aircraft? -”呪われました”の9作目-
とある辺境の”お山”、凄腕の”ガンマン”の弟子である、シルフィという娘さんは、今日も今日とて、山中に自然にわき上がってくる”怪物”を相手に修行中でございます。両手に構えているのは弾倉が回転式の”拳銃”(いわゆるRevolver)で、その銃口からは、”弾丸”を媒介にした魔法の光弾が、まるで拍子をとるように、軽快に打ち出されています。
標的となっている”怪物”は両方の手が羽根になって空を飛んでいる、人型のもので、頭が鳥のような造型になっています。シルフィさんは鳥頭さんと呼んでいます。それが数十体、編隊を組んで飛行していきます。武装は鋭い爪の生えた足と、口から吐き出す衝撃波です。甲高い怪鳥音とともに、シルフィさんへ、10歳くらいの少女へ容赦なく襲いかかりますが、華麗に回避され、綺麗に反撃の銃弾をうけて、ぽとぽとと地に落ちていきます。そこには、青い色の親指の先ほどの”水晶”だけが残されていきます。
「『七面鳥を撃っているみたいだぜ』でしたっけ?」習った決め台詞とともに、鳥頭の集団がすべて狩られ終わりました。
少女は、”怪物”が舞い踊っていた空を、少しの間、ながめていました。
***
「空を飛んでみたいのです」シルフィさんは、”神社”の社務所、その縁側に座って、未発酵の茶葉で入れられた緑色の熱いお茶を飲んでいた、”堕天使”の女性、エルさんへ、言いました。
「……飛んでいませんでしたかね?」エルさんは、自身の金色の髪をかるくまとめながら、シルフィさんとの”狩り”を思い出します。かなり立体的な動きをしていましたが、確かに空を飛んではいなかったことを思い出します。
「まだ、飛べないのです。エルさんはどうやって飛びますか?」
「私はこの羽根を使います、正確には羽根を媒介とか象徴とかにしたいわゆる”奇跡”とか、”魔術”とかの部類になるのでしょうかね?」黒い翼を広げながら、言います。
「まあ、そうでしょうね」縁側で同じようにお茶を飲んでいた老人、この神社の神主である、ヤマトさんは言いました。「体格的にその羽根で、空を飛ぶのは無理でしょうし、なんらかの”ごまかし”が必要でしょう」
「基本通常の物理法則に従わない現象というのは、可能性の取捨選択、あり得るかもしれないこと、その”こと”を強化して、行っているわけです」ヤマトさんが、お茶をお盆に置いて、話始めます。
「物は、何にも支えられていないと、下へ落ちます」と、その手に小麦粉で練った皮に小豆を甘く煮たものを入れたお菓子、”おまんじゅう”を掴み、宙で離します。当然、下に落ちるので、もう一方の手で、受け止めます。
「正確には、”下”ではなく、すべての物は存在するだけで引き合う力を持っているのです。そして、その力は質量が大きいほど強くなります。つまり、大地に引かれて移動しているのですね」ヤマトさんが解説を続けます。
「……『それでも地球は回っている』と言った人に連なる”科学”の認識ですね、しかしああいうのを見ると宗教の弊害を意識せざるを得ませんでしたね……」少し遠い眼になるエルさんです。
「あー、立場的にそのコメントはどうなんでしょう?”堕天使”だからいいのでしょうかね」少し冷や汗をかくヤマトさんです。
「で、”可能性”で一番大きいのはこの”まんじゅう”は下に落ちるという結果ですが、僅かながら、他の結果を導き出す”可能性”もまた内包しているのですね。それこそ、その場に留まるとか、別の何かに変質してしまうとか、味が辛くなってしまうとか、消えてしまうとか……、無数に」”まんじゅう”を片手に話すヤマトさんです。
「その僅かな”可能性”を”操作”するのがいわゆる”魔術”とか”奇跡”とか”超能力”とかいうものなのですよ」と、”まんじゅう”から手を離すと、今度はそのまま宙に浮き続けています。
「これは、”まんじゅう”が見えないなにかに支えられているのではないか、という”可能性”の具現化ですね。ですので、このように、”まんじゅう”自体には自由に干渉することができます」楊枝で半分に割るヤマトさん。
「同じ宙に留まるという現象でも、”まんじゅう”そのものがそこに留まるという可能性を押し広げると……」こんどは、宙に浮かぶ割れた”まんじゅう”に手刀を振り下ろしますが、ごいん、という音がするだけで、それはびくともしません。
「とまあ、こういった具合に他からの干渉を受け付けなくなります。ただ、見えない支えがある、と、存在がそこに固定されている、ではもとの可能性の大きさがかなり違います、通常の結果とかけ離れているほど、使用する”力”とかが必要ですので、そこには注意しなければなりません」
「……それとともに、難易度も桁違いのはずなんですが?なんなんですか貴方、しれっとやっていますけど、存在の固定化なんて、いわゆる”かみのみわざ”ですよ」あきれた声をだす”堕天使”のエルさんです。
「まあ、ここは色々”ゆるい”ですから」笑う神主のヤマトさん。
「お、うまそうな饅頭だな、いただきます」後ろから手を伸ばし、固定されているはずの割れた”まんじゅう”をひょい、と手に取って口にほおばる、軽薄な青年さんが登場します。
「後ですね、可能性が対立した場合には、よりその”力”が強い方の結果が適用されます」しれっと解説を続けるヤマトさん。
「あー、”奇跡”的なもののシステム的な話ね」饅頭を飲み込んだナギさん、この神社で奉られているお方です、が言います。
「……簡単に存在を固定化できる方がいると思えば、無意識にそれを無効にする存在がしれっと、顕現していますね、たしかにここは、大概”ゆるい”場所のようです……」色々、諦めてお茶を飲むエルさんです。
「つまり、空を飛ぶことは、できるだけそうなる結果に近い仕組みを構築して、可能性の操作をしやすくすれば、”できる”ということですか?」シルフィさんがまとめます。
「そうですね、うちの書庫に物理関係の参考書と、航空力学関係のものがいくつかあったはずですから、それらを参照して、空を飛ぶ仕組みを理解して、それにそった可能性の方向の制御をしていけば、効率的でしょうかね?」とヤマトさん。
「まあ、もとになる”力”が充分なら、感覚でどうとでもなるけどね」にへらと笑いながら、トンと宙に飛び、そのまま、何もない空間を歩くナギさんです。足元には演出として、小さな雲が出現しています。
「感覚で生きている野生動物的な何か、よりは、理性的な生き物としての”人”として、”魔術”を使った方が、いろいろ上品だとは思いますよ」としれっと言うヤマトさん。
「自分の神様にいろいろひどくね!?」「?自覚されておられないので?貴神の行動は、ほどんどすべて本能の発露でしょうに」
「一国を創った存在の扱いとしては確かにどうかとは思いますけど、ナギ様ですからねー」こちらもだいぶん染まってきたエルさんの言動です。
***
「充分な推力があればとりあえず飛べそうです。姿勢制御用に翼が数種類いりますか?。揚力をための形状は……これでよさそうです」資料を広げて考察するシルフィさんです。「推進力は”突風が常に吹く可能性”と”エーテル的な何かの噴出がある可能性”とどちらが効率的でしょうか?」
「私は風が押し上げる形をとってますね」エルさんが言います。
「プロペラのイメージですか?」
「自然の突風ですかね?さすがに、プロペラを回しながら飛ぶ”天使”は絵にならないです」苦笑いをするエルさんです。
「……結構かっこよさそうですが」
「難易度的には風の操作という形のほうが簡単ですが、速度的にはエーテルとかイオンとかを放出して飛ぶ方がでますね」軽く無視をしながら言うエルさんです。
「いえ、擬似的にスクラムジェットエンジンを構築するとですね、単なる風でも桁違いの推力を得ることができそうです、燃料はどう定義しましょうか……」なんだか、話が奇妙な方向へ進んでいます。
「本当ですね、人の"技術"の進歩はすごいですね、水素の元なんてそこらに転がっているんですからなんとでもなりそうですが?」普通なんとかなるものではないです。
「いっそ、原子力の外燃機関という手も……」物騒な話です
ああだこうだと、意見を出し合う、少女と美女さん。
それを、微笑ましいものを見るようにしている、老神主さんです。
この時点で、一般人が使う魔術とか奇跡とかの水準を、大幅に超えていることに、誰も気が付いていません。というか、科学との混成で、ちょっとひねると世界を滅ぼしかねない技術が構築されていきます。
畳の広がる八畳ほどの広間で、設計図を広げながら、です。
あー、にこにこと笑っている神さまのナギさんと、その神様を奉ってるヤマトさんは、わかってるっぽいけど、気にしてないみたいですね。
エルさんは、たまに我に返っているみたいですが、なんだかあきらめているみたいです。
シルフィさんは、まったく気づいていません。
***
「では、飛行実験を開始します」シルフィさんが宣言します。周囲からは拍手がわきあがります。ギャラリーは"堕天使"のエルさん、"神主"のヤマトさんとその"奉る神"のナギさん、師匠の"ガンマン"のビリーさんです。
シルフィさんは術の媒体である"銃"を構えて、集中します。
「『あまとぶやとかしこみもうす』」少女の可憐な声が周囲に響きます。そして、発砲音、術式の媒体として使用している弾丸が、銃口から飛び出し、彼女の周囲を飛び回ります。そして、その軌道上に、ヤマトさんの出身地の古語が周囲に浮かび、小柄な少女を包みます。
そして、しばらくするとそこには、
金属光沢が鮮やかな翼が背に生え、足にはブーツ状に筒が装着され、地面のほうの先端には、小型の傘状のノズルが開いています。
頭には金属の兜上のものと、目を防護するためのゴーグルが装着されています。
背中には、小型のカバンほどの大きさの、背負い袋状の金属部品が装着され、下部と左右に小さなノズルがついています。
手には、小型の操縦機を握りこんでいます。
「思考制御もできますが、一応マニュアルで動かす余地も必要かと思いました」とシルフィさんの弁です。安全対策だそうです。
全体的に機械的で、シルフィさんの髪の色と同じく、銀色に輝いています。
「それでは、いきます」
甲高い起動音が周囲に響きます。足のノズルから白煙が立ち上り、白い炎が見えます。徐々に宙に浮きあがるシルフィさんです。
「すげーな、ほんとに宙に浮かんだ」面白そうに見ているビリーさんです。
「まだまだ、これからが本番ですよ……いきます!」ぐいっと、小さな手で、操縦桿を操作します。
「あ!そんなに急に出力をあげたら」エルさんがあわてて止めようとしますが。
轟音とともに、シルフィさんの体が、空高く駆け上がっていきます。
あっという間に、小さくなって、見えなくなります。きらり、という擬音が聞こえてきそうです。
「……あ、星になったかな?」神の目で彼女を追っているナギさんがつぶやきました。
「第一いや、第二宇宙速度を超えた、みたいですね」ちょっと茫然としているヤマトさんです。
「たいへんじゃないですか!」あわてているエルさんです。
ビリーさんは爆笑しています。
こうして、世界を揺るがしかねない存在は、一つの星となったのです
しかし油断してはいけません、いつか、彼女は必ず帰ってくるのです
そう、まるでかの予言書に記された『空から降ってくる恐怖の大魔王』のように!
bon voyage!
***
「びっくりしました」可憐な少女はヘルメットを脱ぎながら言います。そこは、かなり広いリビングでした。中央にある備え付けのテーブルに脱いだヘルメットを置きます。
「いや、僕もだよ」大きな黒い竜の人(10万と38歳、独身)が答えます。「まさか、"宇宙船"の試験航海中に、知り合いと、ランデブーミッションもできるとは思わなかったですよ」
無事に地下ドックから空へだすことができたようですね。
(Dragon smith -”呪われました”の3作目- 参照です)
ひょいと、少女は振り返り、リビングの窓を見ます。そこから見えるのは、青い大きな球体です。
「あれが、私たちの世界なんですねー」感動しているようです。
「そうだね、……実は、大きな象の背中に乗った、平たい大地が見えるかもしれないと、ちょっとだけ危惧していたんだけど、そこまで"ゆるく"はなかったよ」安心安心と、うなづく竜の鍛冶屋、今は巨大宇宙船の船長のヤミさんです。
「?」疑問な表情のシルフィさんです
「さて、みんなが心配しているからとりあえず戻りましょうかね?」
「はいです」にぱっと笑う少女さんでした。
恐怖の大魔王は意外と早く地上に降り立つようですよ
good luck !