くーちゃんとの生活-08
「王子様はいいました。『まっていてください。ぼくの王女さま。かならずむかえにきますから』――――」
大家との戦闘の傷を癒した俺は、くーちゃんと本を読んでいた。
最初は俺がくーちゃんに読み聞かせていたのだが、途中から『くーちゃんも読みたい』と言いだし、今では語り手の座を譲っている。
「王女さまは王子さまの手をにぎると――――」
ああ、カワユス。まじ天使。
世界にこれほど可愛い存在が居るだろうかいや居ない。(断言)
「――――王子さまと王女さまはしあわせにくらしました。おしまい」
「面白かったよ、くーちゃん。良くできました」
俺はくーちゃんの上質な布すら及ばない流れるような手触りの髪をかき回すように撫でた。
ついでに角を触診。
おお、0.08ミリ伸びてる。
「きゃは、くすぐったい」
「くーちゃん、角大きくなってきたね」
「ハルも角生えるの?」
「ハルは、多分生えないな」
一瞬それっぽい角を『投影』してみようかと考えたが、やめにした。俺は人間、くーちゃんは龍族。種族の違いをいつかくーちゃんも認識しなければいけない。その妨げになるようなことはすべきでない。
「くーちゃんもテンペスタのおじちゃんみたいな角生えるの?」
「はは、どうかな。テンペスタのおじちゃんよりはもっとかわいいのが生えてくるんじゃないかな」
テンペスタさんみたいな角。あの触ったら怪我しそうな角はオスの龍族に特有のものだ。
恐らくくーちゃんに生えるのは、もっと丸みを帯びた角だろう。
いやでも、くーちゃんの特殊性を考えると……。
「テンペスタおじちゃんのところで、くーちゃんは何をしたのかな? 春に教えてよ」
「んーとねー……。高い高いしてもらった!」
「高い高い?」
「テンペスタおじちゃんの背中からおっきな羽が生えてね、くーちゃんを肩車してお空飛んでくれたの!」
龍族だなぁ……。真似できないや。
「お空飛ぶの、怖くなかった?」
「恐くなかった! あとね、くーちゃんもがんばったら羽生えたの!」
「はは、えらいなあくーちゃん。お空飛んでも怖く……え?」
くーちゃんに、羽が生えた?
「くーちゃん、羽出せるの?」
「うん。おじちゃんがね、くーちゃんもいつかできるようになるっていうから、やってみたらできたの。ほら」
くーちゃんの背中から、一対の真っ白な翼が現れた。
俺は開いた口がふさがらなかった。多分、くーちゃんが翼を出したところを実際に見たであろうテンペスタさんも、俺と同じことを思っただろう。
一般的に龍族の赤ん坊は成長が早く、生後半年ぐらいで人間でいう小学生程度にまで成長する。そこからの成長は人間と大差無い。約10年の歳月をかけて徐々に成長し、角が生え、人化の術を身に着け、一人前になっていく。
幼龍が使う人化の術はまだまだ不完全で、所々鱗が残ったりして、元の姿を色濃く残す場合が多い。ある程度成長してくると、ほとんど人間に近い姿に自身を変えることができるようになる。角だけは龍族の誇りとして残す場合が多い。そして一人前の龍族ともなると、爪や牙、翼だけの部分的解放を自由自在にこなすようになる。
くーちゃんはまだ生後一年。人化の術を完璧な形で扱えるだけでも驚きだというのに、その上部分開放まで……。
驚異的な成長速度だ。さすが、龍神の子。
「くーちゃんはすごいなぁ! もう羽を生やせるなんて! でも、お外ではやっちゃ駄目だからね?」
「どうして?」
俺は返答に困った。
そもそも、その姿の方がくーちゃん本来の姿に近い。それを否定するのは道理に合わない。しかし、外でその姿をさらせばまず間違いなく面倒なことになる。
ある特殊な事情を抱えるくーちゃんを探し回ってる奴はたくさんいる。この世界には幼龍を狙う悪質な人身売買業者だっている。目立っていいことは一つもない。
俺は必至で考えた。
「……くーちゃん、羽をはやせることはね、とってもすごいことなんだ。みんなができるわけじゃない。だからね、くーちゃん、みんなが『いいなあ』ってなっちゃうんだ。みんなが『いいなあ』ってなったら、『くーちゃんだけずるい』って、くーちゃんのこと嫌いになっちゃうかもれないでしょ?」
「……わかった。くーちゃん、お外で羽出さない」
「わかってくれてありがとう。くーちゃんはいい子だね」
頭を撫でてやる。今度は角に障らないように気をつけながら。
すると、龍族といえど子供は子供、急に睡魔が襲ってきたのか、くーちゃんはすやすやと寝息を立て始めた。
この辺りの急激なアップダウンは、いかに成長が早くても、くーちゃんはまだ幼いということを俺に意識させる。
俺は起こさないようにくーちゃんを布団に寝かせると、部屋の照明を落とした。
おやすみ、くーちゃん。
多分『くーちゃんとの生活』はこれでおしまいです