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エゴと未練の贖罪  作者: 久遠夏目
第四章 エゴと未練の贖罪
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11

 それは、決して『彼女』の自殺を彼らのせいにするということではない。確かに彼らは「理由」ではあるけれども、それは「自殺」の理由ではなく、「幸せ」の理由なのだ。


「君と彼と彼女のおかげで、『彼女』は自分が死んだということを認識し、哀しんでくれる人がいるということに気付いたんだ。『彼女』はそうやって自分を肯定し、そこに自分の存在価値を見出すことができた。だから、『彼女』は幸せだったんだよ」


 そうして、自分の一番ほしかったものを手に入れた『彼女』は、そこが人生の絶頂で、幸せの絶頂だった。だから、『彼女』は死んだのだ。


「だから、誰にも罪はない。君たちは『彼女』を肯定し、その価値に気付かせただけだ。君たちは『彼女』を殺すどころか、救ったんだよ」


 ただ、ぼくは「死」が救いだとは思わないし、やっぱり『彼女』のとった行動は間違っていると思う。何故なら、それは残された彼らを傷つけ、彼らとの未来を断ち切ってしまうことになるからだ。

 それでも、この推測がおそらく最善のものだろうと、ぼくは確信している。言いたいことはすべて言った。あとは、彼が復讐をやめてくれるかどうかだが――


「なかなか面白い推測だったよ。君らしい、とでも言っておこうか」

「それは光栄だな」

「言いたいことはそれで全部かい?」

「ああ」

「そう。じゃあ、ぼくも終わりにしようか」

「きゃっ」


 彼の言葉に危機を感じて動こうとした瞬間、小さな悲鳴が聞こえたと思うと、今まで人質にされていた少女が目の前に突き飛ばされてきた。それをどうにか受け止め、彼のほうを見やると、彼はふ、と薄い笑みを浮かべ、持っていた拳銃を自分のこめかみに当てる。


「おい、君、何やって」

「彼女に罪はないからね。本当の罪人は、すべてを彼のせいにしたこのぼくだって、本当はわかっていたんだ。だから、」


 ぐ、と引き金にかけていた指に力が入ったのが見える。どうして君まで笑って死のうとするんだ。「未練」がなくなったから? ようやく『彼女』のもとへ行けるから?

 ――ウソだ。「未練」のない人間は、そんな哀しそうなカオで笑ったりしない。それに、ここで君が死んだら、ぼくに「未練」が残ってしまうではないか。君の大嫌いな、「未練」が。

 そんなの、絶対に嫌だ。


「サヨウナラ」

「待っ……!」


 せっかく救い出した彼女を乱暴に投げ出し、彼に向かって手をのばす。あと少しなのに、どうしてこの手は届かない――


「――なーんてね」


 にこ、と彼がいつものような明るい笑みを浮かべたかと思うと、ぱしり、と伸ばしていた手に何か冷たいものが当たった。掴んでみれば、それは彼が自分の命を絶とうとしていた拳銃ではないか。


「、え?」


 間抜けな声をこぼしながら顔を上げれば、彼は口角を上げ、にっと不敵な笑みを浮かべた。


「ぼくが大嫌いな『未練』を残して死ぬわけないだろう? それに、君はしつこいからね。君にだけは残したくないよ」


 嫌味っぽく言ってぼくの横をすり抜けると、未だにへたりこんでいる友人の前に立ち、彼はそれを見下ろした。まずい、まさか直接彼に手を下すつもりじゃ――


「ぼくは、君をゆるしたわけじゃないからな」

「……はい。ぼくもゆるされるとは思っていません」

「だけど、きっとぼくも同じなんだよ」

「え?」


 にこ、とやさしく微笑んだ彼がすっと差し出した手には、ぼくの不安に反して、武器など何も握られていなかった。躊躇いながらもその手を掴み、友人はようやく立ち上がる。すると、


「わたしも、そうですよ」


 聞こえてきた一言に、一斉に視線が集中する。その声の主である後輩の彼女は、つかつかと友人のトナリまで来て立ち止まり、目の前の彼を真っ直ぐに見据えた。


「わたしも、同じです。あちらの先輩は、わたしたちが『彼女』を救ったと言ったけれど、わたしにはそうは思えない。やっぱりいつまでも『彼女』を死なせてしまったという罪の意識は残ると思います」

「うん、そうだね。『彼女』がどうして自殺したのかは、結局『彼女』にしかわからないことだから」

「はい。だから、わたしはこれからもその罪を背負って生きていこうと思います」

「ああ、それでいいんじゃないかな」


 ふ、と穏やかな笑みを浮かべた彼は、そのやさしい視線をそのまま友人の後方に向ける。友人の腕を掴み、いつの間にかその陰に隠れていた少女に。


「こわい思いをさせてごめんね」

「……次、先生に何かしたら、わたしがゆるさないからね」

「もう何もしないよ。もしそんなことをしたら、君だけじゃなくて、彼にも怒られちゃうからね」

「ああ、面倒くさそう」

「だろう?」


 意外な二人の意味深な視線が気になったが、先ほどまで人質にしていたほうとされていたほうとは思えないほどの笑みがこぼれていたので、まあ良しとしよう。というか、ぼくも彼女を乱暴に扱ってしまったことを謝らなくては。

 そう思いながらぼくはゆっくりと足を踏み出し、彼らのほうへ近づいていった。


「――さあ、帰ろうか」




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