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エゴと未練の贖罪  作者: 久遠夏目
第三章 その理由じゃ救えない
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間奏Ⅲ

「君は、罪は裁くものだと思うか。それとも、ゆるすものだと思うか」

「え? いきなりどうしたの?」

「あるいは」

「え、無視?」

「あるいは、償うものだと思うか」


 彼の言葉通り、彼を無視して質問を続ける。すると、彼はわたしの様子がいつもと違うことを感じ取ったのか、最初は困惑したように眉を八の字にしていたものの、すぐにあごに手を当てて、「罪、罪ねえ……」とつぶやきながら、答えを考え始めたようだった。何事にも真剣なのは、彼の長所の一つだ。

 やがて、ゆっくりと顔を上げた彼はこう言った。


「多分、全部じゃないかな」


 真面目なカオで考えていたわりには、何ともまあ適当な、あるいは欲張りとも言えるような答えだった。しかし、彼なりの理由があるのだろうから、とりあえず話を聞いてみることにしよう。


「全部?」

「うん。だって、まずは裁かれなくちゃ自分の犯した罪がどのくらい重いものなのかわからないし、それを償って反省することも必要でしょ?」


 確かに、彼の言うことは正しい。だけど、


「でも、それで罪の自覚も反省もしないやつもいるんじゃないか?」


 機械的ではないにしても、この罪にはこれくらいの罰を、と裁かれ、定められた年月を閉ざされた塀の中で過ごす。これが何の償いになるというのだろうか。今では自分の命を守るために、わざわざ罪を犯して刑務所に入ろうとすることさえあるのだ。そこに、本当の償いはあるのだろうか。


「だから、そのためにゆるしが必要なんじゃないかな?」


 ぐるぐるとめぐる思考の中に、すっと入ってきた彼の声。しかし、


「……ごめん、何のためにゆるしが必要だって?」

「えっと、だから、自分の罪をちゃんと自覚して、心から反省するために?」


 わたしが考えこんでいる間に何か聞き逃したかと思って尋ねてみれば、それはさっきわたしが言ったことのくり返しだった。しかも、何で疑問形なんだ。


「どうしてそう思うんだ?」

「ゆるしっていうのは、罪そのものをゆるすことじゃなくて、その人をゆるすことだ、って本に書いてあったんだ」

「つまり?」

「つまり、えーと、罪を憎んで人を憎まずっていうか」

「具体的にどういうことだ」

「具体的に? そうだなあ、犯罪者に犯罪者っていうレッテルを貼らない、とか」

「犯罪者は犯罪者だろ」

「いや、うーん、そうなんだけど、そうじゃなくて……」


 難しいなあ、と呻き、彼は首をひねる。

 確かに「罪を憎んで人を憎まず」というのは、ゆるしの理想型なのかもしれない。だけど、果たして人間にそれができるのだろうか。

 人イコール罪そのものではない、というのも理解できなくはないけれど、その人が犯した罪は、一生その人につきまとう。だから、その人を罪と同一視してしまうのは、ごく自然なことではないだろうか。そして、きっとそれが復讐や報復といったものにつながるのだろう。

 またわたしが一人で考えこんでいる間、彼もずっと何かを考えているようだった。彼の言いたいこともわからなくはないけれど、さすがに今回はもう反論できないか――


「あ、わかった!」

「は?」


 はあ、とため息をつこうとした瞬間に聞こえた彼の声。それによって、わたしの口からは抜けるような声が漏れた。


「上手く言えないんだけど、やっぱりその人に犯罪者ってレッテルを貼っちゃいけないと思うんだ」

「でも、犯罪者は犯罪者だろ」

「そうなんだけど、その人は犯罪者だから全面的に悪い人だって思っちゃダメっていうか……それよりも、その人がどうして罪を犯してしまったのかとか、もっと根本的なことを考えなくちゃいけないんだと思う」

「じゃあ、君は理由があれば罪を犯していいとでも言うのか?」


 キレイごとを並べる彼に少しイラつきながらそう尋ねると、彼は大げさなくらいぶんぶんと大きく頭を横に振った。


「違うよ。どんな理由であれ、罪は罪だ。それを犯したのがその人であるっていう事実も変わらない」

「じゃあ、」

「だから、それが心からの罪の自覚につながるんじゃないかな?」

「え?」


 にこり、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「どんな理由であっても、罪は犯しちゃいけない。それなのに、自分はそれをやってしまった。そう気付けたら、その人は深く反省して、心から罪を償うことができるんじゃないかな。だけど、それと同時にすごく苦しむと思う」


 それは当たり前だろう。被害者や遺族はきっとそれを一番に望んでいるに違いない。苦しむのが自分たちだけだなんて、不公平じゃないか。


「だから、ゆるしが必要なんだよ」

「……意味がわからないんだけど」

「罪はゆるしちゃダメだけど、その人が更生できるように、人生は何度だってやり直せるんだってことを教えるために、ゆるすんだよ。罪自体はゆるされないから一生つきまとうけど、その人は一生をかけてその罪を償っていけばいいんじゃない、かな?」


 さっきまで威勢がよかったのに、最後はわたしの顔色をうかがうように、こてん、と首をかしげた彼。まったく、詰めが甘いな。


「全面的に賛成はできないけれど、ありがとう。参考になったよ」


 見えすいたお礼ではあったが、彼のカオはぱあっと明るくなった。単純でいいな、と思いながら空を仰ぐ。

 彼の言っていることをみんながみんなできたらいいけれど、それはあくまで理想であって、現実的にはほぼ不可能だろう。

 では、わたしにとって罪とは何なのだろうか。『彼女』を助けてあげられなかったわたしは、わたしをどう裁くのだろうか。




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