5章 俺たちには関係が無い学内戦争①
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その日の学園は、早朝にもかかわらず、なんとなく雰囲気がピリピリとしていた。
俺が登校したのはいつもと同じく始業の1時間前。普段はこの時間だと人影もまばらなのだが、今日に限って登校している生徒の数が多い。それにこれだけ人がいるのに、いつもなら辺り一面から響いてくる爆発音やら何やらがあまり聞こえない。
俺にとってはさして重要でもないのだが、やはり今日から始まるクラス登録期間に、学園全体が異様な緊張感に包まれているのだろう。
彼らは、学園の指定する課題や生徒間の模擬戦などをこの数日間で行う。その試験でいい結果を残し、自分のクラスを少しでも上げようと躍起になっていた。
この試験、クラスが上がるだけでなく下がることもある。自分のクラスに格下のクラスから昇格してきた者がいたとすれば、代わりに誰かが降格する可能性があるのだ。必ずそうだという訳でもないのだが、こういった例も決して少なくはない。
また単純に、規定を下回る結果を残した場合も降格の対象となる。
そして、この試験を定期的に受け続けなければ、クラスはどんどん下がっていくのだ。
この前ホームルームで蒲原も言っていたが、基本この試験は自由参加だ。しかし実のところ、2ヶ月ごとに毎回受けなければならない必修試験なのである。
もうこれ以上クラスが下がりようのない俺たちFクラス以外のクラスは、無条件で受ける必要がある。
このクラス登録期間とは、英雄課に通う生徒達にとっては、自らの進退を決定付ける重要なイベントなのである。
そんな、ざわざわとした背中がかゆくなるような緊張感を感じながら、俺はFクラスへと向かっていった。
◇
「はあ……昼一の授業が魔法演習って……憂鬱だよな」
俺の隣を歩くテツが、いつものように愚痴を漏らす。
「まあな。でも今は登録期間だし、Eクラスもほとんど試験受けに行ってるだろ。まだいつもよりマシじゃない?」
「そりゃそうだろーけどよ……むしろEクラスがいないのに魔法演習って何だよ。俺らだけで魔法演習やってどうすんだよ」
クラス登録期間の初日。
俺はテツと共に更衣室へと向かっていた。次の授業である魔法演習を受けるため、訓練用のスーツに着替えるためだ。
未だに横でブツブツ不満を漏らしているテツに苦笑しつつも、ふと俺も溜め息をつく。
テツの言うことも一理ある。魔法の使えない俺たちしかいないのに、魔法の演習で何をすればいいのか。
筋トレでもやってればいいのだろうか。特に教官的な人物もいないため、やることが全く思いつかない。
一応、形だけではあるが、こういった演習などの授業では監視役として担当教員がつく。しかしその担当教員は当然魔法が使えない。本当に監視役としてしか機能しないのだ。
それにしてもマジで何をしようか。
特にEクラスの連中にとって、このクラス登録期間に行われる試験は、他の何をおいても受けなければならない。なにせ、万が一クラスが降格したら、俺たちFクラスの仲間入りを果たしてしまうわけで。
だからこの期間の魔法演習や戦闘訓練なんかのEクラスFクラス合同授業は、基本的に俺たちしか参加しなくなる。もっと言えば、氷山や千葉は参加すらしないため、さらに参加人数は絞られる。
ちなみに男女は混合である。
おそらく集まるメンバーは俺とテツ、蒲原に隼人、辰巳の5人だけだ。
……鬼ごっこでもしてようか。まあ冗談だけど。
そんなことを考えながら、更衣室でスーツに着替え、テツと共に授業が行われる予定の第2演習場へと向かう。
学園の正門前にあるドームみたいな施設。あれが第2演習場だ。
そうして演習場へと向かうため、一度校舎を出る。すると、目の前のグラウンドでは巨大な竜巻が巻き起こっていた。
「……」
「……」
目の前の光景にしばし絶句した。
なんだこれ。何が起こってんの? 竜巻かこれ? それとも壁? なんか異常な高さまで渦巻きが立ち上ってるんだけど。
つーかあの周りでぐるぐる巻き込まれてる影、というか点。あれ人か? いやいやいや、まさか人じゃないだろ。……蟻?
おそらくだが、あの蟻みたいな黒い点々、というかゴミみたいにぐるぐる竜巻の周囲を回っているあの小さい影は、どうやら人間らしい。その小さい影が300m近くの高さはあろう竜巻によって、猛スピードで上空へ巻き上がっていく。まるで巨大な柱だ。その巨大な柱が天の雲を突いているかのような光景が思い浮かんだ。
「―――――――きゃはははぁぁ―――――――――お前らぁぁ――――――――――んでしまぁぁ――――――――――!!」
時折聞こえてくる叫び声。何を言っているのかは全く聞き取ることができない。竜巻に巻き込まれ吹き飛ばされる生徒達が、恐怖のあまり叫んでしまっているのだろうか。
グラウンドタイプの演習場である第1演習場。そのグラウンド全面を覆い尽くすように、その風の暴力は渦を巻いていた。
うん。ちょっと落ち着いてきた。少しだけゆっくり観察する余裕が出てきたみたいだ。
じっくり観察してみると、その竜巻はかなり精密に発生させられていた。
あまりの風の暴力に、竜巻の中心ではプラズマのような稲光が何度も起こっていた。内部の摩擦がとんでもないことになっているのだ。にも関わらず、その周囲への影響は限りなくゼロだ。中央歩道の両脇に植えてある桜の木々は、全くといっていいほど揺れていない。
魔法の発生領域を、完全に制御しているのだろう。俺たちが立つ場所にも、風の影響は全くない。気持ちいい自然のそよ風が、頬をなでていく程度だ。
そんな時、ふと気づいたかのようにテツが両手をポンっと鳴らした。
「あ、そうか。あの竜巻、”災害”の奴か」
「ああ、”災害”な。それなら納得だ」
”災害”っていうのは、あるSクラスの女子生徒の通り名だ。ちなみに災害と書いて”災害”と読む。
通り名とかマジか。正気かよ。しかもカタカナでルビ振っちゃうとか嘘だろ。という風に思うかもしれない。だが少し考えてみて欲しい。
俺たち英雄課の生徒は皆、異世界を旅してきたのだ。ぶっちゃけあっちのセカイは、二つ名とか通り名とか日常茶飯事だった。
聞いているこっちが恥ずかしくなってくるような通り名の敵と対峙したことも少なくはない。ダーク何ちゃらとかライトニング何ちゃらとか何人もいた。ていうか身内にもいた。一緒に歩いていて恥ずかしかったのは若い頃の思い出だ。
そういうこともあって、英雄課のSクラス、SSクラスの上位クラスの生徒には、誰が最初に言い始めたのか、通り名が付くようになった。
さらに言えばこの通り名、生徒間だけで勝手に出回っているだけの通称ではない。
学園認定の称号でもあるのだ。
今まさに行われている、クラス登録試験。この試験で生徒達は自分のクラスの昇降を判定してもらうのだが、そこには明確な判定基準がある。
学園校舎内の奥には黒っぽいパネルが設置されている。だいたい3m四方の大きなパネルだ。
黒っぽい光沢を放つそのパネルに、登録された生徒たちの名前と魔法技能を数値化したものが浮かび上がるのだ。誰かが書き込んだり調整しているのではなく、自動で浮かび上がるのである。
その数値により、序列が入れ変わったりする場合も同様だ。やはり自動で序列が入れ替えられる。
何かの魔法だと思うのだが、誰が準備したのかは不明だ。現代科学ではおそらく作るのは難しいだろう。
そんな大きな黒いパネル――――正式名称は「ソーサリータブレット」というらしい――――を生徒達は思い思いに「黒パネル」とか「石版」とか呼んでいた。ちなみに俺は石版と呼んでいる。
話は戻るが、その石版のSクラスおよびSSクラスの生徒の項目には、名前と数値、そして通り名が浮かび上がるのである。
最初の頃はこんなことは無かったらしいが、いつの頃からか、生徒間で呼び合っていた上位生徒の通り名が、石版に反映されるようになったのだ。
結果現在、石版の上位クラス7名。詳しく言うとSSクラス2名、Sクラス5名の項目に、それぞれの通り名がしっかりと浮かび上がっていた。この7名こそが、この学園内の序列トップランカーである。
ちなみに俺たちFクラスの生徒も勿論、この石版に名前が浮かび上がっている。雀の涙みたいなショボい魔力数値と一緒に。
全く。恥ずかしいったらありゃしない。