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エゴと未練の贖罪  作者: 久遠夏目
第一章 ぼくの中のエゴと偽善
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間奏Ⅰ

「ねえ君、罪は裁くものだと思うかい? それとも、ゆるすものだと思うかい?」

「罪は、償うものじゃないのか」

「ああ、そうじゃなくて、犯罪者の周りの人間がどうするか、ってことさ」

「ああ、そういうことか」


 唐突な質問の本当の意味がわかり、再び答えを考える。


「罪は、ゆるすものだろう」

「何故?」

「裁いたところで何も始まらないからさ。いや、根本的には何も変わらない、生まれないと言ったほうが正しいだろうか」

「そうかな? 裁かなければ、罪を償うことはできないよ」

「確かに、自分の犯した罪の重さを知るために裁きは必要だ。だけど、ゆるさなければ、本当の意味でそれを自覚することはできないんじゃないか?」


 そう、裁きは確かに必要だが、それはただ単に罪を数量化するだけだ。そして、それが償いの期間となる。

 だけど、それでは機械的に毎日を過ごしているだけで、中には反省しない人も出てくるのではないだろうか。もちろん、そうではない人もたくさんいると、ぼくは信じている。


「だから、そのためにゆるしが必要なんじゃないだろうか。自分の犯した罪を真摯に見つめるために。そして、心から深く反省し、償うために」

「相変わらず君はお人好しだね。性善説って言うんだっけ、そういうの。でも、人間は全員が全員、君みたいに善人じゃないんだよ」


 やれやれ、と呆れたように肩をすくめて首を振る彼。ぼくは自分のことを善人だと思ったことはないが、性善説を信じているという指摘にはなるほど、と思った。

 だけど、


「ぼくは何も、罪そのものをゆるせと言っているんじゃない。『罪を憎んで人を憎まず』という言葉があるように、罪を犯した人間でも、その尊厳は守られるべきだし、こちら側もその人を尊重すべきだと思う。それも一種のゆるしなんじゃないだろうか」


 すると、彼の表情が呆れたようなものから、嘲るような、蔑むようなものに変わり、はっ、と鼻で笑われてしまった。ぼくは何かおかしなことを口にしただろうか。


「君は犯罪者の味方をするのかい? たとえば、殺人犯は君が尊重すべきだと言った尊厳を、相手から奪っているんだよ。場合によっては、何人もの。そんなの、不公平じゃないか」

「でも、彼らは怪物じゃない。ぼくたちと同じ、ただ一人の人間なんだ。ならば、それを尊重するべきだろう」

「へえ、じゃあ君は、殺された人間の尊厳なんてどうでもいいって言うんだね。死んだ人間にそんなものはもうないって」

「そうは言っていない。ただぼくは、罪を犯した人間も、遺族も、前を向かなければいけないと思っているだけだ。残酷なことを言うようだが、過去にはもう戻れない。ぼくたちのように生きている人間は、未来に進むしかないんだ」


 彼の言い分はよくわかるし、納得もできる。だけど、それでもやっぱり罪を犯した人間にはゆるしが必要なのだ、とぼくは思う。そうやって前を向いて歩いていかなければ、きっと両者がつらいだけだ。

 悲痛な想いでそう告げると、彼は哀しそうに眉を下げて苦笑した。


「君ってお人好しのくせに、ときどきすごく残酷だよね」


 彼はまるで独り言のようにつぶやくと、すぐにまた蔑むように冷たく、鋭い視線をこちらに向けた。


「でも、君が自分の意見を通すように、ぼくも自分の意見を貫くよ」

「……じゃあ君は、罪はどうするものだと思うんだ?」

「罪は償うものだと思うよ。いや、償わせるもの、かな」

「え?」


 何だ、ぼくの最初の答えと同じじゃないか、と思ったのも束の間、にやり、と口角を上げて浮かべられた笑みに、何故か鳥肌が立った。彼は、何を考えている?

 ――いや、本当はわかっているはずだ。だけど、それはぼくとしては許容できない答えだった。


「罪はね、裁くものでもゆるすものでもない。だって、裁く必要もゆるす必要も、ないんだから」

「……じゃあ、どうやって罪を償うっていうんだ」


 低い声でそう問えば、彼はにこり、とキレイに微笑んだ。


「目には目を、歯には歯を。ならば、死には死を。どうだい? 簡単明瞭なルールだろう?」


 彼はよく「相変わらず君はお人好しだね」と言うが、ぼくからすれば、君も「相変わらず」場違いなところでキレイな笑みを浮かべるんだな、と反論したいくらいだ。

 そういえば、最近はあまり言わないようにしていたが、相手は彼だし、今回はあえて言わせてもらおう。


「ぼくには、理解できない」

「そうかな? 殺人犯は死刑に、暴行したやつには同じだけの暴行を。万引きはその分のお金を払わせる。ていうか、万引きに関しては当たり前すぎてバカバカしいくらいだよ。そんなことができないなんて、人としてどうなんだろうね」

「そんなの、ダメだ」

「どうして? 相手と同じ痛みを味わって、初めて罪を償ったことになると思わないかい? どうして人を殺したやつが、死刑になりたくないなんてほざくんだろうね。自分がされて嫌なことは人にもするな、なんて小学生でもわかるだろうに」


 本当は、ぼくにも彼の主張が理解できた。きっと、多くの人が彼の意見に賛成するだろう。それが一番簡単で、一番わかりやすい方法だから。

 だけど、ぼくはそのやり方を認めたくない。確かに、被害者や遺族は無念で、やりきれなくて、憎しみや哀しみでいっぱいなんだろうけれど、だからといって、自分がされたのと同じことを犯人にやり返して、本当に恨みを晴らせたと言えるのだろうか。それでは、自分も犯人と同じところに堕ちてしまうだけではないだろうか。


「でも、きっと君には理解できないだろうね」

「君は以前、誰かに復讐すると言っていたな。その復讐は、その『誰か』を殺すことなのか?」


 何故彼がそこまで「目には目を、歯には歯を」にこだわるのか。その理由は、今のぼくにはこれくらいしか思いつかなかったのだが、ぴくり、とわずかに反応した彼の様子からすると、どうやらそれが正解のようだ。

 ぼくが続けて声をかけようとすると、それよりも先に彼が口を開き、


「さあ、どうだろうね。ぼくはただ、そいつに同じだけの罪を償わせるだけだよ」


 と言って、去ってしまったのだった。

 彼の復讐の対象も、目的も、方法も、何一つわからない。だけど、ぼくにわかるのは、彼の復讐を止めなければならないということだけだ。

 まあそれは、彼に罪を犯させたくないという、ぼくのエゴなのだけれど。




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