シャルロッテ
「父よ」
「言いたいことは分かった。だが、暗殺も誘拐もダメだ」
私が話しかけると、すぐにそんな返事が来た。
笑ったような顔をしているくせに、公爵なだけあって、父は計略に長けている。
父を出し抜くのは苦労しそうだが、どんなに苦労してでも手に入れたいものというのは存在する。
シャルロッテ。
可愛い妹であり、最愛の女性。
なのに。
「何故あんなガキに渡さなきゃならない」
「陛下に是非にって言われて。謀反疑われたら面倒くさいし」
領内視察へ行って、半年かけて回って帰ってきたら、妹の婚約が決まっていた。
私がもらうと言っていただろう。
「……お前は、兄なんだよ?」
「愛さえあれば、乗り越える」
「その場合、両方に必要だ」
大丈夫だ。形は違えど、深い愛がある。
5つ違いの妹は、まだ10歳だ。
実際の結婚にはまだ猶予がある。
「私の不徳の致すところ。お父様にまでご迷惑をおかけ申し訳ありません」
頭を下げる妹を見て、あのバカ殿下の頭をかち割ってやりたいと思う。
実際、自分がやろうとしたことも、他の女をあてがうとか、王女を娶らないといけないようにとか、そういった画策だった。
王女の方が、少しずつ具体的になってきていたっていうのに、勝手に他の女に転がっていったと言う。
この可愛いシャルを前にして。
どんだけ馬鹿だ。
父も母も、怒っているようだ。
「・・・婚約破棄、ねぇ。まあ、いいですけど?」
母は・・・ちょっとまずいくらいに怒っている。
おい、父よ。ちゃんと宥めろ。
この婚約だって、王家が言い出したことだ。
『救国の少女』から受け継いだ黒目黒髪が欲しかったから。
公爵家がこれほど盤石な権力を保持できているのも、『救国の少女』の家系とのことで、民衆の支持が厚いからだ。
その人気が欲しくて言い出したことなのに、王太子がいきなり婚約破棄に向かって動いている。
よくやった。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、これほど馬鹿だとは。
政情が見えていない。
公爵家が、どれほど、この娘を大切にしているかさえも、見えていない。
私に都合がいいことだらけではないか。
父が私に公爵意を譲ると言い出した。
王太子蹴落とすから、公爵位くらいは退かなくてはならないのだろう。
まあ、いいけど。正直、早々に継ぐのは面倒くさいが。
それに、シャルが激しく反応した。
「大丈夫。後は私が継ぐよ」
そう言っても、涙でぬれた瞳は曇ったままで、他人とまでいうから、ちょっと、本気で怒ってしまった。
「私の未熟さが招いた事態。私が、出家しようと・・・」
「させない」
シャルの言葉を最後までいわせずに遮った。
出家?させるわけがない。お前は、私の妻になるのだ。
「公爵家を守りたいと言うお前が、家族の一番の宝物を、奪っていってしまう気か?」
シャルが泣いた。
可愛くて、抱きしめたいけれど、やったら母に絞められそうだものな、と思いながら、ハンカチだけを渡した。
「お、にいさま」
舌足らずで、泣きながら自分を呼ぶ。
「あいしています」
続いた言葉に、息をのんだ。相思相愛か!
「おとうさま、あいしてます」
「おかあさま、あいしてます」
私が固まったままでいる間に、シャルは父と母にも同じ言葉を贈った。
父は、私に怒るなよと視線を飛ばして、母は、面白そうに、私が言いたかった言葉を発した。
抱きしめようと広げた腕をどうしてくれる。
……シャル、覚えてろよ。
ちょっと、理不尽な怒りが湧き上がったが、仕方がないだろう。