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エゴと未練の贖罪  作者: 久遠夏目
第二章 生きる意味は君と一緒に
14/44

04

「先生、こんにちはー!」

「はい、こんにちは。今日も元気ですね」

「だって今日も先生に会えるかと思うと嬉しくて」

「そう、ですか。ありがとうございます」


 そう言って、ぼくの前にすとんと腰を下ろした少女はにこにこと満面の笑みを浮かべていて、全身からその嬉しさが伝わってくるようだった。

 あの日から数週間、ぼくと彼女は以前と何一つ変わらない生活を送っていた。変わったのは、ぼくと彼女の関係性。ぼくは彼女の担当医であると同時に、彼女に乞われ、彼女の「生きる意味」となった。彼女と一緒に生きる意味をさがすという決心はもちろんウソではないけれど、それはあくまで彼女に寄りそって、並んで歩いていくことだと思っていた。

 だけど、彼女は違った。彼女は自分のレールにぼくを引き寄せ、自分の人生とぼくの人生を同じ一本の道だと考えているのだ。『彼女』の死以来、患者を完璧な他人として区別し、傍観者としての立場を守ってきたぼくにとって、それはまさに青天の霹靂とでも言うべき相談であり、変化だろう。ぼくはもう「傍観者」ではなく、「当事者」なのだ。

 確かに、彼女が教えてくれた「人が生きる意味になる」ということには納得できるけれど、まさかその役目が自分に降りかかってくるとは思っていなかった。自分の一挙一動がすべて彼女に影響する――そう自覚すると、ぼくに湧き上がる感情は「恐怖」しかなかった。ぼくはこれから彼女に何を伝え、どう付き合っていけばいいのだろうか――


「ねえ先生、今度の日曜日って空いてる?」

「え?」


 カルテに向かって考えこんでいると、彼女の弾むような声で現実に引き戻された。何となく耳には入ってきていた質問に答えようと、目の前にあったカレンダーを確認する。


「えーと……ああ、その日は休みなので空いていますよ」

「ホント? じゃあさ、その日どこか行かない?」

「え?」

「だってわたしも一応女子高生だし、デートとかしてみたいんだよね。制服デートって憧れだったんだあ」


 うっとりと言ってこちらに身を乗り出してきた彼女の目は、純粋にキラキラと輝いていて。こうして見ると、本当にただの女ノコなんだな、と改めて思う。

 でも、デートか。それは本来恋人同士がすることだ。ぼくと彼女はその関係に当てはまるのだろうか? ぼくは彼女の「生きる意味」で、彼女はぼくの患者だ。あの日、確かに「大すき」とは言われたけれど、それが「愛してる」という意味だとは限らないし、ぼくはそこまで聞かなかった。しかし、デートに誘ってきたということは、やはりそうなのだろうか。

 当事者にはなりたくないくせに、この関係性に名前を求めるなんて、間違っているのかもしれない。いや、当事者になりたくないからこそ、ぼくは自分の正確な立ち位置を求めているのだろう。それも、傍観者に近い立ち位置を。

 しかし、多分デートを断れないであろうぼくには、どうしても気になっていることが一つあった。


「でも、制服デートというと、ぼくは白衣ですよ? 女子高生と白衣の男性の組み合わせで街を歩くなんて、怪しまれないでしょうか」


 そう、ぼくにとっての制服はこの白衣だ。病院や大学なら普通かもしれないけれど、この格好で街に出たら好奇の目で見られることは間違いない。しかも、トナリに制服姿の女ノコを連れているなんて、完全にミスマッチだ。

 そうやって、ぼくとしては真剣に悩んで出した質問だった、のだが。


「――ぷっ」

「え?」

「あははははっ、先生、何言ってるの?」

「ぼく、何か変なこと言いましたか?」

「変だよ、そんなの。おかしすぎる。あはははははっ」


 彼女はおなかを抱えて笑い出してしまったではないか。ぼくは何がおかしいのかさっぱりわからず、笑い続ける彼女を呆然と見つめるだけ。

 すると、ひとしきり笑い終えたらしい彼女がふう、と一つ息をついてから顔を上げた。


「あのね、先生。制服はわたしだけだよ?」

「え?」

「白衣で、たとえば遊園地なんか行ったら怪しまれるに決まってるじゃない。ふふっ、先生は面白いなあ」


 そうしてまたくすくすと笑う彼女を見て、ぼくは脱力した。ああ、何だ、そういうことか。確かに街で制服姿のカップルを見ると、微笑ましい気持ちになる。彼女もああいうことがしてみたかったのだろう。

 しかし、となると、


「相手は、ぼくでいいんですか?」


 ぼくは彼女よりも十歳近く年上で、ただの私服でデートをすることになってしまう。だから、彼女の望む「制服デート」はできない。そういう意味をこめて確認すると、きょとんとしたカオをしていた彼女はにっこりと笑い、


「当然でしょ? わたしは先生がいいの。だって、先生はわたしの生きる意味なんだから」


 と言った。そのセリフに救われた反面、「生きる意味」という言葉が重くのしかかってくる。

 ぼくは、彼女の「生きる意味」だ。だから、彼女は次の日曜日まで必ず生きているだろう。いや、ぼく自身が「生きている意味」なのだから、ぼくが生きている限り、会う約束などしなくても、彼女は生きていられるはずだ。

 じゃあ、もし――


「じゃあ先生、次の日曜日、楽しみにしてるね。白衣で来ちゃダメだからね!」


 最悪の想像をかき消すように、彼女の声が聞こえた。ぼくはその忠告に対して眉を下げ、「了解しました」とだけ答え、その日の診察を終えたのだった。




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