救国の少女
私は、冷静に声が出せたことに、感謝した。
父と兄が、こちらを見つめている。
家族以外がいるところでは珍しく、私は、へにゃっと、情けなく笑った。
「私のお話を、聞いていただけるかしら?」
これは、お願いでなく、強制。
陛下が痛ましげに私に目を向け、席に座った。
他も、全員。
私は、上着を兄に返してから、語り始めた。
あるところに、黒目黒髪の少女がいた。
その少女は、あらゆる知識を備え、見た目は、幼く、可憐でありながら、強く美しい心を持った少女だった。
その少女の知識から、暖炉以外の暖房器具、ストーブが生まれ、コタツが生まれた。
彼女を、公爵の弟が見初め、婚約した。
けれど、どこの出身かもわからない彼女は、公爵には相応しくないと、何度も抵抗していたらしい。
そんな彼女に、仕事を与え、ここで役に立っていると言うことを実感してもらうため、公爵弟は、辺境の地へ向かった。
そこで、彼女が発明した暖房器具を広めようとしたのだ。
けれど、そこで他民族の急襲に会った。
公爵弟は、剣を持ち戦った。
ここを簡単に抜けられれば、砦が落ちてしまう。
砦が落ちれば、蛮族が流れ込み、多くの犠牲が出るだろう。
だから、集められるだけの兵を集め、一人で指揮し、戦ったのだ。
彼女は、女性を避難させる役目だった。
けれど、女性が団体で動くのには限界があり、見つかってしまったのだ。
彼女は、一人立ち向かった。
民を守るため、彼女は囮になった。唯一の高貴な血を持つものとして。
その時間を稼げるほどに、彼女は賢く・・・魅力的だったのだろう。
そして、穢された。
連絡を受けた領主から援軍が来て、彼女の命は助かったが、公爵弟は、死んだ。
そして、少女は妊娠した。
堕胎のための薬や運動をしたけれど、堕胎できなかったらしい。
元気な子供だと、呆れ交じりに・・・諦め交じりに誰かが呟いた。
そうして、生まれた私。
穢された末の子供。決して、だれも望んではいなかった。
母の黒目黒髪をそのまま受け継いだことだけが、唯一の救い。
けれど、母は私を愛してくれたらしい。
『なんて愛らしいの。私のシャルロッテ』
そう言って涙を流したと、現公爵・・・父が教えてくれた。
けれど、出産時の傷から感染症にかかり、あっさりと逝った。
顔も覚えていない母親。
母は、どこから来たのかさえ、分からない。
母の家族も、国も、何もわからない。
唯一知っていたかもしれない、公爵弟は、死んだ。
穢され、堕胎を望まれ、無理矢理生まれてきた。
穢れた血。忌むべき子供。
両親を失ってまで生きなくてはならない子供ではなかったのに。
愛しい義妹の子を、公爵は引き取った。実子として。
赤子の将来を心配したのだろう。
穢されて夫以外の子を産んだ義妹を、守りたかったのかもしれない。
そんな兆候すらなかった公爵が突然連れてきた子。
みんな、知っていた。
穢された―――
けれど、救国の―――
そして、その事実は、誰も口にしなくなった。
私は口元に笑みを浮かべた。
呆然とたたずむ殿下に、目を向けた。
「秘密だったわけではありません。……知ってらっしゃると、思っていました。私には、公爵家の血は、一滴たりとも流れておりません」
頭を下げれば、動揺した雰囲気が伝わってきた。
「穢れた血、穢された血。両方を、受け継い・・・」
ガンッ
隣で、兄が机を蹴った。
「それ以上口にすれば、公爵家への侮辱と受け取るよ」
睨み付けてくる兄が優しすぎて、涙が出そうだった。
私は首を振って、言葉を打ち切った。
並んで立つ3人の男性を見つめながら言った。
「だからこそ、私が、そのようなことをするはずがないのです。その所業を、最も憎んでいるのは・・・私なのですから」
そうして、要らぬ苦労を背負わせてしまった。
父に、母に、兄に。
私を愛してくれる全ての人を、私は愛しすぎて辛い。
「そこの3人。救国の少女を知っているか」
兄が問えば、体を真っ直ぐにして3人は返事をした。
「は、はい!それは、もちろん。身を賭して私たちのために戦ってくださった方・・・」
3人が真っ直ぐに私を見てくる。
その視線に、尊敬の色が混じって、私は笑った。
「ありがとう。そんな風に言ってくださって。私の母よ?」
瞬間、男性たちは、床に這いつくばって許しを乞うた。
「そんなっ、そんな・・・俺らは、北国出身です。・・・恩人に、自分らは・・・なんて・・・」
「おい、反省会より先に。誰が、証言しろと言った?」
兄は、怒りで仮面をかぶれていないようだ。
言葉づかいも素だ。
「そこにおられる、男爵令嬢様です」
「嘘よっ!」
ヴィオラが金切り声をあげた。
「私、彼らに襲われたのよ!そこを、殿下に救っていただいたのです!」
殿下は無言だった。
違和感とか、いろいろ、考えているのかもしれない。
「殿下」
私が呼び掛けると、殿下は、私を見た。
ようやく、睨みも、蔑みもない視線を受け止めることができた。
「大好きでしたわ。人生を共にできると、思っておりました」
泣きそうな顔をして、すまないと、謝った。
ふうっと、ため息をついて、父を見た。
「私は、もういいかしら?休みたいの」
「ああ、気になることは、後からルイスに聞きなさい」
兄にも笑顔を向けて、退出した。
愛する人たちがいる。だから、私はきっと、これからも生きていく。
私は、胸を張って、謁見の間を後にした。
――――そして、兄が謁見の間で、私と結婚宣言をしたことを聞くのは、もう少し後のこと。