67話 アブロンとシリウス
「よっと…」
シリウスとアブロンは、空からものすごい速度で落下し馬車の数メートル先で墜落した。しかし、二人には怪我はなく間接を鳴らしている。地面には巨大なクレーターができているので、落下の威力がわかると思う。
「来るぞ」
「わかっておる。…ハマル!ワシじゃ!シリウスじゃ!」
シリウスは馬車の行く手をふさぐように道に出る。すると、馬車は速度を落としシリウスの前で止まった。それと、同時に馬車の後方から大きな爆発音と共に煙が上がる。馬車の扉が開かれるより前に、馬車に攻撃していたであろう二つの黒い影が前に出てくる。一つは狗の顔をした亜人のようだ。もう一人は、顔が完全に白骨化していた
服装がローブということで、おそらく魔法を使うと思われる。
「ん?ハズレだと思ったが、どうやら大ハズレだったみたいだな…」
「お前知ってるか?俺は知らない。どうせ、殺せばいい」
「無知は恐ろしいものだな。」
なにやら会話をしている二人に、シリウスは警戒しながら問う
「お前たちは何者だ。」
「俺?俺はラックだ。」
「こらっ。聞かれたからと行って即答するバカがいるか!…まあ、いい。私は新吸血皇帝の幹部 某滅のセド。こいつは、造魔人のラック。そちらは…シリウス様とお見受けするが?」
「そうだ。私はシリウスだ。なぜ、この馬車を狙った」
アブロンはあくびをかみ殺し、目に涙を溜めている。興味がないのが伝わってきたのか、シリウスは紹介を飛ばす。
セドといった魔術師は、一瞬アブロンを観察するように見たがすぐに視線をシリウスに戻した。
「そうですね…話してもいいでしょう。私たちの悲願を叶えてくれた、あなたなら。あなた方があの、忌々しい先代の吸血皇帝を殺してくれたおかげで、デュークの弟、カーミラ様が皇帝を継ぐ。カーミラ様の威厳を周りの魔族に示すためまずは人間の国で力のある国を支配することにした。その過程に過ぎない。」
「カーミラ…吸血皇帝が復活するとな…まさか…弟がいたとは…」
「はぁ〜…終わったか?」
「失礼な生娘がいるな。食っていいか?」
「こら、ラック。そんなもの食べたらお腹壊しますよ。まあ、長話も疲れましたね。ラック、あなたはその子を。私は…この老害を殺します」
「わかった。」
狗の頭の亜人は笑顔で頷くと、アブロンに飛びかかった。アブロンはゆっくりと、最小限の動きで確実に攻撃をかわす。一方のセドはローブから杖を持った右手を取り出し、魔法を振るう。
「『黒槍』」
一瞬で、セドの頭の上に細く短い槍が浮かぶとすぐに槍がシリウスに向かって飛んでいく。シリウスは素早く、杖を振るい魔法で槍を対処する
「『聖盾』」
黄色い光を帯びた純白の盾がシリウスの前に出現しその槍を防ぐ。
アブロンの方は、躱しているとだんだんとシリウスとの距離が離れていく。これはアブロンの思惑通りわざと離れているのだ。なぜならシリウスの魔法は攻撃力と範囲が賢者の中で一番なのだ。その魔法を使うとなると、距離を取るのがお互いのためだからだ。
「いつまで、躱してんだ?」
「なら、当ててみろ。踊りに来たのではないのだぞ」
「くっそ」
素人が今のアブロンを見ればギリギリでなんとか避けているように見えると思うが、少しでも戦場を経験した人間から見れば、少女に遊ばれているようにしか見えない。一つ一つの行動の予備動作を確実に見てから、的確に躱している。ギリギリなのではなく、そこまで大きくかわす必要がないのだ。
「さて…私たちもやりましょうか」
「よかろう…」
「ふふふ…余裕そうに見えますが?」
「それは貴様が悪魔じゃからだ」
「確かに、聖魔法ですから相性は非常に悪い。では、何も考えていないと?」
セドは無機質な笑みを浮かべる。そして、再び杖を振るう。
「『遮光幕』」
すると、セドを中心に薄く黒い幕が広がっていく。シリウスとセドの周りを包み込むように。その幕に入った瞬間、視界が真っ黒になった。見えないのだ。光がない、あたり一面真っ黒
「聖魔法…これはとても強い代わりに、欠点もある。それは光がなければいけないこと。これで、ご自慢の聖魔法を使えないでしょう?」
「そうじゃな…」
▽
「はぁはぁ…なんで当たらない…」
「もうバテたのか。つまらん」
「生意気な…俺は強いんだ!『火魔球』」
ラックはアブロンに向かって火の魔球を投げつける。魔球はアブロンに直撃し一瞬で炎がアブロンを包み込む。
「や、やったか。ざまーみやがれ!」
「貴様が初めてじゃ…ワシに火魔法を当てたのは…」
炎の中から澄んだ声が聞こえる。そこには一切火の影響を受けていないアブロンの姿があった。アブロンを包む炎はまるで戯れるかのように楽しそうに左右に揺れる。
「お、お前…」
「さてと…まあ、ワシが殺す義理はないが…まあ、気まぐれだ思うんだな。運が悪か「死ね!」
ラックは鋭く伸びた爪を振り回しながらアブロンに襲いかかる。アブロンはその手首を掴む
「運が悪かったと思え」
アブロンの掴むラックの腕から真っ赤な炎が体を伝って終え広がる。水分があるせいでジュワーという不快な音と、肉が焼ける匂いが広がる。アブロンはそっと腕を話すと、ラックは地面を転がりながらもがき、炎を消そうとするが一切消えることはない。そして、数分後真っ黒な状態でラックは息絶えたが、そこにはアブロンの姿はなかった
▽
真っ黒な世界。夜だと、しばらく待っていると闇に目が慣れるがここは話が違う。夜にも若干の光はあるのだが、ここは全く光がない。つまり網膜に映らない…まさに漆黒だ。
「さあ、どうするので?私にはあなたの姿がはっきりと見えますが」
セドはからかうようにシリウスの体を杖でつつく。シリウスはすぐに反応し、そこに火魔法をウツが当たっている様子はない。火魔法の明かりも遮断されているせいで全く見えない。
「さあ、終わりましょうか。賢者を殺したとなれば、私も有名になるのでしょうね」
「そうじゃな…では、少し足掻くとするか」
シリウスはもしもの時のためにとプロキオンが作った特殊なマジックバックから、あるものを取り出す。
複雑な図形などが書かれた召喚陣だった。アブロンは手探りで、召喚陣に魔力を流していく
「何をしているか知りませんが、無駄です。『黒舞槍』!」
真っ暗な空間にいくつもの黒い槍が出現し、シリウスに向かって飛んでいく。
シリウスは魔力を流した魔法陣に、自身の指先を噛み血をつける。すると、召喚陣はメラメラと真っ青な炎で燃え尽きると、一瞬太陽が現れた。先ほどまで真っ暗な空間に、突然真っ白な強い光が現れた
「なっ!」
「久しぶりだな。不死鳥よ」
「キュー!」
太陽は徐々に形を変え、小さな鳥のような姿になった。セド程度の魔術師の闇魔法では不死鳥の生命の光には勝て中ったようだ。
「さあ、不死鳥よ。手伝ってくれぬか?」
「キュー?」
「『平等の陽光』」
シリウスがそう唱えた瞬間、不死鳥を中心にとてつもない光量が噴き出してくる。そして、だんだんとセドの張った遮光の幕に亀裂が入り、音を立てずに幕が割れ、先ほどと変わらない景色が見えてきた。
そして、光のせいで目がくらんで動けないでいるセドにシリウスが近づいていく。
「まだ、不死鳥が変化しただけじゃぞ?」
「くっそ…」
セドは短くそういうと、見えない目で必死にあっちこっちに魔法を放ち続ける。
不死鳥はそんなセドにゆっくりと近づき、そっとその大きな翼で包み込む。
「残念じゃ…黒槍ならワシの知り合いの魔族の方が強かったぞ。」