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エゴと未練の贖罪  作者: 久遠夏目
第三章 その理由じゃ救えない
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04

「おはようございまーす」


 少し間延びした、気の抜けた声が部署に響く。ちらり、とそちらに目を向ければ、へらり、と締まりのない笑みを浮かべるマヌケ面がそこにあった。


「おはよう」

「おはよう。生きる意味は見つかったかい?」


 わたしの正面に座ろうとした彼に、にやり、と口角を上げて尋ねれば、彼はほおをぷくっとふくらませ、しかめっ面になった。


「君は意地が悪いなあ。そんな大事なもの、すぐに見つかるわけないじゃないか」

「大事なものねえ。じゃあ、そんな大事なものが見つからなくても生きていられるわたしたちは、何なんだろうな」

「ぐっ、それは……」

「ほらみろ。やっぱりそんなもの、大して大事じゃないんだよ」


 切り捨てるようにそう言えば、彼は完全に押し黙り、会話はそこで途切れた。さあ、今日も仕事だ。


       * * *


「昼ご飯、一緒に食べない?」


 昼休みに入るとすぐに、彼に話しかけられた。朝以来の会話だ。いいよ、と答えて立ち上がると、相変わらず仲がいいね、などとからかいを含んだ野次が飛んでくる。お前らは中学生くらいのガキか、くだらない。

 しかし、彼はそれをそのままの意味で受け取り、やはりへらへらしながら「でしょう?」などと言っているので、からかいがいがないとわかった人たちはすぐに黙ってしまう。こういうとき、天然は役に立つな、と感心したりする。


「じゃあ、お先に失礼します」

「えっ、ちょっと待ってよ。休憩行ってきまーす」


       * * *


 一足先に部署をあとにしたわたしを追いかけてきた彼と並んで歩き、到着したのは屋上だった。空いているベンチに座り、各自で持参した昼ご飯を食べ始めるが、会話は特になし。彼のほうから誘ってきたのだから、何か話があるのではないのか、と思われるかもしれないけれど、一緒に昼ご飯を食べるのは日常茶飯事であって、何か目的や話があるわけではない。

 わたしと彼は、同じ部署の同期がお互いしかいないせいで何かとセットにされ、いつの間にか彼の「練習」にまで付き合う仲になっていた。だから、いつも「行こう」と言ってくれればいいものを、「一緒に食べない?」と誘うように聞くから周囲の人間にはやし立てられるのだ。まあ、それにももう慣れたからいいけれど。

 しばらくして、わたしのほうが先に食べ終わり、ケータイをいじっていると、彼も食事が済んだのか、弁当箱を片付け始めた。彼は自分で料理をするらしい。いつもコンビニで買って済ませるわたしとは大違いだ。そんなことを考えていると、


「ぼく、自分の生きる意味を考えてみたんだ」


 と彼が切り出してきた。またその話か。飽きないな、こいつも。


「へえ。でも、見つからなかったんだろう?」

「う、まあそうなんだけど……でも、生きがいっていうか、ぼくは自分の仕事にやりがいを感じているし、もちろん大変なこともあるけれど、結構人生を満喫しているんじゃないかって思ったんだ。『あの人』と仕事をするっていう次の目標もあるしね」


 すらすらと語る彼の瞳は相変わらず輝いていて、わたしは思わず目を細めた。わたしは、そんなふうにはなれない。


「ふぅん。じゃあ、それが君の『生きる意味』なんじゃないのか」

「うーん、そうなのかなあ。もしそうだとしても、『今は』っていう暫定的なもののような気がするんだ」

「『今は』?」

「うん。だって、たとえばぼくの生きる意味が『あの人と仕事をする』ってことだとすると、将来それが叶ったときにはぼくの生きる意味がなくなっちゃうでしょ?」


 かくり、と首をかしげて尋ねられた質問の意味は、わからなくもない。だけど、


「バカか、君は」

「えっ、何で?」

「君はそれまで『あの人と仕事をする』っていうことを目標に生きてきたわけだから、その想いを支えに――つまり、『生きる意味』にしてきたわけだ。だから、確かにそれが叶ったら、その想いは消えて、君の言うとおり、生きる意味がなくなったと言えるのかもしれない」

「でしょ?」

「でも、大切なのは『あの人と仕事をする』ってことだろう? それが実現して、何を悩む必要がある? 次の生きる意味をさがす必要が、どこにある? 『明日もあの人と仕事ができる! やった!』でいいじゃないか。夢が叶ったのに不満を言うなんて、贅沢にもほどがあるぞ」


 ムキになるつもりはなかったのだが、話しているうちに自然と熱くなってしまい、少し怒っているような口調になってしまった。

 しかし、いつもならそれを敏感に感じとってビクビクする彼は、真剣な表情で考え事をしているようだった。お前にとって「生きる意味」は、そんなに大切なものなのか?


「つまり、君は毎日が楽しければ生きる意味なんていらない、って言いたいの?」

「わたしに責任転嫁をするな。人生を満喫していると言ったのは君じゃないか」

「ぼくは一応『生きがい』とか『仕事のやりがい』って言ったよ。『生きる意味』とはちょっと違うかもしれないけれど、自分の生を支えている『何か』があるってことに最近気付いたんだ。でも、君にはそれがないの?」


 純粋な瞳が真っ直ぐにこちらに向けられる。何故わたしが悪者みたいになっているのだろうか。生きる意味や生きがいは、絶対になければならないものなのだろうか。

 ――だけど、わたしには、


「ないね。わたしは君と違って異動したいとも思わないし、平穏無事に定年まで仕事ができればそれでいい。わたしは生活するために仕事をしているだけだ」

「どうして?」

「は?」




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