解決
そして、馬鹿太子は、やってはいけないことをやった。
殿下が合図して、3人の男がやってきた。
そうだよ、できるじゃないか。被害者だって、発言するときだけ入れろよ。
「あ~、確かに、このお嬢さんでしたね。俺らに依頼してきたのは」
「彼らは、ヴィオラを襲おうとしたんだ」
王と王妃が焦っている。
「私の名前でヴィオラを呼び出し、この男性に襲わせ、穢してほしいと依頼したのだ」
「君は言ったそうだね?穢れた血は、穢れたもの同士・・・」
シャルが、真っ青になって震えている。
本当のことを……実の親について話した日のようだ。
黙って立ち上がると、父も同時に立ち上がったらしい。
「爵位を返上します」
父とそろって優雅な礼をした。
父が敵対を宣言した。
あまりにも唐突で――決して許さない宣言。
陛下が、もう、王太子は無理だと判断した。
「廃嫡しよう。国をいたずらに乱したとして」
さすが、一国を背負うだけはある。
素早い判断で・・・息子を切り捨て、国の安定を取った。
たやすい決断ではなかったろうが、決定されれば、国はそれに向かって動いていく。
誰もかれもが騒ぐ中、凛とした声が響いた。
「静かになさって」
シャルは、悩むように目を伏せて、物語を語った。
ここで語らせるつもりなどなかった。
それは、決して楽しい話ではい。
どんなに讃えられようと、望んだ過去ではないのだ。
けれど、シャルは、流れるように語った。
ほのかな笑みさえ浮かべて。
王太子に、まるで謝罪でもするかのように、語りかけた。
「秘密だったわけではありません。……知ってらっしゃると、思っていました。私には、公爵家の血は、一滴たりとも流れておりません。穢れた血、穢された血。両方を、受け継い・・・」
ガンッ
思わず足が出た。
馬鹿をシャルが見つめることもムカつくが、内容には、あり得ないほどの怒りを覚える。
「それ以上口にすれば、公爵家への侮辱と受け取るよ」
その怒りのままに口にすれば、少し驚いたように見上げてきた妹は、泣きそうな顔で笑った。
嬉しくてたまらないと言う風に。
ああ、愛しい。
抱きしめたい。
父が、諦めたようにため息を吐いたのが分かった。
陛下と王妃は、目を伏せて、息子の暴挙を止めなかったことを、悔いているようだ。
宰相たち・・・年かさのものは、もちろん、この事実は知っている。
ただ、わざわざ言うほど、軽い内容ではない。知っておくべき事柄なだけ。
驚きすぎて、固まっている3人に声をかけた。
「そこの3人。救国の少女を知っているか」
「は、はい!それは、もちろん。身を賭して私たちのために戦ってくださった方・・・」
顔つきと体つきで分かった。やつらは、北国出身だと。
そいつらが、何故、最も忌むべき犯罪に手を貸そうとしたか?
男たちは、床に這いつくばって、シャルに許しを乞うた。
「……金が、欲しくて。あぁ、救国の少女の最期を知っていたのに、どうして、オレが、一番嫌いな犯罪を・・・!?無理矢理襲って、殿下が来れば、すぐに、逃げろと言われていました。逃走経路も確保して・・・」
懺悔を始めたが、そんなことはどうでもいい。
私が促せば、すぐに主犯が顔を出す。
「嘘よっ!私、彼らに襲われたのよ!そこを、殿下に救っていただいたのです!」
男爵令嬢が金切り声をあげた。
うるさすぎる。
男爵令嬢と目があった。その途端、また襲われる眩暈。
そして、理解した。―――なるほど、と。
「殿下」
シャルの声が響いた。
「大好きでしたわ。人生を共にできると、思っておりました」
そんなわけはないがな!
心の中で突っ込みながらも、無表情を保つ。
「私は、もういいかしら?休みたいの」
シャルが退出したがり、父は、それを許した。
シャルは、最後まで凛として、美しい。
それを、目を覚めた思いで・・・確かに、目が覚めたのだろう。見送る王太子。
だが、もう渡さない。
これからが、私の独壇場だ。
思わず、心からの笑みを浮かべてしまって、父以外の人間からは、真っ青な顔で見られてしまった。
まず、正式な婚約破棄を認めさせた。
次に、私との結婚も認めさせ・・・
「ちょっと待て。それはできないだろう?」
陛下が気弱なことを言っているが、思わず睥睨してしまった。
「王太子の元、婚約者が、どこに嫁げると言うのです?あらぬ噂が流れることでしょう。王家を敵に回したくないと、どこもシャルを娶ろうとはしないのは、目に見えている。……出家しろとでもおっしゃいますか?」
実際、シャルはそのつもりでいるだろう。
婚約破棄後、自分がどうなるのかを、考えていたようだった。
王太子が何か言いかけるように口を開けるのを、睨むことで押しとどめた。
「私が、娶ります。救国の少女の名を出して、この話を広めてでも。シャルには、私が四六時中愛をささやきましょう」
反論はなかった。
本心ではあるだろうが、国としては、救国の少女の話が広がるのは御の字のはずだ。
伝説ではない、生きた伝説が、王家の隣にいるのだ。
一日中でも一年中でも膝に乗せたまま、ずっと愛していると言い続けよう。
シャルが穢れなど気にする間もないほどに。
「四六時中はうざいぞ」隣から、余計な声が聞こえたが、無視しておく。
さて、結婚は了承された。
「では、父よ。私はシャルのもとに結婚の申し込みをしに行きますので、後はお願いします」
「ああ、そうだ。そこの男爵令嬢は、邪眼の持ち主です。先ほどから、妙な力が私に働いております。殿下も、そこの3人も、あと・・・何人も報告があっている有力貴族たちも、その力の餌食になっただけでしょう。そのことを踏まえて、廃嫡にするかなどのご判断をお願いいたします」
「は・・・?ちょ、待て。邪眼?ルイス・・・」
「この宝玉をお持ちください。邪眼の影響がなくなります」
私が胸元から出した宝玉を父に持たせる。
「いやいやいや、ルイス、ちょっと待て」
「お前たち・・・」
私が、先ほどの3人の男に目を向けると、全員が正気に戻っていた。
床に手をついて、覚悟の目をしていた。
「救国の少女を貶めようとしたのです。あの方に、なんて最低な言葉を言わせてしまったのか・・・!もう、村には帰れないし、死罪となる覚悟もできております」
リーダー格であろう男が頭を下げた。
「いいだろう、その覚悟、受け取った。後日、沙汰を申付ける」
いい拾い物をした。
訓練をすれば、いい護衛に育つはずだ。
シャルを、命を賭してでも守るだろう。
「じゃ、行ってきます」
「行かせるわけがないよね?」
父が私の肩をつかんでいる。
「・・・私は、優しさをもって、邪眼のことを教えたのですが」
「結婚の了承後にね?」
当然だ。
その前に邪眼が明らかになれば、厚顔無恥な馬鹿太子が、自分は騙されていただけだなどと言い出したらどうする。甚だ面倒くさい。
「私に全く責任はありません」
胸を張って断言すれば、……誰も反論できない。
私は、まだ爵位としては子爵位を持つだけだ。
父の跡を継げば公爵にはなるが、今ここにいる私は、ただの「加害者の兄」という役割だったはずだ。
その私が、シャルのもとに向かいたいのを数分我慢して教えてやったのだ。
それが優しさでなくて何だ。
父の嫌そうな視線に送られて、私はシャルのもとに向かう。
さあ、あの愛しい娘は、私の求婚にどんな顔をするだろう?