2章 Fクラス集結
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俺とテツは教室棟に入ると、もうすでに慣れ親しんだ廊下を突き進む。かれこれ、1年半くらいはこの学園に通っているだろうか。途中、すれ違う他のクラスの奴らから奇異な視線を受けつつ、我がクラスであるFクラスへと向かっていく。
「ったく。いまだに俺らのこと変人を見る目で見てきやがる」
「まあ、それにも慣れたけどね」
すれ違う他のクラスの連中を、すれ違いざまに切れ長の目で軽くにらみつけるテツ。
気持ちはわからないでもないけど、この間、それが原因で相手にボコられてたじゃないか。
俺とテツが所属するFクラス。このクラスは、魔法を有する特殊な学生たちからも一線を引かれた、さらに特殊なクラスだといえる。正直、泣きたくなる事実だが。
そんなとき、俺たちの背後からタタタっと軽快な足音が近づいてきた。気づいた足音に振り返る直前、背後から声をかけられた。
「おはよー愛斗! 朝早いじゃん! どうしたの? あ、あと鉄人も!」
「俺はついでかよ」
「あはは、ごめんごめん」
俺とテツはそろって後ろを振り向く。そこにいたのは俺たちと同じFクラスに所属する女子生徒だった。
俺は片手を軽くあげて挨拶する。
「おはよう蒲原。そっちこそ早いな。まだ始業まで1時間近くあるぞ」
「んー、特に理由はないけどね。強いていえば、いい天気だったから散歩ついでにかな」
「なんだそれ」
俺の適当な相づちに対して、蒲原―――――本名、蒲原志保が、ちろっと舌を出す。
肩にかかるか掛からないか程度の明るめの茶髪。その毛先が外側にはねており、本人の明るい雰囲気を強調している。明るいというか、少年っぽい感じだ。朝の日差しを受けた少し焼けた肌がさらにその雰囲気を強めている。制服の上着をわざと着崩して斜めに肩にかけているが、だらしなさよりも、やんちゃな感じが先に印象に残る。唯一女子っぽい部分があるとすれば(本人にこう言ったら絶対に怒るだろうが)健康的でしなやかな脚だろうか。いや、蒲原の脚はマジですごい。変な意味ではなくて、じっと見入ってしまう。決して筋肉ムキムキというわけではなく細身で瑞々しい脚なのだが、アスリートの計画的に鍛えられた筋肉のような、どこか造形物のような美しさがある。ピンと肌が張っておりとても健康的だ。魅惑的でもある。
おっと、おもわず脚を凝視していた。少し自重せねば。
そんな俺からの視線は知ってか知らずか、蒲原は馴れ馴れしく俺とテツの間に割り込んでくると、俺たちの肩に両腕を回してきた。端から見ると、2人3脚をしているように見える。いや、3人で並んでいるから3人4脚か。
若干うっとおしい。というか顔が近い。なんだかいい匂いもしてくる。シャンプーか何かの匂いだろうか。朝シャワーを浴びるタイプなのかもしれない。
出会って最初の頃にこれをいきなりされて、異様な距離感の詰めようにずいぶん戸惑ったものだが、蒲原は誰に対してもこうだ。しかもさして親しくない相手に対しても平気でこれをぶちかましてくる。女子としてどうなんだろうか? まあ、蒲原には男友達的な雰囲気があるので、今となっては別段気にもしてないのだが。
「なにしてんの? はやく教室いこうよ。ほらほらっ」
「わかったから、まずこのうっとおしい肩組をやめろっての」
「鉄人うっさい! いいから行くよ! ほらほらゴーゴーっ」
俺とテツは、なかば蒲原に引きずられるようにして、Fクラスへと向かっていった。
◇
俺たちの所属するFクラスに入ると、机が横に2列に並んでいる。前列に4つ。後列に3つ。計7つだ。
つまりというか何というか。
Fクラスの人員は7名しかいない。逆に言えば7名もいるのだが、それはこの際どうでもいい。
他のクラス(上位クラスは除く)に比べて、人数は少ない。
細かいクラスによる違いは後で説明するが、一番人数が多いBクラスなんかは、1クラスで200人近くの生徒が所属する。多すぎだろ、と思うかもしれないが、これは「英雄課」ではわりと常識だ。
その他は一番正面に黒板があったり、後ろ側にロッカーが並んでいたり。まあ7名分以外は並んでいるだけで、ほとんどは使われていないのだが。
ともかく、その辺りは他のクラスとは変わりないと思う。
そして現在。
このFクラスの教室内には、俺、テツ、蒲原を含め、5人の生徒の姿があった。
一人は後列窓際の席に座る、黒髪ロングの女子生徒だ。背筋を伸ばして文庫本をゆっくりと読んでいる。腰まで伸びる光沢のある黒髪はとても艶やかで、窓から入り込む光を淡く跳ね返して輝いている。色素が抜けた真っ白の肌。シャープな顎先と制服の襟先から覗く白い首筋は、学生離れした妖艶さを醸し出している。月並みな言葉ではあるが、深窓の令嬢という言葉がよく似合う。そんな雰囲気の女生徒だ。
文庫本のページをパラリとめくる度、瞼にかかる前髪がさらさらと揺れる。まるでその一瞬だけを切り取って絵画にしたような、幻想的な空間がそこにあった。
名前は千葉彩芽。Fクラスにいる、蒲原と二人しかいない女子生徒である。
俺やテツが教室に来る頃には、たいてい千葉はこうやって席に座り本を読んでいる。同じクラスに所属してはいるが、正直ほとんど話したことがない。というか、どんな声をしているかもあまり覚えていない。全くと言っていいほど、しゃべらない人物なのだ。
そしてもう一人。
こちらは男子生徒だ。
千葉の斜め前の席。前列の窓側から2番目。
その席の椅子に浅く腰掛け、両足を派手に組みながら机の上にその足を放り出していた。
制服の前ボタンをすべて開き、真っ黒のシャツに髑髏の柄が大きくプリントされたシャツが丸見えになっている。耳には小さめのリング状のピアスを付けて、短い金髪を刈り上げたその風貌は、雰囲気だけで言えば、クラスに一人はいるような、よくいる不良である。
「……」
その男子生徒――――氷山亮我は、俺たちを一瞥すると、フンっと鼻を小さく鳴らす。椅子をゆらゆらと揺らしながら、どこを見るともなく前方をにらみつけた。……というか、ぼーっとしているようだ。
「ねねっ、今日のお昼どこで食べる? あたし的には今日は天気もいいから中庭とかで食べたいんだけどな。でも競争率高そうだよね。でもでも授業終わったらソッコー走って――――」
「蒲原、少し落ち着きなよ。ていうか朝から昼飯の話って……ちょっと気がはやくないか?」
「んん? そう?」
俺たちより先に教室にいた二人を気にもとめず、怒濤の勢いでしゃべり出した蒲原。そして、それに普通に返答する俺。かばんを自分の机に置きながら、蒲原が俺と向かい合うように椅子を跨ぐ体勢で座る。おいおい、だから女子的にそれはどうなんだよ。そんなきょとんとした目をする前に、まずは座り方をなおしなさい。
俺の席は後列廊下側。蒲原の席は前列の廊下側だ。蒲原の隣の席に鞄を置いたテツが、俺の席のそばまでやってきてしゃがみ込む。
これがだいたい俺たちが普段作るフォーメーションだ。俺にとってFクラス内で最も仲がいいグループと言える。
しばらく3人で会話。1人が静かに読書。1人が椅子を揺らす。そんな時間が30分ほど過ぎた。
ホームルームが始まるまで後15分ほど。そんなとき、教室の扉がガラガラと開かれた。
入ってきたのは少し長めの前髪で目元をうっすらと隠した少年だ。細身の体型だが、制服の上からでも鍛えられているのが分かる。いわゆる細マッチョというやつだ。
その男子生徒は、廊下側の席で固まって談笑していた俺たちに気づくと、軽く笑顔を向けてきた。
「おはよう愛斗。それに鉄人と蒲原さんも」
「おう、おはよう隼人」
「おはよー!」
「おっす隼人。この時間だと他のクラスの奴らの自主練に巻き込まれたりしてねーか?」
テツの言葉に苦笑を漏らした男子生徒――――鴻上隼人は鞄を軽く持ち上げる。所々、土やほこりで汚れている。
「風魔法に巻き込まれて鞄が吹っ飛ばされたよ。全く、酷い目にあった」
「それは災難だったな。でも自分自身が吹っ飛ばされなかっただけまだマシだな」
「ははっ、まあな。こないだのお前に比べたら全然運がいいな」
隼人が登校してきた時間帯。まさに今この時間帯だが、この時間帯は、他のクラスの生徒たちの自主練習が最もヒートアップしている時間帯である。だからこそ、普段は時間をだいぶ早めて登校しているわけだが。
隼人と少し会話を交わしていると、するりと会話の間を抜けていくように、教室に入ってきた姿があった。
ひょろひょろ、いやむしろガリガリ。その一言に尽きるような男子生徒だ。目の下にはいつもクマがあり、体調がいつも悪そうな生徒だ。
その男子生徒――――辰巳官九郎が後列中央の席に着く。こそこそとまるで俺たちの目から逃げているような動きだ。辰巳は昔からこうだ。特に誰かが苛めていたり、いじったりしているわけでもないのだが、辰巳はいつも何かに怯えるようにビクビクしている。
隼人も少し俺たちと会話を交わした後、自分の席へと向かった。
こうして、我がFクラスの総勢7名がそろうこととなった。