~開戦~1戦目
鉛色の空。太陽の光が当たらない廃墟と化した街の色彩はモノトーンのような景色。風が吹けば土埃が舞い、マスクやゴーグルを装着しなければ行動も出来ない状態となっている。
その街を歩く兵士達がいた。頭を守るヘルメットと口周りをスカーフで覆う姿は、8人全て見分けがつかないほどに統一されていた。姿勢を低くした移動のため、身長での区別さえも極めて難しい。進む方向から順に1人、2人、1人、3人、1人で並んでいる。それぞれは手に持つ銃器を辺りに向けながら、前方の仲間の合図に従いながら、一定の距離と動きを繰り返しながら進んでいる。
「・・・。」
ダァン!!!
その時、銃声が一発。放たれた弾は直進を続け、3人隊列の中央の1人が、頭をヘルメットごと貫かれた。周囲にいた他7人、目視できる範囲での兵士達は奇襲に驚き、周辺の建物の下へと隠れた。そのうちの1人、背の高い壁へとしゃがみこみ、無線機を手に話しかけていた。一緒にいる仲間達の状況を把握しようと顔をキョロキョロする姿が、スコープの先によく見えていた。
スコープに右目を当て、その様子を伺っていた人物は、一度狙撃の姿勢を解いた。黒色の帽子を被り、黒いマスクをしている。灰色の戦闘服を身に着け、廃墟となったビルの装飾に紛れている為、人が隠れているとも気づきくいカモフラージュを施していた。
そして特徴的だったのは、左目は黒いが、右目は青く澄んだ瞳をしている。
「姿は皆似ていたが、なんとか対象は倒せたみたいだな。」
小声で独り言を喋りながら、スコープを覗いていた鋭い目つきは無くなっていた。支えとした2脚をゆっくりと床から持ち上げ、銃口が建物の壁に隠れるまで下げる。それから左手を伸ばし、手帳を手に取った。ペンを挟んだページを開くと、少し雑な文字が並び、地図のような絵が所々に描かれていた。右手でペンを握るとページを開き、空白に向けてペンを走らせる。
「敵斥候隊における・・・誘導者を・・・キル。これより先は1人を捕獲後に中継地点を・・・。」
言葉の後に文字を書き、最後に地図を描く。建物の簡易な位置と敵の隠れた建物を中央と決め、自分の位置、そして前回のポイントとなった建物にマークも振ることで、進行方向を把握できるよう工夫が施してあった。それだけを記入し終えると、再び手帳を元置いてあった瓦礫の上へと戻し、右胸ポケットへと手を伸ばすと、その手を止めた。
「・・・あいつ、配置についたかな。」
また独り言を呟くと、右手をポケットから離し、背中へと手を回す。腰のホルスターに収められた拳銃を手に取ると、それを顔の前へと持ってくる。その銃には狙撃銃と似たようなスコープが装着されており、トリガーに指をかけないようスコープを覗く。
「敵狙撃兵による攻撃!マルコフ隊長がやられた!指示を!」
その頃、仲間を撃たれた兵士の1人が誰かと連絡を取り合っていた。他6人は声が届く範囲にいるが、辺りを警戒することで一杯となっているため、その声は聞こえていない。
「我々で狙撃兵を・・・!了解、イーサヌを・・・。・・・了解、後は俺が。」
通信を終えた兵士は少しだけ建物の入り口から顔を覗かせた。周囲を一瞬で見渡した後、視界の中で目を合わせた味方へと合図を送った。
「ロッソ、ルイス。イーサヌを先頭とし、あの建物の周辺を探ってくれ。いいか、建物に入った俺達が合図を送るまで、そこから動くな。地上の目と屋上の俺達の目があれば、敵が再び撃った時に位置が把握できる。ウーゴ、ライナー、ティアは俺の援護を。下と上から敵の位置を把握する。」
口での名称を所々足しながら、殆どを手での信号のみで伝えた。指示が見える2人、ロッソとルイスは頷くと共にイーサヌの元へと動き、フォルア達3人は指定した建物の下へと集まってくる。移動した時に巻き上がる砂埃が収まり始める。
「・・・。」
その動きを、少し高い位置から覗く人影があった。1人1人の顔が見える距離で、建物の2階からその動きを観察している。灰まみれの大きなフード付きマントを被ったまま、その人間は隊列を編成していく7人の動きをしっかりと目で追い、隊列が動き始めるのと同時に観察を終えた。それから音をあまり立てないよう静かに、且つ急いで部屋を出ると、別の部屋へと入った。1つしかない窓へと近づくと、被っていたフードを少し脱ぎ、褐色の顔を出したのは、黒髪ショートの子どもだった。そして特徴的だったのは、黒い瞳は左目だけで、右目は赤く綺麗な色をしていた。その子どもはある一点の建物をじっと見て、両手を建物へ向けた。
「ん。」
右手で3本指を立て、左手で4本の指を立てる。まず4本の指をたたみ、3本の指に向けて指を差す。そして頭の上でその指をくるくる、宙に円を描くように動かす。
「ん。」
それから左手で4本指を再び立てると、3本指をたたんで4本の指に向けて指を差す。まず右手を耳に近づけ、親指と小指だけを立てて耳の近くで小刻みに震わせる。それから右手の人差し指だけを立て、天井に向けてゆっくりと伸ばしていく。
その動きを見ていたのは、先ほどの狙撃兵。その位置からは遥かに離れた場所であり、合図を送る子どもは狙撃兵の居る建物を向かず、恐らく隣の建物に向かって指での信号を送っているのをスコープで確認した。一通り伝え終わったと思われるが、再び同じ合図を、同じく隣と思われる建物へ向けて送っていた。
「惜しい、隣だ・・・。それに、何なんだ、・・・その合図は。
えっと3人と4人がいて、3人は周って、4人が・・・なんだその動きは。
連絡?上?ん?まったく、わからん・・・!」
苦い顔を浮かべた狙撃兵は銃身を建物から覗かせ、スコープへと右目を当てる。少女の信号はひとまず置いておき、先程スコープの先で敵を見失った建物を、1階から2階付近へと照準を合わせる。それから数秒毎に3階、4階とずらしていきながら、敵兵士の姿を捉えるために集中を欠かさなかった。また、地上にいる部隊に対しても存在を決して忘れていない。銃声を立てれば地上部隊はここの位置を真っ先に疑う。忙しさでミスを犯し、位置を把握させるわけにはいかない。
「次のタイミングだ。まあ、残った1人だけは、殺さない程度にやるんだぞ。」
誰かに囁く様に言うと、狙撃兵は笑みを浮かべた。
イーサヌ達3人は、瓦礫に身を潜めて、屋上へ向かった仲間の合図を待っていた。上を見るだけでなく、周囲の建物への注意も怠らなかった。だがその時、ルイスが何かに気づいた。正面にある4階建ての建物の3階付近に、何か動いた影が見えたのだ。
「なんだ・・・?」
「どうした、ルイス。」
イーサヌがルイスの異変に気づいた。
「正面の建物に、人影が見えたような気がした。」
「間違いないか。」
「いや、一瞬だったから確証はない。だが、怪しいんだ。」
「まだフォルア達は屋上へ着いてはいない。仕方ないが、動くのはもう少し待ってからだ。」
「いやイーサヌ。俺も見えた。」
「本当か、ロッソ。」
「今二人が会話しているときに、な。恐らく、今奴は2階・・・。」
ロッソは2階を指した。ルイスとロッソは互いを見ると頷き、それからイーサヌを見る。
「まて、距離が近すぎる。先程の狙撃は、明らかに遠距離からだった。この近距離なら、あんな聞こえ方はしない。」
「だが、もし敵が2人いるとしたら。近距離にいる仲間が狙撃兵に連絡を取りながら、俺たちの位置を把握し続けているとしたら。あの位置だ。さっき隊長がやられたのにも合点がいく。これだけ建物が乱立している中で、同じ服装をした編隊から隊長を見つけ出すなど、まず不可能だ。」
「だとすれば、俺達の合図方法も・・・。今建物を昇っている4人も。」
イーサヌは2人の会話から導かれる結果を答えた。
「まず4人のうち誰かが死ぬだろうな。」
「だったら、早く仕留めないと。イーサヌ、どうする。」
「今出て行ったら、俺たちの誰かが撃たれるぞ。」
「だったら、俺が遠距離を見る。撃たれた角度から見て、東側で間違いない。イーサヌとロッソは、2階の部屋へと目を向けてくれ。」
「・・・そうだな。必ず死ぬと決まったわけじゃない。マルコフ隊長の死を無駄にしないよう、俺たちが敵をとってやる。イーサヌ、指示をくれ。俺とルイスは、奴らをやりたい。やらせてくれ。」
2人は銃を握り締め、イーサヌを見る。イーサヌはフォルアから合図があるまで待てと言われた。だが、それ時イーサヌは2人の姿を見たときに、負けるという選択肢が頭の中から消えていたのだった。
「俺達ならやれる。実戦経験はマルコフ隊長よりも少ないが、一緒に訓練してきたお前達となら。」
意見が重なり合えば、不安さえももみ消してしまう。イーサヌが障害物から立ち上がり、2人も立つ。それからの行動は迅速である。
ロッソ、ルイス、イーサヌの3人は、もう1人の狙撃兵がいた建物の真下へと向かう。そこから道なりに背の高いビルを注意して索敵を始める。ロッソが見ている景色には、狙撃兵が隠れている建物さえも見えている。イーサヌは建物を2人に任せ、自身は建物の中の兵士4人と、2人の位置、そして周囲の状況を見ていく。
そして、イーサヌの頭部にサプレッサー付ハンドガンの照準を合わせられるのと、ロッソの頭部へと照準を合わせるタイミング。また、ロッソも約1km先に僅かに黒光りした物体を見逃さなかった。
そして、1発の弾丸が音も無くイーサヌの右腹部を射抜いた。
「が!」
短く悲鳴をイーサヌが上げた。
「イーサヌ!消音サプレッサーだ!ロッソ気をつけろ!敵は近くに、」
「あの建物―――」
唯一死角にいたルイスがロッソへと注意を呼びかけ、ロッソが位置を伝えようとした瞬間に顔面を銃弾が射抜いた。
「ロッソ!」
ルイスの声と同時にロッソの体が反り返り、銃声が木霊した。
「まただ!ロッソが撃たれのか!」
フォルアの声と同時にウーゴ、ライナー、ティアの表情が一気に強張った。
「急げ!昇るんだ!」
既に屋上の昇降口扉にたどり着いたフォルアは、一気に扉を蹴り飛ばす。もフォルアは屋上へと出ると、真っ先に目に映った光景があった。
「あそこだ!」
フォルアは叫びながら、正面の建物へと引き金を弾いた。フルオートで弾丸が向かっていくのは、イーサヌを撃った狙撃兵が隠れる近くの建物。スコープから目を離した瞬間に位置が把握されたと気づき、子どもは窓枠から離れて身を潜めた。ロッソを撃ち抜いた狙撃兵は仲間が見つかったことを知ると、フォルアへと銃口を向けた。だが、フォルアの背後にいた2人が狙撃兵のいる建物へと視線を向けていた。
「あ、やべ。」
この時狙撃兵はイーサヌを引きずるルイスに向けて銃口を向けていたが、その時目があったのはライナーだった。
「フォルア!あの6階建ての建物だ!5階、一番左側にいるぞ!」
「何!そいつが狙撃兵だ!ウーゴ!」
「了解!」
ウーゴは手に持っていた拳銃を太もものホルスターへ戻すと、背中に掛けていたスナイパーライフルを構えた。その場に身を伏せてスコープを覗き、建物の6階にある窓へと照準を向けた。
「見つかったか。」
不適に笑みを浮かべた狙撃兵はすぐに銃身を下げ、自身も後ろへと下がる。直後に銃声が鳴り、窓を通り抜けてきた弾丸が屋内の天井へと当たった。
「あぶねぇあぶねぇ。腕の良いスナがいるなぁ。」
狙撃兵は頬から汗を流し、体を起こす。
「ち、さすがにこの距離じゃ、スコープの調整をしないと当たらないか!狙撃兵は移動を始めたぞ。」
「俺が目の前の建物に行く!フォルア、そっちは狙撃兵を頼んだ!」
ウーゴが悔しそうな表情を浮かべていると、ルイスの声がフォルアへと聞こえた。
「了解!ウーゴとライナーは俺について来い!ティアはルイスの援護を!狙撃兵はあの建物から動くにも高い位置にいる。飛び降りない限りは建物からの移動は不可能だ。そして目の前にある建物もそうだ。迂闊に出てくれば的になる。だから、2人で1人に当たるのがいいだろう。」
「了解。」
「了解。」
「了解。」
3人はフォルアの指示に応える。フォリアはイーサヌへと近づき、傷の確認をしようとしゃがむ。イーサヌは腹部に手を当てているが、出血で衣服の内側から赤く染みが広がりだしていた。
「イーサヌ、大丈夫か!」
「大丈夫だ・・・。それより、俺のことはいい。奴を・・・。」
「ひとまず瓦礫の裏に隠れていろ!俺が奴をしとめる!」
イーサヌは体を引きずりながら背の高い瓦礫へとゆっくり向かう。ルイスは背の低い建物の影へと背を合わせ、援護に向かってきたティアと合流した。フォルア達3人は全速力で狙撃兵のいたビルへと向かっていった。
「そっちは頼んだぞ、フォルア!」
ルイスの掛け声に、フォルア達は無言のまま走り去っていく。
ルイスとティアはイーサヌを狙撃した敵がいる建物の階段前にいた。建物の上階へと行くにはこの階段しか移動手段がなく、他に建物は傍に建っていない。1階へと降りるには階段以外であると、8mの高さから飛び降りる以外方法はない。2人は慎重に階段をのぼり、2階の部屋へと続く踊り場へと辿りついた。
ルイスが先頭となり、踊り場へと勢いよく飛び出ると、部屋へと続く廊下の先は壁があった。そして左右に玄関口があり、イーサヌを撃った狙撃手は左の部屋にいたことになる。
「ティア、階段は任せた。俺は部屋の中を捜索する。俺がもしやられたときは、代わりに奴を倒してくれ。」
「随分と弱気なことを。負けを覚悟で突入するつもり?」
「だけどよ、イーサヌが撃たれたんだぞ。マルコフ隊長の次にアイツが分隊長となる可能性があったのに・・・。」
「イーサヌが撃たれたのは不意打ちされたのが原因でしょ。正面からやり合えば、どんな敵にもイーサヌが勝つに決まってる。ルイスこそ、格闘ではこの班の中で随一の腕前じゃない。」
「だが銃撃戦になればそんなものは、」
「ううん、違うよ。」
否定したティアにルイスが振り向く。
「正面から挑む姿、あんなに堂々とした姿はルイスだけだよ。多分、本番に強いのって、実はルイスが一番なんじゃないかなって私は思う。だから皆もルイスを信頼しているし、私もルイスが前にいるのはとても安心する。
だから、ルイスの背中は私が守る。」
フード越しに伝わる声には優しさがあり、ゴーグルをヘルメットの唾の上へと乗せるティアは、2つの大きな瞳をルイスへと向けた。
「・・・まったく、まさかティアに励まされるなんてな。」
ルイスはゴーグルをかけたままだったが、険しく老練な顔つきに綻びがあったようにも伺えた。
「私が言えば男達は躍動するとマルコフ隊長に教えてもらったから、励ましただけだよ。・・・気をつけて。」
「ああ。」
ルイスはスカーフを触って被る位置を整えると銃を構えたまま、ゆっくりと左の部屋へと向かう。玄関を抜け、リビングにたどり着く。部屋は思ったより広く、また損壊も激しかった。住居の面影はキッチンの位置以外は殆ど残らず、焼け跡と化している。そして、引き出しが散乱したクローゼットも倒れている。天井の板は捲れ下がっており、広いリビングであっても死角が多い。
ルイスはグリップを握り締める力を更に籠め、部屋の中央へと差し掛かった。
「さあ何処だ。姿を見せろ。」
「いいよ。」
「なっ!!」
銃を構えていたルイスだが、現れた人間に対しての反応は咄嗟には対応できなかった。突然の出来事に引き金へと伸ばした指が動くことなく、銃を足で蹴り上げられた。現れた人間は小柄な体格から振り上げた右足を更に上げ続け、左足をも地面から振り上げる。万歳する形となったルイスの顎に向けて強烈な左足の蹴りを入れる。
「ぐふ!!」
ルイスの体も反動で持ち上がると、後ろへ仰け反るようにして倒れた。。空中で舞う銃は重力に引かれて落下し、それは蹴り上げた人物の手によって掴まれた。顎の痛みと衝撃による脳震盪から仰向けのままでいることしかできなかった。一連の動作が終わった後、吹き飛んだスコープが地面へと落ちた。
「くそ・・・何なんだ。」
歪む視界から見えたのは天井、そして蹴り上げた人間の顔だった。
「くそ・・・、不意をつかれたか!」
即座に立ちあがり、目の前の人間へと突進する。右の拳を握り締めて放った先に顔がある。当たった、という感触があるはずだったが、人がいなくなった。
「消えた!うお!」
勢いついた体が宙に浮かぶ感覚に切り替わった。その人間は体制を低くし、ルイスの下半身を足払いで反撃をしたのであった。頭から地面に滑り込むように落ちたルイスだが、再び両手を床につけて立ち上がろうと振り向いた。
だが、視線の先に見えたのは銃口。
「くそ・・・!」
悪態をついたルイスはそのまま動けなくなった。そしてルイスが見たのは、灰色のマントを羽織っていた人物像だった。
それは、身長や顔立ちからしてまだ幼さが残る少女だった。
(こいつは・・・子どもか!
何故こんな戦場に子どもが。そしてさっきの体術は一体なんだ。)
問いかけたい疑問は言葉に出せないまま、銃口が向けられているのに気がついた。同時に少女の瞳と目が合うと、思いついたように笑みを浮かべた。
「まさか、お前が・・・この戦場にいたとはな。俺の負けだ、殺すがいい。」
「うん。」
さらっと返事をした少女は引き金へと指を掛けたが、そこまでだった。目線だけを少し入り口へと向けたと思った瞬間、一気に両足へと力を入れて跳躍し、後ろへと下がった。それから一瞬して、銃弾が連発して少女がいた場所へと放たれた。
「ルイス!」
部屋へと駆け込んできたのはティアだった。ルイスが地面へと膝をつき、少し離れた場所に少女がいた。引き金を絞り、銃を撃つ。オートで放たれる銃弾が少女を襲うが、身軽にもステップした少女の体は柱の裏へと綺麗に隠れ、全ての銃弾は外れた。
「ティアか、すまない!」
ルイスはティアが助けに来てくれたことに、申し訳なく謝罪した。
「立って!柱の裏にまだいる!」
ティアは威嚇射撃を柱へと何度も撃ち込む。その間にルイスは痛みを堪えて立ち上がると、腰のホルスターから拳銃を抜き、同じく柱へと銃口を向けた。
「ティア、気をつけろ。アイツは普通の兵士じゃない。」
「どんな相手だろうと、私は構わない。ルイスは飛び出てきた奴をお願い。」
「違う!おい、まて!」
ティアは声だけでルイスへと頼むと、リビングの壁に沿いながら柱の裏側へと回り込む。小柄な体格である相手が隠れるとしても、間合いを詰めれば必ずどちらかの前に現れる。ティアの頬に汗が流れると同時に、柱から何かが飛び出した。
「うっ!」
突進してきた少女に銃を向けるが、銃口の照準が間に合わないと悟った。その銃口を反動を活かし、バットプレートで殴打を試みたティアだった。しかし、マントを翻しながら近づいてきた少女は、振り抜かれる前に腹部へと肘を打つ。
「かはっ・・・ぁ!!」
呼吸が一瞬で止まると、反動で手の平が広がり、銃が足元へと落ちた。ティアの膝が曲がり、腰が低くなったのを見計らい、少女はティアの首に腕を巻いた。
「がっ!!」
小さな女の子の腕にティアが掴みかかるが、どれだけ力を籠めてもはがれない。
(なんなの・・・この・・・腕の力は!)
溝へと食らった一発から呼吸が出来なくなってからの首絞めは効果が高く、ティアはもがくばかりで腕に力が入らないでいた。口が大きく開いて呼吸を求めるも、体の中には一切空気が入ってこない。
(殺される・・・!!)
一気にこみ上げてくる感情に呑まれ、ティアの目から涙が溢れ出す。
「離れろ!」
直後、銃弾とルイスの声が重なって聞こえた。少女は腕を解くと、大きく体を左へと反らす。銃弾は少女の頭があった位置を通過した後壁に当たる。次に少女はルイスへと突進をかけ、自分のマントを掴んだ。そして、それをルイスへと向かって投げると、マントが広がる。
「目くらましのつもりか!」
ルイスは慌てず、風の抵抗で開いたマントへと銃を構えたまま待っていた。すると、マントの中央が一気に膨れ上がり、それはルイスの方へと勢いよく向かっていた。照準を構えた先にその物体が捉えられた瞬間に引き金を引く。1発放たれた弾丸は真っ直ぐ伸び、甲高い衝撃音を鳴らした。
「なんだ!」
はだけた布からルイスが見たのは、布に覆われた自身の銃だった。銃身が盾となり、少女はその銃と被っていたマントを捨て、ルイスめがけて突撃してくる。次弾の照準が間に合わず、少女が伸ばした左手は銃とルイスの左腕を掴むと、自分の体を持ち上げる。勢いづいた少女の体がルイスの腕へと絡むように抱きつき、内側から外側へと更に捻りあげた。
「腕が!!」
折れるという直感から腕を守ろうと、膝を崩してルイスも捻られるまま倒れた。ティアは苦しみから解放された後、まだ荒い息遣いと目の回った視界からなんとか銃を握り締めた。
「ルイスっ・・・!」
「だめ。」
ティアが銃を少女に向けるのと同時に、少女の手に握られた銃がルイスの頭に向けられたタイミングはほぼ同時となった。ルイスは左腕を後ろに回され、うつ伏せの状態。右手を伸ばそうにも、少女は左側へと立っているため、足掻こうが身動きは取れない。
「銃を・・・降ろして!」
声を掛けられた少女は、ルイスへと向けていた顔をゆっくりと、ティアへと向けた。
「っ!女の子・・・!?」
布に巻かれて気づかなかったが、体つきは女の子だった。動きやすいように作られているのか、黒い戦闘スーツは四肢と胴体を引き締めており、間接となる箇所へプロテクトを装着、腰周りと胸周りには動きの妨げとならないよう最小の防護プロテクトを装着している。華奢な体を象っており、半袖から見える腕と顔は、褐色の素肌が見える。とても戦闘に向いた服装ではないが、少女を覆う気迫はそれを感じさせないほどである。
「ティア・・・撃て!」
ルイスは腕をにぎりしめながら、ティアへと命令をする。だがティアの指は引き金に当てられず、ただ銃口を少女に向けているだけだ。
「でも・・・ルイス!」
「そいつの目を見ろ!そいつらが、俺達の敵だ!」
ルイスの言葉を聞くと、少女の目を改めて見るティア。その少女は、右目が赤く、左目は黒い瞳だった。
「目の色が・・・違う!」
色素という概念であるかもしれないが、右目の赤は異様な程に綺麗な色をしている。その瞳に睨まれたティアは、引き金を押し込む指に力を籠められず、どうすれば良いか戸惑った表情をしていた。
「今ならやれるんだ!赤の瞳は、『機動型』!近接戦闘を避ければ勝て―――」
ダァン!!!
突然鳴り響いた銃撃に、ティアは引き金を自分が引いたかと驚いた。だが、自分が持つ銃口からは火薬の焼けた煙は出ておらず、少女が持つライフルから煙が上がっていた。少女はティアへと視線を向けたままだったが、その視線を倒れたルイスへと向ける。
銃弾は大量の汗を流すルイスの僅かに横の床へと飛び、穴を1つ空けていた。
「お前、喋るな。そこのお前、動くな。」
ルイスを見て、そして横目でティアへと命令しながら、首を少し動かしてティアへと視線を向ける少女。無表情に見える少女だが、睨む目つきには恐ろしいほどに殺気を放っている。
「撃つぞ。」
一度銃弾を放った少女は警告を出した。先程よりも銃口が内側へと向き、確実に当たるようヘルメットを口先でめくり、ルイスの頭部へと熱を帯びた銃口が突きつけられた。
「後方で銃声!」
一番後ろを走っていたウーゴは、ライナーとフォルアへと声を掛けた。
「くそ・・・俺達は信じることしかできない。それよりも、狙撃兵だ!」
フォルアは歯を食いしばりながら、走る速度を緩めずに目的の建物へと近づく。次にフォルアは、上の階から順に狙撃兵を探していく。同時に、周りの地形を確認すると、ある一点にポイントを見つけた。
「ウーゴ!そこから狙撃は出来るか!」
指をさして確認を促す場所は、背の低い瓦礫が折り重なっているバリケードだった。
「ああ、大丈夫だ!」
ウーゴは快諾すると前に進む足取りを止め、瓦礫へと身を隠す。銃口は瓦礫の窪みから突き出し、自分は寝そべる体制を取った。窪みの形も建物の屋上までを照準として捉えられるVの字となっており、見上げる状態ではあるが優勢な位置取りには間違いないポイントである。スコープを覗きながら、狙撃兵が窓から再び姿を現すまで照準をゆっくりと動かしていく。
3人が目標とした建物の入り口が見えた。自動ドアであるはずのゲートは開け放たれており、そのまま走りこむだけだった。
その時から、次第に天候が変わり始める。少し吹き荒ぶだけの風が、砂塵を生み出し始める程に風速を増した。周囲にある建物からも埃が吹き上がり、3人が通ってきた道を遮っていく。やがて狙撃兵がいた建物までの一本道は砂埃が舞う戦場となった。擦れ合う砂と風の音が混ざり合い、ゴーグルをはめていなければ進軍が出来ないほどに悪化していく。
フォルアは一旦足を止めると、路地に身を隠した。それに続いてライナーも、フォルアと同じ路地に入る。
「くそ、あと少しの距離で視界が・・・!」
「問題ない、ライナー。建物の位置は把握できている。狙撃をする敵からしてみれば、俺たちの位置は分からない。今のうちに間合いを詰めることができれば包囲できる。無理にでも覗き込もうとするなら、晴れた一瞬の間にウーゴが」
ダァン!!!
「ぐぁっ!」
銃声と共に、ウーゴが飛び上がる。反動で背中から倒れたウーゴと、前にいた2人が振り返るのが同時だった。
「ウーゴ!」
「嘘だろ!この砂埃の中、狙えるはずがない!」
既に遠く離れた背後でウーゴは左目を撃ち抜かれ即死していたが、2人からは悲鳴しか聞こえず、ウーゴの状態を確認できない。
「待ってろウーゴ!」
「下がれ!」
ライナーはウーゴを助けようと路地から身を乗り出したが、襟首をフォルアに掴まれ、そのまま路地へと引きずり込まれようとした。瞬間、再び銃声が鳴ると共に、ライナーの被るヘルメットを弾丸が掠った。勢いのまま2人は路地に倒れこむと、背中にある脆くなった木箱を潰した。
「なんで位置がわかるんだ!この視界で!」
「わからん・・・!だが何かしらの対処をしているには違いない。熱を判別するような特殊ゴーグルか、それとも地上からは見えないが、上からだとこちらの位置が把握できるのか。」
フォルアは可能性を考えながら、壁越しに建物を睨む。
「判断の良い奴がいるな。2人目、しくじったな。」
建物の壊れた外壁から堂々と姿を見せ、膝を立てて狙撃した兵士が独り言を呟いた。その照準は、背の低い建物を砂嵐が舞う中で何処を狙っているのか分からない。ただ狙撃兵は、足元へと銃口を向けたままスコープを右目で覗いている。
「なら、スモークを風上に投げるのはどうだ。さすがに煙の混じった中からは狙撃できないだろ?」
「ああ・・・、そうだな。」
「どうしたんだよフォルア、返事が弱気じゃねえか。」
「おかし過ぎるんだ。俺達は最初8人だった。既にマルコフ隊長とロッソの2人が殺され、イーサヌが深手を負わされた。ウーゴも恐らく・・・。ティアとルイスの状況は分からないが、分散されたと考えるならかなり追い込まれた状況だ。この戦力差で覆されるのが、不思議なんだ。」
「建物はもう目と鼻の距離だ。ダッシュなら7秒。俺基準だけどな。
狙って撃つのに2秒かかるとして、撃って1秒。最初の1キロ程離れた場所から狙撃できるなら、長距離の狙撃に不向きなセミオートは考えられないし、ボルトアクションとすれば約2秒。そして照準とすれば、合計8秒。1発目をなんとかすれば辿り着ける!」
「危険すぎる。もしもセミオートなら6秒、手慣れならボルトアクションの装填には2秒とかからない。それに篭城戦となれば、地雷等のトラップがある。突入するにも俺達の視界が悪ければ事前に看破することもできない。」
「『命を懸けなきゃ戦争には勝てない。』そう俺は教えられた。だから俺が死んだら、フォルアは奴を絶対に倒してくれよ!」
ライナーは会話の途中で手にスモークグレネードを握っており、既にピンが外されていた。大きく振りかぶって投げられたグレネードは空中で小さく爆発音を出し、開いた穴から一気に黒煙が現れる。瞬く間に風に乗って道を黒煙が覆う。
「ライナー、死ぬなんて言うな!」
「時間がねえ!いくぞ!!」
「・・・くそ!」
ライナーが飛び出すと同時にフォルアも飛び出した。
狙撃兵からの高さで見た地上は、もはや建物と地面の高低差や道の幅など全てが黒に覆い尽くされていた。だが、それでも狙撃兵は構えを解かず、極僅かに銃身を傾けて、引き金を弾く。
放たれた銃弾は、ライナーの左胸へと命中する。上半身が弾に射抜かれた反動で後ろへと傾き、転ぶようにしてライナーは倒れた。
「く・・・うおおおおお!」
フォルアは倒れるライナーの体を避け、更に走る足を前へと出して加速する。狙撃兵がレバーを引くと空薬莢が弾き出され、ハンドルを戻すと同時に次弾が装填される。先程の位置から少し下げ、スコープを覗いたまま引き金を弾く。
あと、すこし・・・
ダァン!!
銃声の後に、建物のロビーへと転がり込むように入ったフォルア。
朦朧とする意識の中で、フォルアの目がゆっくりと開かれる。その目の前には、人が1人立っていた。
「だ・・・れ・・・だ。」
「お前を撃った、お前の倒したかった敵だよ。」
くぐもったようにしか聞こえない相手の声。視界はぼやけており、フォルアは相手の顔の判別さえつかない状態だった。自分の体から大量に血が流れたのだろう、全身が凍るように冷たいのがわかった。
「因みに、6秒。」
「・・・なんだと。」
「装填に2秒、撃つのに1秒は間違いない。だが、狙うのには1秒で充分。一緒に出てきたタイミングを見たところ、俺の装填時間とかを考慮した決死の突撃だったのだろうけど。」
フォルアはその人間の言葉を聞いていくうちに殺意がなくなり、喪失感に包まれていく。
「結局・・・負けたのか。俺達は。・・・俺達は、負けた。」
狙撃兵は、フォルアの目を見た。潤んだと思った瞳からは、涙が零れ始めた。
「ちくしょお・・・!畜生おおぉ!がはっ・・・!!」
フォルアは泣き叫ぶと、口から吐血した。同時に腹部の激痛に襲われる。自分が撃たれた場所に気づいたのだった。
「1発で殺せなくてごめんな。」
狙撃兵は腰のホルスターへと右手を伸ばすと、拳銃を抜いた。その銃口をフォルアの額へと狙い定めた。
「最後に言い残したいことはあるか。」
狙撃兵がそう質問すると、フォルアは狙撃兵の顔をもう一度見た。
その一瞬だけ、狙撃兵の顔がくっきりと目に映った。そして、狙撃兵の瞳を見た。
「あ・・・!お前は・・・。」
驚きの表情を浮かべるフォルアだったが、次に笑みを浮かべると目を閉じ、最後に呟いた。
「殺してくれ・・・。そして、『 』。」
最後の一言を聞き届けた少年は、引き金を弾いた。
フォルアの周りには赤い血だまりが周囲に流れ出ていた。狙撃兵はフォリアの体に向けて手を伸ばすと、胸に取り付けられた無線機を手に取った。丈夫にある黒いボタンを押し込むと、スピーカーから雑音が途切れ途切れに聞こえる。無言のまま数秒黙っていたが、ゆっくりと狙撃兵は口を開いた。
荒れた天候が収まると、灰色の雲から落ちてくるものがあった。一滴一滴、それは次第に量を増す。戦場となった都市に、大雨が降りそそぐ。
「私達の勝ちだ。お前達の負けだ。」
少女はルイスの拘束を解くと、ゆっくり立ち上がる。
「負け?」
「俺達の・・・さっきの戦闘に関係あるのか。」
ティアは狙いを定めたまま、ルイスは後ろを振り向くことが出来ないため、銃口がまだ向いてると思い声だけ掛けた。その質問に対し、少女も口を開いた。
「質問には答えないよ。それに、人質は1人でいいって言われてるから、生きてる人は2人も要らない。どっちが死ぬか、決めていいよ。」
少女の応えに、2人は目を見開いた。
「どいうこと、人質って。」
ティアは少女へと尋ねるが、少女はティアを睨む。
「その銃邪魔だから、置いてて。ちゃんと撃てないようにロックして。」
「そんなこと、できるわけないでしょ。」
「でないとこのおっさん死ぬよ?」
引き金に少女の指が触れる。その一瞬の動きに反応して引き金に指がいきそうになったティアは、必死に堪える。
「・・・私が銃を降ろしたら、あなたもその銃を置くというのなら、言うことを聞く。」
「いや。」
少女はティアの提案に対して即答する。ティアは苛立ちを押さえるのに一杯であった。ルイスはというと、左腕はまだ締め付けられた時の痺れが残っており、まだ感覚が戻っていない。少女はルイスの左側に立っているため、手を伸ばせば足首に手が届く距離。
(だが、そんなことをすれば俺が撃たれ、さっきの動きでティアの狙いも外れ、結果的に2人が死ぬ可能性もある。どうすればいい。フォルア達が本当に負けたとするなら、このままではコイツの仲間が来るってことになる。ティアの様子だと、俺を助ける気でいるが、下手をすればティアが真っ先に殺される。)
ティアもルイスとの合図で、何か案がないかを必死に考えていた。だが今少女と目を合わせた瞳をルイスへと向ければ、少女が引き金を弾きかねない。それに、銃を長時間構えたままの手に疲れが溜まり、持ち上げている腕が震えていた。目の高さにある照準もぶれている。
「はぁ。疲れたなら置けばいいのに。」
溜息と合わせて、呆れた表情でティアに確信を言い放つと、構えていた銃の安全レバーを降ろしてティアへと少女は投げる。
「なっ!」
ティアは少女と目を合わせていた視線が、目の前に投げつけられた銃へと逸れる。それをかわそうと構えが解かれ、その隙を突いて少女はライフルを奪い取る。近づいた勢いのまま少女はティアの腹部を蹴り飛ばし、壁へと背中を打ちつける。
「ぐぅっ!!」
再び膝と手をついてしまう形となったティア。少女は先程と同じくライフルを撃てないよう安全レバーを降ろし、2人の手には届かないようキッチンの奥へと投げ込まれた。
「これで楽になれたな。感謝しろ。」
「どういう・・・つもり!」
少女は出会ってからの無表情はそのまま、ということもなく、笑みを浮かべる。手ぶらの少女は窓へと向かい身を乗り出すと、何かを探す動作を始める。そして、誰かに対して手を振る合図を出していた。すでに濃い雲は辺りを覆い、時節雷鳴が遠くから聞こえてる。
(間に合わなかったか・・・。)
ルイスは右手で拳をつくると、地面を思い切り叩いた。ティアは一瞬身を怯ませ、ルイスを見た。腕の痺れがようやく開放されたのか、ゆっくりと立ち上がる。
「何故お前達がここにいる。ここより前線で、お前達は足止めを食らっていたはずじゃないのか。」
「聞いてどうする。答える気はないけど。ていうかさっさと死ぬほう決めてよ。死に方は任せるから。」
「・・・ルイス、どういうこと。この子のこと、知ってるの?あっ・・・!」
ルイスの会話から聞かずに入られなくなったティアが口を開いた時、少女はティアの間近にしゃがむと、ティアの両頬を両手で掴む。ティアと少女の鼻が当たるほどの距離で、2人の目は合ったまま。
「私の右目、凄いでしょ。色違いで。お前みたいなまともな目じゃない。その目を見ていると腹が立つ。人は生まれたら同じ色してるんだよね。それが普通。でも私はお前と違う。私は普通じゃない。」
一方的に言い終えた少女はティアから手を離して立ち上がると、部屋の入り口へと振り返る。
「なんだ、2人生かしてたのか。」
少女とはまた別の声の主が聞こえた。咄嗟に兵士2人は声に続いて入り口を見た。部屋に入ってきた人物は、ビショビショに戦闘服が濡れ、背中に背負うリュックサックとは別に、右手に黒長いケースが持たれている。
「まさか・・・。」
「お前が、狙撃手。」
驚く2人を余所にケースを足元へ置き、右手をそのまま帽子へと伸ばて脱がした。唾で隠れていた表情が見えると、その狙撃兵の身体、そして目を、ティアは確認した。狙撃兵は次に背負っていたリュックサックを壁に立てかけると、その上に帽子を置く。もう一度背中に手を回した。
「青い、瞳・・・。」
ティアの視線の先にいる狙撃兵は、右目が青く、そして見た目の年齢は少女程ではないにしても、明らかに青年という呼称が相応しいほど若い人間だった。回した手に握られてたのは拳銃。ティアが見ている目の前で青年はルイスに拳銃を向けると、引き金を弾いた。
「な・・・。」
小さな発砲音が2発聞こえると共にルイスの体が小さく震えた。ティアの目が見開いていく。そして膝から崩れ落ちるように、ルイスはその場へと倒れた。
「ルイスー!!」
叫びながらティアはルイスへと駆け出す。少女は止めることなくそれを眺め、青年はホルスターへ銃を戻した。ルイスの近くへと勢いよく座り込むと、ルイスの体を起こした。
しかし、ルイスは即死していた。額に射抜かれた後が2箇所残っており、血が流れ出ていた。
「お前が最初に撃った兵士、瓦礫の裏で瀕死の顔をしていたから、止めをさしておいた。殺すのは俺の役目だしな。」
「イーサヌ・・・。」
ルイスの上半身を膝の上で抱えるティアの体は震えていた。死んだルイスを、ゆっくりと地面へと戻すと、ティアは青年へと顔を向けた。青年はティアと目が合うと、
「ん。」
きょとんとした顔から、その顔面を左ストレートで思い切り右頬を殴られた。青年は背中から倒れると、その上にティアがのっかかって来た。ティアの右手が振り上げられたのでその手を青年は押さえたが、振りほどかれる。そして右の拳が再び青年を襲う。
左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右。
青年は何度も顔を殴打され、少女は自分が所持していたスコープ付き拳銃を拾い上げて、埃を手で叩き落としていた。やがてティアの殴打の速度が遅くなり始める。その隙を狙って青年は両手首を掴み返した。膠着状態で2人の腕が震えているが、徐々に青年の上半身が起き上がる。
「おい!銃なんか拾ってないで助けろよ!」
青年は先程の淡々とした表情とは一遍、必死に少女へと助けを求めていた。少女はというと、スコープのレンズが割れてないことに安堵の表情を浮かべ、腰のホルスターへと銃をゆっくりと戻していた。
「お、おいこら!無視するな!」
青年は起き上がる反動を一気にティアへと押し込み、ティアを突き放した。バランスを崩して倒れたティアだったが、すぐにまた青年へと飛び掛ろうとした。だが今度は、突っ込んでくるティアの肩を握り、そのまま倒すようにして押し込んだ。一緒に倒れるとまた左頬を殴られる青年だったが、ようやくティアの手首を押し付け、腹部へのしかかることで反撃を阻止することに成功した。
久しぶりに開放された青年の顔は、無残にも赤くはれ上がり、頬のうっ血、口を切ったのか少し血が顎に流れ出していた。
「はあ・・・はあ・・・!こいつ・・・、同じ年くらいの女なのに・・・!腕力強すぎ・・・!歯が折れてないか心配だ・・・。あだ!あだ!」
「離せ!離せー!」
ティアは叫びながらもがき、青年の背中に何度も膝蹴りを見舞うが耐えられてしまう。だがついには、青年が痛みに耐えられず腰を少し浮かせたとき、次はティアが体を無理やりに引き起こして青年を振り払った。そのまま青年の首に腕を巻きつけ、青年の背中のホルスターから銃を抜くと、青年の頭に構えた。
「あーあ。」
少女は最後の一部始終を見ると、腰に手を当てて2人の様子を眺めていた。
「マルコフ隊長の仇・・・!ロッソの、イーサヌの、ライナーの、ウーゴの、フォルアの、ルイスの!」
ティアは涙を零しながら、銃の引き金を弾いた。カチン、という金属音がなる。
「・・・え!」
ティアは拳銃を見ると、弾が空っぽになることを合図とするホールドオープンを引き起こしていた。焦っているティアだったが、腕の中で首を絞められる青年はそのままでも大きなダメージだった。
「殺せないと分かったんなら・・・この手を離してもらおうか!!」
青年はティアに首を絞められたまま立ち上がり、そのティアごと壁に背中を打ちつけた。
「ぐっ!」
2回、そして3回目にティアの腕が解け、青年は転がるようにして少女の足元付近まで避難することに成功した。荒い息遣いから、額の汗を拭った。
「全く・・・、軍の人間って誰でも力は強いんだな。もっと鍛錬するべきだったか。」
青年は倒れているティアを見て、己が女に対して抵抗できなかったことを激しく後悔していた。だが、まだティアは抵抗しようと立ち上がる姿勢を見せていた。
「負けない・・・、お前達にはぜった―――」
突如、首元に重たい衝撃が走った。そして、視界が暗くなっていき、やがては何もみえなくった。
ティアの背後には、右手を振りながら立っている少女がいた。倒れたまま動かないティアの首元に手を当て、少しの間沈黙する。それから立ち上がると、青年へと視線を向けた。
「寝た。」
「最初からやってくれたら、ここまでならずに済んだんだ。なぜ助けなかったんだ?」
「人の合図に対して返事が無かった。」
「怒ってるのか。いやいやいや。そもそも建物を間違えていたお前の責任だ。それに、あんなわけのわからない手信号は初めてだ。以前よりもまた格段にレベルを上げているぞ。」
「プラスか。」
「マイナスだ。」
緊張、緊迫、流血、危機、あらゆる状況がこの狭い部屋の中でいくつも入り乱れたが、それらを皆無にするようなおかしな雰囲気が2人の間には生まれていた。そして、外からはくぐもった音が更に近づいてきていた。
「とまあ、お前と言い合ってても、俺が投げ飛ばされて終了だろうからここまでにするとして。」
両手を挙げて降参を表現した青年は、倒れているティアを見る。閉じている瞼は僅かに震えており、涙を流していた。
「ファーストミッションは、クリアだ。」
誰かにそう呟いた青年。戦いの終わりを示すかのように、雷の音が轟き、部屋の中へ眩い光が入り込んできた。
みなさんこんにちは。久しぶりの投稿です。これからまた頑張ります。