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集え、落ちこぼれの英雄ども。  作者: 食後の砂漠
日常編
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8章 俺たちには関係が無い学内戦争③


「次。上がってこい」


 俺がそう声をかけると、ガタイのいい男子生徒が備え付けられた戦闘フィールドへと上がってくる。

 相当緊張しているのか、そいつの顔色は青白く染まっていた。壇上で俺と対峙しているというのに相手の顔を見ようともせず、キョロキョロと視線を彷徨わせている。ガタイの割に小心な男だ。


 愛刀である大太刀をくるりと反転させ肩にかける。普通の大太刀に比べてさらに1.5倍ほどの尺を誇る俺の大太刀が、肩から突き出るようにして天へとその切っ先を向けた。これと向かい合う相手からすれば、俺の姿が2倍ほど大きくなったように錯覚することだろう。相手の心理状態が崩れていれば崩れているほど、この効果は高まるはずだ。

 とまあ、わざわざこんな安易な威嚇行動などしなくても、もう相手から戦意を感じ取ることはできない。

 試験を受ける前から、すでに戦意を喪失してしまっているのだ。


「……」


 Bクラスの生徒でこれか。

 俺は相手から視線を外さないまま、心中で人知れず嘆息する。もうずいぶんな数の生徒を相手にしたものだが、未だにまともに打ち合える相手に出会っていない。

 さすがにSクラスである俺と対峙して、拮抗できる者がBクラスにいるとは思っていない。だがそれでも、少しくらい骨のある者がいてもいい気がする。どいつもこいつも、やる前から諦めている。


 現在ここ第5演習場では、俺を相手にした模擬戦を執り行っていた。

 壁一面に幾何学模様が広がる箱のような演習場の中心に、特設の試験会場となる、プロレスリングをさらに広くしたようなフィールドを設置している。


 ルールは至って単純明快だ。この限定された範囲の中で俺と戦闘を行い、自らの魔法能力を発揮するだけだ。勝敗は問わない。

 勝敗如何に関わらず、学園に設置されている黒パネルが勝手に判断し、相手の魔力数値を判定するからだ。

 この辺の仕組みは詳しく知らない。知る必要もないと思っている。


 だから、受験者であるBクラスの男子生徒たちは、それこそ我武者羅に俺に魔法を打ち込んでくるだけでいいのだ。俺と真正面からやり合う必要性などない。

 もちろん俺からも反撃するだろうが、それでも試験の範囲内としてだ。

 だというのに、彼らは魔法を打ち込んでくる気配はおろか、戦闘を始めるそぶりもしない。

 どうやらこの試験の内容をはき違えているみたいだ。これは勝負ではなく、自らをアピールする自己プレゼンのような試験だというのに。

 はじめこそ、俺もそれではいけないと注意喚起してはいたが、こう何人も同様の反応をされるとこちらも面倒になってくる。

 ただでさえ人数の多いBクラスだ。これではまるで単純作業である。ゴミ集積場で次々流れてくるゴミを種別に分けては廃棄していく、ゴミ処理員のような心境だ。

 ……そろそろ始めるか。こんなことをダラダラ考え続けていても意味は無いしな。


「じゃ、試験開始だ」


 相手にも聞こえる程度の声量で、短く一言を発する。

 次の瞬間には、俺の掌底が相手の脇腹に突き刺さっていた。


「……っ!」


 相手の生徒が声も上げられないまま床を転がっていくのを尻目に、俺はずっと肩にかけていた大太刀をゆっくり振り下ろす。

 俺が使った魔法はただの身体強化だ。それほど魔力強度も上げていない。少し強化した脚力で、地面を軽く蹴っただけだ。

 そんなことは絶対にしないが、もし本気で強化した状態で俺が掌底を打ち出したとすれば、彼くらいの力量の相手であれば、今頃上半身と下半身が二つに分かれていることだろう。

 悪いことをしたとは思うが、これも仕方ない。この試験での黒パネルの評価はかなり低くなってしまうだろう。もしかするとマイナスということも有り得るかもしれない。

 まあ今回は運が悪かったと思って我慢して欲しいところだ。他の試験で挽回してもらうしかないな。


 俺は一瞬だけ相手の姿を視認すると、すぐに元の立ち位置に戻る。

 そして俺は壇上から、また一言呟いた。


「次。上がってこい」





「あーらま。これは今回の登録試験、降格する奴がぼこぼこ出てくるんじゃねーか?」


 今しがたの攻防を俺と一緒に見学していたテツが、心なしか楽しそうな声音で言った。

 俺も思わず少しテンションが上がってしまう。

 今の一撃は綺麗だった。身体強化を使っていたのもほんの一瞬だ。動きに一切の無駄がない。ああいう動きをされるのを見ると、いくら無能力である俺たちであっても多少は胸が躍るというものだ。

 というか、普段ぼこぼこにされる側である俺たちにとって、他のクラスの生徒達がぼこぼこにされるのを見学するのは、中々に気分がいいのだ。あ、また1人吹っ飛ばされている。受験者の回転ペースがちょっと速くなってきたな。

 先ほどまでは、多少は魔法が飛び交ったりしていたのだが、今ではもう受験者たちが順番にサンドバッグになるだけの謎の行列になっている。なんだあいつらは。全員マゾなのか?


 俺とテツは今、第5演習場のメインフロアを望むことができる見学席に並んで座り、クラス登録試験の一部を眺めていた。

 第5演習場には、その四角い部屋の縁を覆うように観覧席が設けられている。

 俺とテツの2人はその一角に陣取り、受けるべき戦闘訓練の授業をほっぽり出して試験を見学しているのである。つまりはサボタージュである。青春のあれである。


 今の一連の動作を見る限り、かなり熟練された身体強化だった。ほとんど本気を出していないようだが、それでもその体に染みついた修行の痕跡は至る所から感じ取ることができる。

 それは魔法を発動させるタイミングや速度であったり。はたまた初動時と終動時の一瞬の体重移動であったり。

 もっと単純なことを言うと、あの制服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体からは、彼があちらのセカイで潜り抜けてきた戦場の壮絶さが在り在りとにじみ出ている。


 そんな男が試験官を務めているのだ。

 Bクラス程度の実力では、あの男の今の動きを目で追うことすら出来ないのではないだろうか。

 試験官を務めるその男を見る彼らの目は、恐怖の色に支配されているように感じる。心がすでに折れているのがここからでも分かるほどだ。


 いつの間にかまた次の相手を一蹴していた男子生徒――――松永明良マツナガアキラのことを観察しながら、俺はテツに問いかける。


「なあテツ。もしお前が今でも魔法を使えたら、松永に勝てたと思うか?」


「んなもん実際にやってみねーと分かんねえよ。まだ実力も全然出してなさそうだし。だいたい俺のはどちらかと言えばサポートタイプの能力だったしよ」


「とは言っても、自分でも戦えたんだろ?」


 テツがあちらのセカイで使っていた魔法については、俺も概要だけは一度聞いたことがある。

 確かにその能力はどちらかと言えばサポート用のように感じた。だがその能力によって生み出したものは、テツ自身でも使えたらしい。というか旅の終盤はほとんど自分で使っていたと言っていた。


「っつーか、愛斗の方こそどうなんだよ? あっちのセカイじゃ色々出来たんだろ?」


「……確かに色々出来たけどさ。でも俺の魔法じゃあ頑張ってもAクラスくらいが関の山だよ。俺一人だと、たいしたことも出来ないしさ」


「ふーん? 愛斗っていつもそんな風に謙遜するよな。でも松永のあの動きを目で追えてる時点で、Aクラスくらい十分超えてると思うけどな」


 テツの言葉に、俺は少しだけ考え込んでしまう。

 確かに少しくらいは善戦できるかもしれない。俺にだって多少は意地もあるしな。

 でも松永の本気の力量は、底が全く計り知れない。

 俺たちがこうして眺めている間、松永はこの試験の中で一度たりとも”刀”を使っていないのだ。


 試験用の戦闘フィールドの中心にたたずむ男の姿を、俺は再び注視する。


 英雄課Sクラス。序列3位。”闘剣グラディウス”こと松永明良。

 彼は5人いるSクラスの中で、最上位に位置する男だった。

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