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エゴと未練の贖罪  作者: 久遠夏目
第二章 生きる意味は君と一緒に
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02

「――とは言ってみたものさーあ? 生きる意味なんて、そう簡単には見つからないよね」


 机の上のカルテから目を離し、声のしたほうに顔を向けると、彼女がイスに座ったままぐるぐると回っていた。

 その光景と言われたセリフを考慮して、苦笑がこぼれる。生きる意味を一緒にさがそうとは言ったものの、あれから数週間、何の進展もなかったからだ。


「そうですね。難しいものです」

「先生は? 生きる意味とか考えたこと、ないの?」

「……お恥ずかしながら、ないんですよ」


 そのせいで、一人の人間が死んでしまった――いや、死なせてしまったと教えたら、彼女はどんな反応をするだろうか。


「そっかあ。でも、それが普通だよね」

「普通、ですかね?」

「そうだよ。だって、世の中には生きる意味なんて考えたこともない人がたくさんいるでしょ? わたしの同級生だってきっとそうだよ。何も考えずに生きてそうだもん」

「あはは……」


 何も考えていないわけではないと思うけれど、世の中にはそういう人が多いのも事実だ。かくいうぼくも、高校生のころは大学受験のための勉強しかしていなかった気がする。

 そのときは、それが人生の目標みたいなものだったけれど、それが達成されてしまった今、それは何の意味もなさない。人生におけるその都度の目標は大切だと思うけれど、生きる意味とはまた違うのかもしれない。そして、それはきっと目標よりも大切なのだろうと直感的に思う。


「実際にね、友達に聞いたことがあるんだ。生きる意味ってある? って」

「へえ、どういう答えが返ってきましたか?」


 そう尋ねると、彼女はようやく正面を向いて止まり、にぱっと満面の笑みを咲かせた。


「もちろん、ないってさ。そもそも考えたこともないし、考える必要なんてあるの? って言われちゃった」

「そう、ですか」

「それってつまり、やっぱり生きる意味なんかなくても生きていけるってことだよね? そう考えると、何にも考えないで生きるっていうのが一番正解なのかもね」


 そう言って、くすくすといたずらっぽく笑う彼女。確かに、多くの人は生きる意味なんて考えていないし、考えていたとしても、その答えが見つからないこともあるだろう。

 それにもかかわらず、彼らは生きている。ぼくも、目の前にいる彼女も含めて。つまり、彼女が言ったように、人間は生きる意味がなくても生きていけるということだ。

 ――だけど、『彼女』は死んでしまった。ぼくが、死なせてしまったのだ。


「でもさ、それはきっとその友達が幸せだからなんだろうね」

「幸せ、ですか?」

「うん。人間って幸せを目指して生きてるでしょ? 幸せで、未来に希望があれば、生きている意味なんて考える必要はないよね。だって、生きていること自体が幸せなんだもん」


 彼女はぼくよりもずっと若いのに、生きる意味についてすごくよく考えていると思う。まあ、それについて考えたことがほとんどないぼくと比べることが間違いなのかもしれないけれど。

 それに、幸せな人が生きる意味を考えないというのなら、彼女は幸せではなかったということになるのではないだろうか。すると、それが表情に出ていたのか、こちらを見た彼女が慌てたように手を振った。


「あ、でも、わたしが幸せじゃないってわけじゃないんだよ。最初にここに来たときに言ったと思うけど、今まで本当に普通の生活を送ってきただけなんだよ?」

「じゃあ、どうしてあなたは生きる意味を考え始めたんですか?」

「うーん、確かに不幸ではなかったけど、幸せだとも言えなかったからかなあ」

「と、言うと?」

「もちろん、どっちかって言われたら幸せだったんだろうけど、悪く言えば『平凡』だったからかな。毎日毎日同じことのくり返しでさ、こんな人生に何の意味があるのかな、生きてる意味なんてあるのかな、ってふと思っちゃったんだよね」


 「平凡」――ぼくにとって、それは「幸せ」と同義に近かった。毎日同じことのくり返しが嫌になる、というのは少しわかる気もするけれど、それが自分の人生なのだと思っていた。

 だけど、それが退屈に感じる人もいる。そして、彼女のようにそこに意味はあるのか、と考えるようになる人もいるのだ。ああ、結局はぼくもそんな平凡な日常に埋もれる「幸せな人間」だったのか。そんなぼくが『彼女』を助けるなんて、不可能だったんだ。


「で、一度そんな問いが出てきたからにはさ、それが何かわかるまではすっきりしないんだよね。『そんなの考えたってムダだよ』って言われても、それは答えにはならないの」


 面倒くさい人間だよね、わたしって。

 ぺろりと舌を出し、苦笑する彼女。そうやって笑い飛ばしてはいるが、彼女はそれが原因で死を考えたこともあるのだから、ぼくは笑えなかった。生きる意味がないことに悩んでいる彼女が今こうやって生きていることは、もしかしたら奇跡に近いのかもしれない。

 そんな彼女に対して、生きる意味なんて考えてこなかったぼくに――そのせいで『彼女』を救えなかったぼくに――何ができるのだろうか。アドバイスなんてきっとできない。諭すことだってムリだ。

 ――だけど、だからこそ。


「そんなこと、ないですよ。あなたのおかげで、ぼくも生きる意味を考えるようになりました。だから、その答えが知りたいです。答えは人それぞれだと思いますが、一緒にさがしましょう。ぼくは、最後まで付き合いますよ」

「うんっ」


 彼女と同じスタートラインに立ち、一緒に寄りそって歩いていくことはできるはずだ。社交辞令なんかじゃなくて、ぼくも本当に生きる意味を見つけたい。それがわからなくて死なせてしまった『彼女』のような人を、もう二度と生み出したくはないから。

 ぼくを信頼してくれている少女の明るい笑顔をどうか守れますように、と願わずにはいられなかった。




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