叛逆の皇女-24
近衛騎士団の息のある者には万全の治療を施した上で、抵抗できないよう両手両足を縛って転がしておいた。
カミラの味方の兵士たちは、現在体力の回復に努めている。カミラの部下の優秀な魔術師達が様々な魔術をかけて騎士達の肉体をサポートしている。五感の処理速度や感度を魔力で引き上げる感覚補助系の魔術や、膂力を増強する肉体補助系の魔術を複数組み合わせて、それぞれに最適な塩梅で魔術的ドーピングを施している様子だ。
スポーツトレーナーさながらの調整は、見事の一言に尽きる。
瞬く間に戦意と戦力を取り戻していく偉丈夫や捕虜となった者達の他に、そのどちらでもない者達もいる。いや、俺の元居た世界の法律に準拠した言い方をするのならば、『在る』。すなわち、玉座の間の片隅で、胸の前で両手を合わせて、もう2度と目を覚ますことのない者達だ。
11。
それが、このクーデターで帰らぬ者となった、戦死者の数だ。
既に怪我人と死者の残酷な線引きは終え、更に重傷者の治療も終え、俺は軽傷者の治療に入っている。
俺は気絶したカミラの治療を担当していた。
決して軽傷と言えるような状態ではないのだが、丈夫さにかけては龍族すら上回る吸血鬼ということで後回しにしていた。
「おい、クソガキ、起きろ」
気絶したままのカミラの肩を揺すったが、一向に目を覚まさない。頑強な肉体と驚異的な再生能力を備える吸血鬼という体質を持つカミラ。目を覚まさないというだけでそこそこの異常事態だ。
俺は目を瞑り、大きく息を吸い、吐く。
落ち着こう。今、一瞬湧いた怒りは、とりあえず鎮めよう。
――――正直どこまで人の手を煩わせたら気が済むんだと小言の1つでもくれてやりたい気分だったが、抑えよう。
俺のローブを引っ張ったり、読書中に爆竹のような大きな音の鳴る市井のオモチャで俺を驚かしてきたり、暇さえあれば俺にイタズラをしかけてきたこのクソガキも、今や立派に成長して、優美な容姿と共に皇族の雰囲気まで纏うに至った。
とっくに成人を迎え、今や1児の父とも言える俺が、こんなクソガキ相手に苛立ちを覚えるというのは何とも大人げない。
正直嫌なんだが、いや、ものすごく嫌なんだが、しかし今取り得る手段の中では、効果的な方法はただ1つだと思われた。
即ち、血液の補給だ。
「……カーテナ、縮んでくれるか」
『了解しました』
カーテナは瞬く間に刀からナイフ程度にまで小さくなった。
俺はパーシヴァルのように思い切りの良い方ではない。だから、こういうのは勢いが大切だ。
俺は左の袖を捲り、太い血管が通っているあたりにカーテナを当てた。
『ちょっと、主様!?』
「すまん、我慢してくれ」
意を決して、カーテナを引いた。
「っ痛ってぇぇぇ!!」
情けない悲鳴を上げつつ、俺は流れ出した血をダイレクトにカミラの口に注ぎ込んだ。
吸血鬼の圧倒的な力は、血液を媒介として他者の魔力を自らの物とすることによって発揮される。
ならば、『龍王』すら上回るバカみたいな魔力の持ち主である俺の血を与えたらどうなるか。
効果はすぐに現れた。
「ぅ……」
小さく呻くような声を発し、カミラは薄く目を開けた。
同時に、額の青痣――そう言えばエアリアも額を摩っていた――が消滅し、全身の擦過傷が消えていく。
少し前にはパーシヴァルの血で治療され、今度は俺の手で治療される。
かつて宮廷に居た頃、駆けまわっては転び、生傷の絶えないカミラの治療は俺とパーシヴァルの担当だった。どちらか近くに居た方が怪我をしたカミラを看る。そのためにパーシヴァルは本来適性の無い回復魔術を独学と根性で習得していた。
まるで、昔に戻ったみたいだ。
治療法は文字通り血なまぐさいことになっているし、色々と大規模になってはいるが、転んで怪我して皆で治して、という部分は何も変わっていない。
『神の薬』を発動して腕の傷を治すと、カミラをそっと床に横たえた。
「……ハルト……」
「ライオネルは諦めろ。アイツを裁くのはお前じゃない。お前のご先祖様が定めたこの国の法律だ。法律で裁けないなら、特別立法でも何でもして、その罪を公式に罰すればいい」
「どうして……そこまで……」
「…………ローラ夫人は、お前が復讐のために手を汚すことを良しとするような人か?」
あの人は、絶対にそんなことを望まない。
美しく、賢く、穏やかな夫人は何よりも娘のために動く人だった。
権謀術数蠢く宮廷の中にあって、彼女は自身の権力を進んで強化することはせず、かといって付け込まれるような愚は犯さず、ただ自らに敵対する者から娘を守るために動いていた。
『私、政治は嫌いなのよ。あの娘と生活できるなら、私は辺境の開拓民でも何でも構わないわ』
そんなことを公言するような人だった。
俺というどこの馬の骨とも分からない奴を宮廷魔術師に取り立て、自由に学ぶ環境を整えてくれたのは、多分政治に染まらない魔術師を確保するためだったのだろう。
宮廷魔術師には政治的影響力を持つ者も多い。誰かに与すれば誰かが敵となる。
だが、嫌いという割にはびっくりするほど高い政治力を振るい、娘を守り続けたローラ夫人はもう居ない。
ならば俺が、道を誤ろうとするカミラを止めよう。
ローラ夫人が哀しむような真似は、断固として阻止しよう。
そんな風に考えるのは、おかしなことなのだろうか。
「ま、ここは大人の言う通りにしときな。じきに梅宮さんが皇帝を捕える。その後は適当に詔勅を出すなり命令を下すなり、好きにやってくれ。くーちゃんの脅威が取り除けるなら他のことはどうだっていい」
「…………」
カミラは黙って立ち上がり、スタスタとパーシヴァルの方へ歩み去って行った。俺の言わんとするところは、無事彼女に通じただろうか。
まるでカミラと話し終わるのを見計らったかのように、ヴン、と魔力が励起する感触が懐に生じた。
連絡用にと用意しておいた伝達魔術の魔方陣を刻み込んだカードだ。音声を互いにやり取りするだけの、ほとんど電話みたいな魔術だが、陣が非常にコンパクトなので使い勝手が良い。
表面に魔方陣が浮かび上がったカードを耳元に充てると、ノイズ混じりの男声が聞こえてきた。
『高須君、そっちは終わったかい?』
「ええ。主犯格の筆頭宮廷魔術師を捕えました。城内は既に制圧済みで、魔魂石も無力化してあります」
『上々。こちらも皇帝を捕えた。国を捨てて西の方へと亡命するつもりだったみたいだけど、アスカのお蔭で未然に防げたよ』
「じゃあ、最後の処理に入りましょうか。『神の告知』の用意をします。すぐに戻ってきてもらえますか」
『そうしたいところなんだけど、まだ僕の方はやる事が残っててね。皇太子の行方が分からないんだ。皇帝と別行動していた馬車を襲ってみたら、不穏な気配を感じて疎開中の上級貴族だった。そっちに皇太子は居なかったかい?』
「幼い次男坊なら居ましたけど、皇太子は居ませんでした」
『ふむ。まあ、最悪取り逃がしても構わないんだが、不穏分子はできるだけ少ない方がいいよね。もう少し探したらそっちに戻るよ』
「分かりました」
魔方陣が光を失い、終話を示した。
皇太子が行方不明。
梅宮さんが言うとおり、最悪取り逃がしてもこの政変に大きな影響はないが、一応正式な帝位継承権を持つ人間だ。他国に亡命されて担がれて、適当な戦争の口実になりかねない。殺しはしないが記憶を奪うぐらいの処置はして、市井に放り込むというのが梅宮さんと定めた当初の方針だった。
重要度としてはライオネルにすら劣る皇太子だが、俺は梅宮さんの報告を受けて、どういう訳か胸騒ぎを覚えた。
何かを見落としているような、小骨が喉に引っ掛かったような、気持ちの悪さがある。
しかし城内にその姿がなかった以上、現状手出しをすることはできない。帝都全域を探すには圧倒的に人手が不足している。
そろそろ帝国全域を抑えている反乱軍の方も気になる。少数が多数を抑えているという構図が全国的に成立しているわけで、彼らの命綱はカミラだ。カミラが帝位を奪い、その権力を以て全国に号令を発して初めて反乱軍は官軍となる。そうならなければ、遅かれ早かれ鎮圧される賊軍に過ぎない。
帝国全域へ、レガノア3世廃位とカミラ1世即位の布告を早々に執り行う必要がある。
齣は、少々欠けがあるとはいえ、揃った。
さあ、最後の仕上げだ。
♢♢♢
城における戦闘から、およそ4時間後、残党狩りと城の完全制圧を成し遂げ、俺は神級魔術『神の布告』を用いて、帝国全域にカミラの演説を届けた。
これでクーデターは成った。
俺個人も2度に渡る失敗を経て、3度目の正直と相成ったわけだ。
魔魂石は破棄され、国家元首にカミラを戴いてこの国は生まれ変わる。帝位奪取協力の見返りとして、くーちゃんや俺に対する捕獲命令や殺害命令を撤回してもらうこともできたし、俺にとってはこれ以上のない成功だ。
しかし、もやもやとした不安のような、微妙な気持ち悪さは結局最後まで消えてなくならなかった。
また風邪ひきましたorz。
何もできないので、布団の中執筆と単語帳を交互に繰り返しています。区切りがつくまで一気に駆け抜けられるかもしれません。
あと3話か4話で叛逆の皇女編は終了となります。最後まで御付き合いくださいませ。




