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エゴと未練の贖罪  作者: 久遠夏目
第四章 エゴと未練の贖罪
37/44

05

「また死のうとしているのか」


 高いフェンスを見上げてそう問えば、不安定なそこに腰かけていた人物がくるりと振り返った。


「やあ、君か。相変わらず仕事熱心だね。でも、残念ながら、ぼくは死ぬつもりはないよ」

「まだ今は、か?」

「そうだよ。ぼくはまだ、復讐を終えていないからね」

「彼――ぼくの友人に、か」


 確認するように尋ねると、彼の眉がぴくり、とわずかに反応し、完璧だった笑顔にひびが入った。しかし、彼はあくまで笑顔のまま口を開く。


「ああ、もしかして聞いたんだ、彼に。ま、別にいいんだけどね。ぼくから説明する手間が省けたし」

「まだ君に説明してもらうことはあるぞ」

「おや、何だい?」

「君と『彼女』の関係だ。男女の関係にあまり深く突っ込むつもりはないが、それなりに説明してもらわなければ、彼に危害を加えることをゆるすことはできない」

「じゃあ、説明すれば彼に危害を加えてもいいってこと?」

「いや、そういうわけでは……」


 しまった、その手があったか。だが、友人からの説明だけでは足りず、彼が復讐に至るまでの、納得できるだけの理由がほしいというのも事実だ。ただ、多分ぼくはどんな理由であれ、復讐はゆるさないと思うけれど。

 自分の考えを整理して伝えようとすると、彼はにぱっと無邪気に笑った。


「わかってるよ」

「え?」

「どうせ君は、どんな理由であれ、ぼくの復讐をゆるすつもりはないんだろう?」


 図星だった。ぼくはそんなにわかりやすいのだろうか。しかし、そう思ったのもお見通しなのか、くすくすと愉快そうに笑う彼。そして、


「でも、君が止めたとしても、ぼくは絶対に復讐するけどね」


 と恐ろしいことを宣言して、フェンスから身軽に下りてきた。ぱんぱん、とズボンの汚れを払い、こちらを向いた彼はまたにこり、と笑みを浮かべる。――どうして、君はこんなときに笑えるんだ。


「でもま、昔話をしたところで想い出が減るわけじゃないしね。それに、ぼくは『未練』が大っ嫌いだからさ。彼への復讐を終えたあとでキレイさっぱり死ねるように、今ここで遺言代わりに動機を話していくよ」

「君が死んだら、ぼくに『未練』が残るぞ。君の大嫌いな『未練』が、だ」

「別にいいんじゃない? 君に『未練』が残るのはいつものことなんだし。それに、『未練』をすべて引き受けると言ったのは君だ。だから、ぼくはその意見を尊重するよ」

「こういうときだけぼくの意見を尊重してくれるんだな」


 復讐をやめろという意見はちっとも聞き入れてくれないくせに。心の中で恨み言をつぶやく。

 ぼくは、どうすれば彼を説得することができるのだろうか。もしかして、友人も『彼女』に対して同じことを思っていたのではないだろうか? 理解できない相手を、どうすれば救うことができるのだろうか、と。

 また一人で思考していると、カシャン、というフェンスの音が聞こえた。慌てて顔を上げれば、彼がフェンス寄りかかっていただけでほっとする。そして、彼は語り出した。


「『彼女』と出逢ったのは大学で、彼女は一つ後輩だった。といっても学部は違ったから、そんなに接点はなかったんだけれど」

「じゃあ、どこで?」

「君の学校にもなかったかい? 一般教養とか、全学部共通でごっちゃまぜになって受ける授業が」

「ああ、そういえば」


 そんなのもあったな、と大学時代を振り返る。思えば、ぼくと友人が出逢ったのもそういう授業だった。


「そこでぼくは、生と死に関する授業を取っていたんだ。人生の意味だとか、死に対する姿勢だとか、そんなの。その授業ではたまにディスカッションがあって、そのためのグループ分けがされたんだけど、一回目のその中に彼女がいたんだ。最初は自己紹介と、テーマがフリーだったから、何にするかを決めることになったんだ。で、最初が彼女に発言したんだけど、彼女、何て言ったと思う?」

「何て言ったんだ?」


 質問に質問で返すのはあまりよくないかもしれないが、ぼくには検討もつかなかったので、早々とあきらめてそう返すと、彼は苦笑して――それはぼくに対してなのか、『彼女』の答えに対してなのか、よくわからなかったけれど――こう言った。


「『わたしは、絶対に生きていなければならない意味がわかりません』だってさ」


 それは、友人が『彼女』に言われたことと同じだった。『彼女』は友人のところに行く前から、ずっと同じことを考え続けていたのか。


「それが衝撃的だったのか、テーマは『生きる意味』になってね。ぼくたちは色々と話し合ったけれど、結局彼女を納得させられる答えは出なかった。だから、最後にぼくはこう言ってやったんだ。――『だったら死ねば?』ってね」


 大きく見開いた目に映ったのは、驚いているぼくとは対照的な彼の笑顔。それは、いつものようにキレイなものだったが、そこにはわずかな哀しみがにじんでいるようにぼくには見えたのだった。




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