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龍神の聖母-01

 黒く塗られた壁、黒い机、黒い椅子。病的なまでに黒く染め上げられた、とある一室。

 円形に配置された机の中央には直径1メートルはあろうかという水晶が鎮座している。

 

 既に5人、初老の男性が席に着いている。いずれも修羅場を潜り抜けてきたと一目でわかる厳めしい面構えで、顔に大きな傷跡を持つ者まで居た。全身から放射される魔力の圧は、並みの魔術師であればそれだけで失神に追い込まれかねない。


 ギィ、と扉が開き、白髪の若い女性が入室してきた。女性は中央の水晶に手をかざすと、一つだけ空いていた己の席に着いた。


 女性の着席と同時に中央の水晶が青白い光をうっすらと放ち、黒い部屋に僅かな光を供給しつつ、重力を無視して浮かび上がった。


「して、今日の議題は」


 最も年輩の男性が口を開いた。

 応じて最後に入室してきた女性が発言する。


「『神殺し』と『魔神』の適格者が倒れました。動くなら、今かと」


 女性が再び中央の水晶に手をかざすと、水晶の中に映像が浮かび上がった。

 古い畳敷きの部屋と、布団の中昏々と眠り続ける二人の男性。一人は漆黒の髪が特徴的な、20代中頃の男性。傍らには金髪の少女と白髪の幼女が居て、絵を描いて遊びつつも時折目を覚まさない男性に意識を向けている。隣室で同様に眠り続けている男性も黒髪だったが、こちらは幾分白髪が混じり始めていて、中年と呼ばれる年代に達していることが伺われた。傍らには赤い鞘に納められた一振りの日本刀。


 タカス・ハルト、『神殺し』と呼ばれる青年の部屋の様子だった。


 顎鬚を撫でつつ、筆頭格と思しき男が呟く。


「奇怪な部屋だ。およそ現存する文化とは似ても似つかぬ」

「この世界とは異なる文化圏と、そう仰りたいのですかな」

「そう考えても不自然ではあるまい。かつてもこの世界に異質な技術を持ち込んだ者が居たことは、文献に記されておる」 


 顎鬚をつまんで指に絡めては解き、男は続けた。


「我らに感知できないだけで、この世界のどこかに我らとは異なる文化と歴史を歩む者が居るのか、それとも…………。いや、済まない。本題に戻ろう。イザベル、報告を」


 イザベルと呼ばれた女性は手元に巻物を用意すると、朗々と読み上げた。


「承知致しました。術式をかけた本人が無意識状態にあっても絶えず魔力を補給し続け、あらゆる術式に対して強力な耐性を誇る鉄壁の一室をこうして遠視術式が映しているという時点で、タカス・ハルトの魔術運用に重大な障害が生じたことは明白です。タカス・ハルトの全身情報から、彼は現在一時的にではありますが、魔術を使えない状態に陥っている可能性が非常に高いと判断されます」

「どの程度まで」

「『龍神の御子』にかけれらていた保護術式や本人の全身にかけられていた障壁魔術は既にキャンセルされています。少なくとも高等以上の魔術は使用不可と見てよろしいかと」

「上々。『魔神』適格者の方はどうなのだ」

「ウメミヤ・ユウヤは完全に意識を失っており、今後2週間以内に目覚める確立は3パーセント以下と判定されています。何らかの魔力的な過負荷を受けたことによる障害と考えられます」

「邪魔立て不可能、と。なるほど、なるほど」


 男は顎鬚を整えるように梳き始めた。


「諸君、どう思う。現時点を以て『神玉』へと動くか、暫しの静観を決め込むか」


 問いかけに真っ先に答えたのは、男から見てイザベラの左に座す、頬に大きな傷跡を持つ男だった。


「これ以上の機を望むことは、いささか高望みが過ぎるように思われるが」


 続けて更にその左に着いていた男が発言する。


「私も構わないと思うがね。ジェラルド・アウリカルクムを送り込んだときも、ここまで消耗することは無かった。これ以上の消耗状態があるとは考えられん」

「ワシもそう思う。現時点での『魔兵』の練度から言っても、ここがベストのタイミングであろう」

「右に同じだ」


 イザベラの右隣と更にその右隣の男が同意を示した。


「過半数を超えた、か。イザベラよ、お前はどう考える」

「現在までに判明しているデータを見る限りは、私も依存はありません」

「引っかかる言い方だな。何か懸念事項があるのか」

「はい。2度目のアルキドア帝国襲撃事件の折、タカス・ハルトを治療した魔力反応と、ジェラルド・アウリカルクムに付けられたはずの傷を一瞬で治した魔力反応についてです。治療という共通項こそあれど、両者が合異なる存在であることは反応から明らかでした。つまり、少なくとも2名、タカス・ハルト程の魔術師が自力で治せなかった状態異常を治療することのできる強力な魔術師が、彼の周囲に存在するということです」


 顔に傷跡を持つ男が応えた。


「しかし、タカス・ハルトがここまでの重傷を負って尚その者が現れないということは、その者との協力関係は現時点では無いと見て問題無いのではないかね」

「……そうですね、考えすぎ、かもしれません」


 筆頭格の男は顎鬚を指で丁寧に整えると、肘を机に立て、手を組んでその上に顎を乗せ、言った。


「では、『魔兵』を投入する際に条件をいくつか付けよう。最優先目標はもちろん『龍神の御子』タカス・クリスの奪取だが、それに加えて『神殺し』の殺害を準優先目標として加える。こうすれば、いかに強力な治療魔術の使い手が居たとしても、もうタカス・ハルトに手を出すことはできまい。死体に作用する回復魔術は存在せぬ。これで懸念は解消されたかな、イザベラよ」

「……ええ、それならば、構いません」


 イザベラが同意を示すと、筆頭格の男は満足そうに頷き、鷹揚に告げた。


「では、『魔兵』投入と『神玉』の獲得に向けて動き出すとしよう。各々仕事に戻り、細心の注意を払った上で計画を実行段階に移すように」


 筆頭格の男は指をパチンと鳴らした。

 その瞬間、青白い光は収まり、水晶は元あった位置に戻った。


 部屋が再び漆黒に包まれた次の瞬間、6人の周囲を魔法陣が覆い、突如として6人の姿は掻き消えた。

新編です。時系列はタカス・ハルトが目を覚ます数日前といったところです。


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