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エゴと未練の贖罪  作者: 久遠夏目
第四章 エゴと未練の贖罪
34/44

02

 友人は彼を追いかけていくかと思ったが、そうすることはしなかった。それは、一方的に責められてへたりこんでいるぼくが心配だったからだろうというのと同時に、ぼくが絶望的なカオをしていたからだろう。

 表情が顔に出やすいという自覚はそれなりにあるけれど、なるべく弱味は見せないようにしていたのに、今回はそれを抑えることができなかった。何故なら、『あの記憶』が鮮明によみがえったから。

 何も言えずに呆けていると、友人がぼくの前まで来てすっと屈み、片膝をついた。


「さっきは彼がすまなかった。気付いているかもしれないが、彼はぼくの仕事の相棒なんだ。……が、君とも面識があるようだな。君は彼と知り合いなのか?」

「……はい」

「そうか。今、無理に聞くことはしないが、彼とはどういう知り合いなんだ? 彼のことは、正直ぼくにもよくわからない部分もあるが、普段はあんな人間――いや、確かにたまに暴言を吐くこともあるけれど、それは基本的に『未練』を残す人間に対してであって、それ以外の人間にあんなことを言うやつじゃないんだ。君と彼の間に、何があった?」

「それ、は……」


 消え入るように小さくつぶやいて、ぼくはずっと横にいてくれた彼女のほうを見やる。彼女はぼくが昔、人を殺してしまったと聞いたら、どう思うだろうか。

 この罪は、いつか彼女と話したように、ぼくが償わなくてはならない。だから、この罪を彼女や、もちろん彼にも背負わすわけにはいかな――


「先生」


 地面についていた手に、あたたかな温度が伝わる。うつむいたままゆるりとそちらに視線を向ければ、ぼくの手の上に、一回り小さな彼女の手が重なっていた。

 そして、今度はその手にぎゅ、と力がこめられたのを感じて顔を上げれば、そこにあったのは、包みこむようにやさしい彼女の微笑みだった。


「わたしにも、その話、聞かせてほしいな」

「え?」

「あ、もちろん今じゃなくてもいいんだよ? でも、わたしにも刑事さんと一緒に聞かせてほしいの」

「で、でも……」


 ぼくは弱々しく断ろうとしたが、それを察したらしい彼女はすぐに首を横に振った。


「あのね、先生。先生は今までわたしの話をたくさん聞いてくれたでしょう? 先生がそうやって話を聞いてくれたおかげで、わたしがどんなに救われたか、知ってる? 色々あったけど、わたしがこうやって生きていられるのは、先生のおかげなんだよ」


 じわり、と視界がにじみ、目じりからこぼれた涙がほおを滑り落ちたのがわかった。

 ぼくは、彼女が言うほど大層な人間じゃない。臆病で卑怯な、ただの人殺しなのだ。けれども、そんなぼくがどんな方法であれ、彼女を救えたという事実は認めてもいいのだろうか?


「だから、先生が苦しんでいるのなら、今度はわたしが先生を助けてあげたい。わたしは先生じゃないから、きっと先生の気持ちを完璧に理解することはできないけれど、なるべく理解できるように努力するから」

「……でも、それはあなたの重荷になります。そしたら、あなたはまたぼくに気を遣って疲れてしまう。ぼくはもう二度と、あなたを自殺に追いこみたくはない――」

「いいじゃない、それでも」

「え?」


 聞き間違いかと思うほどとんでもない発言に、目を丸くして驚く。しかし、一方の彼女はけろっとした表情を浮かべていた。


「あなた、自分が何を言っているのか、わかっていますか?」

「もちろん。でもさ、もしわたしがまた自殺しようとしても、先生は絶対止めてくれるでしょ?」

「当たり前じゃないですか」

「だったら、いいじゃない。先生が止めてくれるなら、きっとわたし、死なないよ」


 そうして無邪気に笑う彼女は、冗談を言っているわけではないらしい。彼女は、本当に信じているのだ。もしまた自分が自殺するようなことになっても、ぼくが必ず助けてくれるということを。それは、ぼくへの無条件の信頼と言ってもいいだろう。どうしてこんな頼りないぼくを、彼女はそこまでひたむきに信じてくれるのだろうか。


「それにさ、二人なら喜びは倍、哀しみは半分って言うでしょ? 先生が哀しいなら、わたしはその半分を喜んで引き受けるよ。一緒に生きていくって、きっとそういうことだと思うから」


 咲き誇るような彼女の笑顔に、再び涙があふれる。

 彼女の想いはいつも真っ直ぐで、正直に言うと、それがつらかったこともあったけれど、多くはぼくを励ましてくれるものだった。きっと今のぼくは、彼女に支えられて存在しているのだ。ぼくは、その信頼に応えなければならない。

 そう思って、重ねられていた彼女の手を取り、両手で包みこむように握った。そして、ぼくも真っ直ぐに彼女の目を見据える。


「ありがとうございます。ぼくは本当にあなたに助けられてばかりですね」

「それはお互い様でしょ?」

「これから話すことで、ばくはまたあなたに重荷を背負わせてしまうかもしれません。それでも、あなたはぼくの話を聞いてくれますか?」

「もちろん。むしろどんと来い! って感じだよ」

「頼もしいですね。――君も、話を聞いてくれるのはありがたいのですが、彼――相棒の過去を勝手に暴いてしまうことになりますよ。それでも、いいのですか?」


 ぼくは真剣なカオを彼のほうに向け、最後通告を言い渡す。すると、彼は苦笑して、


「いいさ。彼になじられるのは慣れているからな」


 と呆れたように答えた。そんなことに慣れなくてもいいと思うのだけれど、とは突っ込まないでおいたが、つまりは彼もぼくの話を聞いてくれるということだ。ぼくはこんな人間なのに、どうして周りにはこんなにもいい人たちばかりがいるのだろうか。

 ぼくは、ぼくを支えてくれる彼らに恩返しをしたい。そのためには、まず、自分の犯した罪を償わなくてはならない。だから、


「では、二人に告白します。――ぼくの、犯した罪を」


 これは懺悔だ。ぼくはその罪を裁いてほしいのか、ゆるしてほしいのかは、まだわからないけれど。




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