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龍神の聖母-03

 誘電フィールド、物理障壁、電流の3つを同時にイメージする必要がある『ミョルニル』は、体調を考えれば使用不可と見てまず間違いない。特に前2つの抽象的な障壁系のイメージは俺の脳にそれなりの負荷をかける。それ以前の問題として『ミョルニル』に限らず、室内で超音速駆動したら守るべき人まで傷つけかねない。

 と、すれば、戦略の幅はかなり狭まる。

 『投影』に可能な攻撃手段のうち、狭い空間での防衛戦に適したものを選ぶ必要がある。

 方向制御が困難な熱系統の攻撃は、室内での戦闘には向かない。

 向きを制限しやすく、かつそれほど複雑でない攻撃手段。

 重力場、電気、風。

 ざっと思いつくのはこの3つだけだ。


「私は戦力の集中している正面に突っ込む。お前達の仕事は防戦だ。各々、必ず守りきれ」


 大家はそれだけ言うと、風を纏いつつドアを蹴破って外に飛び出していった。

 その直後、複数の爆音が響き、アパートが大きく揺れた。建物全体がギシギシと軋み、壁にいくつか亀裂が入る。天井からはパラパラと何か降ってきたが、幸い崩壊するには至らなかった。


 そんな異常事態の最中、くーちゃんが目を覚ました。


「……ん…………じしん?」


 俺は『投影』で全身を補助し、最低限活動できるよう調整してくーちゃんの許に歩み寄った。

 その小さな手をとり、視線をくーちゃんの頭の高さに合わせる。


「違う違う、地震じゃないよ。大丈夫。いいかいくーちゃん、今からハルの言うことを良く聞いてね」

「……?」


 寝起きで本調子ではないはずだが、悠長に顔を洗いに行かせる時間はない。


「ぎゅっと目を瞑って、ハルのお布団に入るんだ。どんなに大きな音や声が聞こえても、出てきちゃだめだよ」

「……ハル、どうしたの?」


 ただならぬ周囲の雰囲気を感じ取ったか、それとも『予知』か。いずれにせよ、くーちゃんが不安を感じ始めていることは間違いない。

 できることなら安全圏に避難させてやりたい。『投影』の座標書き換え型擬似テレポートを使えば、くーちゃんを移動させること自体は造作もない。問題は、大家の『囲まれてる』という一言だ。敵の狙いがくーちゃんである可能性が高い今、周囲に安全圏は無い。魔術さえ使えれば別の手段もあるというのに……。


 いや、無いものねだりをしてもしょうがない。今ある力ですべきことをするしかないのだから。

 考えろ。

 今確実に使用可能な力は起電、操風、重力場のみ。

 すべきこととは何か。

 最低条件はくーちゃんを守りきること。希望はこの室内に居るくーちゃん、カーテナ、アスカ、梅宮さん、そして俺の身を守ること。

 手段は。

 敵勢力が仕掛けてくる攻撃を1つ1つ叩き落すのは無駄というものだ。そもそもそんなフレキシブルな対応は今の俺にはできない。

 術者を潰す。

 それが最も安全。

 だけど、どうやって。


「っ!」


 分析の最中、窓の外の猛烈な速度で迫る白い煙のようなものに気がついた。明らかに通常の物理現象ではない。まず間違いなく魔術的な攻撃に違いないが、問題はこんな効果をもたらす魔術の心当たりが俺には全く無いということだった。有体に言えば、防ぐ手段が分からない。このまま放置すれば煙は窓をぶち破るか隙間から入り込み、室内の俺達に何らかの危害を加えるだろう。

 ならば、魔術に抗する最大のイレギュラーを使うまで。


「カーテナ!!」

「はい!!」


 10を言わずとも1だけで意思は伝わる。カーテナは『破魔』を発動し、窓を叩き割って猛烈な勢いで煙に突っ込んでいった。

 『破魔』を纏う両腕が煙と接触した瞬間、煙は跡形も無く消滅した。

 しかし。


「ウゥ……」


 着地したカーテナが両腕を押さえてうずくまった。

 目を凝らしてみれば、両腕が真っ赤に腫れ上がっている。いや、両腕ほどではないが、顔や首など、他の箇所にも僅かではあるが赤い腫れが見受けられる。

 そこで異変は終わらない。


「ぁ……カ……ァ……」


 奇妙な音がカーテナの喉から漏れている。胸を押さえている辺り、どうもうまく呼吸ができないらしい。

 両腕の熱傷様の腫れ、呼吸困難。

 塩化水素のような、腐食性を持つ有害ガスによる症状に酷似している。


 たまらず俺は窓から身を翻し、カーテナの許へと駆け寄った。


「ぁ……る…………じ……」

「カーテナ、人化を解け!!」


 暴風を『投影』し、カーテナの周辺にわだかまっているであろう腐食性ガスを吹き散らす。

 カーテナは俺の指示通りに人化の術を解き、本来の姿である美しい日本刀に戻った。が、ところどころに黒い斑点のようなものが浮かんでいる。人間形態の時に受けた傷が反映されているのだろうが、少なくともこれで苦痛が持続することはない。


 人化の術は姿はもちろん体構造まで人間を再現する術式だ。魔力を有する者であれば基本的に誰にでも使うことができる。

 本来全く別系統の生物に構造から似せようとすれば、必ず何かしらの不都合が生じる。しかし殊人化の術だけそういった事象が起こらないのは、知恵ある者が持つ魂には、元来『人間』の要素が含まれているからだとされている。

 つまり、人間形態のカーテナには人間の弱点がそのまま適用される。逆に言えば、人間の構造を持たない刀剣状態において、人間の弱点がそのまま通用するとは限らないのだ。

 人間の体は脆い。カーテナの症状に関しても、放っておけば死に至るレベルだったが、こうして刀剣に相似形の傷を当てはめてみれば、ほんの一部が黒く劣化した程度のことなのだ。つまり、刀剣においてはこの程度の『かすり傷』が、人間にとっては『致命傷』となる。


 とりあえず『死』こそ避けたものの、しばらくカーテナは戦線に復帰できない。いくら『かすり傷』といっても、こんな状態での『破断』や『破魔』は、通常時に比べれば遥かに劣る。魔術を切り裂く妖刀としても、絶対の切れ味を誇る名刀としても、今のカーテナは『なまくら』だ。


『役立たずで、申し訳ありません』

「構わない。それより、休んでろ」


 傷を負ったカーテナを室内に転移させ、俺はアパートの屋根に転移した。

 背後からは絶えず爆音が響いている。大家の大奮戦が伺われる。あの人の実力ならば、背後は大家に一任して全く問題ない。俺が対応すべきは周囲の林に潜んでいる敵勢力だ。


 大家の言葉を信用するなら、最大で9名。背後で大家が何人ひきつけてくれているかを確認する余裕は無い。こんな目立つ所に立っているのだから、隙を見せた瞬間狙い撃ちにされる。というか、もし俺が敵の立場だったらまず間違いなくそうする。


 大家という戦力の出現のためか、俺を警戒しているのか、煙以降目だった攻撃行動は無い。

 敵は様子を見ている。隙を見せれば終わり。魔術を防ぐ手立てを持たない俺には、もちろん魔術攻撃を防ぐことはできない。普段であれば指一本で弾き飛ばすような魔術でも、俺は死ぬ。

 だったら、何もしてこないこの隙に、最大9名をまとめて叩き潰すしかない。

  

 そのための方法論は、わざわざ敵の方が教えてくれた。


 空気中に交流電流を『投影』。流れる方向を徹底的に制御してやると、俺の周囲に紫色の光が踊った。さらにそこへ適当な強さの風を送り込んで空気を循環させれば、俺が紫色の燐光を放ち始めたかのように見える。

 一見魔術を起動したかのような光景を生み出すのは第1段階。

  

 遠くに赤い光がちらほらと見える。守備魔術の魔方陣によるものと思われた。

 これで数と位置が割れた。

 『神殺し』タカス・ハルトが行う魔術攻撃に対して何の対策も講じないわけがないという、ほとんど賭けのような憶測に基づくトリックだったが、どうやらうまくいったようだ。あちらこちらで大暴れした甲斐があったというものだ。


 俺の身を包む紫色の光は、もちろん魔術ではない。この現象の目的は、科学的な手段によるある有毒気体分子の生成だ。


 第2段階は俺の周囲に生じたある有毒ガスを『投影』で運ぶこと。

 場所は既に分かっている。

 気体を運ぶだけなら、大した手間は要らない。


 『投影』の連続使用による過負荷に耐えつつ、俺は転移のイメージを練り上げ、実行する。


 直後、変化は現れた。


 林の中に点在していた赤い光が不自然に明滅し、やがて消えた。

 最後の光点が消えたのを確認して、俺は交流電流の『投影』を止めた。それに伴い、紫色の光は消えうせる。俺は最後の力を振り絞って俺の周囲に発生した気体を吹き飛ばすと、そのまま崩れるように膝を突いた。

 

「っ……くっ……」


 突如生じた頭痛に耐える。

 やはり、ここまで『投影』を連続して使用するのは肉体への負荷が大きすぎたようだ。


 空気中への無声放電とそれによる『オゾン』生成。

 最強クラスの酸化力を誇るその気体を人間が吸い込めば、もちろん強烈な中毒症状を引き起こす。高濃度であれば意識どころか命だって失う。

 カーテナを戦線離脱に追い込んだガス攻撃をそっくりそのまま返した、というわけだ。


 いつの間にやら背後の爆音も消えている。大家は正面に集中していた戦力を無事無力化したようだった。

 これ以上『投影』に頼るわけにも行かないので、俺は窓伝いに下に降りるという選択肢を選んだ。


 その、最初の1歩を踏み出した時。


 ヒューン、と、間延びした高い音が聞こえた。

 同時に、何故か俺の左腕全体の感覚が消失した。


「?」


 何が起きたのか。

 ほんの半秒もしないうちに、俺はその答えを『痛み』という形で思い知らされた。


「っ!? ア゛あ゛ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

 熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。


 意識が明滅する。視界が灼熱に染まる。それでも俺は、喉を振り絞るように絶叫して、体を折り曲げて筋肉という筋肉を収縮させて、気絶を免れた。

 いや、むしろ気絶してしまった方が良かったのかもしれない。この痛みと熱から逃れられるのであれば、何だった構わなかった。


 痛いのに、熱いのに、しかし感覚が無いという不自然さ。何かが体から抜け落ちていく喪失感。


 苦痛に顔を歪めながらも、俺は自分の左半身を見た。

 そこにはあるべきものがなく、変わりに噴水のように赤いしぶきが散っている。


 少し視線を前にずらす。

 そこにあったものは、本来俺の体にあるべきものと、血溜り。

 

 左腕を切断された。


 そう認識したとき、切断面から伝わってくる痛みはさらに激甚なものに変わった。


 出血が酷い。

 このまま血を流し続ければ、早晩俺は失血でこの命を失う。魔術を使用できない今、俺が自力でこの傷を治す方法は無い。


 死ぬ。

 

 ジェラルドとの戦闘以来2度目となる、本格的な死の恐怖が俺を襲う。

 治せない。血が止まらない。

 

 そこへ、追い討ちをかけるように、攻撃が叩き込まれてくる。


 腹部に熱を感じた。見れば、皮膚が真っ赤に爛れてずたずたになり、その下のグロテスクな中身が見えかかっている。

 胸部に圧力を感じた。見れば、右胸の辺りがぼろぼろと崩れて、肋骨の一部が見えている。

 

 明らかに魔術だが、しかし、こんな魔術を俺は知らない。ベースは魔術に違いないが、魔術だけじゃない。何か別の要素が混じってる。魔術と『投影』の二刀流で今まで生きてきた俺にはわかる。この攻撃には別の要素が混じりこんでいる。


 いつの間にか、脳内麻薬の大量分泌によってもはや痛みすら感じなくなっていた俺だが、かといって腹筋を破壊された俺はもうこれ以上動くことができない。まやかしの思考力によって分析したここまでの情報も、次に生かせない。


 ふ、と浮遊感が俺を包む。

 1秒程度の間を空けて、全身に衝撃が走る。屋根から落ちたのだと、口の中に入った砂粒で判断した。

 呼吸が苦しい。

 血液が気管に絡み付いている。


「……」


 咳をして吐き出したいが、ズタズタの腹筋と空いた風穴のせいでうまくいかない。

 酸素が回らない。徐々に意識が混濁していく。思考が支離滅裂になっていく。


 意識が遠のく。


 辛うじて見えていた、アパート裏の林の様子すら、もうぼやけて見えない。

 音が聞こえない。

 匂いが無い。

 肌に触れる砂粒の感触すらない。


 何も、無い。

ちょっと刺激強めだったかもしれません。

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