謁見
王との謁見の日。
婚約破棄は、間違いないだろう。
私は、いじめてはいない。いじめてはいないが―――苦言は呈した。
公爵令嬢から言えば、委縮してそう受け取られるものなのだろうか。
分からない。
だが、こうして正式な書面で出仕を求められている。
陛下から、婚約破棄を言い渡された令嬢は、のちにどうなるのだろう。
下される罪状にもよるが、幽閉が一般的だろうか。
それとも、他国に人質同然に嫁がせるか・・・。
「お兄様」
傍らに立つ兄を見上げると、緊張も何もなく、いつも通りに立つ兄がいた。
「他国に、私が嫁げるような場所がありますか?」
「ないね」
間髪入れずに帰ってきた返事に、落胆する。
「ルイス・・・もう少し言葉を選べ。シャル、そんなことを気にする必要はない。今は、これからのことを考えろ」
兄の反対側に立つ父が、優しく微笑んでくれた。
そうだ、今からだ。
他のことを考えている時ではない。
「シャル、感情を読み取らせるなよ」
「もちろんですわ」
父と兄の視線に微笑みで答え、謁見の間に入った。
そこには、王と王妃、王太子殿下、第二王子、宰相と議長、軍師、ヴィオラとその父、ダックローズ男爵がいた。
「失礼します。陛下」
父が挨拶をするのと同時に、兄と私も礼を取る。
「ああ、わざわざ、すまなかったな」
陛下が、ちらりと兄に視線を走らせたが、特に声をかけるでもなく、皇太子殿下に視線を移した。
「失礼します」
視線を受けて立ち上がった殿下は、堂々と、述べた。
「私、皇太子 エルクハルト=バームクールと、公爵令嬢 シャルロッテ=フィナンシュの婚約破棄について、審議したい」
一度、全員の顔を見回してから、最後に私に視線をとめた。
「シャルロッテの行動によって、国母にふさわしくないと判断し、これを認めてもらおうと思う」
「その前に、発言を」
言葉をつづけようとする殿下を遮って、兄が手を挙げた。
「・・・許可しよう」
いぶかしげな殿下を何の感情も持たずに見返して、兄が発言する。
「見たところ、王族と重要人物のみ集められていると見受けられるのですが、何故、ここに男爵が?」
「彼らは、これから話すことの被害者だ」
「被害者・・・なるほど。では、被害者として証言してくださるとのことですね?」
それ以外では口開くんじゃねえぞ、てめえらごときが。
あれ、おかしいな、空耳かな。なんか、変な言葉が聞こえた。
「……ああ、そうだ」
殿下が無表情に答えた。
「続ける。・・・シャルロッテは、そこにいる、ヴィオラ令嬢に日常的に悪口や嫌がらせなどの行為を繰り返し、いじめの首謀者として、その名が報告された」
その間、ヴィオラは思い出すのもつらいと言うように目を閉じ、震える手を握りしめていた。
その姿は可憐で、守ってやりたくなるような姿だった。
「シャルロッテ様?」
宰相であるジム様が、初めて、私に意見を求めるように訊いてきた。
「記憶にございませんわ」
事実だ。
しかし、ジム様は息子に何か聞いていらっしゃるのかもしれない。
彼の息子も、ヴィオラに愛をささやいた一人と記憶している。
多くの皴の刻まれた顔で、一言で終わった私の答えに不満そうにしていた。
「これは、破られた扇子だ」
殿下が、ボロボロになった扇子を取り出した。
……全く見覚えがない。
「五月の夜会で、あなたがヴィオラを呼びとめただろう?その後、ヴィオラが持っていた物だ」
「いつ、お話ししたかなど、覚えておりませんわ」
「そちらが覚えていなくても、こちらには記録がある」
次に取り出したのは、首飾り。
「これは、私が彼女に贈ったものだ」
兄がピクリと動いた。
「わが妹ではなく、そちらの令嬢に贈られたと?何故?」
殿下は、そう言われるのが分かっていたと言うように、ゆっくりと頷いた。
「彼女は、宝石を持っていないことで、からかわれ、恥ずかしくてもう夜会に姿を見せられないと泣いたのだ。そのような者がいれば、それに心を砕くのも、王族の役目だ」
からかったのは、私だと言いたいのか、しっかりと睨みつけられた。
「宝石を持っていない令嬢には、殿下が下賜されると?何の実績もない娘に・・・?」
「私の個人財産から支出している。問題ない」
ありまくりだ、馬鹿野郎。
婚約者がいながら、他に宝石を贈るなんざ、お前はどこの浮気亭主だ。もっとましな言い訳しやがれ。
ど、どうしてかしら。兄の罵詈雑言が聞こえるのだけど。
ちらりと兄を見上げても、何も変化はない。
「これが、紛失したのだ」
ちらり、と殿下がヴィオラに視線を投げると、ヴィオラが、勢いよく立ち上がった。
「そうなのです!殿下からいただいた大切な首飾りでっ、私、大切にしていたのに、どこかに行ってしまって・・・!一生懸命探してたんです!そしたら、そしたら・・・シャルロッテ様の侍女の方がお持ちで……っ」
「同じような、別のものでは?」
「それはない。私が自ら作らせたのだ。他にはない」
ううっと、ハンカチを握りしめて泣き崩れるヴィオラ。
「お待ちください」
次は、父が手を挙げた。
「その宝石、見せていただけますか?」
「いいだろう」
殿下が不思議そうにしながら、公爵に宝石を渡す。
それをゆっくり見た後、私に渡した。
「シャルロッテ、その価値を」
急に、そんなことを言われて戸惑ったけれど、ハンカチを出して、ゆっくりと眺めた。
全てのものには、適正価格というものがある。
有事の際ほど、それは誤魔化されやすい。
こちらが金に困っているときほど、そういった輩は寄ってくるのだ。見る目を養いなさいと、父にあらゆる宝石を見せられた。
そして、これは……。
「30・・・いえ、20いくかどうか・・・ルビーに似せていますが、これは、ガラスですね」
「はっ……?」
殿下の驚く声が響く。
「そんなわけがないだろう?私がだまされたとでも?」
私の言葉は信用ならないのだろう。私は、宝石を王妃様の元へ持って行った。
受け取った王妃様も、物を見て・・・というか、受け取る前から分かっていらっしゃったようだ。
「なんていう粗悪品をつかまされているの・・・遠目でも光の反射でわかります」
王妃の言葉に、公爵が頷いた。
「で、その粗悪品を、公爵令嬢がどうしたと?」
「でっ、殿下からいただいたのです!どんなものだって、価値がありますわ!きっ、きっと・・・嫉妬されて、私から奪ったのです!!」
「奪って、大切に持っておく必要が?・・・王妃陛下」
公爵が、王妃から宝石を受け取って、そのまま、床にたたきつけた。
パリーン
軽快な音とともに、砕け散る、赤いガラス。
「同じものを身に着けるわけにもいかず、価値もないものなど、砕いてしまえばいい」
あっさりと、柔和な顔で語る公爵に、誰も、驚きで突っ込めない。
仮にも・・・殿下が自ら作らせたものをあっさりと砕いたのだ。
侍従に片づけを頼み、証拠だから、捨てないでねと言っているのが聞こえた。