龍神の聖母-05
雪のように真っ白な肌。絹のように白い髪。側頭部からは曲線で形作られた角が生えている。エリアルデ支局長やテンペスタさんと共通する顔の作りをしているが、2人よりも、くーちゃんに似ていた。
いや、くーちゃんが似ているんだ。
まるでくーちゃんをそのまま成長させたかのような白い、半透明の女性だったが、唯一眼の色だけが違っていた。
くーちゃんは赤。目の前の女性の瞳は、とび色だ。
「……これは……ゴースト……?」
半透明。
白いことの強調表現ともされる言葉が、しかしここでは字面通りの意味であることは、俺が彼女の体越しに後ろの机を視界に捉えているから明らかだ。
物質的な肉体を持たない、意思が具現化した存在をこの世界ではゴーストと呼ぶ。
『ゴーストとはちょっと違います。厳密に言えば、私は死んでいません。死と生の間に自身を固定して、魔力を扱えるようにしていますので』
「……失われた禁術……」
「我が家系には、時折そうした性質が現れる。インベルは私の昆孫で、生まれながらに魂魄と肉体を分離させる術式群への適性を備えていた」
コンソン?
コンソンとは何だ。コンソメの仲間か。
いや、待て。
『我が家系』?
大家の血族ってことか?
コンソンのソンって、まさか孫か?
ぐるぐると頭の中で様々な情報が回った末、俺がはじき出した結論は。
「くーちゃんって、もしかして大家の……」
「7代後の子孫だ。だから、ある意味当然の帰結だ。エリアルデが空間移動術式への適性を持つことも、テンペスタが絶大な魔力を持って生まれたことも、インベルが禁術への適性を持つことも、クリスが『龍神の御子』だということも」
『龍神という特異の血が私に与えてくれたのは、事実上の死の後も娘を見守ることができる力でした。タカス・ハルト、私はクリスの居場所を探知することができます。ですが、今の私に干渉する力はありません。あなたに協力して欲しい。クリスを救うために』
「ちょっと待て、理解が追いつかない。まず、アンタは何者なんだ。どこまで知っていて、何をしようとしている。それが分からないことにはほいほいと見ず知らずの奴を信用するわけにはいかない」
インベルと呼ばれたこの女性が大家の言う協力者、くーちゃんの母親であることは間違いない。見た目がくーちゃんとの血の繋がりを如実に語っている。だが、見た目をごまかす手段はごまんとあるし、いくら大家の知り合いだとしても、俺は自分が信用できると判断した人間以外は信用しないことにしている。
『あなたが疑心暗鬼に陥るのも当然の事とは思います。過去、幾度となくクリスを守るために、アルキドア帝国の汚れた部分と戦いを繰り広げたのですから』
「……俺の力のことも知っているのか?」
『はい。あなたが『魔神』と化したことも』
「いつから、どこで見ていた?」
『最初からです。あなたがクリスを引き取ったそのときから、私はずっと、クリスの中にいましたので』
「……アンタがくーちゃんの母親だと、大家以外に証明できる人物は居るか?」
『姉さんと兄さんが目を覚ましたら、すぐに証明してくれます。二人とも大怪我を負ったみたいですから、もうしばらくは起きないでしょうけど』
それからも俺は幾つか質問を繰り返し、インベルはすらすらと答えた。あらかじめ想定していた質問にテンプレートの答えを出力しているわけではない証拠に、答えには自然な間や揺らぎがあった。
嘘はついていない。
この人は、クリスの母親、インベルその人で正しいと判断してよい。
そもそも大家が太鼓判を押した時点で信用しても良かったのだが、今は大家も消耗している。その消耗につけ込まれて、幻想を見せられている可能性だって否めなかった。
信用に足る人物だと分かったのならば、これ以上不毛な問いを繰り返す必要は無い。
この人はくーちゃんを救うための鍵を握っている。
それを明かしてもらわなければ。
「分かった。俺はアンタを信用する。くーちゃんはどこに居るのか、教えてくれ。すぐに助け出す」
『それはできません。今のあなたはどこにでもいる凡庸な魔術師程度の実力しかありません。そんな体調で救助に向かっても、殺されるのがオチでしょう』
「じゃあ、どうしろっていうんだ。他の実力者は全員虫の息だぞ」
『誤解しないでください。私はあなた以外の誰かの力を借りるとは言っていません。クリスを助け出す役目は、あなたにお願いしたい。あなた以外には、多分無理だと思いますし』
俺は苛立ちを隠そうともせずに喚く。
「だったらすぐにでも」
『あなたが殺されたら、誰がクリスの面倒を見るというのですか』
俺は押し黙った。
そう言われてしまえば何も言い返せない。
『まず先に、あなたの体調を戻します。ロラッタ山の永久氷壁に行きましょう』
「ロラッタ山? 世界の端っこじゃないか。そんなとこに、一体何が」
『今は言えません。私自身、まだ自分の中で決心がついていないので』
「……何の話だ?」
『ともかく今は私を信用してください、ってことです。クリスを救い出すためには、ロラッタ山に行く必要があります。根拠は言えませんので、私の信用を担保にしてください』
「無茶苦茶だな」
『無茶苦茶です。私を信用してくれますか?』
どうだろうか。
ロラッタ山という最果ての地に来ればくーちゃんを救い出せるという、くーちゃんの母親の言葉を俺は信用できるか?
正直、難しいところだ。
理屈があれば納得できるが、インベルはその理屈を隠している。
後は、俺がインベルを信用するかどうか、という1点に全てが懸かっている。
「…………」
エリアルデ支局長とテンペスタさんの妹にして、くーちゃんの実の母親、インベル。
その言葉を、俺は信用できるか?
イエス。
信用するしかない。くーちゃんに関する手がかりを俺が掴めない以上、唯一手がかりを握っているインベルの指示に従う以外に、明確な道は無い。
ここでインベルを無視して一人で動いても、まず第一にくーちゃんの手がかりを発見できないし、くーちゃんの居所を割り出したとしても、確かにこの体調では殺されるのがオチだ。事実、主観的にはつい少し前に、俺は殺されかかっている。
「くーちゃんは、アンタにとっての何だ?」
『最愛の娘です』
「だったら他に言うことはないよ。俺も同じだ」
『信用してくれる、ってことですよね?』
「ああ」
壁にかかっている黒いローブ(カミラが弁償してくれた)を羽織り、カーテナを鞘に戻して腰に下げる。
大家のおかげで全身の不調も傷も全て治っていたので、活動自体は問題なさそうだ。ここまで体調が回復しているのであれば、『投影』は普段どおりに使えるだろう。
両手を組んで思い切り背伸びをし、全身を軽く曲げ伸ばししたら、背骨や腰のあたりでゴキゴキと音が鳴った。
「タカス・ハルト、済まないが私はここで休ませてもらうぞ」
「お好きなように」
それだけ言うと、大家は本当にその場で目を閉じ、ソファーに深く沈みこんだ。
使い過ぎた魔力を補うために休眠に入ったのだろう。ここまで、意識を保つだけも辛い状態が続いていた、ということだ。
大家の魔力量を俺は知らないが、『龍神』である以上少ないということはあるまい。休眠に入らなければならない程魔力を消費したとなれば、大家は回復のために数日に渡って眠り続けるはずだ。
『輪廻』という術式は、そこまで膨大な魔力を消費するものなのか。
「アスカ、悪いけど、3人の世話を頼めないか?」
「構いませんが……私は行かなくてもいいのですか?」
「そりゃ、戦力は多いほうがありがたいけど、残念ながら、君と高度に連携できるのは梅宮さんだけだし。梅宮さんを放置していく訳にもいかないだろ」
「……お心遣い、感謝します」
座ったままではあるが、律儀に頭を下げるアスカ。
よく見ればその衣には所々焦げ跡が残っていて、戦闘の激しさを物語っていた。多分俺が気絶した後、室内に侵入してきた敵と闘ったのだろう。梅宮さんに傷ひとつ無いということは、彼女は彼女のなすべきことをやり遂げたということだ。
今度は俺の番だ。
なすべきことを、なそう。
ほとんど用を為していない、かつて扉だった板を蹴って外に出ようとした、その時。
「……待て、ハル……」
掠れた声が聞こえた。
振り返れば、エリアルデ支局長が肘を使って体を起こそうとしていた。
『あら、姉さん。起きちゃダメですよ。傷が開きます』
「……お前、インベルか……!! 何故お前が…………。いや、そういうことか」
俺はとんぼ返りでエリアルデ支局長の背に腕を回して体重を支え、もう一度寝かせた。
「支局長、とにかく動かないでください。行きがけにアルベルトに出張をお願いしてきますから」
エリアルデ支局長の黒い衣はズタズタだった。ちぎれたというより、消し飛んだといった方がより適切な有様だ。断面は黒く焦げていて、何か強烈な熱を受けたらしいことは想像に難くない。
当然服の下の生身が無事であるはずもなく、龍族でなければ即死レベルの広範囲熱傷を負っていた。下腹部から首の下にかけて、傷口は包帯に覆い隠されてはいるが、その傷が火傷であることはエリアルデ支局長の周囲に置いてあった氷嚢と、包帯の端から少しだけ覗いているケロイド状の治癒痕から明らかだった。
「敵の情報が必要じゃろう。行く前に聞いていけ」
本当は言葉を発するだけでも辛いはずだ。それでもエリアルデ支局長はそんな様子をおくびにも出さず、俺に情報を伝えようとしている。
聞こう。
くーちゃんを取り戻すとき、敵の情報はどうしたって必要になる。エリアルデ支局長のこの傷を、この覚悟を、無駄にしてはいけない。




