も2人。」


兵士は引こうとしたが、再び腕の力が抜け始める。ライフル手から滑り、やがて床に落ちる。荒くなる息遣い。やがて少女と2人の距離は、互いに手を伸ばせば触れる距離になる。構えていたライフルは、もう持てない。腰から銃をゆっくりと抜く。その照準は、瀕死の状態で倒れる兵士。


 少女は改めて、2人を見た。倒れる兵士は、青年と同じくらいの年齢に見える体格。抵抗を続けていた兵士は、少女と同じくらいの体格。兵士は少女を睨むが、その顔つきには幼さが残っている。


構える少女に、膝をついたままの兵士が飛びかかった。銃を構える右腕を抑え、腰から押し倒そうとしたが、少女はビクともしなかった。それでもなんとか、小柄な少女の右腕が僅かに下がった。何も言わずに少女は押さえ込もうとする兵士を見る。兵士の力では、もう少女を押す力は残っていない。ある限りの力を全て両腕にかける。


「撃てない。」


 少女は一言の後、腕に掴む兵士ごと腕を振り払おうとするが、離れない。何度も離そうとする。必死にしがみ続ける兵士の足元には、自身の血がまだ流れ出ている。


「、、、ほんと、邪魔。」


 イラついたような口調の少女は、左足を持ち上げ、兵士に膝蹴りをお見舞いする。


「がっ、、、!」


 兵士は少女の腕からようやく離れ、床を転がる。兵士は腹部への痛みに堪えているのか、うずくまる。少女は兵士がいよいよ抵抗を諦めたと感じ、再び銃を持つ。そして、先程の兵士へと銃を向けた少女は、ゆっくりと目が見開く。


 既に兵士は、息絶えていた。目を瞑り、胸、そして口から大量の血を流しながら、もう動かなくなっていた。少女の右腕が力無く垂れ下がる。見開いた目を細め、ジッと死んでしまった兵士を見ていた。唇を僅かに噛み、微かに頬と表情が震えているように見える。


「、、、ごめんなさい。」


 か細い声で、少女は何かを喋った。目を閉じて、頭を少し下げ、数秒の間棒立ちしていた。それから目を開くと、蹲る兵士を見る。丸めていた体が、解けていた。


「くっ!」


 少女は慌てて兵士に駆け寄った。膝を滑らせるように床へと座り込み、兵士を膝の上に抱えた。兵士はもう、先ほど死んでしまった兵士と同じく、虫の息。虚ろな目は動かず、ただ仰向けにされたまま空を見ていた。


「、、、、。」


 少女の表情が、先ほどと比べて更に暗くなった。目元が震え、兵士の項垂れる左手を、いつの間にか自分の左手が握っていた。


「、、、今。」


 少女は右手の銃を今一度握りしめ、ゆっくりと持ち上げる。


「やらないと、、、。」


兵士の虚ろな目を、少女は見ている。持ち上げているつもりの右手は、銃口が床についたまま、震えていた。

 すると、兵士の目が少女を見返した。視線に気づいた少女は目を見開く。兵士もまた、目を少し開いた。その兵士は目を細めたと思った時。


 兵士が青くなった唇を震わせ、途切れ途切れに何かを言った。


「あ、、、!」


 少女は驚いていた。銃を落とし、兵士の頭を持ち上げる。兵士はもう言葉を返してこなかった。目はゆっくりと閉じられていき、口が閉じられた。少しだけ、口角が広がった。


「違う。私は。」


 少女は喋った。兵士は目を開かない。


「お前達2人を殺す。」


 少女は続けて喋るが、兵士は何も反応しない。


「殺す、、、!殺さないといけない!いけなかった!!」


 少女は叫んだ。顔を俯け、もう呼吸さえしなくなった兵士に向かって。


「敵だから!殺さないと!苦しまないように!1人で死ぬのは苦しい!ずっと、痛い!死にたくてもすぐに死なない!だから!」


 兵士の頭を、両手で抱えるように胸に抱く。座り込む少女の肩は、少しだけ震えていた。



 青年は、少女が屋上へと行っている間、老兵士を受け取っていた。老兵士はもう疲れ果て、抵抗する事なく地面へとへたり込んでいた。周りの兵士達も救出の方法を考えてはいたが、もはやそれは思考の隅からさえも消える。今はただ、青年と少女がここから出て行かないかを願っている。


「ん?」


 青年は何かに気づいたように、屋上を見上げた。少女が、縁に立っているのが見えた。じっとそこに足を止めている。気づいてから時間が流れる。少女はまだ降りてこない。青年は目を細め、右目で少女を見た。俯き、前髪が顔を覆っており、表情がよく見えない。ようやく、少女が飛び降りた。地面へと着地し、ゆっくりと立ち上がる。その少女の姿を見た兵士皆、驚愕した。少女のスーツは胸から下半身にかけて、そして両手が血で染まっている。


(どうしたんだ?)


 青年は少女の異変に気付く。項垂れる老兵士の襟を握る。


「ぐおっ!」


 引きづられるように老兵士は立ち上がり、周りの兵士もまた緊張感の空気に包まれる。青年は少女に近寄った。2人の距離は手を互いに出せば届く程。


「終わった、みたいだな。」


 青年は少女に声をかけた後、ふと右手に目が行く。


 少女の右手は振り上がり、老兵に向けて引き金が引かれようとした。咄嗟に手を伸ばした青年の手が、その腕を持ち上げると、銃弾が空へと撃たれた。


「ひいぃっ!!」


 老兵は飛び跳ね、周りの兵士達が一斉に銃を構えた。少女の手から青年は銃を取り上げようと手を伸ばした。あっさりと手元から離れたが、少女は腕を下ろして歩み出そうとした。


「ひ、ひぃあああ!!!」


 後退りする老兵士。少女を見ているようだが、その顔はひどく怯えている。青年は銃の安全レバーを下げ、その手を回し、少女の両肩を自分へと抑え込む。


「まて。人質だぞ!」


 青年は少女の顔を少し覗いた。少女は老兵を睨んでいた。だがその瞳は、正常でないことを青年は察した。口元は歪み、憤っていた。鋭い視線をずっと老兵に向けている。睨まれている間に逃げることはできた。しかし、腰が上がらず、足に力が入らなくなっていた。


「しないと、、、。」


「上の2人は?終わったんだろ。こっちも、もう場所の情報を貰った。これ以上は無駄に弾を減らし、疲れるだけだぞ。」


「、、、、、、。」


 少女は反応しない。青年が簡単に抑えられているように見えるが、かなりの握力と腕力を使っていた。腕が振り絞る限界の力によって震え、頬を汗が流れる。だが、青年は冷静に少女に対応しなければならなかった。


「頼む、落ち着け。さすがにお前が本気になったら、俺じゃ抑えられない。これはマジだ。」


 少女へと諭すが、まだ少女の体は前に歩く力が篭っている。周りの兵士達も気が気ではなかった。ひたすら老兵が2人の元から離れてくれることを、今願うしかない。もしも老兵士が後少しでも2人から離れることができれば、後方に待機する戦車がいつでも打てる状態だからだ。


「おい!1つ言っておくぞ!」


 突然、兵士に向かって青年が叫んだ。


「絶対に、銃声は立てるな!!ここにいるお前ら、すぐに殺されるぞ!兵器も無駄だ!殺されたくなかったら、銃だけはこっちに撃つな!」


 今は2人が追い込まれてもおかしくない状況の中、兵士達に向けて危険を伝えた。人間1人がこの状況を覆せるわけがない。しかし、外での惨劇を知るここにいる全員は、疑う余地もなかった。それから、建物へと青年は振り返る。


「ティア!!」


 誰かを呼んだ。兵士はその声が向けられた方を、一斉に見る。兵士達は姿を見せていないただ1人のティアに対しても、何故か怯えるように体が少し震えた。


「ちょっとコイツを抑えるのに手一杯だ。車を用意してくれ!」


 建物の壁際で、ティアは様子を伺っていた。しかし、現時点で仲間は青年と少女だけ。敵はまだ兵器、重火器を盛り沢山所持している。タイミングが来るまでの間、手に持つマシンガンを、汗ばんだ手でずっと握り締めていた。青年の声に反応を示し、少しだけ顔を出す。


「おい。」


「へ???」


 老兵はまだ立ち上がれておらず、不意にかけられた声へ間の抜けた返事をした。


「今から仲間がもう1人ここへくる。車に2人で乗って、ここへ来い。さっきも言ったが、変なことはするなよ。」


 少し間を開け、笑みを浮かべてこう言った。


「アイツの怪力で、首と胴体が引きちぎられるぞ。」


 アイツとはティアのこと。ティアにそんな力が無いのは、青年も知っている。だが、老兵はまだ見ぬその女を、


「わ、わわわわかった!た、頼むから、殺さないでぇ!」


 すっかり怖気付いた涙と悲鳴まじりの返事をし、簡単に信じこんだ。


「ティア、コイツを連れて、車を用意してくれ!抵抗したら、その怪力で首をねじ切れ!」


 そして、再びティアへと声をかける。兵士は新らしい仲間であるティアの名前を聞くと、背筋が凍る感覚に襲われる。


「まだ他にいた、、、!」


「仲間じゃなかったのか、、、!あの時、気づかなかった。」


「コイツら見たいな、化け物、、、!」


「あぁ、、、殺される!」


(ちょ、ちょっと。何言ってるの!)


 きょとんとした顔から、徐々にザワザワとする兵士を見たティアは、的外れな青年の発言に焦りを見せた。だが、青年を見れば、冗談で言っているようではない様子。そこでティアが打った手はこうだった。


「わかった!」


 あくまで、冷静に、当たり前のように、落ち着いた雰囲気を醸し出しながら、建物から姿を現した。普通の兵士だが、周りから見るティアは、青年と少女、屋上にいた兵士2人と同じ存在であった。3人へと近づいたティアは、まず青年を見る。


(この人連れて行けばいいんだね。)


 そう目で訴えかけると、青年は頷く。ティアはサブマシンガンを、足元に置く。わざとらしくも、両手を握り、音を鳴らす。


「後は任せて。さあ、案内して。ぐずぐずするなら、腕一本先に捻り取る。」


 ティアの行動を見た老兵は青ざめ、鍵を持ち出し、立ち上がる。青年やティアの目から見れば子供騙しにならない小芝居。状況がまさに目眩しとなり、老兵も完全に騙されていた。2人が行ったのを見送ると、青年は少女に声をかける。


「もうすぐ出る。待っててくれ。」


 少女は返事を返さなかったが、青年から顔を逸らした。青年は腕を離し、少女を解放した。少女は垂れ下がる自分の右手をみた。そして右手と左手を持ち上げ、両手を見る。その手にはまだ血で染まり、わずかに固まり出している。両手をゆっくり握りしめると、絞る音が僅かに響き、その手を胸に持ってくる。


「なあ。」


 青年の声に、兵士達は体を引き締めた。だが、忠告通り銃は構えない。


「お前達、なんで戦ってるんだ。」


 質問をする青年。兵士達はその言葉を聞くと、互いにキョロキョロと顔を見合わせる。


「多分、お前達は選択したんだよな。戦うか、戦わないか。もしかして、戦わないといけなかったのか。」


 青年はライフルの安全レバーを降ろすと、少女の横に置いた。今こそ、青年と少女2人しかいない。戦車が撃てば、確実に殺せる。青年は空いた左手で、頭を掻く。


「死にたくないな。お互い。」


 青年がさりげなく言った。周りの兵士は、いつの間か緊張が抜けていた。それだけでは無い。誰もが、この時間が続くことを望んでいるからだ。自分達の基地は守らなければいけないが、生き残れるなら、生き残りたい。


「聞いていいか。」


 不意に、兵士達の前にいた、青年より少し年上の男が声を掛けてきた。


「お前達が言う巣は、何があるんだ?俺達はあの場所を守る為にここへ派遣された。でも、あの中に何があって、それがこれ程の人数をかけてまで防がないといけないような、ヤバいものがあるのか。」


 ここにいる兵士達は、巣と呼ぶ場所に何があるのか知らずにいた。青年は少しだけ答えた。


「俺達が生まれた場所。というよりは育てられた場所。1人の馬鹿な人間が考えた結果、このまま巣が残り続けた場合、無敵の軍隊が世界を滅ぼす。お前達はすべての事が済むまでに用意された壁に過ぎない。要らない壁は、最後は邪魔になる。」


「まさか、俺達も殺されるってことか。」


「家族の為に、戦ってたのに。この先にある場所を守れば、家族をずっと守れる。だからここへ来たんだ。」


 兵士達が騒然とし始める。すると、一台の車が近づいてきた。運転席にティア、助手席に老兵が乗っていた。そばにくると車を止め、老兵がおぼつかない足取りで降りる。


「は、はやく何処へでも行くがいい。」


 老兵はそう言い残し、とぼとぼと兵士達に向かって歩いていく。ティアも車から降りると、少女に駆け寄る。ティアは少女の様子を見て、次に青年を見た。


「もう大丈夫だ。車に乗せてやってくれないか。」


「うん。わかった。」


 ティアは少女の肩を持ち、車へと誘導をしてみる。少しだけ、歩くことにした少女は、素直に車へと向かった。ティアは窓を開け、青年を呼んだ。


「いつでも行けるよ。」


「よし。」


 青年は後部座席を開け、手に持っていたライフルを座席に置く。ティアは少女が乗ったのを見て、自分も運転席に再び座る。青年も乗ろうとしたが、最後に兵士達を見た。


「お前達の仲間を殺してしまって、すまなかった。これ以上人が死なないために、俺達は今から止めいく。あの巣を、破壊しに。このまま世界が滅ぶのを待ちたいなら俺達を今殺せ。そこの戦車が1発打てば、少なくとも中にある2人は殺せる。俺も今はライフルを手放してる。反撃できない。でも、もしだ。俺の話を信じてくれるなら、俺達を行かせてくれ。」


 語る青年の言葉を、兵士達はただ聞いていた。しかし、銃は構えていない。戦車の駆動音も消え、砲身は3人に向いていない。無言の兵士達を見た青年は、車へと振り返り、後部座席へと乗り込んだ。アクセルが踏まれ、車が前進を始める。


「まて!!!!」


 突然、誰かの静止を求める声がこだました。ティアはブレーキを踏み、青年は外を見た。叫んだのは、あの老兵だった。狼狽えていた印象でしかなかった老兵は、真剣な眼差しを、青年達に向けていた。


「お前達は、我々の仲間を多く殺した。決して、お前達を許さない。許すことなど、まずない!ここにいる仲間の、血の繋がった兵士もいた!」


 何かと思った老兵の言葉は、まさかの怒声。老兵の言葉は続く。


「お前達は簡単に人を殺せる!感情が無い機械のようだ!だから存在は兵器!人殺しの!!」


 ティアも老兵の言葉を、他人事に思えない気持ちで聞いていた。そしてはっと気づき、少女を見る。やはり少し、表情が険しくなっていた。


「それだけの力があるなら、やってみろ!お前達が言う、世界を滅ぼそうとしている奴らを、止めて見せろ!ここにいる皆を救ってくれ!助けられるものなら、助けてやってくれ!私がいけなかった!私も、お前達と同じだ!仲間を見殺しにしたのだ!」


 怒声が形を変え、涙を流しながら、震えた声で老兵は叫んでいた。


「だから頼む、、、!せめて、ここにいる皆を、守ってやってくれ!!」


 老兵は膝をつき、腕をつく。震える肩で、体をゆっくりと伏せる。ティアはその様子を見て、青年に尋ねた。


「なにか、答えてあげる?」


 青年は少し沈黙し、やがて扉を開けた。老兵に歩みを進め、目の前に立つ。片膝をつき、腰を屈めた。


「すまなかった。その言葉は忘れない。絶対だ。」


 青年の言葉を聞いた老兵の震えが止まった。顔を上げると、青年は穏やかな表情を見せていた。


「お前の言う通り、俺達は兵器。だから、俺達の始末は、俺達で付ける。それまでの間、もう少しだけ待っていてくれ。」


 老兵と、後ろにいる兵士に向かって青年は答えた。老兵は頷き、兵士達も頷く。


 青年、少女、ティアの3人は、再び荒野を進む。最後の目的地となる場所へ。

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