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集え、落ちこぼれの英雄ども。  作者: 食後の砂漠
日常編
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6章 俺たちには関係が無い学内戦争②


 ひとまず、昼一の魔法演習は鬼ごっこをした。

 いや、俺も元々冗談のつもりだったんだけどな。


 猛烈な殺人竜巻を横目にしながら第2演習場であるドームに行ったら、やっぱり出席者は俺たち5人だけだった。

 やることも無いまま少しの間だべっていたのだが、あまりの退屈さに耐えきれなくなったのか、蒲原が急にごろごろと暴れ出した。

 放っておくのも忍びないので、ちょっとした冗談のつもりで「鬼ごっこでもやるか?」と言ったら、俺の予想に反して蒲原は目を輝かせて食いついてきた。

 あれよあれよという間に、隼人も混ざり4人で鬼ごっこをすることになってしまった。さすがに辰巳は混ざらずに隅っこの方に座っていただけだったが。

 そして俺たちは思い知った。蒲原の恐ろしさを。


 あの女、めちゃくちゃ足が速い。それも尋常じゃなく。しかも常に笑顔なのだ。笑顔のまま猛スピードで追いかけてくるのだ。

 少なくとも俺とテツと隼人の3人は、何があっても蒲原からは逃げられない、という共通認識を得た。

 あいつを怒らせたら永遠に追いかけてくる。絶対に逃げられない。

 蒲原を敵に回すことだけはやめておこう。

 もはやこれは一種のトラウマである。授業の終わりを告げるチャイムが鳴った時、笑っていたのは蒲原1人だけだった。

 つーか本当にあいつ魔法使えないのか? 身体強化してないとあのスピードは出ないだろ。

 そう言えば、普段Eクラスとの合同訓練で、相手の魔法をどうやって潜り抜けているのかと尋ねたら、「気合い」と答えていた。

 そのときは冗談半分で聞き流していたが、あながちあれは冗談ではなく本気だったんじゃないだろうか。


 そして現在時刻は夕方。

 帰り支度を終えた俺は、テツや蒲原と別れの挨拶を交わすと教室を出た。

 普段ならテツとは一緒に寮に帰っているのだが、今日は少し個人的に用事がある。

 用事といっても、それほどたいした事ではない。俺の寮の部屋の電球が切れたため、新しい電球を買いに行くだけだ。まあ電球の換えくらい寮の備品でストックしとけよ、と思わなくもないが。


 学園を出るべく昇降口から外に出ると、第1演習場のグラウンドを掃除している生徒達の姿を見かけた。

 昼間に出くわした、あの巨大な竜巻はすでにない。

 周囲への影響はほとんどないほど制御された竜巻ではあったが、内部ではその限りではなかったらしい。地面はえぐれ、ゴミやら何やらが散乱し、……あれは男子生徒の制服の上着か? ボロボロで原型が留まっていないが。

 竜巻に巻き込まれた生徒達の被害の大きさがよく分かる。この空間だけに台風が襲いかかってきたかのようだ。いやまあ、ほぼその通りではあるんだけど。

 まさに”災害”の縮図である。


 そんなことを思いながら、俺は学園を後にした。





 保健室のベッドは久しぶりに満席状態だった。

 今日はまだクラス登録期間の初日だというにも関わらず、怪我人の訪問が止まらない。

 英雄課では訓練などの授業があるため、日常的によく怪我人が出る。そういうこともあり、多少は広いスペースが確保されており、ベッドもそれなりの数が用意されているのだが、今回はそれらが完全に埋まってしまっていた。

 理由はすでに判明している。私と同じクラスに在籍する頼華ライカちゃんが、ほんのちょっとやり過ぎてしまったのだ。


 頼華ちゃんは今日、試験管を請け負っていた。厳密に言うと生徒達の模擬戦の相手を務めていた。

 元々少しやんちゃなところがある頼華ちゃんだ。これは試験だよ、ちゃんと手加減してあげないと駄目だよ、と私もきつく言い聞かせていたのだが、案の定やり過ぎてしまった。

 この試験は本来、相手の魔法能力を見極めるための実力試験みたいなものである。よって相手を半殺しにする必要は無い。

 あとで頼華ちゃんをこっぴどく叱っておかないと。


 ベッドに横になって苦しそうに唸っている男子生徒の右足の骨を魔法で固定しながら、私―――織河琴美オリカワコトミは小さく「ふぅ…」と息を吐いた。


 ふと顔を上げ、近くにある洗面台の鏡をのぞき込む。そこには銀髪碧眼の少女の顔が映っていた。

 元々は黒髪だった自慢の長髪は、今では青みがかった美しいプラチナブロンドの髪へと変貌している。あちらのセカイで変色したのだ。まだ綺麗な色になってくれたから良かったが、黒髪を見慣れている私からは未だに違和感がぬぐえない。

 櫛を通したようなその長髪に、整った鼻筋と尖るような顎先が相まって、全体的に大人びた印象がある。だが、揺れる大きな碧い瞳が幼さを醸し出しており、美しさと幼さがうまく共存していた。

 誰が見まごうこともない、歴とした美少女がそこにいた。


「……」


 何を考えているんだろう私ったら。思わず鏡に映った自分の顔に見入ってしまっていた。それほど自意識過剰なつもりもなかったのだけど。

 ナルシストの気質でもあるのだろうか。今後ちょっと気をつけないと。


 そんなことを考えつつ、次の患者のベッドへと向かうべく腰を上げた。

 そのとき、バタバタとした足音と共に、誰かが保健室に飛び込んできた。


「お姉ちゃーん、帰ろー!」


 乱暴に扉を開け、中に突入してきたのは、頼華ちゃんだ。

 一直線に私の元まで駆けてくると、ぎゅっと胸の辺りに抱きついてきた。


「もう、ちょっと待ってて頼華ちゃん。まだ手当てしないといけない患者さん残ってるんだから」


「んーむ、んんーっむ!」


 頼華ちゃんは私の胸に顔を埋め、ぐりぐりと顔を振り回しながら唸っている。私の胸はそれほど大きくないしそんなに気持ちいいものでもないと思うのだが、頼華ちゃんはいつも私に会うと最初にこれをやりたがる。


 頼華ちゃんが私の胸から顔を上げると「んふー」と機嫌良さそうに私の顔を眺めてくる。私になついてくれているのはとても嬉しいが、今はちょっと待って欲しい。


「ね、頼華ちゃん。少し放して? もうちょっとでお仕事終わるから。そしたら相手してあげるから、ね?」


「うん、分かった」


 聞き分けよくパッと手を放してくれる頼華ちゃんに、にっこり笑顔を向けると、私は次の患者の治療を始めた。


 今ベッドを使用している彼らは、少し怪我が重い患者達だ。骨折していたり、内臓を損傷していたりと。

 そういった怪我は、いくら治癒魔法でも一瞬で治してしまうほど魔法というものは万能ではない。それでも私の治癒魔法なら、一日とかからずに完治させられる。


 残った患者達に次々と治癒魔法をかけていく。10分とかからずに、すべての患者の処置を終えることができた。

 先ほどまで苦しそうに唸っていた生徒達から、静かな寝息が聞こえてくる。あとはこうやって明日まで安静にしていれば、完治するのもすぐだろう。


 洗面台で手を綺麗に洗浄したところで、先ほどまで椅子に座って所在なさげに両足をぷらぷらさせていた頼華ちゃんが、私の元へとトコトコ近づいてきた。


「終わった?」


「うん全部終わったよ」


 そう言って、頼華ちゃんの蜂蜜色の髪が揺れる頭を撫でてあげる。すると頼華ちゃんは気持ちよさげに瞳を細めた。

 こうして頭を撫でていると、先ほどまで叱ろうとしていた気持ちが薄れていく。なんだかんだ言って、私も頼華ちゃんには甘い。いけないことだとは分かっているのだけど、ついつい甘やかしたくなる気持ちが先に立ってしまう。


 私は撫でる手を止めることなく、頼華ちゃん――――不和頼華フワライカのことを観察する。


 私の肩くらいまでの身長。そしてハニーブロンドのツインテール。その毛先がくりんと外側に丸まっており、非常に可愛らしい。中学2年生くらいの年齢だと聞いているが、普段の行動の幼さも相まって実際よりも低い年齢に見える。だが、顔の一つ一つのパーツは精緻に整っており、まるで人形のような印象を受ける美少女だ。

 私のことを「お姉ちゃん」と呼ぶほど懐いてくれており、私にとっては妹のような存在である。


 しばらく頼華ちゃんの髪を撫でていた手を名残惜しくも放し、私は帰り支度を始めた。


「さて、それじゃあ帰ろっか」


「うん」


 私と頼華ちゃんは、手をつないで保健室を後にした。残してきた患者さん達は、あとはかかりつけの保険医の人が面倒を見てくれる。

 あ、そういえば思い出した。


「ねえ頼華ちゃん。悪いんだけど、帰りがけにちょっと商店街の方寄ってもいい?」


「んー? 何かあるの?」


「さっきまでの治療で包帯が切れちゃったの。買い足しておきたいからドラッグストア行きたいんだけど……」


「いいよー。ついでに新しくできたあそこの喫茶店行きたい。ねね、いいでしょ? お姉ちゃんも行きたいって言ってた喫茶店!」


「もう、しょうがないな」


 こうして私と頼華ちゃんのふたりは、少し寄り道してから寮へと帰ることとなった。

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