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【第4話】滝の精霊

遅くなりました(ノ_<)

結果から伝えるなら、私たちは助かった。


あの時、リョクを抱きしめてすぐ、水しぶきが服すらも湿らせるのを感じて、私は衝突がまじかだと悟った。

腕の中のリョクにかかる負担を少しでも減らそうと、私は必死で自分の体を丸めてリョクを包み込む。

その動作のせいで上下がグルリと回り、足からぶつかる体制になっってしまった私。


「~~っっ!!」


どんどん大きくなる水音に、恐怖心は膨れ上がる。


「・・・うわっ!・・・・わあああぁぁぁっっ!!?」


けれど、私達は滝つぼに落ちなかった。

正確には、滝つぼに衝突する瞬間(だと思う)に強い風がブワッと吹いて、私の体を押し上げたのだ。

そのまま重力に逆らうかのように、空へと押し戻される。

目まぐるしく視界が回転して気づいた時には、私は湖の水面に立っていた。


「・・・あ・・・・れ?」


しかも、滝つぼに落ちる水しぶきすら数メートル先にある。


「もしかして・・・風の加護のおかげで・・・助かった・・・?」


滝つぼを見ていた視線を下げて、足元が緑色に発光しているのを茫然と見つめて呟く。

腕の中のリョクが飛び出して、宙でブルブルと体についた水を飛ばしはじめても、恐怖で固まった体と思考は正常に動き出さなかった。

だが、次第に、じわじわと心の奥の方から“助かった”という事実が身に沁みわたってきて、緊張していた体のこわばりが徐々に(ほぐ)れてくる。

あぁ、私達生きてるんだ・・・。と、少しずつ実感すると、走馬灯のように家族の顔を思い出して胸がいっぱいになった。


『っ?! ユイ、どうしの?!どこか痛いの?!』


体が完全に緩和し、命の危険を脱したことに安心したせいで自然と涙が溢れてくる。

しゃっくりをあげて泣き出した私を心配して、リョクが私の周りをグルグルと飛んだ。


リョクが心配するから泣きやまなきゃ!と思うのに、思えば思うほどに悪化する。

それでも一生懸命涙を止めようと腕や手で何度も涙をぬぐうが、涙は(せき)を切ったかのように激しく流れた。


ああ、良かった。

死ななくてよかった。

死なせなくてよかった。

でも・・・でもっ・・・怖かったよ~っ!!


考えれば考える程(よみがえ)る落下の恐怖に、私はついに声を上げて幼子のように泣きだした。


『やれやれ。妖精たちが騒いでいるから様子を見に起きてくれば、私の滝に落ちて生きている人間を見ることができるなんてねぇ。』


当然、そんな私たちの様子を気にもとめず、マイペースに声をかけてくる存在がいた。

私が泣き腫らした顔をあげると、そこにはミルキーブルーの長い髪を風になびかせた壮年の美女が。

美女の顔に視線をむければ、陶器人形のような透き通った白い肌に、濃いサファイアのような双眸が印象的だ。

その瞳は眠そうなのに、私達を見定めるかのように鋭くもあった。


唐突に現れたあきらかに人ではない者の出現に絶句していると、リョクが私を守るように私と美女の間に割り込んできた。

さらに上半身をかがめ、美女に威嚇しだす。


『ユイに近寄るなっ!』

『おやおや。精霊獣(せいれいじゅう)まで従えているなんて、お前は一体何者だい?』


私と同じように水面に立っている美女が、気だるそうに聞いてくる。

精霊獣(せいれいじゅう)?ってリョクのこと??


「あ・・・私は唯…です。・・・人間です・・・けど?」


むしろ貴女が何者ですか?と尋ねたかったが、毛を逆立てているリョクを抱き上げて美女の問いに答えた。

美女はそんな私を怪訝そうにジロジロ見ると、


『ほ~、人間ねぇ。まぁいい。ここじゃ、人間は落ち着かないだろう。岸に上がろうかねぇ。』


と言って、クルリと向きを変える。


「あ、は・・・い~っっっ!!」


私がうなずく前に、岸に向かう美女と同じ猛烈なスピードで、私の体が勝手に岸に向かって滑り出した。

開けた目が閉じられないくらいのスピードに、目が回るのを感じる。


「着いた~~。」


なんとか意識を失わずに、這々の態で岸に辿り着いた。

が、もう・・・限界。

腕に抱いていたリョクを降ろすために膝をついた私は、回る視界とふらつく体を支え切れなかった。

全身の血が引く感覚がして、フラリと前へ倒れこむ。

どうやら私は、あまりの恐怖体験の連続に心身ともに力尽きたようだ。

真っ暗になる直前に目に入ったのは、慌てるリョクの姿と――フィギュアサイズの羽の生えた子ども達の笑顔だった。




* * * * * * * *




――― ヒック ヒック


あぁ、またあの子が泣いている。

いつもの夢だと認識ながらも、どうしても探すのを止められない。

起きたらまた忘れてしまうのに、手を伸ばさずにはいられない。


――― どこにいるのっ?


いつもの夢のはずなのに、今日の私は自分の思う通りに体を動かすことができた。

駆け出して、走って、走って、走って。

辛そうに泣く子を。苦しそうに泣く子を。その泣き声だけを頼りに走り続けた。


しだいに息が上がって、肺が痛くなる。

足が鉛のように重くなって、何度もこけた。

それでも、一刻も早くその子の涙を止めたい一心で、私は足を動かし続ける。


――― 見えたっ!!


真っ暗闇だった視界が急に開いて、私の目に泣いているあの子の背中が見えた。

緑豊かな草原で沢山の花たちに囲まれているのに、その子を慰めてくれるものはない。

私は、思わず足を止めた。


その子は、自分の足を抱きしめて、膝に顔を埋めて未だに小さく泣き続けている。

思っていたよりも、ずっと小さな背中だった。

もしかしたら、5歳になる弟の(あきら)よりも幼い子かもしれない。


私は深呼吸をして息を整えながら、ゆっくりとその子の背に近づいて行った。


一歩近づくたびに、愛おしさを感じる。

一歩近づくたびに、笑顔にしてあげたいと願う。

一歩近づくたびに、私が側にいてあげなきゃと想う。


――― ヒック ヒック


私はその子の正面に回り込んだ。

ふわふわした新緑色の髪を小さく震わせながら泣き続けるその子は、まだ私に気が付かない。

私は、しゃがみ込みながら腕を広げた。

待たせたこの子をたくさん抱きしめてあげなきゃと強く思う。


――― 待たせて、ごめんね・・・。


言いながら、そっとその子の体を抱きしめた。

その子は一度ビックと体を揺らすと、恐る恐る私を見上げた。


月夜の晩のような柔らかな漆黒の双眸が、私の瞳と交差する。

その子の目と口が大きく開いて、次の瞬間クシャリと顔がゆがんた。


――― 会いたかったよ~っっ!!!


大きな目から大きな雫を落としながらも、その子は笑顔で私を抱き返して・・・・。




* * * * * * * *




『やめろ!僕のユイに勝手に触るなっ!』


耳元で叫ばれた大きな声に、私の意識は勝手に浮上した。

あれ?・・・ここは??

無理やり覚醒させられた意識は重たく、うまく機能しない。

私はぼんやりしながら、大きな声が聞こえた方へと視線を向けた。


「・・・・リョ・・・ク・・・?」


仰向けに寝かされた私の顔の右隣にいたのは、目に馴染んだライムグリーンの毛並。

両翼を広げ周囲を威嚇するリョクを落ち着かせようと、腕を持ち上げる。

けれど、それは実現されなかった。

全身が熱く、節々が痛くて腕を動かせなかったのだ。


「・・・うっ・・・・。」


痛みで僅かに呻いてしまう。


『ユイっ!だいじょうぶっ?大丈夫っ?!。』


私のうめき声に気づいたリョクが、威嚇を止めて私の頬に顔を擦り付けてきた。

その目じりには涙が。


「心配かけて・・・ごめんね・・・。」


痛みを我慢して、小さな声で伝える。

そんな私の額に、冷たくて気持ちのいい手が触れた。


『まだ熱が高いねぇ。人間は脆いんだから、あまり無理に体を動かすんじゃあないよ。』


その言葉を聞いて、体調が悪いのが熱のせいだと分かる。

私は、声のしたリョクとは反対側に顔を向けた。


「あなたは・・・あの時の・・・。」


そこに居たのは、湖の上で会った壮年の美女だった。

ぼんやりとしていた意識が、倒れる前までの事を思い出すことではっきりしてくる。


「そっか・・・私、倒れちゃったんですね。」

『悪かったなぁ。人間に合うのは数千年ぶりで、その脆さをすっかり忘れていた。お前たちも精霊獣に噛まれたくなきゃ、勝手に嬢ちゃんに触るんじゃあないよ。』


前半は私に向けて、後半は私の周りに向かって言葉を伝える美女。

私は誰に向かっていったのか分からず視線だけで周りを見回した。

そこには身長20~30㎝の羽の生えた小さな子ども達が、色とりどりの光を放ちながら楽しそうに空を舞っている。


「・・・妖精?」

鏡人(かがみびと)っ、目ぇ覚めた~♪』

鏡人(かがみびと)っ、しゃべった~♪』


妖精たちが歌うようにそう言って、私の真上を飛び回った。

妖精たちが飛ぶと光の粒子が、私にキラキラと降ってくる。

あれ?なんか体が楽になった??

動かさなくても痛かった節々が、光が降りかかるたびに治まってくる。


「かがみびと?」

『私達、鏡人(かがみびと)をず~っと待ってたっ♪』

『僕らは、鏡人(かがみびと)をず~っと見てたっ♪』

『皆で一緒に、鏡人(かがみびと)をず~っと追いかけてたっ♪』


妖精たちは私の上でクルクル回りながら、次々にしゃべりかけてくる。


『でも、鏡人(かがみびと)が落ちちゃうから私達びっくりしちゃった♪』

『だから僕らは、鏡人(かがみびと)と一緒に落ちたよ♪』

『皆で一緒に、鏡人(かがみびと)の加護を強めたの♪』


鏡人って・・・私?

ってことは、


「皆のおかげで・・・助かったってこと?」

『そういうことじゃな。よし!妖精の祝福で体もだいぶ楽になったであろう?妖精の話じゃ、今日此方にきたばかりというではないか。儂が色々と説明してやろう!』



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