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龍神の聖母-09

 そもそも何もない荒野だったが、それでも所々に苔ぐらいは生えていたし、自然と散ったのだろう角ばった小石とか、生物の足跡とか、そこが人為の介在しない土地であったことは一目瞭然だった。

 それが今や。


『……主様、後で元に戻せるの?』

「……多分」

『これ、魔術じゃないんですよね。今のあなた、魔術使えないのは確かなんですよね』


 俺はポリ窒素の威力を甘く見ていた。

 生みだしたポリ窒素は首尾よく炸裂し、エネルギーを放出した。エネルギーは爆炎と爆風という形で世界に出力され、俺を中心とした半径数百メートルないしは数キロメートルを舐め尽くし、苔も小石も足跡も、群れをなしていたヨツンも、全てを巻き込んで消滅させた。大家との戦闘で生じるそれの優に数十倍の半径を持つこのクレーターも、ポリ窒素が生み出したものだ。文字通り焦土と化して黒ずんだ土壌を見ると、申し訳なくなってくる。


「まあ、だいぶ暖かくなったよな」

『足元のそれ、マグマですか?』


 インベルが興味深げにポコンポコンと泡立つ赤い液体を観察している。徐々に冷え固まりつつあるようだが、マグマが生じたとなると、この辺りの温度は少なくとも数千度に達していたということだ。そりゃ暖かくもなる。


 恐るべきは『ポリ窒素』と、それを実用化した梅宮さんだ。

 材料は空気中に揃っているから、合成は容易。特に複雑な起爆処理を必要とせず、ただ維持をやめるだけで炸裂する。『投影』能力さえあれば、もう爆弾は必要ない。

 現象の規模という観点から言えば、俺が起こした程度の爆発であれば、神級魔術をいくつか組み合わせれば原理上は可能だ。多分、エリアルデ支局長やジェラルドも、その気になれば似たような現象を起こすことはできる。だが、莫大な魔力を消費することは絶対だし、魔術的な爆発はオリハルコンや魔抗銀と相性が悪い。

 しかしこのポリ窒素にそういった欠点は無い。そこそこの体力を使う程度で生成でき、しかも魔術ではないからオリハルコンや魔抗銀も無意味だ。若干の頭痛が拍動するようにして脳を揺らしているが、それでも限界というほどではない。1回の事象でここまで脳に負荷をかける例は他には無いが、現実世界への影響の程度を考えれば、これでもまだまだ軽いと言える。

 問題は生じる現象が均等に暴力を振り撒く『爆発』だという点だ。これでは圧倒的な力で以て範囲を殲滅するような戦闘でしか使えない。そんな戦闘は結構稀で、近くに街があったり、守るべき人が居たり、相手を殺してはいけなかったりと、範囲を限定した高威力を要求される戦闘の方が多い。もちろん少々であれば爆発の方向を制御することも可能だろうが、制御できる程度の威力にまで出力を抑えなければならない。難しいところだが、俺の場合はやはり、魔術を主体に闘ったほうが効率的だ。

 問題は今、魔術を使える状態にないということだが。


 クレーターをよじ登り、すっかり均されて歩きやすくなってしまった荒地を見やる。

 どう見てもやり過ぎだった。


「ま、ともあれ行く手を阻む邪魔者はこれで居なくなったわけだけど……」


 体が揺れた。

 平衡感覚を失い、地面に膝を突き、そのまま倒れていく。その流れに、俺は逆らえなかった。


『主様!?』


 人化したカーテナがうつ伏せに倒れた俺を抱き起こしてくれた。このままだと砂埃とか吸い込みそうだったから、本当に助かる。


『大丈夫ですか!?』


 視界がぼやけて、半透明の白い影までしか認識できないが、インベルもまた、俺を心配そうに覗き込んでいるようだった。

 

「悪い、少し寝る」


 この症状は、『投影』による過負荷が限界を超えたときに生じる、一種の防御反射みたいなものだ。これ以上の負荷を俺の意識が脳に強いないように、受けたダメージを回復するために、俺は意識を失う。

 ポリ窒素生成による負荷は間違いなく軽かった。にも関わらず、何故俺は倒れたのか。

 分かりきっていることだった。

 膨大な魔力を身のうちに抱える俺は、その影響で傷の治りや代謝が人より早い。魔力を無意識的に制御して肉体を活性化しているのだと勝手に想像している。ところが、今の俺は魔力を制御することができない。そのため肉体の活性化も行えず、基本的な治癒力や耐性まで低下しているのだろう。

 普段に比べて『軽く』とも、絶対的に『重い』負荷だったというだけのこと。

 こんなことでは先が思いやられるが、今は眠って体力の回復に努めるしかない。

 

 抵抗をやめると、海に沈むように、俺の意識は深く深く落ちていった。


♢♢♢


 目を覚ますと、まず最初に石造りの天井が目に入った。

 まだ完全に覚醒しきっていない頭でも、ここが未知の場所であるということだけは分かった。周囲を見渡そうと上体を起こそうとして、腕に荷重を感じた。見れば、鈍い銀色の枷が腕に嵌められている。


「……!!」


 急速に頭が冴えていく。

 まずは状況の分析だ。思い出せ、ハリカ・アウリカルクム。目を覚ます前、私は一体何をしていた?


 エリアルデ支局長と共にハルトさんの家に転移した私は、そこで重傷を負って倒れていたハルトさんを発見した。支局長から「ハルは自宅療養中」と聞いていたが、自宅療養によって治そうとしていた傷とは全く別に、新しく大怪我を負ったのだということを、私はハルトさんの周りに広がりつつあった血を見て理解した。

 呼吸が急に早くなり始めた。

 一体何があったのか。

 状況を分析するよりも先に、攻撃を受けた。

 白い靄のようなものが一直線に飛んできていることに気付いたときには、もう回避できる状況ではなかった。だから私は転移魔術によって支局長とハルトさんを連れて再度転移し、アパートの屋上に避難した。

 背後から爆音が聞こえたかと思うと、白髪の老女がアパートの屋上に着地した。敵かと思ってオリハルコンのナイフを構えたが、老女が支局長に『神の薬』をかけたことで、すぐに疑いは晴れた。この人は確か、アパートの大家さんだったはず。それがどうしてここまで高度な魔術を使えるのか。

 状況判断も分析もままならないうちに、状況は動く。傷の癒えた支局長が、悲惨な状態に陥っていたハルトさんを見て、激昂した。鱗が全身に現れ、膨大な魔力の波動が私の体を打つ。突如立ち込めた、太陽光を通さないほど厚く黒い雲は、支局長の怒りそのものだった。

 『龍玉』と呼ばれる宝玉で魔力を可視化し、ハルトさんの体に残留している他者の魔力と同じ波長を、支局長は林の中に捉えた。そこから先はもう戦いですらなかった。怒りの発露、力の解放。癇癪を起こした子供の駄々のようにも見えて、凄絶だけど、どこか物悲しい、そんな光景だった。空から降る白い奔流は大地を抉り、突風を生み、視界を塗りつぶす。刀を介して放たれる雷撃は木を薙ぎ倒し、圧し折り、炎上させ、魔術師達を襲う。

 雷神。

 そんな単語が浮かんだ直後に、私は再び信じがたい光景を目の当たりにした。

 さしもの支局長も魔力を使いすぎたのか、肩で息をし出して、攻撃の手が緩まった。今までは間断なく叩き込まれる雷撃のために、全く敵の姿を捉えられなかったのだけれど、ほんの一瞬、着弾地点の様子を『天眼』が捉えた。

 ドーム状の結界がしかれ、その内に、魔術師達が居る。

 あれだけの雷撃に晒されながら、魔術師の一群に死者はいない。どころか、かすり傷すら負っていないように見えた。すなわち、遺体すら残らないような攻撃の嵐を、魔術師達は何らかの手段で凌いでいる、ということになる。

 結界の色が変わり、魔術師達が何らかの魔方陣を編み始めた。何か嫌な予感がして、私は魔術の使用体勢を整えた。

 しかし、敵性魔術師が起動した術式は、私如きの魔術等意に介さない規模のものだった。

 それは、雷撃。

 エリアルデ支局長と同等かそれ以上の規模の雷撃が、果たして魔方陣から放たれた。支局長だけが電撃の予兆を感じ取ったのか、目にもとまらぬ速度で飛来する雷撃魔術に合わせ、紫電を散らして拮抗したが、それも一瞬。

 視界が白く染まって、私の記憶はここで途切れる。


 そうだ。私は負けた。およそ手の出しようが無い大規模戦闘を前に、為す術も無く。


 腕を何度か引くと、その度にガシャガシャと、今まで身を横たえていた寝具が揺れた。どうやら逃走を防ぐために、寝具に直付けされているらしい。

 天井も床も壁も石造りだったが、1面だけ鉄格子がはめられている。ここは牢屋かそれに類する施設だ。

 腕に取り付けられた枷、牢屋。

 もう間違いない。

 今の私は、捕虜だ。『神殺し』ハルトさんも、『龍王』エリアルデ支局長も、恐らくはハルトさんの隣室に住まう『嵐龍王』テンペスタさんも、皆敗れたということだ。『魔神』ジェラルド・アウリカルクムすら退けた大戦力に加えて、龍族の精鋭が2人も居て、なお負ける。一体どれほどの力を持っていればそんなことが可能になるというのだろうか。


 分析の最中、誰も居なかったはずの牢のすぐ外から声が響いた。


「起きたか、ハリカ・アウリカルクム」

「!?」


 驚き振り向けば、そこには濃紺のローブを身に纏う、初老の男性が居た。空間に湧き出るような出現の仕方は、私と同じ、空間移動魔術か。

 その姿からは、一種異様なプレッシャーが放たれている。顔に刻まれた大きな傷跡が目を引くが、私はそんなことよりも男性が内在する膨大な魔力の気配にただ圧倒されていた。目に宿るは、数多の戦闘を経た者のみに備わる強烈な意思力の光。


「……あなたは?」

「これは失礼。私はレオナルド。メシア教の首席枢機卿を務めている」

「レオナルド…………。まさか、レオナルド・メリオール……?」

「私のような裏方までご存知とは、流石は元ギルド諜報部の精鋭だ」

「……何故それを」

「『裏方』だと言ったろう。知識は武器だが、一方的に知る側に居ると勘違いすると痛い目を見る。覚えておくといい」


 落ち着いた声音に潜む迫力は、どれほどの修羅場を潜れば身につくのか。

 ハルトさんやエリアルデ支局長とは別の意味で、この人は強い。力や技能というより、精神が強い。諜報部員の中にもこんな気配を纏う人は居たが、目の前の老人のそれとは比較にならない。

 私の知識は、『レオナルド・メリオールは、メシア教の首席枢機卿であり、有名無実化している教皇を凌ぐ権勢を持つ人物である』という上っ面をなぞったところで終了している。本物がここまでの圧力を持つ人物だとは、ついぞ知らなかった。


「そう身構えなくてもいい。私が来た目的は1つだけだ、ハリカ・アウリカルクム。君にお願いがある」


 私はその威圧するような眼光に逆らって、睨み返した。

 目的も何も、私はここに囚われて動けない。何をされようと、されるがままにする以外にない。枷は魔抗銀でできているらしく、魔術を使うことはできない。つまり、逃げられない。

 そんな状態の私に、お願いとは一体どういうことなのか。


「大人しくそこに囚われていてくれ。ただそれだけだ。君の存在は情勢に大きく作用する」

「……黙って聞くとでも?」

「ならばこう言い換えよう。タカス・ハルトを殺されたくなければ、ここから動くな。君の動静が彼の行く末を決める」

「それを私に言う意味は? 動くも何も、多少の抵抗をしたところで、私の力量ではここから抜け出ることすらできないことは、分かっているでしょう」

「……意味、か」


 レオナルドは目を細めた。その一瞬だけ、強烈なプレッシャーの放射が止まった気がした。


「意味なら、まあ、特にはない。ああ、君にとっては、一つも無い」

「……?」

「もう十分だ。せいぜい賢い選択をすることだ、ハリカ・アウリカルクム」


 それだけ言うと、レオナルドは虚空に掻き消えた。


「空間、移動魔術……」


 レオナルド・メリオール。

 結局何を言いたくて、何のために現れたのか、私には分からない。ただ私に情報を与えただけで、彼にとってこの行動がメリットになるとは思えないし、実行力のあることは何一つとして言わなかった。

 空間移動魔術を使用できる魔術師、レオナルド・メリオール。その意図不明の行動が、私の不安を否が応でも掻き立てる。


20140714追記

 窓を開けて外に出ていたらゲリラ豪雨に降られまして、帰ってくるとパソコンが水浸しになっていました。全部吹っ飛びました。

 パソコンそのものの調達と原稿の復旧にもう少しかかります。こうして友人宅から書き込むこともしばらくできません。

 更新再開まで、お待ちくださいませ。すいません。

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