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救国の少女  作者: ざっく
本編
5/9

救国の少女

 私は、冷静に声が出せたことに、感謝した。


 父と兄が、こちらを見つめている。

 家族以外がいるところでは珍しく、私は、へにゃっと、情けなく笑った。

 「私のお話を、聞いていただけるかしら?」

 これは、お願いでなく、強制。

 陛下が痛ましげに私に目を向け、席に座った。

 他も、全員。

 私は、上着を兄に返してから、語り始めた。



 あるところに、黒目黒髪の少女がいた。

 その少女は、あらゆる知識を備え、見た目は、幼く、可憐でありながら、強く美しい心を持った少女だった。

 その少女の知識から、暖炉以外の暖房器具、ストーブが生まれ、コタツが生まれた。


 彼女を、公爵の弟が見初め、婚約した。

 けれど、どこの出身かもわからない彼女は、公爵には相応しくないと、何度も抵抗していたらしい。

 そんな彼女に、仕事を与え、ここで役に立っていると言うことを実感してもらうため、公爵弟は、辺境の地へ向かった。

 そこで、彼女が発明した暖房器具を広めようとしたのだ。


 けれど、そこで他民族の急襲に会った。


 公爵弟は、剣を持ち戦った。

 ここを簡単に抜けられれば、砦が落ちてしまう。

 砦が落ちれば、蛮族が流れ込み、多くの犠牲が出るだろう。

 だから、集められるだけの兵を集め、一人で指揮し、戦ったのだ。


 彼女は、女性を避難させる役目だった。

 けれど、女性が団体で動くのには限界があり、見つかってしまったのだ。

 彼女は、一人立ち向かった。

 民を守るため、彼女は囮になった。唯一の高貴な血を持つものとして。

 その時間を稼げるほどに、彼女は賢く・・・魅力的だったのだろう。


 そして、穢された。


 連絡を受けた領主から援軍が来て、彼女の命は助かったが、公爵弟は、死んだ。


 そして、少女は妊娠した。


 堕胎のための薬や運動をしたけれど、堕胎できなかったらしい。

 元気な子供だと、呆れ交じりに・・・諦め交じりに誰かが呟いた。


 そうして、生まれた私。


 穢された末の子供。決して、だれも望んではいなかった。

 母の黒目黒髪をそのまま受け継いだことだけが、唯一の救い。

 けれど、母は私を愛してくれたらしい。


 『なんて愛らしいの。私のシャルロッテ』


 そう言って涙を流したと、現公爵・・・父が教えてくれた。

 けれど、出産時の傷から感染症にかかり、あっさりと逝った。

 顔も覚えていない母親。

 母は、どこから来たのかさえ、分からない。

 母の家族も、国も、何もわからない。

 唯一知っていたかもしれない、公爵弟は、死んだ。


 穢され、堕胎を望まれ、無理矢理生まれてきた。

 穢れた血。忌むべき子供。


 両親を失ってまで生きなくてはならない子供ではなかったのに。


 愛しい義妹の子を、公爵は引き取った。実子として。

 赤子の将来を心配したのだろう。

 穢されて夫以外の子を産んだ義妹を、守りたかったのかもしれない。


 そんな兆候すらなかった公爵が突然連れてきた子。

 みんな、知っていた。


 穢された―――

 けれど、救国の―――


 そして、その事実は、誰も口にしなくなった。


 私は口元に笑みを浮かべた。


 呆然とたたずむ殿下に、目を向けた。

 「秘密だったわけではありません。……知ってらっしゃると、思っていました。私には、公爵家の血は、一滴たりとも流れておりません」

 頭を下げれば、動揺した雰囲気が伝わってきた。

 「穢れた血、穢された血。両方を、受け継い・・・」


 ガンッ


 隣で、兄が机を蹴った。


 「それ以上口にすれば、公爵家への侮辱と受け取るよ」


 睨み付けてくる兄が優しすぎて、涙が出そうだった。

 私は首を振って、言葉を打ち切った。

 並んで立つ3人の男性を見つめながら言った。

 「だからこそ、私が、そのようなことをするはずがないのです。その所業を、最も憎んでいるのは・・・私なのですから」

 そうして、要らぬ苦労を背負わせてしまった。

 父に、母に、兄に。

 私を愛してくれる全ての人を、私は愛しすぎて辛い。


 「そこの3人。救国の少女を知っているか」

 兄が問えば、体を真っ直ぐにして3人は返事をした。

 「は、はい!それは、もちろん。身を賭して私たちのために戦ってくださった方・・・」

 3人が真っ直ぐに私を見てくる。

 その視線に、尊敬の色が混じって、私は笑った。

 「ありがとう。そんな風に言ってくださって。私の母よ?」

 瞬間、男性たちは、床に這いつくばって許しを乞うた。

 「そんなっ、そんな・・・俺らは、北国出身です。・・・恩人に、自分らは・・・なんて・・・」


 「おい、反省会より先に。誰が、証言しろと言った?」

 兄は、怒りで仮面をかぶれていないようだ。

 言葉づかいも素だ。

 「そこにおられる、男爵令嬢様です」

 「嘘よっ!」

 ヴィオラが金切り声をあげた。

 「私、彼らに襲われたのよ!そこを、殿下に救っていただいたのです!」

 殿下は無言だった。

 違和感とか、いろいろ、考えているのかもしれない。


 「殿下」


 私が呼び掛けると、殿下は、私を見た。

 ようやく、睨みも、蔑みもない視線を受け止めることができた。


 「大好きでしたわ。人生を共にできると、思っておりました」


 泣きそうな顔をして、すまないと、謝った。


 ふうっと、ため息をついて、父を見た。

 「私は、もういいかしら?休みたいの」

 「ああ、気になることは、後からルイスに聞きなさい」

 兄にも笑顔を向けて、退出した。



 愛する人たちがいる。だから、私はきっと、これからも生きていく。

 私は、胸を張って、謁見の間を後にした。



 ――――そして、兄が謁見の間で、私と結婚宣言をしたことを聞くのは、もう少し後のこと。


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