7章 俺たちには関係が無い学内戦争(間話)
◇
その2人を見かけたのは、ちょうど俺が商店街の一角にあるドラッグストアを出たところだった。
電球を買いにちょっと近くのコンビニを回っていたのだが、こんな時に限って探しているサイズの電球が中々見つからなかった。そのため、わざわざ商店街を一周し、ドラッグストアまで足を伸ばす羽目になってしまったのだ。
お目当ての電球ついでにいくらかのレトルト食品などを購入し、あとはコンビニでお気に入りの漫画雑誌でも立ち読みしてから帰ろうか。などと考えていたところ、向こうの通りからこちらに向かって仲良く歩いてくる2人の女生徒の姿が目に入った。
俺の制服と非常に似通ったデザインの女子制服を身に纏う、まあ有り体に言うと同じ英雄課に通う女子生徒の2人だった。
それに、その2人は知らない顔ではなかった。あちらは俺のことなど見覚えないかもしれないのだが、英雄課に通う人間ならば、決して知らぬ人物ではない。
それほど彼女たちは有名人だった。
英雄課Sクラス。序列6位。”慈愛”こと織河琴美。
英雄課Sクラス。序列4位。”災害”こと不和頼華。
英雄課が誇る、Sクラスに所属する生徒たちだ。
どちらも有名人ではあるが、特に見覚えがあるのは銀髪の少女。
織河琴美の方に関しては、俺もよくお世話になっている。ついこの間も左腕の骨折を治療してもらったばかりだ。
彼女は英雄課の保健委員だ。実際に保険委員というものが存在しそれに所属している、というわけではないのだが、生徒達の間では完全にそういう認識である。訓練などで怪我を負った生徒の多くが、彼女のお世話になっているのだ。
強力な治癒魔法の使い手であり、さらには光属性の魔法で相手を射貫く凄腕のシューターでもあるらしい。
戦闘シーンを見たことは一度もないが、織河も歴としたSクラスの生徒だ。そこら辺の相手とは比較にならない戦闘能力を持っているだろうことは想像に難くない。
そして、その織河琴美に手を引かれるようにして歩く金髪ツインテールの少女。
不和頼華だ。
彼女は、今日の昼に見かけたあの巨大竜巻を起こしていた張本人だ。あんな小さな体のどこに、あれほどの凶悪な魔力が隠されているのか。
しかも彼女の扱う魔法は竜巻だけではない。
英雄課のたいていの生徒は、魔法を使えると言っても何かの属性に特化していることが多い。普通は火属性が得意だったり風属性が得意といったように、多くとも2属性から3属性の魔法を扱う。
しかし不和が使う魔法は、その常識を完全に逸脱する。
不和は地水火風無の5大元素属性に加え、その属性同士を組み合わせた「氷」やら「雷」やらの複合属性の魔法すら完璧にこなす。
まあ5大元素属性というのは本人が言っていることらしいが。
人によっては陰と陽だったり空間と時間だったり、属性に対する概念が違うからな。
話はそれたが、とにかく不和頼華という人物は、あらゆる現象を魔法で起こすことができる。おそらく、単純な”魔法使い”としては、学園最強ではないだろうか。
余談ではあるが、学園序列1位の”聖騎士”ですら、使える魔法属性は1つだけだ。といっても、あちらは少し特殊な属性ではあるのだが。
さらに余談ではあるのだが、俺は向こうのセカイで7属性の魔法を扱えた。属性の数だけは不和にも負けてないという自負がある。今となっては単なる無能力のため、毛ほどの対抗心も湧かないのが悲しいところだ。
そんな有名人でもある2人の女子生徒と、歩きざまにすれ違う。
ちらりと2人の方に視線を向けると、何かお喋りでもしているのか、こちらを特に気にするでもなくそのまま俺の横を通り過ぎた。
「……」
ふう、少し緊張した。
なにせ相手は、我が学園の最強クラスに列席する序列4位様と6位様だ。織河の方は意外と見知っているとはいえ、Fクラスなんぞの一学生が学園の有名人と一瞬でも居並ぶというのは、なんとも言えない緊張感がある。
街で突然出くわした芸能人と並んでいるような、不思議な感覚だ。
と、思っていたのだが、少ししてから何かに気づいたのか。
織河が「あ!」と声を上げたかと思うと、こちらの方へ体を向けて俺を呼び止めてきた。
「ねえ、あなた」
「…はい?」
突然かけられた織河の声に少し驚きながらも、俺は返事をした。
なんだ? 何か気に障ることでもあったか?
特に何もしてないと思うけど。
内心の俺の心配とは裏腹に、俺と向き合った織河はにこりと微笑んだ。
見ているこちらの心を溶かすような、柔らかな微笑みだ。
「あなたFクラスの、確か……刈谷くん……だったよね?」
「ああ、そうだけど……よく俺の名前知ってるね」
「そんなの当たり前だよ。左腕の調子はどう?」
織河はそう言って、俺の左腕を気にする。
確かにちょっと前に左腕を骨折していたけど、それも2週間以上前の話だ。
まさか、治療した生徒の名前と怪我の内容を、すべて記憶しているとでも言うのだろうか。
しかも俺のようなFクラスの生徒のことすら。
俺は左腕を少しだけ掲げて強調する。
「もうあれからずいぶん経つからな。腕はもう完全に治ってるよ。あの時はありがとう。ところで何で俺のことを? もしかして生徒の名前みんな覚えてるのか?」
織河は「そんなことないよ」と不和とつないでいるのとは反対側の手のひらを左右に振り、否定の意を示してきた。
「刈谷くん達……ああ、Fクラスの志門くんとか鴻上くんだけど。よく怪我して保健室に運ばれて来るでしょ。もう何度も顔見てるからね。知らない間に覚えちゃったの」
「……いつも迷惑かけて申し訳ない」
「迷惑だなんてことないよ。ただ少し心配でね。いつも酷い怪我で保健室に運ばれてくるから……」
織河は本気で俺の体を心配するように、顔を曇らせている。すごいいい奴だ。
いつもいつも保健室の世話になる自分のことが、少し恥ずかしくなってくる。今度からもうちょっと気をつけよう。できれば擦り傷程度で済むように。
まあ、織河琴美が優しくていい奴だ、という話は元々英雄課での常識だ。なにせ生徒のほぼ全員が世話になっているのだから。
「ねえお姉ちゃん、この人だーれ?」
織河と俺の会話の間、ずっと暇そうにしていた不和が口を開いた。
こちらは俺のことを知らないようだ。むしろこれが当然だが。
それにしても小さいな。仕草が幼い感じなため、より一層実際の身長よりも小さく見える。隣に並んでいる織河が、それなりに身長があるのも理由の一つだ。
不和は若干警戒しつつも円らな瞳で、俺と織河の顔を交互に眺めている。
「頼華ちゃん。同じ学園の刈谷くんだよ。ほら、挨拶して?」
「こんにちは」
不和は織河の言葉にたいして、何の迷いもなくぺこりとお辞儀する。だが真顔だ。幼稚園児とかが知らないおじさんにお辞儀するような、人形じみた雰囲気を感じる。
というか織河、不和のお母さんか何かかよ。不和への対応がまさにお母さんのそれである。
俺も簡単に挨拶を返すと、不和は心なしか警戒するような感じで織河の体の後ろに隠れてしまった。
確か不和って中学生くらいだったよな。さすがにちょっと子供っぽすぎる気がするが。
「ごめんね。頼華ちゃんって少し人見知りするの。刈谷くんのこと嫌ってるわけじゃないと思うから、気にしないであげてね」
「ああ、気にしてないよ。ところで2人は商店街に何か用か?」
「あ、うん。ちょっと保健室の包帯が切れちゃったから。ドラッグストアまで買いに来たの」
「へえ。てか包帯って保健室の備品じゃないの? わざわざ織河………さんが買ってるのか?」
普通学園の保健室にある包帯なんて、学園側で準備するものだろう。Sクラスともなれば、もはや学園を運営する側になるのだろうか。
それと思わず呼び捨てしそうになってしまった。さすがに呼び捨ては不味いよな。
「保健室をよく使ってるのは私だから。私の使いやすい備品を自分で用意してるんだよ。もちろん学園が準備してくれる備品もあるんだけどね。それと……”さん”はいらないよ。私のことは呼び捨てか、下の名前で呼んでくれていいから」
「え?」
下の名前って……琴美ってことか? いやさすがにそれは無理だろ。いくらこうして会話しているとはいえ、基本的にはSクラスとFクラスの人間だ。身分的なあれがあるだろ。現代で身分的なあれっていうのも実感が湧かないが。
でもせっかくこう言ってくれているんだ。厚意を無碍にしたくはない。
「じゃあ……織河。これからはこう呼ばせてもらうよ」
「うん、ありがとう」
再びにこりと微笑む織河。
こうして会話してみると、学園内で男女問わず人気があるというのも頷ける。学園でのFクラスの扱いが酷いだけに、より一層その優しさが身にしみてくるな。
「そういえば……買い物終わったら私と頼華ちゃんで、近くの新しい喫茶店寄っていこうと思ってたんだけど。もし良ければ刈谷くんも一緒にどう?」
「は?」
突然の織河の提案に、今度こそ固まる俺。いくら通り名が”慈愛”とはいえ、これはいくらかフレンドリー過ぎやしないだろうか。
ほら見てみろよ。隣の不和の表情を。この世の終わりみたいに絶望してるじゃないか。
というか蒲原もそうだが、少し異性に対する距離の詰めようについて考えを改めてもらいたい。
それはともかく、さすがにSクラスの2人と一緒にお茶する度胸は俺にはない。やんわり断らせてもらおう。
「その申し出はありがたいんだけど、俺もこの後用事あるから。それに不和にも悪いしな」
「そっかぁ……残念。なら今度一緒してね?」
「ああ分かった。今度機会があったらな」
「うん。それじゃばいばい、刈谷くん」
「ああ、またな。織河」
手を振り挨拶を交わす。
そして最初にすれ違った時と全く同じように、お互い反対方向へと足を進めた。
こうして、俺とSクラス生徒達との第1次接触は終わりを告げたのだった。
ド緊張の嵐だった。なんだか無性に疲れてしまった。