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帰りの飛行機のなかで寝ようと思っていたけれど送ってしまったメールのことが頭に浮かんで眠れない。
どうしてあんなこと書いちゃったんだろう……帰国の日付を書くのをやめて、ふと今までもらったメールのことが頭に浮かんできちゃって“川辺さんと仲良くしててください”なんて書いてしまったせいでメールの返事はない。柊介さん戸惑ったよね。
でも“川辺が店に来て何か相談ごとがあるみたいだけど話してくれないんだよね”とか“今日も川辺は来たけど、ランチで帰った。今日も話してくれなかった。いったいなんだと思う?”……柊介さんが川辺さんに優しいのは友達なんだから当たり前。頭では分かっているのに、なんだか悲しくて。
日本に戻ったら柊介さんに謝ろう。決心すると気持ちが落ち着いてきて自然と眠くなってきた。
「おかえり、誓子ちゃん」
「えっ、どうして」
帰国した私の目の前には柊介さんが立っていた。
「どうしてって、誓子ちゃんを迎えに来たんだよ。荷物はそれだけ?」
私が答える前に、柊介さんは右手で私のトロリーバッグを持つと左手で私の手をつかんだ。
「あのどうして私の帰国日が分かったんですか」
「それは秘密と言いたいところだけど、うちのじいさんとミヤのおかげ」
ミヤって宮本課長のことだろう。でもなぜ春治郎さんも?
「春治郎さんと宮本課長、ですか」
「なぜか俺の周囲には世話焼きが多いんだ」
確かに春治郎さんって世話焼きかも。でも宮本課長はクールな感じだから意外だ。
そして柊介さんは駅のほうじゃなくて駐車場の方向に向かっている。
「え、電車じゃないんですか?」
「電車だとキスもできないし…冗談です、ごめんなさい」
柊介さんが謝ったのは私が思わず冷たい目で見たからだ。駐車場に止めてある明るい青色の車はイケメン俳優がCMをしているものだった。
「柊介さん、車を運転するんですね」
「仕事だと父さんと一緒に食材の契約先へのあいさつまわりとか、私用だとじいさんにこき使われるのが一番多いよ。人使い荒いんだ、うちのじいさんは」
口ではそう言ってるけど、春治郎さんとにぎやかにドライブしている姿が目に浮かんできてなんだか微笑ましい。
しばらくすると見覚えのある茶色のマンションに到着した。
出張前に一度だけ来た柊介さんが一人暮らしをしているマンション…あのときは、新作料理の試食をした。
「俺は今日休みなんだ。誓子ちゃんは?」
「あ、今日は直帰で明日は代休です」
「じゃあ今日は俺の部屋に泊まって。俺たち、いろいろ話さなくちゃいけないことがあると思わない?」
「え……泊りですか」
「どうしても外せない用事とかあるのかな。それとも嫌?」
「何もないですし…嫌じゃないです」
「よかった。じゃあオムライス作るよ」
さっきまでつないでいた手が、私の背中をやさしく押した。
食事が終わった後、柊介さんと並んで後片付けをした。
「この部屋は台所が広いんですね」
「うん。それが決め手でこの部屋にしたんだ。でも後付したビルトイン食洗機を使うより手洗いしちゃうことが多いんだよね」
「なるほど」
独り暮らしにしては大きめの冷蔵庫もきれいに収まってるし、調理器具も整然と使い勝手よく並んでいる。さすがプロ。
食器を片付け終わった私は、シンクを拭いている柊介さんの隣に立った。