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叛逆の皇女-21

「こいつで最後だな」


 ジェラルドは首をつかんで吊り上げていた魔術師を無造作に放り投げた。


 誰も彼もが返り血を浴び、息を切らしているというのに、1人だけ平静を保ち、衣服も綺麗なままだ。

 その手際は、味方のはずの私が恐怖を覚える程のものだった。


 そうでなくてはならない。


 『トール』を破壊し、魔術師を一方的に屠る戦闘力。これがなければ、魔魂石とそれをエネルギー源とした数々の兵器を持つ国相手に喧嘩を売ることはできない。


「パーシヴァル、味方の損害は」

「前線で戦っていた騎士から3名、死者が出ております」

「……そう」


 出来る限り死者を出さないようにしてきたが、それもどうやら限界のようだ。

 魔魂石はやはり強力だ。ジェラルドが居なければ、今頃全滅していた可能性がある。そうならなかっただけ、今のこの状況はマシなのかもしれない。


「先を急ぎましょう。宮廷軍の8割方は既に壊滅させましたが、肝心要のライオネルと近衛騎士がまだ残っております。あの奸佞邪知の徒に、備える時間を与えるのは危険です」


 過去歴代の筆頭宮廷魔術師の中で、最強は前代の『神殺し』ことタカス・ハルトだが、最悪は間違いなく今代のライオネルだ。魔魂石の基礎理論を開発し、あろうことかそれを自国民を犠牲に実用化しようと皇帝を唆した、首謀者とも言える男、それがライオネルだ。


 私の計画は皇帝と皇太子、つまり私の父親と兄に加えて、ライオネルを殺すことで成る。

 皇太子を殺し損ねることはまだ許容できるが、皇帝とライオネルだけは確実に息の根を止めなければならない。この国に根を張った邪悪の根源を断ち切らなければ、この国に先は無い。


 だから、私は非情になる。

 ここから先、犠牲者は数を増していくだろう。それでも、先に進む。そうする義務が、私にはある。


 私のすぐそばで、1人の騎士が横たわっている。血をかけたが、彼は息を吹き返さなかった。つまりそれは、もうどうしようもなく、死んでしまっているということ。心臓が止まるだけに留まらず、完全に死の領域に足を踏み入れてしまったということ。

 その傍らを、離れる。


「行きましょう、姫」

「ええ」


 共に治療に当たっていた魔術師と共に、その場を後にする。


 これが戦争だ。

 これが殺し合いだ。


♢♢♢


 螺旋状に延びる回廊を抜けると、魔術によって昼間のように照らされる玉座の間に出る。

 ジェラルドを先頭に玉座の間に突入した私たちだったが、そこに皇帝の姿は無く、代わりにライオネルが居た。

 玉座の両サイドからは緊急時用の脱出路が伸びているから、皇帝は大方そこから逃げ出したのだろう。それでも問題は無い。帝都はそろそろ各都市の反乱軍に包囲されている頃だ。寝返った宮廷魔術師、テオドールが仕掛けたサーチ術式もある。逃げられはしない。


 まずは、ライオネルを殺す。


 短剣を核にサーベルを形成。肉体強化と知覚加速を実行。

 戦端を開く準備は整った。


「お元気そうで何よりです、姫」

「お陰様でね」


 一度殺されかけたことに対する当てこすりだ。

 もっとも、その程度の皮肉など容易く受け流されるだけだが。


「早速ですが、本題に入りましょう。取引をしませんか?」

「取引……?」

「我々は魔魂石を放棄し、あなたを次の皇位継承者とする。代わりにあなたはここで全軍を引き上げ、クーデターを即時停止する。どうでしょう。お互い悪い条件ではないと思うのですが」


 一考する価値すらない。

 思わず鼻で笑ってしまった。


「論外だ。貴様らは過去タカス・ハルトによって示された温情と譲歩を、平気な顔で踏みにじった。そんな奴らの言葉を、よりにもよってこの私が、今更信じるとでも思ってるのか?」


 賭けてもいい。こいつらは確実に約束を反故にする。

 我が身かわいさに逃げの一手を打とうとしているだけに過ぎない。逆説的にそれは、このクーデターが彼らにとってはそれだけ危険であることを意味している。尚更取引など論外だ。


 ライオネルは薄く笑うと、妙に朗らかな声音で言う。


「そう言うと思ってました。ですので、やはりここは」


 ライオネルが両腕を広げる。

 それに合わせて、突如虚空から滲み出るようにして、プレートアーマーと革を組み合わせて鎧に身を包む男達が現れた。遅れて、黒いローブを纏う魔術師の一団も現れる。

 近衛騎士に、宮廷魔術師。しかも、かなりの手練ればかりを選抜した精鋭達だ。


「尋常に戦争と行きましょう」


 近衛騎士共が私たち側と同じ軽装鎧を纏っているのは、こちらのスピードと手数に対応するためか。

 忌々しいが、知略で筆頭の座を手に入れただけのことはある。早くもアルキドア軍に対応した私達に、対応してきている。


 私はサーベルを握る腕に力を込めた。


「かかれ!」


 号令を下し、先端を開く。


 吸血鬼の身体能力を更に魔力で底上げし、空気抵抗がゼリーのように感じられる速度域に達した私は、ライオネルの肩口を狙って、サーベルを振り下ろす。


「っ!!」


 しかし、サーベルはライオネルに届かない。

 この速度に反応して近衛騎士の1人が、ライオネルと私の間に割って入ってきた。

 騎士の剣と私のサーベルが接触し、火花を散らして互いに弾かれる。


 その隙を狙って他の近衛騎士達が二方から剣を振り下ろして来たが、こちらはパーシヴァルとジェラルドがそれぞれ弾き飛ばした。


「突っ込むな。死ぬぞ」


 ジェラルドの忠告は聞こえてはいたが、耳を貸す気はなかった。

 弾かれたサーベルを力付くで再び振り下ろす。

 近衛騎士も凄腕には違いないが、所詮はただの人間。性差以前の問題として根本的に膂力が違う。

 彼我の力の差を聡く認識した騎士は剣を単純に交錯させての防御を諦め、剣を寝かせて左手を刀身に添え、私のサーベルに合わせてきた。

 互いの武器がぶつかり、1度は離れたが、私は力任せに跳ね返るサーベルを押さえつけ、騎士の剣と接触させた。

 こうなれば、後は武器の頑丈さと膂力の差がモノを言う。

 騎士の剣は単なる鉄で、私のサーベルは硬質化した魔力そのもの。

 吸血鬼である私の方が膂力は上。


 バキン、と硬質な音が鳴る。


「グォッ」


 騎士の剣を力任せに割り砕いた私のサーベルは、そのまま騎士の肩を直撃し、魔抗銀すらも膂力で断ち割りながら騎士の身体を斬った。

 傷から血を吹き、仰け反る騎士。

 致命傷には至らないが、武器は破壊したし、戦闘不能に追い込むには十分過ぎる手傷を与えた。

 具現魔術で作った刀身も魔抗銀との接触でほとんど崩れかけていたが、新たに魔力を通して修復した。


 と、その時。

 思いもよらぬ方向から、一条の光線が飛来した。

 

 炎を圧縮したかのように赤い筋を空間に刻む光線は、私の左肩を貫き、さらに膨大な熱で肉を焼いた。

 瞬間的な加熱により肩の中で小さな爆発が起こり、光線の直径以上の穴を私に穿った。


「アアア゛ア゛ァァァァァァ!!」


 文字通り爆発するような痛みに耐えるため、私は叫び声を上げた。

 いくら傷が治るといっても、痛みは人間並みにあるのだ。あまりの苦痛に全身に脂汗が滲み、視界が色とりどりに揺れた。

 しかし痛みは長くは続かない。穿たれた穴を内側から埋めるように私の肉が蠢き、傷口を塞ごうとする。


「姫!!」


 パーシヴァルが叫ぶが、目の前の敵と打ち合うのに精一杯だ。

 

 腕が落ちなかっただけでも僥倖だ。吸血鬼の力を以てしても、腕の再生には時間がかかる。


 私は痛みと共に、沸々と煮えたぎる怒りを感じていた。

 私は近衛騎士の1人と相対していた。赤い光線は私の肩を正面から貫いた。


 つまり、赤い光線は騎士の肉体を貫いてから、私の身体に突き刺さったということだ。


「ライオネル、貴様っ!!」


 肩どころか肺を丸ごとやられた近衛騎士は、傷口と口の両方から血を噴きながら、崩れ落ちた。幸いだったのは、貫かれたのが身体の右側だったということか。出血量から見て、心臓は破れていないらしい。

 ただ、それだけだ。いずれ死ぬことに変わりはない。


 倒れた騎士の背後に居たのは、筆頭宮廷魔術師ライオネル。首には赤い石をあしらった趣味の悪い首飾りを垂らしている。その石の1つ1つが、魔魂石だ。

 既に私と騎士の身体を貫いた魔術の陣は消え、新たな魔方陣が出現している。


 直後放たれたのは、雷撃。

 いくら五感を加速していても、電気を避けることは適わない。

 雷撃だと認識したときには既に私の身体を電流が通り抜けていた。


 全身が激しく痙攣し、全身の筋肉という筋肉が同時に引きつった。電流が通ると同時に身体の内側が焼け、信じがたい苦痛が全身を貫いたところで、私の意識は遠のいていった。


 しかし、吸血鬼の回復力が気絶を許さない。寸でのところで急激に覚醒していく。

 私の肉体そのものが備える高い魔力耐性が雷撃魔術を弱めてダメージを軽減し、その残りカスのようなダメージは回復力が全てリカバリーしていく。


 こうも連続して魔力を消費させられては、いずれ限界が来る。

 ライオネルは多分、そうとわかっていて攻撃してきている。

 

 初撃を命中させて隙を作り、その隙を最大限利用して魔術攻撃で畳みかける。血を飲む余裕を与えないことで、私を削りきろうとしているのだ。

 そのために部下を使い捨てにした辺りが、いかにも下種くさい。


 しかし、有効であることは認めざるを得ない。私の体質を研究し、魔魂石にまで昇華させただけのことはある。


 倦怠感に包まれた肉体に魔力を通し、神級魔術『神壁』を展開して防御を固めた私は、サーベルを構えて全速力で突進した。

 卓越した魔術師相手に正面突破をかけるというのは本来避けるべきことだが、しかし今はライオネルに僅かな余裕も与えるべきではない。


「フッ」


 呼気と共に刃を振り下ろす。

 対するライオネルは、何かを私に放り投げてきた。


 直後、視界が真っ赤に塗りつぶされた。『神壁』が粉々に砕け散る。

 全身が奇妙な程軽くなり、数秒その状態が続いたかと思えば、突然背中に衝撃を感じた。

 吹き飛ばされた、ということに気付いたのは、回復した視界に天井が映ったときだった。


 慌てて体を起こしたところで、またしても赤い光線が私の脇腹を貫いた。口から血が零れ、私は倒れた。

 それでも上体を起こしたのは、意地だ。


 辺りは酷い有様だった。

 パーシヴァルを始めとして数人の騎士はジェラルドの守備が間に合ったようで、私のすぐ近くに転がっていた。しかし何らかの起爆の直撃を避けられただけだったようで、吹き飛ばされた衝撃で動けない様子だった。

 ジェラルドはさながらブロンズ像のように全身を金属化していたが、全体的に不自然に変形しており、血こそ流れていないものの重傷だということはすぐにわかった。


 後の者は、敵も味方も血溜りに沈んでいる。生きているのか死んでいるのか、見分けがつかないが、死の周辺に立っていることだけは確かだった。


 そんな暴虐の嵐の中央に、ライオネルは立っていた。口元に微笑を浮かべながら。


「『礼服の騎士』、『魔神』、『叛逆の皇女』が揃いも揃ってこの程度だとは、ね」


 そう言って嘲るライオネルの首元から、魔魂石が1つ消えていた。歯抜けのように不自然に1つ分スペースが空いている。


 それで、察しはついた。

 この攻撃は、恐らく魔魂石のうちに秘められた魔力を解放したものだ。

 

 それはつまり、数十人の国民の身体に爆薬を巻きつけて、敵陣のど真ん中で炸裂させるような攻撃だ。この一撃に、一体の何人分の命が『消費』されたのか、考えたくもない。


「魔力というのものは実に面白い。種々の現象を引き起こす起点に使うこともできるし、このように結晶化した魔力は、また別の性質を帯びる」


 ライオネルは語る。


「カミラ様、この魔魂石があれば、帝国は安泰です。軍事力は飛躍的に増大し、帝国を脅かす外敵を屠ることも容易い。少々の命と引き換えにして、国という多数の命を守ろうとすることは、そんなに悪い事なのでしょうか」


 私はサーベルを杖代わりにして、震える足腰に鞭打って立ち上がる。


「貴様は、そうやって犠牲になった者達1人1人に、大切な人が居る事を、想像できるか?」

「いいえ。見ず知らずの他人の人生など私には与り知らぬことです。それに、そんなことは気にする必要すらないのですよ。魔魂石の製造に際しては、出来る限り哀しみを生まないよう配慮しています。そうしなければ、暴動が起きますからね。まあ、結局起きちゃいましたけど」

「……何を言ってる」

「『原材料』に家族全員を使ってしまえば、誰も悲しむ人間は居ないでしょう?」


 一瞬、耳が狂ったのかと思った。


「婚約者が居る者は婚約者とその家族も一緒に、子供が居る者は子供も。そうすることで、帝国に対して強い恨みを持つ者の発生を予防するのが目的です」


 怒りが、憎悪が、湧き上がる。


「貴様は……貴様は……そうやって、無辜の民を殺してきたのか」

「必要な犠牲でしょう。それに、一石二鳥じゃないですか。余計な抵抗も省けるし、まとまった数の原材料も手に入る」

「本気で言ってるのか?」

「もちろん、全て本気です。目先の事に囚われるより、常に大局的見地でモノを見ることが国政の肝です。そういう観点で見れば、彼らの犠牲は後の帝国の繁栄を約束し、死ぬ必要のなかった国民の命を助けることになる。100の死より10の死の方がマシ。徒弟でも分かる単純な大きさ比べですよ」


 出来そこないの学生に諭す教師のように、ライオネルは語る。下らない戯言を吐き出す。


 私はサーベルを構え、戦闘準備をする。ライオネルの長広舌は、私の肉体を完全に修復するのに十分な時間を与えてくれた。


「カミラ様、これが最後の機会です。投降してください。あなたを殺せば角が立つので、できれば殺したくはありません。投降してあなたが一言手勢の方々に声をかけさえすれば、この下らない内戦がすぐにでも終了するでしょう。そうして頂けるならば、決してあなたを悪いようにはしません」

「ついさっきも言ったな、ライオネル。私の答えは変わらない」


 ほとんど尽きかけたなけなしの魔力を全身に渡し、身体能力を強化する。

 味方も敵も等しく巻き込んだライオネルの攻撃により、1対1の状況が生じている。ここでライオネルを殺せば、この場は切り抜けられる。


 私はライオネルの問いに対し、答えを発した。


「論外だ」


 ライオネルは心底見下すような冷たい目線を私に向けてきた。


「残念です。では、もう結構」


 五感の限りを尽くし、ライオネルの一挙一投足を観察する。

 ともかく魔術の兆候を見極め、避け、最後の一撃を叩き込む。


 しかし、直後に放たれたのは、そんな私の決意すら打ち砕く、圧倒的な『炎』だった。

 意思を持つように広がる、不自然極まりないその紫色を帯びた炎は、『滅犠怒』。またの名を、神級魔術『神の火』。

 ライオネルは1点特化型の魔術を使用してくるという、考えてみれば何の根拠もない推測をして、後手に回ってしまった自分に腹が立つ。

 しかし、それも意味のないことだった。


 炎は部屋の全てを呑みこむように広がりを見せる。どこにも逃げ場は無いように思われる。


 お母さん、ごめん。


 ジリジリと皮膚を焼く熱気の前に、私はポツリと心の中で呟いた。

大幅に書き直しました。

付けたすのも面倒でしたので、再投稿という形を取らせていただきます。


ついでに1つ、お願いを。

叛逆の皇女21というナンバリングの今話ですが、『○で囲った21』という記号は表示されない環境があるのではないかと友人に指摘されました。

もしそのような方がいらっしゃいましたら感想欄でもメッセージでも何でもいいので、ご連絡頂ければ対応します。

『○数字』(例:⑤)という記号を気に入っているので、もしそのような不具合が無ければそのまま継続して使用していきます。


追記

やはりナンバリングが表示されない環境があると分かりましたので、数字を置き換えることにします。

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