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集え、落ちこぼれの英雄ども。  作者: 食後の砂漠
日常編
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1章 プロローグ

「はあぁぁ」


「いきなり何?」


 隣を歩く少年が、なんの脈絡もなく大きな溜め息をついた。俺は特にそちらを気にすることもなく、何気なく相づちを打つ。朝っぱらからなんともテンションの下がる溜め息をついてくれたものだが、彼はだいたい毎朝こんな調子である。


「……はぁ」


 盛大な溜め息をついていた少年はジト目を俺に向けると、一呼吸のちにまた軽く溜め息をつく。


「おいおい、親友がこんなに困っているというのに、そのうっすい反応は一体なんだ。少しは気にしてくれたっていいだろ?」


「テツが朝テンション低いのはいつものことだろ。そもそも、たいして困ってるように見えないし」


 俺は、俺の親友を自称する隣の少年---志門鉄人シモンテツヒトに顔を向けた。白っぽい短髪に切れ長の瞳。身長は175cmほどで俺と同じくらいだ。普通にしていたらそれなりにモテそうな面構えではあるのだが、今はそんなナリは身を潜め、黒く濁った目をこちらに向けている。

 俺はこいつのことをテツと呼んでいる。正直認めたくはないが、こいつの言うとおり、俺とテツは親友と言って差し支えないくらいには仲がいいと思う。まあ簡単に言えば腐れ縁というやつだ。あのクラスに登録されて以降は、何かと一緒に行動していることが多いのだ。


 ふと周囲を見渡すと、俺やテツと同じ制服を着た少年少女たちが、同じ方向に向かって歩いて行くのがちらほらと見える。

 それも当然である。

 今は俺たちが通っている学園に登校している最中だ。時間はまだかなり余裕があるため、それほど急いでいる様子の生徒はいない。まだ早朝のホームルームまで1時間以上はある。


「なあ、愛斗マナト。いつも思うんだが、どうしてこんな早い時間に登校しなきゃならないんだ?」


 周囲をうろんな目で見回してたテツが俺の名前を呼ぶ。

 今更だが、俺の名前は刈谷愛斗カリヤマナト。中学の頃までは、「メリー」というあだ名だった。どうやら「刈」の字をカタカナっぽく読んだらしい。俺の体感時間的には、もう10年ほど前のことではあるが。


「そりゃおまえ……もっと遅く登校したら、惨めな気分になるからじゃないか。テツだって前、他のクラスの奴らの自主練習に巻き込まれて死にかけたって愚痴ってたろ?」


「まあ、そりゃあ、なあ……」


 テツは俺の返事に曖昧に返事を返す。どうやらあの時のことを思い出しているらしい。しばらく渋面を作っていた。

 かくいう俺も、苦い思いを何度も体験している。普段通り登校していれば、だいたいこの道を通るくらいから、爆発音やら竜巻やら、地鳴りやら大雨やらが俺たちを襲ってくるのだ。

 いくらホームルームの1時間前とはいえ、そろそろ何かが聞こえてきてもおかしくはない。

 というか、もうすでに遠くの方から爆発音が聞こえてきている。


「おっ! あれはCクラスの……誰だったっけか。名前出てこねえけど、あいつ、こんな朝早くから学園来てんのかよ。よくも飽きずに、自主練できるよな」


 テツが指さした方向へと俺も目を向ける。その視線の先には、俺たちと全く同じデザインの制服に身を包んだ男子生徒がいた。俺はそいつの顔に見覚えがなかったが、テツはうっすら見覚えがあるらしい。

 そいつは、腕を軽く組みながら、暇そうに遠くを見つめていた。少し肌寒いがさわやかな朝の風が、男子生徒の制服の裾をたなびかせる。

 一見すると、早朝のひとときを何事もなく過ごしているだけのように見える。だが、そいつの状況が普通ではない。

 まず、俺たちが視線を向けているのが空だった。ちょうど俺たちが今向かっている学園の正門の上空辺りだ。俺たちは決して空を見ているわけではない。そいつがそこにいるのだ。ふわふわと腕を組んだ仁王立ち状態で、空に浮いているのだ。

 よく目をこらして見てみると、そいつはただ暇そうに浮いているだけではなかった。顔をめいっぱいしかめさせ、歯を食いしばり、額には脂汗を垂らせながら、必死に浮いている。まるで、何かの重圧に耐えているかのように。


「浮くだけであんなに辛そうにしてたら、そりゃあ平均クラスのBクラスに上がれないのも仕方ないなぁ。愛斗もそう思うよな?」


「いやいや、俺たちは浮くことすらできないじゃん」


 そんな男子生徒の姿を、空に浮いているという異様な光景を見ていた俺たちだが、さして慌てることもなく会話に戻る。


「つーかあいつ、何もあんなに目立つところで浮かなくてもいいのにな。しかもあんなに必死な形相で。恥ずかしくねえのかな」


「そろそろクラス登録期間だろ? 少しでもクラスをあげたいんだろう。テツだって少しは自主練したら?」


「愛斗、それ本気で言ってる?」


「うん、すまん。本気では言ってない」


 必死の形相で空に浮いている男子生徒の遙か足下を通過しながら、俺とテツは適当な会話をしつつ学園の門を通り過ぎた。学園の敷地内に入った途端、あちこちから爆発が聞こえてくる。


 この学園は、門をくぐってから教室棟の昇降口に向かうまで、広い歩道が一本道で100mほど続いている。 その右側には広いグラウンド。左側には、なにやらドーム状のホールのような施設が建っている。見た目は、かつてテレビで見たことのある野球用のドームグラウンドにとても似ている。そして、先ほどからうっすら聞こえていた爆発音が、そのドーム状の施設から響いてきていた。

 たまにドームの天窓のような部分から、ちかちか明りが明滅しているのが確認できた。どうやら誰かが、ドームの中で自主練習を行っているらしい。

 これはなんだろう。火系統の魔法か? それとも光? ……ああ、雷とかもありえるな。

 そんな、ごく普通の高校生である俺にとって、あまりにも非日常なことを思い浮かべる。

 まあそれ以前に、グラウンドで空中をビュンビュン滑空している男子生徒がいたり、火の玉を打ち合っている女子生徒たちがいたりするのだが、何事もないかのように学園の中央歩道を歩いて行く。


 俺たちの通う学園は、少し特殊である。少し、というか、かなり特殊だ。

 俺たちは、年齢的には歴とした高校生だ。(ちなみに17歳である)

 だが、普通の今の高校生とは、まるで違う。

 まず、普通の高校生は、魔法なんかは使えない。火の弾をとばしたり、風を巻き起こしたりもできない。空中に浮いたりできないし、何もないところから武器を生み出したりなんかできるわけがない。そもそも普通の高校生には武器なんて必要ない。


 だが俺たち、国立魔法戦闘英雄育成学園。通称「英雄課」に通う生徒にとっては、これが日常であった。


 そう……現代には、火の弾をとばしたり、風を巻き起こしたり。

 空中に浮いたり、何もないところから武器を生み出したりする、かつてファンタジーの中でのみ語られていた神秘的な技。いわゆる「魔法」が実際に存在する。


 そして、そんな現代科学では解明すらされていない魔法を自由自在に扱うことができる唯一無二の存在。

 その魔法一つで、天災を鎮め、悪を裁き、その気になれば国家軍事力すらひっくり返すことができる存在。

 文字通り「英雄」が存在した。


 それこそが彼ら、英雄課に通う少年少女たちである。

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