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集え、落ちこぼれの英雄ども。  作者: 食後の砂漠
日常編
3/29

3章 俺たちの戦いは、まだまだこれからだ(仮)

 始業のチャイムが鳴り響く。

 ホームルームの時間だ。

 しかし担任教師の姿は見えない。

 教壇に立っているのは蒲原だ。小さい背中をむんっと伸ばし、両腕をついて教卓に体重をかけている。教師っぽい威厳を出そうとしているのだろうが、むしろあれは逆効果だ。なんというか非常に愛くるしい。

 そんな、Fクラスが誇る我らが"委員長は"、俺たちをぐるりと見渡し息を吸い込んだ。


「はーいっ、みんな注目注目。それじゃあ朝のホームルームを始めるよ。まずは先週から注意喚起されてる、通り魔の件から――――」


 蒲原は未だに椅子をカタカタ揺らす氷山や文庫本を手放さない千葉を気にせず、いつもの調子でホームルームを進行していく。


 Fクラスは特殊である、とは言ったが、担任教師が不在というのもその理由の一つだ。俺たちのクラスには担任がいない。休みとか今たまたまいないわけではなく、本当にいない。

 各授業の担当教員はいるが、クラス担任があてがわれていないのだ。

 それにはいくつか理由が考えられるが、人員が足りない、というのが一番大きい理由だろう。

 英雄課には、その特性上、魔法を扱う授業や戦闘訓練なんかもカリキュラムに含まれている。しかしその魔法を実際に扱うことができるのは生徒だけだ。

 魔法という非科学的な存在が認知され始めてからもう幾分か経つが、魔法の知識を持っている大人の数が圧倒的に少ないのだ。

 そんな理由もあり、魔法を扱うこの英雄課の中にあって魔法が"使えない"、俺たちFクラスのような特殊なクラスには担任をつける余裕がなかったらしい。


「――――っと、それじゃあ今日の伝達事項はこれくらいかな。ホームルーム終わり!」


 いくつかの連絡をこなし、ホームルームの進行を終えた蒲原が俺の目の前の席に着く。

 次の授業の準備をいそいそと始めたようだ。

 1限の授業は確か魔法史だったか。魔法は最近になって認知され始めた存在だ。そんなものに正直歴史もへったくれも無いのだが、授業というなら仕方ない。俺も準備しておこう。


 しばらくして再びチャイムが鳴り、魔法史の担当教員が教室へやってきた。さして面白くもない座学を聞き流しながら、俺たちのいつもの一日が始まった。





 現代に突然現れた魔法。

 この神秘の技は、科学が発展した結果、生み出されたものではない。

 魔法は、突然、何の前触れもなく、この世界にもたらされた。

 他の誰でもない、俺たち英雄課の生徒たちによって。


 現代における時間にして、今から約30年前。

 俺たちの暮らすこの国で、一つの事件が起こった。

 各地で、中学生から高校生くらいの少年少女たちが、いっせいに行方不明となる事件だ。

 行方をくらました若者の数は全国で1000人を超え、全国的な大事件として連日ニュースで取り扱われていたらしい。

 事件性や、犯罪に巻き込まれた可能性も示唆されてはいたが、状況的に解明できない部分が多かった。

 彼らは何の痕跡もなく、本当に突然いなくなったからだ。


 ある者は友人と遊びに行くと言って外出し、それ以降戻ってこなかった。

 またある者は部活中、ちょっと目を放したスキに姿が見えなくなった。

 またある者は、友人との談笑中、相手の目の前で忽然と消えた。


 これらの事件は当時、神隠し事件と呼ばれ、迷宮入りとなった。

 今ではそれが、異世界からの一斉召喚だったと判明してはいるが、当時は誰にもその状況を説明できなかった。

 この神隠し事件は、行方不明者の家族や知り合いの悲しみをよそに、世間の話題から少しずつ遠ざかっていった。


 そしてその28年後。今から2年ほど前になるが、再び事件が起こる。

 かつて行方不明となっていたとされる若者達が、突如姿を現したのだ。

 しかも、当時とそっくりそのまま、全く同じ年齢で。

 彼らが纏う雰囲気は、当時のものに比べ少し大人びていた。あるいは、何か死線を潜り抜けてきたような、戦場をかける兵士のようなオーラを纏っていた。

 とはいえ、見た目は何の変哲も無い、思春期の若者達である。

 しかし、当時と決定的に違う部分があった。

 それが即ち、魔法である。


 その若者達は、突然現代に帰還させられ混乱していた。彼らが扱う魔法という技術は、現代では解明不可能な現象を、やすやすと巻き起こした。

 火を生み風を生み。

 雷を起こし嵐を起こし。

 時にはその身一つで街を壊滅しかけた者もいたという。


 まるで彼ら一人一人が天災だった。

 当時現代に戻ってきていた者は30人ほどだったらしいが、それだけで国家と戦争になりかけたそうだ。


 だが、その混乱も長くは続かなかった。

 それは彼らが体験した境遇や想いにも影響されるのだが、ひとえに、国の対応が早かったというのが大きいだろう。

 国は、彼らのその扱う力を管理し、育成することを考えたのだ。

 国は最初に現れた約30人の少年少女たち。人呼んで「第一世代ファースト」の彼らと和解し、その魔法の技術を現代に生かしていく術を模索していった。

 そして、まるでこの事態を予測していたかのように、次々と異世界から戻ってくる彼らを、あらかじめ用意していた一つの学園へと集結させた。


 その学園こそ、この国立魔法戦闘英雄育成学園。通称「英雄課」であった。


―――――――

―――――

―――





 また嫌な時間がやってきた。

 今目の前で繰り広げられている光景を前に、俺は誰にも見られないようにそっと溜め息をつく。


 俺の視線の先にあるのは、仰向けに倒れ荒い息を整えている友人の姿だ。

 体中がボロボロに汚れ、所々が切り裂かれた訓練用のスーツの隙間から、痛々しい腹の傷が見えてしまう。


 今俺がいるのは、第5演習場と呼ばれる建物の中だ。朝登校する時に見かけた、学園の正面のドームとは違う。

 壁一面に幾何学模様がうっすらと浮かんだ四角い空間。広さはだいたい、昔通っていた中学の体育館2つか3つ分くらいだろうか。その中央に俺たちはまばらに散らばっていた。

 英雄課の校舎はぐるりと円を描くように教室棟がつながっており、その中央に広い中庭がある。

 そして円状の建物をさらに囲むように、演習場と呼ばれるグラウンドや体育館のような施設がいくつも居並ぶのだ。

 ちなみに、正面の中央歩道脇のグラウンドが第1演習場。ドーム状の施設が第2演習場である。


 そして、ここ第5演習場では、今まさに、俺たち英雄課の生徒の代名詞でもある「魔法」による戦闘訓練が行われていた。


 本日行われているのは、魔法を使用した対人戦闘の訓練だ。といっても、相手を殺傷するような魔法の使用は禁止である。

 そりゃそうだろう。これは戦争ではなく、ただの授業の一環なのだから。

 でもやっぱり。ある意味でこれは戦争だ。

 というよりも、これは一方的なリンチに近い。

 どちらにしろ、授業の一環とはほど遠い。


「おいおいどうしたあ! こんなもんで終わりかおい! やっぱりFクラスだなあ!」


「はぁ……はぁ……っく……」


 地面に背中を預けていた男子生徒――――志門鉄人はゆっくりと立ち上がると、今の今まで自分を魔法で滅多打ちにしていた相手を切れ長の目でにらみつけた。


「くそ……てめーなんざ、本当なら一瞬でぶっ倒せるのによ……」


「あああ!? 何寝ぼけたこと言ってんだ? 能なしのくせによ!」


 相手の男子生徒が片腕を乱暴に振るう。彼は何か武器のような物を所持している訳ではない。振るった拍子に何か物体が飛んできた訳でもない。

 にも関わらず、テツの体はなすすべ無く後方に吹っ飛ばされた。

 すでに満身創痍なのか、受け身すらとれないまま、地面を転がる。


「く……っは……!」


 そんなテツの方へと歩み寄り、男子生徒は馬鹿にしたようにその体を見下す。


「俺が使ってるのはただの”エアボール”だぜ? 初級も初級。その辺のガキだって使える魔法だ。こんな魔法一発で伸されちまうなんて、ほんとダセェなあおい。そもそもFクラスのてめーで、Eクラスの俺の相手が務まるわけがねーんだ。少しでも相手して欲しかったら、もう少し鍛えてから俺に――――」


「おい、その辺にしとけよ」


「ああ?」


 たまらず俺が横から口を出す。テツのあんな姿見せられたら、さすがに俺も黙っていられない。それに相手の態度もいけ好かない。

 というか何だこいつ。本当にあっちのセカイで世界救ってきたのか?

 こんな奴、たとえ魔王を倒したとしても英雄視されるような人格ではない気がするが。


 俺はさらに相手の気をこちらに向けるべく言葉を続ける。


「だいたい”エアボール”って何だよ。俺はそんな魔法は知らない。初級だとか言われても困るんだけど」


「ああ?」


「あんたの飛ばされたセカイにはそういう魔法があったのかもしれないけど、俺はそんな魔法知らない。さも自分が世界の中心にいるようなダサい考え方はよしとけ」


「……ああ?」


「あぁあぁ五月蠅い。他に言葉しゃべれないのかよ?」


「……今度はお前が俺の相手してくれんのか? おい」


 俺の発した挑発の言葉に、律儀にもしっかり乗ってくれた男子生徒を前に、俺は再び溜め息をつく。

 ああ、これは俺も保健室送りは覚悟しとかないとなあ。

 できれば軽い擦り傷程度で済むといいなあ。


 そんな俺の気持ちをよそに臨戦態勢となっていく相手の男子生徒を前に、俺はそっと目を閉じた。

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