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エゴと未練の贖罪  作者: 久遠夏目
第四章 エゴと未練の贖罪
41/44

09

 耳を疑うような言葉が聞こえ、そこに全員の視線が集中する。その中心にいた彼女は、にこり、と満面の笑みを浮かべてみせた。


「それで先生の罪がゆるされるのなら、わたし、喜んで死んであげる」

「そんなの、ダメです。ぼくの罪は、ぼくが償わなければならないんです」

「大丈夫だよ。言ったじゃない、哀しみは半分こだって。わたしは、先生の罪を一緒に背負うって決めたの」


 はっきりとそう告げた彼女は、もう「死」に怯えてなどいなかった。それどころか、「死」を自ら引き受けようとさえしている。どうやら彼女も一度決めたら引かない性格のようだ。


「先生、ごめんね。でも、絶対先生のせいじゃないから、哀しまないで。きっとその人だってそう思ってるよ」

「知ったふうな口をきかないでくれるかな。不愉快だ」

「知らないんだから仕方ないじゃない。じゃあ逆に聞くけど、あなたはその人の何を知っているっていうの?」


 彼の腕の中でもぞもぞと動き、わずかに首を動かして彼に顔を向ける彼女。お互いに譲れないものがある二人は、一触即発といった雰囲気を醸し出していた。


「相手のことなんて、どんなにすきでも全部理解するなんて不可能だよ。だから、その人がどうして死んだのか、推測するしかない。だからあなたは、『先生がその人を殺した』っていうあなたなりの推測にたどり着いたんでしょう?」

「失礼だな、それが真実さ」

「ううん、それはあくまで『あなたの推測』でしかない。それなら、『わたしなりの推測』があったっていいじゃない。だからわたしは、その人が先生のせいで死んだんじゃない、ましてや先生がその人を殺したんじゃないっていう推測をしたの」

「そんなの、君たちに都合がいいだけの推測じゃないか」

「――じゃあ、わたしも勝手に推測させてもらおう」


 今度は背後から聞こえた声に、全員の視線が注がれる。そこには、一緒に来ていた後輩が二人いたが、その言葉を発したのは、先日勝手に悩みを聞いた彼女のほうだった。

 彼女の視線はぼくと友人をスルーして、その奥にいる彼に真っ直ぐ向かっていた。


「また部外者か。困るなあ」

「わたしのこと、憶えていませんか。『彼女』が死んだとき、わたしも警察にいたんですが」


 その言葉に反応した友人が、彼女をしっかりと瞳に映す。彼も彼女をじっと見つめ、やがてああ、と思い出したように声を上げた。


「そういえば、一人だけ女ノコがいたね。君だったのか。あそこにいたってことは、君にとっても『彼女』は大切な人だったんだろう?」

「はい。同じ施設にいて、わたしの存在を肯定してくれた、大切な人です」

「じゃあ、君も『彼女』を殺した彼に復讐したいと思わないかい?」

「いいえ。わたしは、そうは思いません」


 きっぱりとした否定の言葉を理解できないというように、あからさまにカオをしかめる彼。どうやら彼女もあちらの少女と同じで、結構頑固なタイプらしい。ぼくの周りはそんな人間ばかりだな、と自分の性格も省みて嘆息した。


「どうしてだい?」

「もしかしたら、『彼女』はあなたと同じで、復讐を望んでいるのかもしれません。だけど、それはその女ノコが言うように、結局生きている側の推測で、ただの自己満足にすぎない。どちらにせよ、『彼女』はもう戻ってきませんから」

「だから、復讐なんてムダだって言いたいのかな? 自己満足でも何でもいいよ。ぼくは、ぼくの『未練』を残したくないだけだからね。それに、これを否定されたら、ぼくが今まで生きてきた意味がなくなる」


(ぼくは、とある男に復讐をする。それが終わるまでは、残念だけど死ねないんだ)


 確かに、彼はそう言っていた。本当なら、すぐにでも『彼女』を追いかけていきたかっただろうに、彼はこの復讐のために今までずっと生きてきたんだ。そんな彼に、ぼくは何を言えるだろうか。


「あの……」


 誰もが自分の主張を譲らない拮抗した状況を打破したのは、彼女の傍らにいたもう一人の後輩だった。いや、彼が言うことによっては、また勢力が一つ増えるだけかもしれないけれど。


「何だい、また部外者かい?」

「口を挟んですみません。でも、その……ぼくは『未練』が残ることが悪いことだとは思いません」

「へえ、どうして?」

「確かに、『未練』は哀しみだとか後悔だとか、負の感情のほうが多いかもしれません。でも、先輩みたいに、人を生かすことになる場合もあると思うからです」

「別に、ぼくは生きていたいわけじゃないよ。この日のために生きていただけさ。だから、この復讐が終わったら、ぼくは死ぬ」

「で、でも、あなたが生きていてくれて嬉しい人はいるんじゃないですか? 先輩、そうでしょう?」


 後輩に急に質問を振られて驚いたが、その答えは一つしかなかった。


「ああ、もちろんだ。ぼくは君が生きていてくれて嬉しいし、君が死んだら哀しい。君に罪を犯してほしくもない」


 ああ、そうだ。だからぼくは、


「だからぼくは、君を止める。君も、彼も、彼女も、誰も傷つけずに、この復讐を終わらせてみせる」




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