表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救国の少女  作者: ざっく
本編
1/9

婚約破棄

 二人だけしかいない空間。

 通常ならば、執務のために書記官が多数行き来する部屋だが、今は人払いされているらしい。

 耳に痛いほどの静寂の中、王太子殿下が、口を開いた。


 「婚約破棄を進めようと思う」


 分かっていた。こうなることを。

 覚悟していたからと言って、悲しみが減るわけではないらしい。

 ただ、冷静にはなれた。

 そのことだけを、今は自分をほめたい。


 「理由をお聞きしても?」


 その言葉に、殿下が失笑される。

 分かっているだろうと、言わんばかりに。


 知っている。分かってはいるが、直接お聞きしたことはないのだ。

 勝手な想像が、思い込みが産む悲劇もある。

 だからこそ、聞かなければならない。


 「別に愛する女性がいる。・・・それだけならば、諦めなければならない立場であることも理解はしている」


 ちらりと、今日初めて殿下が私をその瞳に映す。

 そうして、顔をしかめた。


 「けれど、婚約者であるあなたが、国母たるにふさわしくないと判断された」


 殿下は、何を言っているのかわかっているのであろうか。

 王の叔父であり、王を今も横で支え続けている公爵の一人娘が、国母にふさわしくないと?

 判断された・・・とは、誰から?


 「陰湿な嫌がらせを繰り返すその性質と、傲慢な態度は、許容できない」


 殿下の強い視線が私を射抜く。

 言い逃れを許さないと言うように。

 生まれ落ちた際から始まった、王族としての教育は、立ち居振る舞い、相手へ与える威圧感さえも手に入れることができるのであろうか。

 震えないように、苦心して、言葉を紡ぎだす。

 「陰湿な嫌がらせなど、しておりません」

 そう言われるのが分かっていたように、鷹揚に頷き、書面を差し出した。

 「言い逃れしたければ、謁見の間で行う。関係者だけを集めた、私的なものとした。その場で、正式な婚約破棄の書面を交わす」

 そう言って渡された書面は、謁見への出仕書。

 王の名をもって、正式に王宮へ来るように言われている。


 何を言っても、無駄なのだろうと思う。


 ―――表情を固めなさい。感情を殺してはいけませんよ?すべての感情は、様々なものを生み出すために必要となるものです。

けれど、それを他人に悟らせる必要はありません。どんなに怒っても、悲しくても、です。微笑んで見せるくらいのことを、やってみせなさい。その微笑みは、あなたの武器なのですから。


 お母様。お母様。お母様。

 なんて難しいの。いっそ、何も感じなければいいのに。

 婚約者にも、この感情を見せてはならないのですか。

 人生のすべてを捧げ、この人とともに歩いていく覚悟をした相手に疑われ、侮蔑されても、私は微笑んで見せなければならないのですか。


 「涼しい顔だな。婚約破棄など無理だと思っているのか?・・・それもいいだろう。では、1週間後に」

 全ての感情を仮面の下に押し込んで、瞳を伏せた。


 殿下自らが、ドアまで行き、開けてくれた。

 私は、促されるまま、礼を取り、退出した。

 廊下に一歩出ると、私の護衛が待っていた。

 例え婚約者であろうと―――それも、あと1週間のことらしいが―――男女が部屋で二人きりになれるわけがない。護衛にはすぐ外で待機させ、ドアは少し開けていた。多分、声は漏れていただろうが、全く表情に出さないのは、さすがと言える。


 「エルクハルト様っ!」


 突如、大きな声がして、すかさず、殿下のそばに寄ろうとして・・・やめた。

ヴィオラ=ダックローズ男爵令嬢、殿下の想い人である。

 兵も瞬時に緊張はしたが、わたしよりも、気が付くのが早かったのであろう。微動だにしなかった。


 殿下のそばに寄ろうとした様子が分かったのであろう。ヴィオラ様が、こちらを見てそのまま、ぷいっと擬態語でもしそうなくらい顔をそむけた。

 「殿下っ!お話は終わったのですか?心配しましたっ!」

 目の前にいると言うのに、そんなに大きな声を出さないといけないものだろうか。

 王宮に、あり得ない大声が響く。

 廊下の奥から、ひょこっと顔を出して、異常ないことを確認しにくる使用人が見えた。


 「ダックローズ様、大声を出して、走るなど、はしたないですわ」

 言わずにはいられない。

 これは、貴族としての義務なのだ。

 感情を露わにしないこと、常に冷静沈着・・・そうでなくとも、そう見せること。

 不測の事態が生じたとき、貴族がそうでなくては、要らぬ混乱を招くのだ。


 私から声をかけられると、ダックローズ様は、目に見えてびくりと体を震わせた。

 ……大げさだ。

 口をとがらせて、私を振り向いた後、涙目で殿下を見上げる。

 その仕草は、・・・可愛いのだろうか?

 私にはよくわからないが、芝居を見ているようだ。

 「でも、心配だったのです。ふっ・・・二人きりだなんて、何をされているのかって・・・!」

 ……侮辱されているのだろうか。

 結婚前に、執務室で何か、事に及ぶと。

 「ヴィー、君が心配することなど何もないよ」

 穏やかに、殿下は微笑まれる。

 そうして、厳しい目を私に向ける。

 私は、諭しただけで、糾弾したわけではない。

 王宮で大声を出す人間などいない。

 そんなことがあれば、働いている途中でも、何があったのかと駆けつけてくる。

 多くの要人が行き交い、様々なトラブルが発生しうる場所だ。下らないことで煩わせてはならない。

 「ダックローズ様、何故、ここに?人払いをされているはずでは?殿下の命を無視したのですか?」

 現在、この長い廊下には、護衛と殿下、私とダックローズ令嬢のみだ。

 先ほどの顔を出した使用人も、異常がなければ立ち入りはしない。

 「だって・・・っ!」

 両手を握りしめ、ふるふる震え始める。

 「シャルロッテ、それ以上は必要のない叱責だ」

 涙を浮かべた令嬢をかばいながら、殿下が前に出てくる。

 「人払いをしている廊に、無断で立ち入ってきた者にですか?」

 通常ならば、スパイを疑われてもおかしくない行動だ。

 こんな間抜けなスパイはいないだろうが。

 「私が部屋から出てきたから、安心して近寄ってきたのだ。これ以上の問答は無用だ」

 命令無視を勝手に許容範囲だと判断する。

 それを許容する殿下に眩暈を覚える。


 現在は、婚約者でも何もない令嬢がそれをすることによって、どれだけの影響が出るのだろう。

 婚約者だとしてもだ。

 たった一人が、命令を覆す能力を持っているとでもいうのか。

 それを、兵士がしたらどうする?

 同じことを、文官がしたらどうする?

 上の命令に背いたと意識せずに、命令違反を犯すことなど、なんて恐ろしい事態だろう。


 「どうして、こんな腑抜けに・・・」


 気づかれないように小さく、だけど、堪えきれなかったつぶやきが、私の口から洩れた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ