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龍神の聖母-07

 比喩抜きに、空気が割れた。

 白い光の奔流が刀の軌跡をなぞる形で放出され、空間を2つに分ける。単なる電気に過ぎないはずの奔流は地面を削り、赤熱させ、暴風を生み、あらゆるものを分断し、薙ぎ倒す。

 

 タカス・ハルトですら、通常状態では生み出すことのできない破壊力が、敵性魔術師に放たれた。どれだけ感覚を鋭敏化しようとも、決してかわすことのできない速度で。


 しかし。


「!?」


 『天眼』によってエリアルデの戦闘を見守っていたハリカは、信じがたい光景を目にした。

 エリアルデの放った極大の雷撃が、まるで魔術師達を避けるようにして2つに分かれ、Y字型に進んでいったのだ。


(あり得ない)


 ハリカは息を呑んだ。

 かつて、『魔神』ジェラルド・アウリカルクムはオリハルコンの絶対的な魔力耐性によってあの攻撃を凌いで見せた。しかしこれは、それとは明らかに毛色が異なる。イレギュラーな力で真っ向から『打ち消した』のではなく、どちらかと言えば攻撃を『躱した』という方が近い。

 起きた現象の意味が、方法が、ハリカには全く分からなかった。

 魔術師の戦闘は魔術の解析力がモノを言う。

 かつて暗部に居たハリカは、当然膨大な魔術の知識をその頭脳に収容していて、解析力は人並み外れている。

 その知識を以てしても、分からない。逆立ちしたって勝つことのできない強力な魔術師、エリアルデ。その渾身の一撃をあの魔術師達がどのようにして克服したのか。


 状況は動いていく。


 赤い光が出現した。

 細く一直線に伸びる光は、魔術師達が居る辺りから現れ、エリアルデの腹部を貫いた。

 貫いた、というのは、結果を後から述べたに過ぎない。ハリカの目には貫く過程は一切見えず、最初からそこにあったかのように、赤い光がエリアルデの腹部を刺し貫いたという状況だけが映っていた。

 光はすぐで消えたが、エリアルデの腹部に開いた傷は消えない。

 さらに赤い光が現れては消え、現れては消え、エリアルデの体を刺し貫いていく。1秒も経たないうちに十数個に及ぶ風穴を開けられたエリアルデは、傾いでいった。


「支局長!!」


 ハリカは空間を跳躍して、エリアルデの体を支えた。傷口からの出血がほとんど無いというのは不幸中の幸いだったが、これだけ穴を開けられれば命に関わる。ハリカはエリアルデを抱えたまま、再び空間移動を実行した。

 移動先であるカタリナ支局の屋根に着地すると、ハリカは姿を隠匿するための術式を複数個発動し、その姿を誤魔化す。『天眼』の視界にはほんの半秒程前までハリカが居た地点に再び赤い光のラインが出現している様子が映っていた。思わず息を呑んだハリカだったが、訓練を積んだ諜報員である彼女はその程度ではぶれない。

 ハリカはエリアルデの魔力耐性の高さを既に知っている。現在のハリカに可能な治癒魔術の性能や残りの魔力量を考慮すれば、治療不可能という結論を下すのはそう難しくなかった。

 では、どうするのか。

 ハリカが知り得る限り、龍族たるエリアルデの魔力耐性を無視できる強力な魔術を使えて、かつ今すぐにコンタクトを取れる魔術師は1人しか居ない。

 タカス・ハルト。

 重傷を負い、現在は自宅療養中だとハリカはエリアルデから聞かされていた。そんな状態の人の許に「この人を治療してくれ」等と突撃するのは明らかに常識外れだとハリカは認識していた。が、それでもタカス・ハルトに頼る以外の道が無いこともハリカは理解している。

 

「支局長、ハルトさんの家に跳びます。あと少しだけ、耐えてください」

「……やめ……ハルは……魔……を…」


 エリアルデの掠れた言葉はハリカに届かず、ぼんやりとした魔方陣の光を認識した直後、エリアルデの意識は落ちた。


♢♢♢


「……跳んだ後、妾はデア様に治療されて、意識を取り戻した。大怪我をしておった汝を回収してテンペスタとハリカと共に戦線に復帰したのじゃが、結果はこの様じゃ」


 力なく笑みを浮かべるエリアルデ支局長。声のトーンはいつもより低いし、掠れがちで所々聞き取りづらい箇所もあった。それでもエリアルデ支局長は、敵性魔術師の情報を伝えるために、力を振り絞ってくれた。

 『龍王』を2度に渡って敗北させた敵の力は、どうやら俺の想像を遥かに超えているようだった。エリアルデ支局長の雷撃を完璧に退けることなど、それこそ『魔神』でもなければできないはずだ。それを易々とやってのけるのが、今回の俺の敵だ。


 ふと、違和感を覚えた。


 室内を見渡す。

 エリアルデ支局長、テンペスタさん、大家、カーテナ、アスカ、梅宮さん。

 そうだ。

 ハリカさんが居ない。

 エリアルデ支局長を連れてここまで転移してきて、更に戦闘に参加したというのならば、ハリカさんもここに居なければおかしい。


「支局長、あの、ハリカさんは……?」

「行方不明、じゃ」

「……殺されたわけでは、ないんですよね?」

「恐らくじゃが、生きてはおる。『予知』が働いとらん」


 生きてはいるが、姿は見えない。自発的に行方を眩ませたのか、それとも……。

 いや、敵の狙いはくーちゃんだったはずだ。ハリカさんを積極的に狙う理由は無い。俺に対する人質として、という意味で連れ去ったのならば、そもそも敵はくーちゃんを連れ去っている。保険というのならばまだ納得できるが、しかし、保険の価値と攫うリスクを天秤にかけて、秤が傾くほどの意味があったというのか。


 回復のためにどこかに身を潜めているのだと信じたいが、もし攫われたのだとしても、俺がやることは変わらない。


「エリアルデ支局長、貴重な情報をありがとうございました。そろそろ行きます」

「…………絶対に戻って来い。妾はまだ、汝に言わねばならぬことが、山ほどあるのじゃから」

「俺は死にませんよ。今までだって死にかけたことはあっても、死んだことは無いですし。支局長こそ、ゆっくり休んで傷を治してください」

「言いよるわ。一番死に近い所に、居った……くせに……」


 その軽口を最後に、エリアルデ支局長は糸が切れた人形のように倒れこんだ。元々限界近かった体力を無理してひねり出したツケが今回ってきたのだろう。念のために脈と息があることを確認して、俺は扉だった木屑を思い切り蹴っ飛ばして外に出た。扉の代わりに障壁を『投影』して、一応の防犯対策を済ませる。まあ、アスカが居る限りよっぽど大丈夫だとは思うが。


 目的地は世界の果て、ロラッタ山。『投影』に頼り切るにはいささか距離がありすぎる。体力温存という意味も含めれば、移動は異能には頼らないほうがいいだろう。

 まずは何より、商店街だ。当面の食料と寒地用の衣服を買い揃えなければならない。


『あんなに必死な姉さん、初めて見ました』


 俺の横でふよふよと不安定に浮かぶインベルは、感慨深そうにそう言った。


「……? いつもあんな感じだと思うけどな」

『いいえ、姉さんが人のために身を削るような真似をするのは、実は結構珍しいことなんですよ。あなたのことをそれだけ気に入っているのでしょうね』

「俺というより、くーちゃんの方を気にかけてるんじゃないか? 姪っ子相手だと、あの人結構デレデレしてるし」

『その時、あなたは近くに居たんですか?』

「俺の家に来てもらってたからな。ちょうど飯作ってたからあんまり様子は見てないけど、まあ、近くに居たってことになるかな」

『だったら、姉さんがデレデレしてたのは他にも理由がありそうですね』

「……どういう意味だ?」

『自分で考えてください。私が言うのはマナー違反ですから』

『主様はもう少し人の感情に敏感になった方がいいと思います』

 

 にべもなく解説を断られた上にカーテナにまで苦言を呈された俺は、どこかもやもやとしたものを抱えつつ、旅路を行く。

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