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叛逆の皇女-27

 オリハルコンの剣、『ローエングリン』を先代、いや、2代前の皇帝より賜ったのは、40年近く前のことだ。

 『礼服の騎士』と呼ばれ始めたのは、それから10年ぐらいしてからだったか。

 カミラ様の世話係を拝命したのは、もう10年以上前。

 ローラ様の悲劇とカミラ様の投獄に怒り狂ったのは、数年前。

 カミラ様につき従い、『神殺し』や『魔神』と共に――紆余曲折はあったが――革命を成し遂げたのはつい昨日のことだ。


 そろそろ70年となる私の人生。

 良いことも悪いことも多々あったが、『悪いこと』の極大点は今日訪れた。


 カミラ様が前皇太子殿下と宮廷魔術師による正体不明の攻撃を受け、瀕死の重傷を負った。

 認識阻害魔術を使用していることを見破った『神殺し』が術を破り、ジェラルドとエアリアが一瞬で下手人を捕えたが、下手人捕縛の成否など、正直どうだって良い。

 

 今はただ、己の無力が憎い。

 

 他者を癒す力を持つカミラ様の血液は、しかしご自身の肉体に穿たれた傷を癒すことは無い。魔力耐性が高すぎて、私の中級回復魔術はおろか、最上級である『神の薬』ですらカミラ様にはまともに作用しない。


 魔術に対して『絶対』を誇るオリハルコンの剣を携え、数多の敵を屠ってきた。魔術を切り伏せ、魔術師を切り捨て、兵器として飼いならされた魔獣共を無数に切り殺してきた。

 そんな力も、今は全く役に立たない。


 タカス・ハルト。

 何かできるとしたら、お前だけなのだろう。

 アルキドア帝国建国以来最高の魔術師と称されたお前ならば……。

 

 しかし、頼みの綱の魔術師すら、及ばない。


「……クソッ、魔力が足らない!」


 傷口を抑え、出血を何とか食い止めようと奮闘しているタカス・ハルト。魔術を使おうにも、ここまでに魔力を消費しすぎているようだった。

 神の域とされる神級魔術を、それこそ下級の練習用魔術のようにポンポンと使用するタカス・ハルトだったが、強力な障壁魔術に『神の告知ガブリエル』をカミラ様の魔力耐性に逆らった上で使用し続けるというのは、いかに『神殺し』と言えど辛かったらしい。

 疲労が見て取れる。魔力が枯渇しかかっているのは明らかだった。


 止むを得ない。

 無駄かもしれないが、宮廷魔術師を動員しよう。最悪の場合は、魔魂石の使用も視野に入れよう。

 その咎は全て私がかぶり、必要とあらばこの世から退場したって構わない。


 私はカミラ様に背を向け、宮廷内に戻った。


♢♢♢


 まず始めに、温かな魔力が流れ込んできた。

 性質は俺の魔力に近しい。ほとんど色のない、無属性とも言える魔力だ。

 その量は次第に増していき、遂には濁流のように俺の肉体に流れ込んで来るに至った。

 圧倒的な魔力量を前に、しかし俺は動じない。

 常人ならば飲まれてとっくに気絶している量ではあるが、俺が戦闘時に扱っている魔力量はこんなものではない。

 単純な魔力量と魔力キャパシティならば、俺は絶対的な自信を持っている。流れ込んできた魔力を、俺は蓄積し、制御しながら梅宮さんに戻す。

 魔法陣には魔力を通す入り口があり、この入り口の広さが魔術の消費魔力を決定する。入り口に見合わない僅かな魔力しか供給しなければ不発か威力不足に終わるし、多すぎれば暴発・暴走する。

 今、梅宮さんが定めた魔法陣には、広く開いた出口と、それに比して非常に狭い入り口の両方があった。

 さながら俺はダムといったところか。流れ込んできた魔力を貯め、流量を制御して流す。

 厄介なのは魔法陣の入り口のサイズが時を経るごとに変化していることだ。普通こんな激しく要求魔力量を変動させる魔法陣はない。


 一際大きく入り口が変化した。

 魔力の制御が間に合わず、過剰供給が起こる。


 ビシッ、とひび割れる音が走った。


 カミラの傍ら、バルコニーの石材に、斑模様の金属光沢を放つ何かが食い込んでいた。

 見た目は岩石のようだが、明らかに天然物ではない証に不自然なまでに平坦な面を持ち、かと思えば反対側はゴツゴツと割り砕いたかのような断面を見せている。


「『投影』の暴走だ。制御を失うと、あんな感じに物質現象問わずあらゆるものが『投影』される」


 喉が鳴った。


「これよりお姫様の治療を開始する。高須君、正念場だよ」

「わかってます」


 なるほど、やはり一筋縄ではいかない。

 少し制御を誤るだけで、『投影』が暴走して訳の分からない『何か』をこの世に出力することになる。全く制御されていない現象は、もう『災害』でしかない。

 魔力で『投影』の出力を強化するというのは、もともと小出力高精度のエンジンに、燃料を挿げ替えて大出力を要求するに等しい。

 当然、エンジンそのものである梅宮さんの身体にかかる負荷は相当なものだろう。


 しかし、既にかなりの量の血を失い、死に漸近しつつあるカミラの命を『確実に』繋ぎとめるためには、最早失敗は許されない。

 

 3度目の正直は、自らの手でつかみ取ろう。


♢♢♢


 宮廷魔術師を引き連れてバルコニーに戻ると、そこにはタカス・ハルトとウメミヤ・ユウヤ、傷を負ったカミラ様の3人しか居なかった。

 皇太子殿下らを連行するためにこの場を後にしたのかと思ったが、そうではないということに気付く。

 いや、もちろんそれもあるのだろう。しかしそれ以上に、明確な理由がある。


 バルコニーの石材に突き刺さる形で、突如として出現した棒状の物体。

 銀色の光沢を放つ部分、錆びたような赤黒い部分、黒っぽい部分、くすんだ緑色の部分。その他色合いも質感も部分によって様々だ。

 棒状とはいっても、全体として棒状であるというだけで、折れ曲がったり、膨らんでいたりして、一定ではない。

 明らかな人工物なのに、そこに人工物特有の整然とした様は無い。

 制御を離れた人為。

 そんな風に感じた。


 既に似たような印象を受ける正体不明の物体が、カミラ様と2人を取り囲むように散乱している。

 

 石材を無視して出現するその物体が、もし人間と重なる位置に出現したら。

 

 それ故に、このバルコニーには3人しか居ないのだろう。


 白い燐光を放つまでに魔力を貯め、血管を浮かび上がらせながらも何らかの魔術的作業に没頭するタカス・ハルト。

 カミラ様に手をかざし、額からは汗を滴らせながら必死の形相で傷をにらみつけるウメミヤ・ユウヤ。

 

 魔方陣のような分かりやすい目印等は存在しない。

 しかし確かに、そこにある現実が捻じ曲げられていく過程を感じ取ることが出来た。

 際限なく血液を吐き出していた傷口は幾分小さくなり、既に出血は止まっている。

 これは魔術なのだろうか。私には分からないが、しかし、治療であるということだけは理解できた。

 

 と、突如として。


「っ!!」


 何もないはずの虚空が、爆発した。

 爆発は燐光を放つタカス・ハルトのすぐ傍で起こり、爆風に圧されてタカス・ハルトは傾いだ。

 それでも倒れるまでには至らない。額から血を流しつつも、何らかの高度な魔術的作業を遂行し続ける。

 

 時折そうした危うい現象が起こったが、しかし黒髪の2人は一切中断することなく、作業をやり抜いた。

 カミラ様の傷を完璧に消失させ、魔抗銀とおぼしき小さな金属をいくつか捨てると、ウメミヤ・ユウヤは倒れ、タカス・ハルトは生じた物体の一つに体重を預け、そのまま目を閉じた。 

 まさか受験勉強よりも受験後の方が忙しいとは思いもしませんでした。

 短いですが、これでも1週間以上かかりました。まだもう少しかかりそうです。

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