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 私が日本に帰ってきたなあ~と実感するのはオムライスを食べるときだ。それも中に入ってるチキンライスの甘酸っぱさと薄焼き卵を一緒にスプーンですくって食べた最初の瞬間だ。

 今までいろんな店でオムライスを食べてきたけれど、最近は「松浦洋食店」一択。というのも、初代店主の松浦春治郎さんが私の好みにぴったりのオムライスを作ってくれるから。

 春治郎さん(:呼び方は本人からのリクエスト)は同じ大学でサークルの先輩だった溝口さんに頼まれて週末に英会話を教えているご隠居さんたちの一人だ。皆さん「おじいちゃん」と呼ぶのが失礼なくらい粋で元気な人ばかり。好奇心も旺盛らしく、普段はパソコンを使いこなし皆で温泉や習い事に勤しんでいるそうだ。英会話だって覚えるのに時間はかかっているけど、その熱心な姿勢からは私のほうが教わることが多い。

 オムライスをごちそうになるうちに、現在の店主である夏彦さん(:春治郎さんの息子さん)とも仲良くなり3人で話をするようになった。そこにいつも出てくるのが3代目にあたるお孫さんのことだ。春治郎さんいわく“ふにゃふにゃした性格で35歳独身記録更新中の男”らしい。まあ結婚するかどうかは本人の自由だけど、春治郎さんの様子をみてるとそんな意見は言えなかった。



 いつもなら春治郎さんがオムライスを持ってきてくれるのに、私の前にオムライスを置いてくれたのは、見たことのない男の人だった。すらりとして奥二重のつぶらな感じの目が印象的な端正な顔立ちの人。コックコートに黒いエプロンがよく似合う。

「お待たせしました。祖父がいつもお世話になっております」

「は…え?祖父って」

「私は春治郎の孫で、ここの3代目です」

「そうなんですか。初めまして三島誓子です。こちらこそ、おじい様にはいつもお世話になっております」

「そのバッグは…」

「あ。今日は海外出張からの帰りなんです。ごめんなさい、お店に大きな荷物を持ち込んでしまって」

「いいえ大丈夫ですよ。そういえば祖父から三島様は海外出張が多いと聞いてます」

「ええ。今日はアメリカから戻ってきたところなんです。私、帰国したら真っ先にオムライスを食べることにしているのですが、春治郎さんのオムライスを食べたらもう他のお店では食べられなくなってしまって。だから、春治郎さんの言葉にいつも甘えてしまうんです」

 このひとが“ふにゃふにゃした35歳”か…と思いつつ会話をしていると春治郎さんがこちらにやってきた。

「柊介、誓子ちゃんから離れろっ。しっしっ」

「俺は犬かよ。ひどいな、じいさんは」

「誓子ちゃん、今日は余計なのがいてごめんな。オムライス美味しいかい?」

「はい、美味しいです」

「その言葉が何よりうれしいよ。なんだ、まだいたのか」

「俺のことをまともに紹介する気はないのか、この不良じじい」

「ふん、しょうがない。誓子ちゃん、こいつは俺の孫で柊助ってんだ。まあ一応この店の3代目だ」

 しゅうすけさんというのか…ふふ、会話の調子は乱暴だけど2人って仲良しなんだろうな。

「松浦柊介です。よろしくね、誓子ちゃん」

「へっ?!え、はい、こちらこそ。よろしくお願いします」

 いきなり名前を呼ばれてちょっと驚いていると、私よりも驚いた春治郎さんが柊介さんを叱りつけた。


「馬鹿者!!知り合ったばかりの娘さんの名前をいきなり気軽に呼ぶんじゃない!!」

「はあ?じいさんだって父さんだって下の名前で呼びあってるじゃないか」

「俺と夏彦は誓子ちゃんとコミュニケーションを深めて名前呼びをするようになったんだ。お前とは違う」

「どうせこの店の人間は皆“松浦”なんだから、松浦さんって呼ばれたら誰だか分からないだろ。そうだ、誓子ちゃん」

「はい?」

「俺とコミュニケーションを深めるために、デートしよう」

「はいいい?!」

「誓子ちゃんは恋人いるの?」

「い、いませんけど松浦さんはどうなんですか」

「俺のことは柊介でいいよ。俺も恋人いないからなんの不都合もない」

 春治郎さんをチラッと見ると“やれやれ”といった感じで首ふっている。断ってこの店に来づらくなってしまうのは嫌だなあ。ここのオムライスは私の癒しだ。

「……分かりました。1回だけなら」

「よし、決まり」

 柊介さんはふにゃふにゃした性格だと春治郎さんは言っていた。でもあれは軽いっていうんじゃないだろうか。

 だけど春治郎さんのお孫さんだもの、きっといいひと。

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