〜開戦〜2戦目
戦場に降っていた大雨はやがて止み、空を覆っていた雲はゆっくりと流れていく。西の空が赤くなっていたが、既に太陽は地平線の向こうに隠れている。
辺りの景色はフェイドアウトのように暗くなり、月光のない荒廃した都市は、僅かな明かりも届かない深海のような姿へと変わっていった。
すっかりと夜の闇に覆われた街。そのうち、一軒の家から僅かに灯りが漏れていた。窓枠には布が掛けられ、入り口となる玄関を大きな板で覆うことで、外に灯りが広がらないとよう対策をされていた。ガラクタが部屋の隅へと山となって寄せられ、中央には燃料式のランタンが火を灯していた。天井にロープが引かれ、水滴を落とす戦闘服の上下、そして空っぽの大きなリュックサックが掛けられたいた。また水滴の当たらない位置の床には布が敷かれ、靴や帽子、手袋。更に弾の入った箱が複数、非常食、小さな布袋等、色々な道具が乾かされていた。
そして窓と入り口が見える部屋の角に座っているのは、右目の赤い少女。背中を壁に預け、両足を伸ばしている。少女はランタンの火を眺めたり、入り口を見てはまたランタンを見ていた。服装は戦闘スーツではなく、藍色のタンクトップに、ズボンはダボダボの迷彩ズボンをベルトで締めている。
すると、少女は何かに気づいたように入り口へと向いた。布が捲り上がると、右目の青い青年が入ってきた。整った顔つきのはずだったが、今は包帯や絆創膏があちこちに巻かれ貼ってある。少女と同じく戦闘服を脱いでおり、黒いシャツを着ている。青年が右手にリュックサックを持っていた。少女はそれを見たとき、目を見開いた。
「食料?」
先程の一言とは違う、明るい問いかけ。
「残念。」
先程よりも少し小ばかにするような声で、右手に持つものを見せた。中を開けると布で丁寧に包まれており、それを左手で解いていく。見せると正体が現れた。
「弾だ。ビルで対峙した兵士にスナイパーがいたから、もしかしたらと思って調達してきたわけだ。防水のバックパックに収納されていたから、まだ火薬は生きている。そして、長期に持ち歩いてる俺の弾と比べても薬莢のへたりが少ないだろうから、銃本体は勿論だが戦闘における事故も防げる。後余った弾は練習用としてとっておくこともできる。日が昇ったらまた訓練だ。」
「性が出るね。ふあぁ、、、。」
「お前がやるんだよ。」
青年が弾を指で持ち上げ力説を行っていたが、少女へと視線を戻すと大きく口を開き、両腕を伸ばして欠伸をしていた。気分調子良く説明していた青年は肩をすくませ、薄い布を引いた前にあぐらをかいて座る。目の前には雨で濡れた道具類が並べられており、弾の入った箱を同じく並べる。
「今どの辺り?」
少女は立ち上がりながら、弾の入れ替えを開始した青年へと尋ねた。
「まだ遠いな。徒歩ならあと10日かな。国土が広いっていうのも問題だ。なんか足の速い乗り物があれば3日程なんだが。そういえば声聞こえないが、生きてるよな?」
「寝てる。」
「頼むから俺に近づけるなよ。尋ねる間も、何度身体中蹴られたことか。」
青年は困惑の表情を隣の部屋へと繋がる扉を見た。
隣の部屋には、両腕両足を縛られたティアがいた。部屋には灯りが無いため暗いが、動くこともなくただ床に倒れたままになっている。
「ちくしょう、水を飲むのも一苦労だ。っと。なんだ?」
左頬を撫でながら青年は少女へと振り返ろうとしたが、急に少女は倒れこむように青年の背中へと体を乗せてきた。
「よしよし。」
少女は優しく青年の頭を撫でる。互いに体を覆う布は互いの肌着だけ。青年は冷え切った体温が温まり始めるのを感じた。少女が青年の頰に触れると、自然と握る手に優しく握力を加えた。
「冷たい。」
「戦闘中は雨に打たれて寒かったからな。」
「寒かったでしょ。」
「ああ。」
「寝ないの?」
「まず弾だ。俺の命を守るんだから、整理しないと。」
青年は返答する。それから少女は少し無言になる。
「どうした。黙っちまって。」
少し振り返り少女の顔を見る。右真横にある少女の表情は、少し不満そうに見えた。
「寝る。」
パッと、青年に抱きついていた少女は離れる。
「ああ。なんかあった?」
「食べ物ないし、腹減るから。じゃ。」
ホコリを落とした戸棚の上に置いてある乾いた戦闘服を握ると、それを着てランタンに背を向けて横になる。
「おやすみ。」
青年は一言挨拶をし終えると、再び道具の整理を再開した。
少女の体が小さな寝息を立てる中、起きているのは青年と、暗闇で耳を立てて静かに様子を探るティアだけ。
(1人は寝たみたい。でも、男は起きている。縄の結び方は解けそうだけど、どうしよう。)
それから大分時間が経ち、ランタンの火を消した青年も壁に背を預け、眠りについていた。広げられていた道具等は全て鞄に片付けられており、ライフルは専用のボックスに直し、手の届く範囲に置いている。少女はあの時からずっと寝たまま。
すると、ティアが拘束された部屋の扉がゆっくりと開く。ノブは回す必要がなく、手にわずかな力を込めれば押して開ける。しかし朽ちた扉に変わりはなく、ギシギシと音はたってしまう。最大限に音をしぼれるよう、時間をかけながら開ききった。
ティアはまず、向かいの壁際に体を向けて寝る少女を見て、左側の壁に背中を預けている青年を見た。
「何か用か?」
「っ!」
ティアの背筋が凍る。声の方を向くと、目を瞑っていた青年がゆっくりと目を開いて、ティアを見た。
「まあ抵抗しても無駄だ。俺を倒しても、コイツがお前を殺すぞ。」
「、、、私を生かしていたところで、何も情報は持ってない。」
「みたいだな。話を聞き出そうにしても、知らぬそぶりというより、知らないから答えられないわけか。でも、あの基地の詳細ならわかるんだろ。」
「聞かれても、答えるわけないわ。」
「自分たちの国が何してるか知ってもか?」
「え?」
「俺たちと歳は変わらないように見えるけど、どうやら普通の子どもみたいだな。」
「わ、私は子どもじゃない!もう19だ!もうすぐ20になる!」
「19?・・・・・俺より4つ上かよ。」
「え!?」
ティアは驚いた。見た目の身長、顔立ちは同じ歳にも感じてはいた。しかし、まだ自分よりも歳が下。
「驚いた。大人みたいに、余りにも落ち着いてるから。てっきり同じ歳かと。」
「見かけによらないな。お互い。それより、ここで休んで行けば?」
青年は立ち上がり、ランタンへと近づいてボタンを押す。部屋がオレンジ色の光につれて徐々に明るくなる。
「なんで一緒にいなければいけないの!貴方達の敵なのよ。」
「互いに銃を向けなければフリーだ。人は物理的に自分の体を使って攻撃することできるけど、やった自分も痛くなるし、疲れるし、抵抗されて殴られたらもっと痛いじゃんか。」
青年は先程座っていた場所に戻ると、ライフルの入ったケースを開く。少女は光に背を向けるように寝返るが、まだ寝ている。パーツ毎に分解されており、長身のバレルを拾う。
「仲間を殺したこと、私は許してないよ。」
「もういない。アイツらは殺されたが、戦場にいたアイツらはもっと殺してるだろ。人1人で何千という人間が殺せるんだ、今の世界は。生きていればもっと殺す。だから、殺す前に殺したんだ。俺は。そしてアイツもな。」
「そんなの、おかしいよ。」
「どうおかしいんだ?人殺しを殺してるんだぞ。これ以上犠牲者がでなくなるわけじゃないか。」
青年の言っている意味は理解できなくも無い。しかし、ティアは未だに自分たちの行いが間違っているということが納得できなかった。
「だって、この戦いは、戦争を終わらせるためだからって。言われたから。放っておくとみんな、殺されるって言われたから。」
「お前、向いてないな。やめとけばよかったじゃん。どうして引き受けたかは野暮だから聞かないけど、今からでも食料や水を拾うだけ拾って、この戦争が終わるまで隠れておけばいいじゃんか。」
「・・・・・・そうは、いかない。」
銃口を覗いていた青年は手を止めた。最後のティアが言った言葉に、何かを感じた。ティアは扉に向いたままだが、僅かに見えた表情は、戦闘中の表情を思い出させる。殺された仲間をおもい、死に物狂いで突進してきたその姿が、再び浮かんでいるようだった。
その表情から悟るそぶりを見せる事もなく、バレルをまた箱に戻す。
「俺たちは『巣』を目指す。」
「巣?」
「お前達の基地が、今必死で守ろうとしている場所だ。」
初めて聞くような反応を見せるティア。青年は溜息を吐く。
「仲間と一緒のはずなのに、何も教えてもらってないのか。これだから人間は。」
「あなた達も人間でしょ。」
「あの戦闘を見て、本当にそう言い切れるか?」
「う・・・。」
青年は立ち上がる。警戒するように身構えるティア。それを気にせず、青年はティアへと近づく。思わず体が強張るが、声が出せないティア。そして手を伸ばしてくる青年に、思わず目を閉じた。だがその手は扉を押し、外へと開かれた。開いた扉から青年がゆっくりと外に出てくる。ただ広い道の上に、青年は立つ。そして、目を閉じた。
ティアは目を開けると、青年が外に出て行ったことに気づいた。外を覗くと、青年が道路の上に立っていた。右手を少し腰に置き、空を見上げている。
「何してるの?」
何もせず空を眺める青年に、問いかける。青年は見上げる顔を下ろし、少しだけティアへと振り返る。
瞬きをしてゆっくりとあけた青年の瞳を、ティアは改めて見る。青年の右目は、蒼い瞳をしており、左目は自分と同じ黒く大きな瞳。ティアは青年の言葉を、少し遡り口に出した。
貴方は、人間じゃないの?
家族は?国はどこで生まれたの?
質問は出来る。今だから。でもティアの口からは何も出てこない。それ程に青年の姿が、その存在が霞んでいるように感じた。確かに同じ人の姿をしてる。でも、その蒼い瞳と微かに感じる寂しさからは、とても信じられない答えが頭に出てきてしまう。
しかし、想像はそこで途絶える。全ての疑問が、何故か雲散していった。今度はティアの瞳が、黒い瞳が輝きを変えた。青年が見る彼女の目は、相変わらずの黒い瞳。でも、先ほどとは見えている色が少し変わった世に見えた。
「・・・・・・もし、貴方達の作戦が成功したら、世界はどうなるの?」
「うーん、どうもならないかな。いや、どうにかなるかもしれない。でも、やっぱわからない。」
結末についての質問に、答え方がわからない青年は少し笑う。
「でも、『大人』はみんな言ってたな。」
その青年の言葉に、ティアも知る言葉があった。
「「幸せな世界を作るため。幸せな世界は、皆幸せになれる。」」
思わず、ティアは言葉にだしていた。そして青年もまた、同じように。
「・・・・・・俺はこの言葉、不思議な気がしてたんだ。本当なのかなって。」
「本当なわけ、ないよ。その言葉には、大人たちの未来が含まれている。でも、私達は含まれていない。」
ティアは両手を胸の高さまで持ち上げる。その手は、乾いた泥と、切り傷、そして僅かに残るフォルアの血が残っていた。最後に交わしたこの言葉。その中で、ティアは目を見開いて気づいた。
「なんで、ここに来たんだろう。私は。」
仲間達は死んでしまった。今味方は、自分だけ。そして今の自分は、抵抗するための武器も無ければ力もない。生きていけるだけの知恵や役に立つものさえない。過酷なこの場所に、何故か立っている。
「何のために・・・・・・。今更、不平等な結果にやっと気づいた。みんな、自分のために戦えてなかったんだ。」
ティアの手が震える。そして自分が見ていたはずの手の平が、歪みだす。ぼやけたようになると、何かが目から落ちた。それが自分の涙だと、ティアは気づいた。
「あー、泣かせてるー。」
ティアの背後から、ふわっとした声が聞こえた。青年は私の後ろを見て、私は青年の動きにつられて振り返る。そこにはあの少女がいた。瞑る目をゴシゴシと擦り、目を開いた。その少女の右目は、紅い色をしていた。左目は、おそらく大きな黒い瞳なのだが、薄くしか今は瞼が開いていない。
「別に泣かせてねえよ。」
「ほんとかなぁ。」
疑う少女は扉の柱に寄りかかり、じーっと青年を見ている。それから、少女はその視線をティアに向けた。傍から見る青年はティアに睨みつけているように見えていたが、ティアはそんな風に捉えていなかった。
「俺は、大人たちの言葉を理解した。平和なんて、どう足掻いても掴めないってな。大人達はだからつくったんだ。この世界で、自分達の命をかけることなく、終結させることができるように。だから俺とそいつは、それを止めるために戦っている。」
青年は少女を見る。少女は目を合わせてきた。
「俺たち子どもは、戦争の道具と化している。今この国にいる子どもは、巣で育てられる。最強の戦士として。」
「、、貴方達も、そこで育ったの?」
「ああ。」
「、、、そう、だったんだ。」
「だが、育てられたというイメージは全くの間違いだ。強制方に、つくられた。子どもの意思、成長の段階、全てを無視して。
だから、これだけでも教えて欲しい。お前の仲間は、あとどれくらいいる?お前達の中継している基地が判明すれば、目的地までの足取りがより鮮明となる。」
「、、、私が知るのは、中継地点がある場所だけ。残念だけど、部隊数などの戦力に関しては、正直言って正確な数字はわからない。でも、まず2人があれだけ強くても、それだけが分かったとしても、落とせないわ。」
「落とさなくてもいい。巣にさえ辿り着ける情報を握ることができれば。行くぞ。」
「あいあい。」
青年はティアと少女を通り過ぎ、少女も青年の後に続いて再び中へと戻る。ある程度に乾いた戦闘服を着用し、リュックを背負い、防塵用のスカーフを口元に巻き、黒い帽子を被る。そして、愛銃の入ったアタッシュケースを持つ。青年が振り返ると少女も着替えと準備を終えていた。大きなフード付コートを羽織り、同じくリュックサックを背負っている。そして、ティアも銃を背負い、コートを着ていた。
「生きたいときは向こう側に戻れば良い。」
「、、、ううん。必要ない。私はもう、戻らない。自分達の国が何をしているのか、突き止めたい。もし、貴方達のいうことが本当なら。」
ベルトを握り、目を閉じる。そして開いた瞳は、決意に満ちた眼差しを見せていた。
「それを終わらせる為に戦う。」
青年も少女も、すぐには応えなかった。だが、お互いに顔を合わせると、確認し合うようにうなづく。そして、少女がティアに笑いながら声を掛ける。
「思いっ切り、ぶっ放しちゃおう。」