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【第3話】風の加護

理解を超える状況に嘆いていても始まらない。

とりあえず、川の近くまで戻ってから色々考えよう!

と、リョクを抱えたまま数歩踏み出そうとして気が付いた。


「・・・あれ? 川の音がしない?!」


川の位置が分からないということは、水の確保ができなくなったってことで、加えて廃墟の位置も分からなくなったということだ。


「ど・・・どうしよ~っ!」


私は焦って、食べた果物の記憶を頼りに木々の間をオロオロと彷徨(さまよ)い歩く。

けれど、それこそ同じ種類の木は広い果樹園のいたる所に点在していて、とうとう私は元いた場所に戻ることができない現実を受け止めざるをえなかった。


「まぁ、元より迷子なわけだし。また迷子になっても、さして変わりないか。」


腕の中にいる暖かな存在のおかげで、なんとか思考を前向きに持ち直す。

命に係わる水の問題も、果汁いっぱいのこれらの果物をいくつか持っていけば解決する。

私はよしっ!と気合を入れた。


「やる事が決まれば、動くのみ!」


私はリョクを地面に下ろしてパーカーを脱ぐと、それを地面に広げた。

そして、まだ食べていない種類の果物をどんどんパーカーの上に置いていく。


「柿とラフランス。キュウイに木苺・・・。」


包めるだけ包んで、パーカーのチャックを閉める。

後は果物が落ちないように運ぶだけだ。


「お待たせ、リョク。そろそろ行こうか!」


私が作業している間、パーカーの前で番をするように待っていてくれたリョクを呼ぶ。

リョクは小さな翼をパタパタと動かして私の頭に前足をかけた。


全然重さを感じないのは、未だにパタパタと動いている翼のおかげなのかな?

どう見ても、そのちっちゃい翼で体を浮かせることなんてできないと思うだけどなぁ・・・。


「まぁ、ファンタジーな生き物を、常識の枠でとらえちゃダメだよね?」


リョクの頭を撫でながらそう呟く。

リョクは気持ちよさそにキュルクルと鳴きながら、私の手にスリスリしてきた。

あぁ、可愛い~っ!

リョクが頭に乗っていなかったら、全身で身悶えていること間違いなし。


「さあ、リョク! 川を目指して出発進行~!」


撫で続けたいのをなんとか抑えて、一先ず果樹園を抜けて森を目指す。

進む方向は・・・気分っ!


私は耳をすませながら、パーカを抱えて果樹園を抜け出すべく歩き出した。

次こそは落ち葉や根っこに足を取られないように、慎重に歩を進める。

もしかしたら、ペガサスさんのようなファンタジーな生き物がまた出てくる可能性もあるので、できるだけ足音を立てないようにも心掛けた。


ふさ~ ふさ~


果樹園を抜けて森を下っていたころ、そんな調子の私の首筋をリョクの左右に揺れる尻尾が掠めていく。

ちなみに私は、一度も染めたことが無い黒髪のショートボブだ。

寒い時期は基本、この髪型にしてもらっている。


だって短い方が早く乾くし、短くすると髪先が勝手に内まきになってくれるので手入れもいらない。

まさに私にとって、一石二鳥な髪型なのだ。

友達からはこけしみたいって言われることもあるけど・・・。

リョクはそんな私の髪が気に入ったのか、頭頂部をスリスリしながらずっと尻尾を揺らしているので正直くすぐったい。

けれど、リョクのおかげで、私は慎重に進みながらも心に余裕をもって歩くことができた。

思いがけず一緒に行くことになったリョクだが、リョク様様である。


「ありがとね、リョクっ。」


視線だけを上げて、リョクの頬をツンツンしながら溢れる感謝の気持ちを声にのせると、リョクは嬉しそうにひと鳴き。


『ユイ、大好き~っ!!』


リョクは私の頭から飛び降りて左肩に移り、私のホッペをペロっと舐める。

―――その行為が、ペガサスさんとの邂逅を私に思い出させた。


「あ・・・あぁ~っ!!」


私はパーカーを降ろして、慌ててズボンやTシャツをめくった。

滑って転んだ時に痛んでいて、確実に切り傷や擦り傷ができたいるはずの場所を順番に見ていく。


「傷がない・・・。」


足も手も顔も、ここまで来る間についた小さな傷以外はどこにも傷がなくなっている。


「そういえば、足の裏の痛みも消えてる・・・?!」


この世界に素足で来てからずっと素足で移動していたので、歩くたびに足の裏はその痛みを主張していた。

それなのに、その事すら今の今まですっかり忘れていただなんて・・・っ!

私はすぐに片足を上げて傷だらけだったはずの足の裏を見るが、そこは仄かに緑色のなにかに包まれていてた。

私は愕然とそれを凝視する。


「なに・・・これ?」


すると、左肩に乗っていたリョクが自慢げに語り出した。


『ユイの怪我は前の僕が治した!』

「・・・え?」

『あと、風の加護をつけた。って言ってた!』

「ええっ!?」


前の僕って何?!

足の裏のこれが風の加護?!


私が恐る恐る上げている足の裏を指さすと、リョクは嬉しそうに首を縦に振った。


「風の加護・・・。加護っていうくらいだから、ご利益(りやく)があるんだよね?」


まさか、呪い系の加護じゃないよね?!

縋るようにリョクに尋ねる。


『うん!ユイがたくさん歩いても痛くならないように、ちょっと浮くようになってるよ!』


浮いてるの、私っ?!

・・・そういえば、足の裏に地面を踏む感触がしてなかった気がする。

普段のように靴を履いて歩いている感覚だったのはそのせいか~っ。

私は自分の鈍感ぶりに項垂れた。


『ユイ?疲れた?? でも、水の音がするからもう少しだよ?』


そうだった。

項垂れている場合じゃなかった。

まだまだリョクに聞きたいことは山のようにあるが、それはひとまず置いて、先に水を確保しなきゃ!


「・・・って、リョク。水の音しないよ?」


両手を耳の後ろにおいて音をひろおうとしたが、風に揺れる木々のざわめきしか聞こえない。

リョクは、そんな私に首を傾げた。


『ユイ、聞こえない? じゃあ、ボクが連れて行く!』


リョクはピョンと肩から飛び降りると、小さな翼を上下させながら(そら)を飛んだ。


『こっち、こっち!』


誘導するように私の目の前をパタパタと飛ぶ姿はまさにファンタジー。

リョクが楽しそうに宙を上下左右に移動しながら進みだしたので、私も慌てて後に続く。


『ユイ、こっち、こっち!』

「ま・・・っ、待って~・・・っ。」


時々振り返っては私がいるか確認してくれるリョクは可愛いけれど、かれこれ30分はこの子に走らされていると思うと泣けてくる・・・。

ゼーハー言いながらも、なんとかリョクに付いていってるが、リョクは私をチラチラ見ながら飛ぶスピードをあげるので、足も息もそろそろ限界が近い。


「リョク~、もうちょっとゆっくり~。」


たぶんリョクは遊んでもらってる感覚なんだろうけど、たとえちょっと浮いていようが足を動かさなきゃいけない私は必至だ。

それでも、私にも聞こえてくるけたたましく流れる水の音に近づくために、足にムチ打って動かし続ける。


「ユイ~。川だよ~。」


数メートル先で止まったリョクに、やっと休める~!とホッとする。

高い木々を抜けた先にいたリョクの側に寄って荒い息を整えながら、川の様子に目を配った。


「ぜーっ、はーっ。・・・これ、もしかして滝・・・?」


最初の川と同じくらいの川幅だが数メートル先が切れているし、なによりこのドドドドと唸るような音は昔見た滝と同じ音だ。

それに、ここまで水しぶきとマイナスイオンを感じる。

私は息を整えて、久しぶりに見る滝を眺めるために川の切れてる先へと歩み寄った。


「おぉ~、絶景だ~!」


そこには垂直に切り立った数十メートルはありそう崖とそれに沿うように落ちる滝があった。

崖の下にはそんなに大きくはない湖があって、川の水はそこに向かって落ちている。

湖の周りは森になっていて、もっと先の方は平原が広がっていた。


「う~ん。見る限り、人が住んでそうな建物とかはないな~。」


ぐるりと見渡しても、建物も煙があがっている所もない。

水場に来れたのは良かったが、これだけの見える範囲にないとすると別の方向に進むべきかもしれない。

手がかりゼロの状態にドッと疲れて、私はパーカーを置いて自分もその場に座ろうとした・・・


ドンっ!


唐突に、座ろうとして不安定な体制だった私の背中に何かがぶつかってきた。

中腰の姿勢のまま、私の体は前のめりに倒れこむ。

もちろん先にあるのは地面じゃなくて、滝だ。


「~っっ?! 嘘でしょ~っ!??」


体制を戻せず、私の体は重力に従って水と同じように頭から落ちていく。


『ユイ~っ!』


そんな私をリョクが追いかけてくるのが視界に入った。

そうか。リョクが背中に体当たりしたのか。と、冷静に考える。


『ユイ~っ!』


リョクが私に追いついて一生懸命私の袖を口にくわえて引っ張るが、状況は変わらない。

それどころか、このままだとリョクも私と一緒に滝つぼに落ちてしまう。


「っっ!!」


離れてと言いたいのに、落下の恐怖で言葉が出ない。

私は咄嗟にリョクを抱きしめると、衝撃に備えてギュッと目を(つぶ)った。

どうか。どうか。リョクだけでも助かりますように!と願いながら・・・。



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