叛逆の皇女-25
「ハルト、もう1度頭宮廷魔術師になるつもりはない? 生活、あんまし楽じゃないんでしょ?」
などとクソガキ改め新皇帝カミラ1世が俺に打診してきたが、俺は固辞した。
くーちゃんとの生活の場は既にリアナ公国内にあるし、宮廷魔術師に比べると給料は遥かに劣るものの、ギルドという公務員的安定職も手にしている。今更元鞘に戻る必要はない。
わざわざ面倒くさい宮廷に入りたくないというのが本音だが。権力闘争なんざまっぴらだ。
テンペスタさんは隠居中ということで帝国公式の表彰やら勲章やらを全て拒否していたが、俺はこちらは拒否しなかった。
名誉なんてどうでもいい。
問題は、それぞれの賞に付いている報奨金の類の方だ。
「俗……」と剣風情に苦言を呈された。
「結局は金なのね、ハルトもすっかり小市民になっちゃって~」と新皇帝に爆笑された。
「高須君、お金に困ってるなら、僕が貸してあげようか?」と同郷の恩人に心配された。
「…………俺は笑わん」と仏頂面で吐き捨てたのは、俺同様位や役職は固辞しつつも勲章及び表彰(報奨金付き)は受け取ることにした『魔神』様だ。
ジェラルドがどういう経緯でカミラに協力していたのかと言えば、事の顛末は半年ほど前の俺の暗殺指令から始まるらしい。本人があまり詳しくは語らなかったので俺の予想を交えつつまとめるならば、養女のハリカさんを助けたり諜報部から外すために色々とやりすぎた結果職を失い、放たれた刺客を全員残らず返り討ちにしている過程で指名手配までされてギルドを利用してお金を稼ぐという緊急手段すら取れなくなったため、止む無く傭兵業に身をやつすことにしたということらしい。そんなジェラルドにカミラが接触して、今回のクーデターに参加することになった、と。
単純に言えば、金が無いのだ。
『魔神』なのに、オリハルコンを自在に操る独自の魔術体系を開発した天才なのに、娘のために頑張りすぎた結果色々と残念なことになってしまったジェラルドを見て、俺は言いようのない虚しさと同情を覚えた。
特に、娘かわいさについつい色々とやりすぎてしまう感覚は良く分かる。
明日は我が身。
人のことをとやかく言っていられるような立場じゃない。
エアリアだけは、官職を受諾した。
『侍女武官』
それが今日からのエアリアの立場だ。
皇女相手に一切物怖じすることも媚びることもなく立ち向かったその根性を買われたらしい。
カミラがまだ子供頃は、男性が世話役を務めていても特段問題は出なかった。着替えや風呂の時だけ宮廷の女官が面倒を見れば良かったので、カミラの世話役は俺とパーシヴァルが務めていた。
しかし俺は国を半ば追放されるように去り、カミラが吸血鬼として捕えられたのと時期を同じくして、ローラ夫人に近い人間は処刑されるか宮殿から追放され、カミラの面倒を見ていた人間は居なくなってしまった。
宮殿内にはどうせ勝手知ったるかつての世話役は居ないし、男性の世話役ではそろそろ不都合が出てくる年頃にカミラも達したので、今回エアリアを侍女武官に取り立てたのだそうだ。
俺はそんな裏話よりも、ついさっき自分を戦闘不能の重傷にまで追い込んだ元敵を1日経たないうちに最も近い立場にまで引き込んでしまうカミラのやり方の方に驚いたが。
元来バカ、もとい、思い切りの良い方なので、戦闘を通じて見込んだエアリアを引き込むことに抵抗を覚えなかったのかもしれない。
殴り合いの末に『強敵』と書いて『とも』と読む関係になる系の展開が現実に存在するとは終ぞ知らなかった24歳の俺だ。
死闘から十数時間、今は正午を少し回った頃だろうか。
近隣の都市からも集まった大勢の人々が帝都を埋め尽くしていた。
急な話だが、これよりカミラ1世の戴冠式を始めるそうだ。権力を掌握してまだ間もないカミラは、とにかくたくさんの儀式をこなし、人事や政策を決定して、体制を盤石なものとするという仕事がある。
こちらに関して俺はノータッチで、梅宮さんがサポートに当たる。
帝位奪取の興奮冷めやらぬカミラの配下や、慌ただしく動く貴族達から離れ、俺は梅宮さんと共に闘いの爪痕が色濃く残る玉座の間で束の間の休憩を取っていた。
「……これで良かったんですかね」
「さあ、どうだろう。外の大騒ぎを見る限り、前の皇帝よりは好意的に取られてるみたいだけど、こればっかりは治世がうまくいくかどうかにかかってるからね。良かったかどうかは、後年の歴史家の判断を待たないとね。高須君は後悔しているのかい?」
「いえ、そういうわけじゃ……。ただ、正直どうもしっくり来ない部分はあります」
「ライオネルの処遇の事とか?」
「それもその1つです」
ライオネルと皇帝に関しては、当初は魔魂石製造の責任で公開処刑にかける予定でいた。しかし、ライオネルの減刑を申し出る者が数多く現れたのだ。
彼らの主張は概してこうだ。
『ライオネル閣下は確かに道を誤ったかもしれませんが、帝国の先行きを誰よりも案じ、常に帝国の繁栄につながる研究に心血を注いでいらっしゃいました。どうか、閣下に御慈悲を』
敗戦した兵士や魔術師たちが、丸腰でカミラに陳情したのだ。
殺されたっておかしくない行動だということは、彼らにも分かっていたはずだ。それでもこうして、彼らはライオネルの減刑を嘆願してきた。
梅宮さん曰く、政治的にはここは情を排して敵性を徹底的に始末するべき局面だそうだ。しかし、ライオネルの研究が帝国の軍事力を格段に引き上げたことは事実であり、さらに国内、特に軍を中心にライオネルの減刑を願う声が多かったことから、ここでライオネルを処刑するのは基盤作りに逆効果であると判断された。結果ライオネルは通常裁判にかけられることと相成った。
この国の法律では、ライオネルが行ったことはあくまでも『研究』であり、殺人の実行者は皇帝とされる。よってライオネルの罪は、邪法研究の罪に限られる。罰は『公職追放』と『身体への監視印刻印』となるだろう。監視印とは被刻印者の魔力の動きを常に監視し、その所在と不審な魔力の動きを逐一伝送するものだ。
この決定を下した張本人はカミラだ。復讐よりも皇帝として相応しい振る舞いを選択するようになったということは、俺達の言葉はカミラに届いたということだろう。それ自体は喜ばしいことだが、俺はどうも物事を一面的に見ていたような気がして、自分の行動が本当に正しかったのか、そうするべきだったのか、俺は不安になった。
「少なくともこのクーデターが大勢の命を守り、くーちゃんの身の安全を確保したことは間違いない。だから、まあ、現時点では概ね大成功と呼べるんじゃないかな」
「……そうですね。そう思うことにします」
城内にまで響く帝都の喧噪に耳を傾けつつ、俺は玉座の間を後にした。
一般的な戴冠式がどういうものなのか、民主主義の国に生まれた俺には分からないが、カミラの希望で今回の戴冠式は衆目の下行われることになったという。
当然、前皇帝の支持者や一部のクズがカミラの命を狙って行動を起こしかねないので、常時よりも警備を強化しなければならない。その警備の要が俺と梅宮さんだ。
盛装に着替えたカミラと共に行進やらパレードやら、予定がきっつきつに詰まっていて、まだまだ帰れそうにない。大家のババアに預けてきたくーちゃんのことが気がかりで心配でならないが、流石にこちらを放り出して帰るわけにもいかない。
本当に、世話の焼けるお姫様だ。何年経っても人に迷惑ばかりかけやがる。
それもこれでおしまいだと思うと清々しい気分になるが、同時にどこか寂しいような気もした。
子供の独り立ちを見送る親の気持ちというのは、こんなものなのかもしれない。




