叛逆の皇女-26
帝都は皇帝の居城を中心とした円を描き、外周部がベッドタウン、中央部が商店街及び各種施設となっている。城の四方それぞれには演説や式典用のお立ち台というか、バルコニーのようなものが設けられていて、何か重大な発表を行う時はここを通して国民に直接言葉を投げかけることになっている。間違いなく俺の部屋より広いそれをバルコニーと呼ぶのか、俺には正確なところは分からないが。
カミラが南のバルコニーで冠を戴き、演説を行うというのが今回の行事の大雑把な流れだ。俺が知っている戴冠式といえば世界史におけるナポレオンのそれぐらいしかないので、俺の知識が一般的だとは必ずしも言い切れないのだが、屋外で戴冠式を執り行うというのは普通ではない気がする。
多分、非合法な手段で権力を掌握したという事実から民衆の目を逸らすためのパフォーマンスの一環なのだろうけど、それにしたってリスクを背負い込みすぎていると思う。
接近戦の達人が複数名居て、『魔神』が2人もいる今なら、大抵の勢力は力付くで押さえ込めるだろう。
それでも万が一ということがある。
まあ、不満は不満だが、クソガキ改め皇帝様に逆らうわけにもいかないので、臣民は粛々と役割を全うしよう。
俺と梅宮さんの役割は、たとえ神級魔術であろうとも防ぎきれる魔力障壁を張ることだ。
クソガキを暗殺しようとするならば、手段は2通りに限られる。
魔術による遠隔攻撃か、剣や徒手による直接攻撃のどちらかだ。
特に警戒すべきは魔術攻撃だ。即効性のある呪いの類は、食らえば終わり、即死する以外の道はない。したがって魔力障壁は特に強力なものを用意する必要がある。吸血鬼であるカミラを一撃で殺すような魔術はそうないが、全くないわけではない。備えておいて損はないはずだ。
逆に直接攻撃対策に物理障壁を使うというのはナンセンスだ。オリハルコンの類を使われれば障壁魔術程度紙も同然。だったら接近戦担当のエアリアやジェラルド、パーシヴァルの初動を妨げないために、あえて物理障壁は張らない方が良い。
人が投げる程度の武器や弓矢程度なら魔術で全身を強化している彼らの敵ではない。剣を持って突撃してくるなら論外だ。
元の世界に比べると、魔術が存在するせいか、科学文明の発達が緩やかなこの世界には、ミサイルや手榴弾、狙撃ライフルはおろか、拳銃すらもない。
元の世界、祖国日本にあった『紫電』という名のミサイル迎撃システムは、マッハ10近い速度のレールガンを主体に構成されていたという。
しかしこの世界の最高速度は、いまだにマッハ2弱。そこまでであれば、身体能力を魔術で徹底的に強化した俺達で十分対応できる。
「『投影』の障壁はお願いします。俺は魔術で張るんで」
「了解」
やたらと豪華な軍服のようなものに着替えさせられた俺と梅宮さんは、先んじてバルコニーに出た。
眼下には人、人、人。
何万何十万とも知れない多くの国民が、城下に集まっていた。
そんな中、俺と梅宮さんはバルコニーの角に立って、障壁を展開した。
神級魔術、『魔神壁』、発動。
1枚なんてけち臭いことは言わない。2枚、3枚、4枚と続けて魔方陣を展開し、ドーム状に不可視の壁を築く。
『魔神壁』の隙間は、梅宮さんが展開した魔力障壁が埋めていく。
魔術による障壁を破壊しても『投影』による障壁が、『投影』による障壁を破壊しても魔術による障壁が一切の魔術攻撃を阻む。
『概念投影』による障壁は、並の障壁魔術を遥かに凌ぐ強度を持ち、しかも魔力を含まないから魔抗銀によっては破られない。
障壁を張り終えると、俺は内側に向き直った。
「ふむ……」
「見事だ」
直接戦闘担当の護衛としてカミラを守る役割を担うパーシヴァルとジェラルド、エアリアが続けて現れた。
集まった国民の声はいよいよ大きくなる。
幾人かの護衛役が現れたということは、そろそろ主役も現れるということ。
カミラに期待をかける国民の声が、鼓膜を揺らしてくる。
そして、最後にバルコニーに姿を現したのは、彼らが待望した、魔魂石放棄を謳って帝位を奪った新しい皇帝、カミラだ。
身体の線を強調するピタリとした淡い黄色のドレスを纏い、飾りの入ったマント――少なくともそう見える――を羽織るカミラ。手には錫杖を持ち、斜めに赤いサッシュをかけている。
長い金髪が結い上げられてはいるが、イヤリング以外にその頭部を飾るものはない。これからその頭上に、皇帝としての冠が乗せられる。そのために敢えて装飾品はシンプルに済ませているのだろう。
薄く化粧を施した頬は薄く桃色に染まっていて、口紅によって唇の赤が強調されている。全体的に濃すぎず丁度良い、ナチュラルメイクだ。
美しく、そして、凛々しい顔立ち。
今は亡き恩人の面影が、色濃くあった。
「…………」
これで良かったのだ。そう確信した。
根拠も何もなかったけれど、ローラ夫人はきっと、この娘の晴れ姿を喜んでくれる。彼女の遺志を継ぎ、父親と敵対してまで志を通したカミラを、あの人が褒めないわけがない。
だから、これで良かったのだ。
犠牲は少なからずあった。思うようにいかないことも多々あった。だけど、『くーちゃんを守る』という第1目標と、『ローラ夫人の忘れ形見を守る』という第2目標は共に達せられた。
俺にとって、これ以上の成功があるだろうか。
カミラの登場を以て、集まった国民の歓声は『爆発』した。
ビリビリと鼓膜のみならず頬まで揺れている。
アルキドア帝国の国旗を広げる者や、拳を掲げて喜色満面の者、敬礼する者、他にも様々な行動を取る者が居る。共通しているのは、誰も彼もが笑顔を浮かべているということだ。
それだけ、この国では魔魂石の恐怖が根強く染みついていたのだろう。
「すごい……」
カミラが呟いた。
小さな呟きが俺の耳にも届くのは、このバルコニーだけ梅宮さんが音の動きを調整しているからだ。
「さあ、始めるわよ」
その一言を合図に、戴冠式が始まった。
♢♢♢
暑いどころかむしろ寒いぐらいだというのに、俺の額には汗の玉が浮かんでいた。自分では分からないが、顔も紅潮しているに違いない。
カミラの演説を全国に伝達するという役割も帯びている俺は、演説が終わるまで神級魔術『神の告知』を維持し続けなければならない。
神級魔術の中では比較的魔力消費の少ない『神の告知』ならば、俺の魔力量から逆算すると少なくとも24時間は維持できるはずだ。
にも関わらず、たかだか十分程度維持しただけで、俺は魔力を枯渇寸前まで持って行かれていた。
理由は単純。
『神の告知』の陣中に立つカミラが、望む望まざるに関わらず、魔法陣を乱し、術式を阻害しているからだ。
魔術は化学反応に似ている。あらゆる物質は活性化エネルギーと呼ばれる一定値以上のエネルギーを得て初めて反応を開始する。魔術を使う過程で最も魔力を消費するのは、発動するその瞬間だ。エンジンを始動するように、現象の発生には多量の魔力を必要とする。発動時の消費魔力に比べれば、維持の消費魔力程度誤差の範囲に収まる。
しかし、カミラが吸血鬼の能力として保有する異常な魔力耐性は、この『維持』を許さない。そのため俺は常に『神の告知』を繰り返し発動し続けることを余儀なくされている。
当然、消費する魔力は桁違いだ。
カミラが何を言っているのか、術式に集中する俺はそれさえ聞き取れていなかった。
というか、そろそろ終わってくれないと死ぬかもしれない。少なくとも気絶は免れない。
汗が一筋、落ちた。
頬を滑る液体がくすぐったくて、一瞬意識がそちらに向いた。
俺の意識に生じたその僅かな隙を突くようにして、音が聞こえた。
乾いた破裂音だ。
拍手が始まったのかと思ったが、違う。
それが先駆けの拍手だとしたら、万雷の拍手が続かないのはおかしい。
急に負荷が軽くなった。
…………術式が、阻害されない……?
集中する必要が無くなったため、感覚が復帰してきた。
目を開けると。
「……カミラ?」
カミラが、倒れていた。
黄色のドレスに、不自然な赤い染みが3つ。
口元にも、口紅以外の赤がまとわりついている。
そこまで認識して、俺はようやく状況を理解した。
「っ!! おい! カミラ!!」
遅れて絶叫が轟いた。観衆はどよめき、阿鼻叫喚の様相を呈し始めている。
傷はいずれも正面から。
魔術ではない。
ならば、何だ?
音速を捉える動体視力を獲得しているはずのエアリアやパーシヴァルが反応できないほど速く、カミラの魔力耐性をものともせず肉体に穴を穿ち、しかも再生を許さない。
乾いた音を伴う、物理的な攻撃。
俺の知識の範囲で、該当する手段はただ1つ。
「銃…………、どこだ、撃った奴はどこだ!」
「高須君、あれだ!!」
梅宮さんが指差した方を見やると、何かが上空へと上っていくところだった。
『何か』としか言いようがないのは、そこにあるのは確かなのに、うまく認識できないからだ。
間違いなく認識阻害魔術の作用だ。
「カーテナ、『破魔』を纏ってレールガンの用意!!」
『はい!』
刀剣状態のカーテナを抜刀し、空中に磁界と真空を『投影』して電気の通り道を作る。
その導電性のレールに沿ってカーテナを投げ、俺は莫大な電流を『投影』した。
回収用に『神の鎖』を柄に巻き付けておくことも忘れない。
魔術に対して絶対の効力を持つ『破魔』纏ったカーテナが突っ切った後、虚空から男が2人現れた。
見えなかったものが見えるようになっただけで、最初からそこに居たのだが。
豪奢な衣装を纏った神経質そうな細い男性と、ローブを羽織った魔術師らしき男性。
「皇太子に、トルネ……」
減速したカーテナを引き戻すと、入れ替わるように飛び出した者が居た。
エアリアとジェラルドだ。
カーテナが生んだ衝撃波でバランスを崩した上空の2人に1秒足らずで肉迫すると、エアリアは皇太子の腹を殴って気絶させ、ジェラルドはトルネをオリハルコンの翼で縛り上げた。
襲撃者はあの2人に任せておけば特に問題は出ないだろう。
ヤバいのはカミラだ。
「……クソッ、魔力が足らない!」
『神の薬』を発動するための魔力すら今の俺には残っていない。
一段下の治癒魔術をダメ元で使ってみたが、魔力耐性に妨害されて術式が全く機能しない。
回復魔術としては最高位に位置する『神の薬』を以てしてもカミラの傷を癒しきることは不可能なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
『神の薬』以上の出力を持つ回復魔術と言えば、研究狂いの変人が開発した新型の魔方陣ぐらいしかないが、ここからでは遠すぎる。
ここには空間移動魔術を使えるエリアルデ支局長もハリカさんも居ない。
俺や梅宮さんの疑似空間移動で医院に向かうにしても、距離がありすぎる。
出血が治まらない。
魔力が必要だ。
何をするにつけても、まずは失われゆく命をつなぎ留めなければ話にならない。
「魔魂石、そうか、あれなら」
「やめた方がいい」
梅宮さんは首を横に振った。
「この子が何を掲げて政権を奪ったのか、よく考えるんだ。それをしてしまえば、誰もこの子についてこなくなる」
「でも、死んだら元も子も」
「死なせはしない。魔術で救えないなら、僕の出番だ」
梅宮さんはそう言うと、カミラの傷口に掌を押し当てた。
「弾丸は魔抗銀。線状痕は無し。火薬の反応あり。…………原始的だけど、これは『銃』に間違いない」
「何でこの世界にそんなものが……」
「素地はあったはずだよ。魔術的な作用で発射するとはいえ、大砲の類は既にこの世界にもある。それよりも、高須君、気になることがある」
際限なく血を流出させようとする傷口に両手を押し当て、圧迫による止血を試みる梅宮さんを真似て、俺ももう1つの傷口に掌を押し当てた。生暖かいぬめりのある液体の感触が、最悪の想像を掻き立てる。
「この子、吸血鬼だったね。どうして回復しない? 銃創程度なら、造作もない話だろう?」
「…………傷口を固定化する術式を仕込んであったんだと思います。魔抗銀がカミラの体質を無効化して、その隙を突く形で術式を押し込む。エリアルデ支局長の時と多分同じです」
「……となると、魔術は望み薄かな」
「外科的手法だったらどうですか? 確か梅宮さん、向こうでは医者だったって」
「あれは龍族のエリアルデさんだったからできた方法だ。脆弱な人間じゃ出血を止める前に死ぬ可能性が高い。それに、傷の周囲を切開しても、この子の場合はすぐに塞がっちゃうだろうし」
「なら、もう魔魂石しか……」
「もう1個だけ、方法がある」
圧迫し続けているが、傷口からは少しずつ血が染み出してきている。
パーシヴァルが治療を行える魔術師を探しに城内に駆け込んでいったが、多分無駄だ。
『神の薬』を使える魔術師といえば、俺かジェラルドぐらいだろう。
それでも気休め程度にしかならない。
神級魔術すら上回る効力を持つ何かを、梅宮さんは持っているというのか。
「魔術と『投影』は根っこのところでは同質の技術だ。共に何らかの力を使って現実をねじ曲げ、現象を引き起こす。ただそのエネルギー源が魔力か、イメージの力か、その程度の違いしかない。魔術の方が書き換えられる事象の幅は広いけど、『投影』の方がより精密に制御できる。このことを念頭に、僕の話をよく聞いていてくれ。高須君にも手伝ってもらわなきゃいけない」
傷口を押さえる梅宮さんから、普段の飄々とした態度からは想像できない鬼気を感じた。
常にどんな場面であろうとも自らのペースを保ち続けるこの人が、ここまで必死になった場面を俺は過去に見たことがあっただろうか。
「僕は『投影』と魔術が同質の技法であることを証明するために、互いのエネルギーを互換的に使用するための術式を組んだ。これを使って『投影』と魔術を繋げる。君の役割は触媒だ。僕が渡す魔力を細かく制御して、適切な量を維持しながら魔法陣に流す。魔法陣と僕の間には術的なラインが繋がってるから、僕はその魔力を利用して大規模な『投影』を実行する。問題点は2つ。1つ目、僕が制御をミスると、『投影』が暴走して『事象の暴発』とでも言うべき現象が起こる。巻き込まれると多分死ぬ。2つ目、高須君が魔力の制御をミスっても同じようなことが起こる。君の選択に任せる。それでもやる?」
一気呵成の解説を頭で咀嚼し、思考に没入する。
魔術と『投影』が同質の技術であるという仮説は興味をそそるが、今重要なのはその技術でカミラの命をつなぎ止めらるかという1点に限られる。
『投影』は他者の肉体に作用しない。自分の身体能力を引き上げることはできても、他人の身体能力に干渉することはできない。電流を流すとか、『投影』した事象が起こした現象ならば問題なく作用するが、『投影』そのものをダイレクトに他者に作用させることはできない。
したがって、俺は『投影』によってカミラを治療しようとは欠片も思っていなかった。
そんなことが、できるのだろうか。
魔術と『投影』を繋げる等という荒唐無稽な技法が、本当に可能なのだろうか。
「梅宮さんは、成功したんですか?」
「結果的には失敗した」
「『結果的には』?」
「魔力をエネルギー源に『投影』を使用すること自体は成功した。けど、途中で制御不能に陥って、『事象の爆発』に呑まれて左腕と右脚を全部持っていかれた。『魔王』が居なかったら死んでたと思う」
技術自体は確かだが、失敗したときのリスクが大きい。
まだ完璧ではない、発展途上の技術ということだ。
ふと、カミラの顔を見た。
自信に溢れていた表情は完全に失せ、両目は閉じられ、血色も出血に伴って徐々に青くなってきている。
『神の薬』ですら、カミラにはまともに作用しなかった。
唯一カミラを救い得た手段は、今は使えない。
選択肢なんて、最初から無いも同然だ。
「やりましょう。それと、もしこれで失敗したら、俺は躊躇なく魔魂石を使います。カミラの立場は弱くなっても、死ぬよりはマシだ」
「僕の立場から公式に認める訳にはいかないんだけど……」
梅宮さんは血に濡れた手を傷口から離すと、何やらブツブツと唱え出した。
直後、梅宮さんの掌に白い魔方陣が展開された。紋様は恐ろしく高密度で、複雑な作用が幾重にも重ねられている様子を見て取れた。
この手法には魔術的な『無茶』が2つある。
1つ目は、他者の魔力は使用できないという原則を術式の力で強引に捻じ曲げていること。
2つ目は、魔術に使うべき魔力を『投影』という別の技術に応用していること。
しかし、どんなに無茶でも、リスクが大きくても、やらなければカミラが死ぬ。
ここまで来て、『2度あることは3度ある』という諺通りに、俺は3回目の失敗を喫するのか。
冗談じゃない。
『3度目の正直』という諺を、俺は現実にしたい。
親も、兄弟も、友達も、何もかもを奪われた俺を掬い上げてくれた人への恩すら返せないようなクズに、子供を導き教育する権利なんかあるはずがない。
神に誓って、『龍神の御子』たるタカス・クリスに誓って、カミラを救おう。
俺は梅宮さんの魔方陣に、手を重ねた。
遅くなりました。理由は受験です。
予約投稿ですので、これが投稿されている頃、私は2次試験の会場に居ます。
この2日間が終わってしまえば、一気呵成にこちらの『叛逆の皇女』編も決着を付けられると思います。
1つ報告を。
友人Tから助言を受けまして、感想受付をユーザーのみに限ることにしました。
彼曰く、「無制限に感想を受け付けていては、わざわざログアウトしてから攻撃的な感想を書き込むといった選択肢が生じ、不必要な攻撃や批判に曝されることになりかねない」とのことでした。
基本的には私は批判であろうと好意的であろうと、感想は感想として受け止めます。どんな感想でも1つの意見として尊重すべきだと思います。ですので、感想を制限することには否定的です。今のところこの作品の感想欄にはTが言うような不必要な攻撃性を孕む感想は無いように見受けられますし。
ですが、彼の言う事も一理あると思いますので、予防もかねて、今回は彼の提言を呑むことにしました。
そういう訳で、本作は今後小説家になろうのユーザー様からのみ感想を受け付けます。




