54話 護衛とリリアンナ
甲冑をかぶってマリアが来ると言っていた貴族を待つ。正直、何の根拠もない発言を鵜呑みにして待っている俺もどうかしているかもしれないが、マリアのあの発言からくる自信は信じてみようかと思えた。
奴隷たちは皆じぃのところに送ったがどうなっただろうか。まあ、マリアがいるし話をつけてくれるだろう。あとで怒られそうな気がするな…はぁ…じぃ怒ると怖いんだよな…
のんきに待っていると、「気配感知」に近づいてくる四つの影を確認した。まあ、通りを堂々と歩いているので表の顔があるのだろう。四つの影はそのまま店の扉を開けた。護衛のような男が扉を開け、太った男が入ってくる。男の周りに他の護衛がついている。
「なんだ?出迎えもないのか…ったく…」
「様子がおかしいです。それに少し血の匂いがします…おい、お前何か知っているか」
扉を開けた男が俺に声をかけてくる。少し上からいい方にムッとなる。
「知らぬ。それと、こちらの問いに答えてもらう」
俺が「威圧」を含めた低い声で言うと護衛が腰の剣に手をかけた。しかし、まだ抜かず俺の出方を窺っている。俺の威圧に体を硬直させず剣を構えるとはかなり腕が立つんだろう。
「ここには何をしに来た」
「ここは奴隷商だ。奴隷を買いに来たに決まっている」
扉を開けた男が、俺をにらみながら、調子のいいことを言う。どうやら、こいつがリーダー格だな。
「そうか。ここの奴隷がどこの奴隷かわかって買うのか?」
「貴様こそ、分かっていてこのような事をするのだろう?…タダで済むと思っているのか?」
俺の質問に質問で返してくる護衛の男。服の下に防具を着ているようだが、体格はかなりいいな。護衛対象である男は俺の『威圧』にビビって出口に一番近いところで俺を睨んでいる。他の護衛も俺に対する警戒を解かない。俺はそっと甲冑を取る。すると、中に入れておいた髪がさらりと垂れる。先ほどの『影渡り』を使うためにデュークの姿になっている。
「どこの国の者かわからないが、秘密を知っているであろう貴様を逃すわけにはいかない。ショット、モンブ。こいつを消すぞ」
「はーい」
「了解」
後ろにいた3人組のうち二人が返事をして、指示を出したやつを中心に俺に剣を向ける。一人は声が高かったので女だろう。もう一人は、男だな…
まあ、脅すにはまず護衛を殺してからがいいか?いや、それより護衛も何か知っているか?まあ、とりあえず両腕両膝を切り落とすか
▽
一方城では、紅茶を優雅に飲む可愛らしい黒髪の女性と、正面に座るジル。一見何も変哲ない優雅な感じなのだが、ジルを知っているものなら、その異変に気付くであろう。いつもなら、優しい笑顔のジルが無表情、いや少しイライラしているのがわかる。
「紅茶のおかわりいただけるかしら?」
「自分で入れなさい。リリアンナ」
女性の願いをきっぱり断るジル。女性はしゅんと困った顔をする。実に可愛らしい表情…小動物を彷彿とさせる見た目は男なら誰もが手に入れたいと思うだろう
「あら、冷たいわ…ジル爺様」
「あなたに『爺様』などと呼ばれる筋合いはないです。それにあなたより年下ですぞ。さあ、紅茶を飲んだら出て行きなさい。ここに何も用はないでしょう」
「いいえ、あるわ。まったく冷たい人。あの人が死んだなんて嘘の情報を流すとは…撹乱する気だったのかしら?」
その一言を女性が言った瞬間空気が一気に冷たくなった。ジルから強烈な威圧が飛び空気の熱を一気に冷ました。しかし、女性はどんなことどこ吹く風と、紅茶のカップについた口紅を指でこする。すでにジルは丁寧な言い方を変え、口調が荒くなる
「いい加減にせぬと、身を滅ぼすぞ?あばずれ女。」
「あら?ひどい言い方…私傷つきますわ。でも、再び血を飲んで若かりし頃の姿を取り戻すならジル様でも襲ってきても構いませんわ。どうです?今晩一つになりますか?」
「猛た雌ブタが…まあ、仕方あるまい。私にそんな気はない。この屋敷から出て行け」
「あら?聞きましたわよ?私の領地の奴隷から…この間の牛さんたちとの戦闘で血をお飲みになったんでしょ?それに、あの方に会わずに帰るとは失礼でしょう?」
ニヤリと笑う女性は口紅を吹いたカップを、机に置くと綺麗な笑顔でジルを見る。
「ミノタウロスの領地を奪ったか…このカラスめ。デュークは今不在だ。さあ、帰れ」
ついにジルがキレたのか席を立つと、目の前の女性に近づく。
すると、一瞬ジルの気配感知に多くの影がこの屋敷に入ったことが伝わる。女性も分かったのかわずかに目が細くなる。
「リリアンナ。貴様はそこに居ろ。動くでないぞ」
「紅茶をいただけるかしら?」
ジルは黒い吃驚箱に強引に手を突っ込み、紅茶の入ったポットを取り出し机に音を立てておく。
そして、一瞬で体をコウモリに変え部屋から出て行った。後に残った女性はそっと紅茶を注ぐ
「おいしそうな匂いがするわね…」
▽
気配のあった部屋にやってきた。そこはデュークの寝室になっている。影から人間の集団だとわかったジルは気持ちが焦る。
聖騎士または勇者だった場合かなりまずい。今はジル一人で、血のストックがない状況で戦闘になればいくらジルでも殺される。
ジルは、先手必勝と部屋を蹴り上げ中に入る。すると、そこには多くの傷や怪我をした汚れた人間だった。皆ジルを見て固まる。数分の沈黙が過ぎると状況が理解できたのか、人間どもが騒ぎ始めジルに剣を構えるものまででてきた。どうやらただの人間のようだ
「貴様ら、何をしている…」
「あ、あっしたちは主人のその…さ、寒い…ガタガタ…」
威勢がよかった男はすぐに顎を震わし歯と歯が震えでぶつかる音がし、全身を震わしながら倒れていく。ただの人間には少し闇が寒すぎるか…
ジルはそっと思い出した。ディルがマリアを助けに行ったのだと。だとすると、この者たちの主人はディルか…ったく…
「わかった…動くな。決して動くな。」
ジルがそう言うと、ジルに向かって一人の女性がかけよてきた。吸血鬼に怯えることないその姿はジルも懐かしさを覚えた。
「ジルさん!お久しぶりです!」
「おお!マリアどの…お久しぶりです。お怪我はありませんか?」
「ええ!大丈夫です!ディルが!ディルが生きてたんです!」
興奮しているのかジルに抱きついてくる。元気に挨拶してくるマリアにジルは驚く。最後に見たのは身体中に怪我をした見るも無残な姿だったというのに目の前にいるマリアは多少汚れているが元気だ。
他の人間の多くは皆気絶をしてしまっっている。ジルはそっとマリアの話を聞きながら落ち着かせる。なぜか、マリアに触れられた両腕が痛むのだ。そして、もう一人警戒しなければいけない存在が挨拶してくる。
「お主は、主人とどう言う関係じゃ?」
白髪の老人が睨むように見てくる。危機察知が大きく反応する。おそらくかなり優れた魔法使い…それに聖魔法を使うな…
しかし、一緒にここにきたということはディルが何か考えていることなのだろう。
「それは皆さんが起きてからにしましょう。では、皆さんをまずは綺麗にしなければ…」
ジルが気をつかって倒れている人間をコウモリに運ばせようとした瞬間、面倒な声が後ろの出口から聞こえる。
「あら、美味しそうな人間だこと。どうしたのですか?」
「リリアンナ…貴様には関係がない。さあ、帰れ」
「あら冷たい。」
そういった瞬間、女性は突然消え、すぐに白髪の老人の前に現れる。老人は驚いているが、ゆっくりと腰に差してある杖に手をかける。何かされたら、すぐ抜けるようになっているな…かなりの戦闘に経験があるようだ。それも人特攻だな…魔物に対する戦闘技術じゃない…
しかし、リリアンナは面白くないといった表情を向ける。そして、次に現れたのはマリアの目の前だった。
「あら、あなたは美味しそう。少しくらい頂くことにするわ」
「ま、、待て!」
そういうと女性は、綺麗な口を開くとそこから生える鋭い牙をマリアの首に向ける。マリアは一瞬女性を押し返そうとするが女性の方が強くビクともしない。そして、血を吸われそうになった瞬間、両手が輝き出しだ。暖かく、聖魔法のような光に、女性は一気に距離をとる。
「何なの…この子。聖女?…」
退いた瞬間、ジルが音もなく女性の首を刎ねようと黒槍を振るう。しかし、黒槍は空を切り女性は多くのカラスとなり羽ばたいていく。すると、部屋を反響しながら女性の声が響く。
『面白いこと。さあ、また来るわ。あの方によろしくお伝えください、ジル様。あなたの愛妻 リリアンナ=ルビーが来たと』




