放浪する嵐龍王-01
「お次でお待ちのお客様」
元筆頭宮廷魔術師にして神殺しの魔導士改めリアナ公国アナギルド地方のギルド・カタリナ支局の木っ端職員である俺は、今日もギルドを利用する方々に愛想を振りまいていた。
世紀末ヒャッハーとまではいかなくても、それなりに力がモノを言うこの世界。
力を隠して生きたい俺のような人間は、力がモノを言わない職業を探す必要があった。
職人でも何でもない俺は専門的な技術を要する仕事はできない。かといって職人以外の仕事と言えばお役所勤めか軍属、そしてこのギルドの主要な顧客である冒険者、傭兵、賞金稼ぎと言われる類の仕事ぐらいなものだ。
お役所勤めするためにはコネが居る。よって却下。
軍は、かつて宮廷魔術師=戦略級の兵器として扱われてた都合で正体が割れる可能性があるので却下。
冒険者は力を使わないといけないので却下。
もうニートでいいや、いやだめだくーちゃんが飢えちゃう、などと路頭に迷っていたところ、テンペスタさんと出会い、エリアルデ支局長を紹介してもらい、日本人流オキャクサマハカミサマで職を勝ち取ったのが昨年のことだ。
「おう、兄ちゃん、今日も適当な討伐クエスト見繕ってくれや」
「畏まりました。少々お待ちください」
常連であるCランクのおっちゃんに、俺は報酬額の高いDランク依頼と普通のCランク依頼を提示した。
討伐クエストという条件は当然加味してある。
「こちらの2件なんていかがでしょう」
「ふむ…………、Cランで頼むわ」
「畏まりました。手続きしますので、少々お待ちを」
こんな風に敬語を使って客の相手ができるのは、このギルドでは俺ぐらいだ。
お陰で嘗められもするが、俺の窓口を優先的に使ってくれる客もいる。
別にそれがボーナスにつながるようなことはないが、俺がギルドで一定の地位を確保する上では非常に重要だ。
「手続き完了しました。こちらが証明書になります。御武運を」
「おう! いつもありがとな」
仕事に一区切りがつくと、俺はくーちゃんの写真を見る。
なぜ写真なんて科学な産物が存在するかと言えば、簡単な話で、俺が作ったからだ。
全てはくーちゃんの足跡を残すため。
銀を掘り、臭素を単離し、酸化剤を用意し、感光紙を作り上げ、半年の歳月をかけて完成させたこの世界初のカメラ。
白黒だが、そもそもくーちゃんは眼以外は真っ白なので特に問題ない。
あ~、くーちゃんかわいいよハル頑張って早く帰るからねカーテナ(変態)なんかと一緒に置いて来ちゃってごめんね早く会いたいよくーちゃん――――
俺がくーちゃんの写真相手にニヘラと表情を緩めていたその最中のこと。施設のドアが乱暴に開かれた。
「全員動くな!!」
世界が変わっても変わらない、覆面を被った典型的強盗団のご登場だった。
「報酬の金、武具素材、薬品、全部出せ!! この滅却火炎陣を使われたくなかったらな!!」
強盗団の先頭に立つ一際マッチョな男が、周囲の客に魔封筒を向けながら叫んだ。
魔封筒、内部に魔術を装填することができ、任意のタイミングで射出することができる魔具。銃身が透明になった拳銃とでも言うべき見た目の品で、透明部分には魔術が装填されている。
そんなものを持っているということは自力では満足に魔術を使えないということを喧伝するようなもので、一般的に魔封筒を使用するのは学生や訓練生ぐらいのものだ。
しかし装填する魔術のレベルによっては、十分な脅威になり得る。リーダー格のマッチョが持っている魔封筒も、目視で確認する限り、相当高レベルの火炎魔術が装填されているようだ。
あー、めんどくさ。
ここの支局長が誰か分かった上での狼藉なんだろうな?
AAAランクの魔獣すら傷一つ負わずに始末する化物が居ると分かった上でここを襲ったのだとしたら相当な馬鹿だと言わざるを得ないし、分かってないとしたらなおさら馬鹿だ。
すなわちあいつらは馬鹿だ。
支局長のお手を煩わせるのも申し訳ないレベルの小物だったので、こっそり『投影』でスタンガン的に気絶して頂こうとイメージを練り合わせていたその時。
ゆったりとしたローブのような灰色の衣を身に纏った女性が、誰も彼もが固まって動けなくなっている中、一人マッチョのもとに進み出た。
切れ長の瞳に、全体的にはっきりとした顔立ちの、長身を持つ美女だ。正直、ギルドを利用するタイプの人間には見えない。
「帰れ。依頼の処理が滞ってるだろうが」
「あ~? テメエに用はねえんだよ。死にたくねえなら大人しくしとけや」
マッチョは魔封筒をこれ見よがしに女性の前で揺らすが、女性は一切怯む様子を見せない。
女性がマッチョの近くに進み出たため、女性を巻き込むことを恐れた俺は電流の『投影』を中止した。
命知らずか、それとも実力者か。
少なくともこの状況で前に進むことができる胆力を、女性は持っている。
「帰れと言っている。ギルド業務の邪魔だ。とっとと失せろ」
「テメ、調子づくのも大概にしろよクソアマが!!」
全く怯む様子を見せない女性にクズのプライドが刺激されたのか、沸点に達したというか、突沸した男はとうとう女性に魔封筒を向けた。
さすがにまずいと思った俺は女性にもマッチョにも気付かれないように魔力障壁を『投影』した。
直後、魔封筒が、文字通りの意味で火を噴いた。
「ヒャハハハハ!! 俺に逆らうからそうなるんだ! おいテメエら! こうなりたくなかったら早く用意しろや!」
火炎に巻かれる女性。
鼓膜を突く悲鳴が施設の各所から炸裂する。
魔力障壁によって男が放った魔術は一切女性に影響を与えていないはずだが、女性一人が火達磨になるというビジュアルはショッキングだ。
さて、魔力障壁はただ魔力と魔力によって引き起こされた事象が外部から内部へ通らないようにする効果しかない。依然燃え盛る炎を消すような効果は無いのだ。どうすればバレないようにあの炎を消せるか、今の俺の懸案事項はそれだけだった。
強盗団なんざ2秒もあれば始末できる。
「ほう、ここまで魔術を遮断するか。支援には感謝するが、いらない手間だったな」
女性が言葉を発した直後、突然炎が渦を巻いて薄まり、消滅した。
これには、俺も心底驚いた。
何が起こったのか。
しかし、一番驚いていたのは、女性のすぐ前に立っていた自信満々のマッチョの方かもしれない。
火炎の渦の中から現れた女性は、姿かたちが少し変わっていた。
女性の頭部には、丸みを帯びた一対の角。疑う余地なく、それは一人前になった龍族の証。
あの人、龍族だったのか……。
「私は二代目嵐龍王、エアリア。二度は許さない。帰れ」
マッチョの全身には、窓口に座る俺にも見える程、汗が染みだしていた。さながらAランク魔獣を前にしたEランク魔獣のように。
頼みの綱だった魔封筒が効かなかったためか、エアリアと名乗る女性が放つ本物の殺気に圧されたか、それともその両方か、男は後ずさると、そのまま一目散にドアから逃げ出していった。
リーダー格が逃げたことで部下と思しき覆面集団も戦意を喪失し、後を追うように施設を飛び出していった。
かくして強盗騒ぎはそれほど大事になることもなく終結したが、嵐龍王を名乗る龍族の出現に、ギルド内は騒然となった。
新章です。クール系ヒロインです。