【第2話】貰ったもの
今日は何だって、こんなに次から次へと・・・。
おもわず遠くを見つめてしまったけれど、許して欲しい。
だって、鏡を抜けて、アスレチック(瓦礫)越えして、山を下って、水を飲んで、果物狩りして。
今は両手に50㎝くらいの、ぬいぐるみフォルムの子馬が・・・。
柔らかい毛並みは気持ち良いけど。
スヤスヤ寝顔はプリティーだけど。
お願いだから、誰か・・・。
「この状況説明して~~っ!!」
* * * * * * * * *
時は少し遡ってーー。
私は川を背にして、食べられそうな木の実を探すために森の中を歩いていた。
最初こそは川の音が聞こえる範囲でって思いながら探していたのに、果樹園のように一面に果物が実っている場所を発見したことで、私の頭の中は果物狩りをすることでいっぱいになってしまった。
私よりちょっとだけ高い木々に、馴染み深いたくさんの果物が実っていて、私は思わず歓声をあげた。
「すごい! リンゴにミカン。ブドウに梨、あっちにはイチゴやメロンもある~!」
この時は千切っては食べるのに夢中で気付かなかったのだけど、今思えばこの時点からおかしいよね?
だって、リンゴやミカンは分からないけど、ブドウと梨の実る季節が違うことくらいは知ってる。
しかも、イチゴやメロンは木に実らないでしょ!
なんで食べてる時に気付かなかったんだ、私。と嘆いても後悔先に立たず・・・。
私は1つの木から1つの実を取っては移動し、次の木からも1つ取って食べては移動し。を繰り返した。
この、できるだけ沢山の果物を食べたい!という願望のままに起こした行動が、後に自分の命を救うことになるなんて、この時は思いもよらなかった。
その後、十数個も食べ歩いて満足した私は、果樹園の真ん中にあった大木の根に腰を下ろしてお腹をやすめる。
疲れた体。
木々から漏れるポカポカ陽気。
膨れたお腹。
子守唄のような木々の囁き。
色々な要因が重なって、私は迂闊にも、瞼が下がってくるままに転寝をしてしまった。
トットットットット
癒される森の音楽をBGMに気持ちよく寝ていたのだけど、横になっていた地面が何かの振動でかすかに揺れていることに気がついて、私は思わず飛び起きた。
また廃墟にいた時みたいな大きな地震がくる前触れなんじゃないかと、知らず鼓動が速くなる。
その振動が地震とは別のものだと分かったのは、動物の駆ける音が聞こえてからだ。
足音が近づくにつれ、馬の嘶きも聞こえてくる。
もし野生馬だったら、見つかっただけで襲われるかもっ。
嫌な想像に顔を青くしながら、音がする方向から隠れるように急いで大木の裏に身を隠した。
一時して、音の主が果樹園(でいいよね?もう)の中へゆっくりと入ってきている気配を感じて、私は馬の姿を見ようと大木から少しだけ顔を出そうとして・・・
露に濡れた葉っぱをふんずけた。
大木から踊り出るかのような体。
体制を整えるヒマもなく、私は顔面から盛大にダイブした。
「つっ~っ。」
かな~り、痛かったっ!
痛すぎてすぐに身動きを取ることが出来なくて、私は地面にうつ伏せになったまま声を抑えて痛みに耐えた。
特にオデコと鼻頭のあまりの痛みに、目じりに涙がたまる。
『大丈夫か? 血の匂いがするぞ?』
「えっ?!」
突然発せられた自分以外の声に、私は痛みを忘れてガバっと顔をあげた。
視界に入ったのは、淡い緑色のーーライムグリーンの毛を纏った馬の顔。
その距離わずか10㎝。
「〜っ?!」
人間って驚きすぎると声がでないんですね。実感しました。
馬さんから、私を値踏みするかのような熱い視線を感じる。
今うかつに動くと馬さんから蹴られるかもしれないので、そっと眼球だけを動かして先ほどの声の主を探した。
声の主が馬さんの背中に乗っているんじゃないかと思ったけど、上半身を両腕で支えただけの私の高さに合わせるように首を下げている馬さんの背中には誰も乗っていない。
乗ってはいないんだけど・・・。
一度目をギュッとつぶって、もう一度その背を確認する。
ファンシーな色の馬さんの背中には、それは見事な大きな翼が広げられていた。
やっぱり見間違いじゃないよね~。
異世界定番のファンタジーな生き物に初日から遭遇するなんて・・・。
運が良いのか、悪いのか。
・・・悪運が強いだけなのかも。
自分の思考に若干へこんでいると、馬さんの顔がさらに近づいてきて、私のおでこをペロリとひと舐めしてきた。
『うむ。美味なり。これで私の子は、そなたの物じゃ!』
「・・・はい?」
馬さん改め、ペガサスさんの謎な行動と言葉に思わず目が点になる。
ペガサスさんは言うだけ言って満足げな顔をしながら(雰囲気的にそういう風に見えた)、私から距離を取ると、その前足と翼を高くあげて大きく嘶いた。
同時に、ペガサスさんから強い光が発せられる。
びっくりしたなんてもんじゃない。
もう、何がなんなんだか訳が分からなくて、私は大混乱だ。
ただ、ペガサスさんが私に危害を加えようとしているわけではないことだけはなんとなく分かる。
私は目を腕で庇うようにして体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。
光は次第に弱くなり、光にやられた視力が回復してからペガサスさんの居たところを見るが、その姿はない。
飛んで行ったのかな。と考えながら空を見上げていると、ふと腕の中に重みを感じた。
「あれ?」
私、いつ腕を下したんだっけ?と訝しげながら視線を下げると、そこには冒頭で説明したぬいぐるみフォルムの子馬が・・・。
拝啓、お兄ちゃん。
異世界はファンタジーすぎて、私には付いていけません・・・。
目の前の現実から軽く目をそらしていると、腕の中の子馬が身じろぎした。
様子を伺っていると、少しづつ子馬の目が開く。
子馬は何回か瞬きをしてから、私の腕に数度スリスリと頬ずりすると、首をもちあげて私の顔を見上げた。
クリクリした可愛い瞳はペガサスさんと同じ、澄んだエメラルドグリーン。
「ペガサスさんはいなくなったし、子馬ちゃんどーしよ~。」
自慢じゃないが、私は子馬どころか犬や猫・金魚ですら買ったことがない。
生まれたて?の子馬にどうしてあげれば良いのか分からず、子馬の瞳には困った顔をした私が映った。
『・・・ナマ・・・エ。』
頭の中に幼い子独特のキーの高い声が聞こえる。
「えっ?」
『ボク・・ノ・・・ナマエ・・・。』
「ええっ?!」
思わず聞き返すと、また頭の中に声が響いた。
間違いない、この声はこの子馬からだ・・・。
「君は名前がないの?」
意を決して子馬に話しかける。
子馬は小さく首を縦に振った。
『・・・チョーダイ?』
名前をつけてってこと?
名づけるべき親馬がいないから、私に聞いてるのかも・・・。
いや、でも、やっぱり名づけは親がしないと・・・う~ん・・・。
空を見上げてペガサスさんの姿を探すが、やっぱり居ない。
私は困って子馬を見ると、子馬は目を期待にキラキラさせて私を見つめていた。
う″っ!
弟の晃を彷彿させる眼差しに、私はとうとう観念して名前を付けることにした。
「う~ん。綺麗な緑色だから・・・緑・・・、うん!君の名前、“リョク”でどうかな?」
そう尋ねた途端、リョクと私の体が淡く光りはじめた。
『ボクの名前は“リョク”!お姉ちゃんの名前は何?』
さっきよりも断然はっきり聞こえるようになったリョクの言葉が、私の名前を尋ねる。
私は自分まで光りだしたことに混迷して、尋ねられるがままに名前を返した。
「え?!何?!・・・私は唯だよっ。」
『ユイっ!ボクの主はユイっ!!』
「はいいぃっ?!」
状況についていけない私を置いてリョクがひと鳴きすると、私の左手の甲とリョクの額の中央に光が集束し、ひときわ強く発光した。
思わず目をつぶってから、おそるおそる目を開く。
光っていた場所を見れば、私の左手の甲には両翼を模った緑色のマークが描かれていた。
それは未だ淡く光っており、自分でなければ幻想的だと感動していただろう。
リョクを見やれば、リョクの額にも私と同じマークが。
なんだか気が遠くなってきた・・・。
もう一度言おう、
「誰かっ、この状況説明して~~っ!!」