叛逆の皇女-19
「囲んで各個撃破しろ! 孤立するな!」
城内は既に剣と剣が、魔術と魔術がぶつかり合う戦場と化していた。
アルキドアの重装騎士は確かに強力だが、重装故に動きが鈍い。
鈍重な騎士を援護するために魔術師がツーマンセルを組み、様々な魔術でサポートし、さらにそのツーマンセルが複数集まることで1つの部隊を形成するのが、アルキドアの方式だ。
方式を知っていれば、対策のしようはいくらでもある。
サポート役の魔術師を迅速に始末した後、重装騎士を2~3人がかりで潰す。魔抗銀製の鎧は魔術を通さないから、騎士を攻撃するのは軽装騎士で、魔術師を攻撃するのは私とパーシヴァル、それに一部の精鋭達だ。
ではこちらの魔術師は何をしているかと言えば、彼らもまた、騎士のサポートに回っている。ただし、攻撃魔術による攻撃的支援を中心とするアルキドア方式とは違って、こちら側の魔術師たちが行うのは回復や強化といった支援だ。要所のみを魔抗銀で固めた軽装騎士にならば、魔術は作用する。魔術攻撃に対しては魔抗銀製の手甲等で対応すれば、防御力は遜色ない。
魔抗銀で全身を覆っていない事で支援魔術を受けられるという恩恵を得られるのだが、相手の呪いや妨害魔術も受けてしまいかねないので、一般的にはこの方式は採られない。
それを敢えて採用した理由は、私たちがアルキドアの魔術師たちは妨害魔術の鍛錬を碌にしていないことを知っているからだ。
知は力なり。
古の金言はまさにその通りだ。知識は時として単純な力をも上回る。
「フンッ」
パーシヴァルが剣を一振りする度に直接戦闘に慣れていない魔術師たちは1人、また1人と倒れていく。一応急所は避けているからすぐに死ぬことは無いだろうが、彼らもまた守るべき国民であることに変わりは無い。無駄に死なせたくは無い。ならば、迅速に事を運ぶ以外に方法は無い。
吸血鬼の具現魔術で作ったサーベルを振るう。
「ギャ」
短い悲鳴と共に魔術師が血を噴いて倒れる。
既に衣装は返り血で濡れていた。その血もまた、私の力となる。
これが最後の魔術師だ。
そして、騎士達の大半も既に倒れている。
私が剣に付いた血を払い、戦局を確認したその時、パーシヴァルが叫んだ。
「姫!」
色とりどりの光が私の視界を覆った。
その光と私の間に割って入ったパーシヴァルは、目に留まらぬ速度で剣を振るう。
光と剣が触れ合う度、光は粒子になって散っていく。
「魔魂石を持った宮廷魔術師の連中です。どうかお下がりください」
「いいえ」
パーシヴァルの諫言を拒絶し、私は逆に一歩前に出る。
「私は高い魔力耐性を持っています。仮に当たったところで、ダメージは大きくありません」
「しかし……」
「パーシヴァル、クーデターを完遂するまでは、私もまた1人の兵士。ならば、私も戦わなければなりません」
続々と飛来した魔術攻撃を、私は神級魔術『神壁』で迎撃した。
「……わかりました。それでは、久々に稽古の成果を見せていただきましょう!」
「世代交代の時期が来ていることを教えてあげるわ!」
パーシヴァルが魔術攻撃の渦中に走り出したのに合わせて、私もまた動く。
血の入ったアンプルを取り出して中身を飲み干す。
湧き上がった魔力は、肉体強化と知覚の加速に回す。
主観的に、急にゆっくりと動き始めた世界の中、私は舞う。
魔術には必ず『流れ』がある。魔方陣を起点にして魔力を循環させ、魔術を維持しようとするためには、必然的に魔術1つがシステムとして完成していなければならない。
完成しきらない魔術は威力不足になったり、そもそも発動しなかったりするのだ。
吸血鬼の眼は魔力を見る。
私は加速した知覚で飛来してきた魔術を観測する。
色が違ったのは、それぞれ特定の性質の魔力のみで構成されているから。概ね基本的な魔術色と光球の色は一致している。
私は手近に迫った火炎系の魔力が練り込まれた球の、魔力の『流れ』の結節点にサーベルを突き立て、思い切り魔力を流し込む。
瞬間、全体としての安定を欠いた光球魔術は魔力を散らしながら消し飛んだ。
私達2人に続いて魔抗銀の手甲を備えた騎士達も、光球魔術を魔抗銀で抑え込みながら、徐々に前進していく。
手数の多さに苦戦はしているものの、着実に私達は宮廷魔術師の戦列に近付いていた。
「くっ……」
知覚加速や肉体強化の魔術は魔力の消費が激しい。
私の魔力が尽きるのが先か、それとも私達が宮廷魔術師を潰すのが先か。
ジリ貧の押し合いの最中、突如として城壁が崩れた。
月光を反射して鈍く光る強化魔抗銀のボディ。皮膚を剥がれた人間のような形状の巨体は、赤く不気味に輝く2つの目をこちらに向けていた。
「トール……」
その口元が、白く光り始めた。
噂に聞く、『神殺し』ですら全力をかけなければ防ぎきれないという、魔術的な砲撃が来る。
「撃ち方止め! 撤退せよ!」
巻き添えを恐れたのか、宮廷魔術師は攻撃を止め、城の奥深くに撤退していく。
大量の障壁魔術を回廊に仕掛け、私達の退路を塞いで。
パーシヴァルがオリハルコン製の剣で次々と障壁を破壊するが、どう考えても『トール』の射程圏から逃れることはできそうにない。
万事休すか。
誰もがそう思った、その時。
グシャ、と『トール』が音を立てた。
さらに続けて2度3度と同じような音が鳴り、最後に一際大きな音が鳴ったかと思えば、『トール』は部品を撒き散らしながら崩壊していった。
『トール』が崩れた後、その頭蓋部があった辺りに、男が1人浮かんでいる。
「これで最後だな」
事も無げに平然とそう言った男は、城壁に開いた穴から城の内部に入り込むと、私にぞんざいな口調で言った。
「ご用命通り、『トール』は全て破壊した。お次は何だ?」
「戦列に加わって頂戴。目標は殲滅ではなく、あくまでも突破。活路を開く手伝いをお願いするわ」
「了解した」
男は掌を合わせ、離した。両掌の間に薄く引き伸ばされた金属が見える。
金属は徐々に形を変え、やがて一振りの剣となった。刀身から柄まで、全てが単一の金属でできたイレギュラーな剣だ。
その剣を、男は思い切り投げた。
鞭を鳴らすような空気を割り裂く音が鳴り、剣は回転しながら飛んでいく。
道程にある、魔魂石によって作られた、強力な障壁魔術を紙か何かのように容易く突き破りながら。
甲高い音と共に次々と砕け散っていく障壁を、私たちは呆然と眺めていた。
「どうした。呆けていては殺されるぞ」
これが『魔神』。これが魔術的に加工された、本物の『オリハルコン』。
タカス・ハルト以外に、魔術を究めたその先にあるとされる領域に足を踏み入れたとされるもう1人の魔術師、ジェラルド・アウリカルクムの力か。
『吸血鬼』すら霞むその力の前に、私は一瞬呆然とし、しかし敵陣のど真ん中であることを思い出して我に返ると、再び前進の号令を出した。
最強の戦力を戦列に加えて、侵攻は続く。
♢♢♢
俺の襲撃以降帝都をぐるりと囲む石壁には『魔砲』と呼ばれる魔術的な砲撃兵器が設置されたという情報を掴んでいた。そんな都市にまさか特攻をかけるわけにもいかないので、龍の姿のエアリアとテンペスタさんには、帝都から1キロほど離れたあたりで降りてもらった。
すぐに人化を発動し、2人は人間的な形態に戻った。
夜空には煌々と星が輝き、夜風は張り詰めた峻厳さを持ちつつもどこか心地よい。
帝都を前にして、俺は戦闘前のキリリとした緊張感を持ち始めていた。
と、突然俺たちの前に、刀を差した侍のような見た目の男が現れた。文字通り突然、虚空から湧きだすように。
雷撃のイメージを『投影』しかけたところで、俺はようやく男が誰なのか認識した。
梅宮さんだ。
「高須君、遅いじゃないか」
「……どういうことだ。私は全力で飛んだんだぞ」
エアリアが悔しそうに呟いた。
エアリアの背に乗せてもらってここまで来た俺だったが、いつの間にか後発の梅宮さんに抜かされていたようだった。別にエアリアの飛行速度が遅かったというわけではない。むしろ速かった。俺が『投影』で疑似瞬間移動を繰り返すよりは、かなり。
これは単に、梅宮さんの技量が並はずれているというだけだ。魔術の腕前ならば俺に軍配が上がるが、『投影』では発動速度の点でも応用の多様性でも、俺は梅宮さんの足元にも及ばない。
「で、高須君、気付いてる?」
「ええ。街の様子がおかしいですね」
「こっそり中に入って様子を見てきたけど、どうも外出禁止令か何かが出ているみたいだね。ここだけじゃない。道中の他の都市でも、似たような状況だった」
帝都だけがこの状態ならば、まだ分かる。過去2度に渡ってこの国に攻め入った俺を感知して、戒厳令を敷いた可能性は十分にある。しかし、他の都市までそうする理由は無いはずだ。
『魔神』の力を解放すれば都市1つぐらいは吹き飛ばせるかもしれないが、所詮は個人、攻撃対象はどこか1つに縛られる。全域でこんな風な状況になるのはおかしい。
現状考えられるのは。
「カミラのクーデターでしょうか」
「もしアルキドアが蜂起軍を鎮圧したのなら、残党狩りの哨戒兵ぐらいは居ないとおかしい。……つまり、お姫様は思いのほか優秀なのかもしれない」
「アルキドアの主要都市を既に押さえてるってことですか? この帝都も」
「その可能性が高いね。いいね、手間が省ける」
「でも、梅宮さん、このままだとカミラは死ぬことになります」
「『予知』か。何にせよ、僕たちのやることは変わらない」
そうだ。カミラが優勢でも、アルキドアが優勢でも、俺達の行動の方針は変わらない。カミラの保護と皇帝の捕縛さえできれば、俺の勝利条件は満たされる。
「役割分担をしよう。僕はお姫様を知らないから、皇帝捕縛に向かおうと思う。高須君はお姫様の保護を。お二方はどうされます?」
「私はカミラの保護に向かう」
「俺も自動的に姫様の保護に向かうことになるが……。アンタはいいのかい? 流石に1人ってのは辛いんじゃねぇか?」
「ご安心を。攻城戦とか細かい戦いなら、僕は大得意ですので」
「梅宮さんなら多分大丈夫です。それに、実質2人ですし」
俺は梅宮さんが腰に差している刀を見た。
『あら、私のこと、覚えててくれたの』
刀から涼やかな女性の声が聞こえた。
カーテナと同系統の、魂を内蔵した刀。確か、『アスカ』と呼ばれていた。
カーテナが『フン』と不機嫌そうに声を挙げたが、『アスカ』との間に何か確執でもあるのだろうか。
アハハ、と乾いた笑みを浮かべていた梅宮さんだったが、すぐに切り替えて、飄々とした態度を引っ込めると鋭く真剣な表情を浮かべた。
「決まりですね。高須君も、お二方も、十分に気を付けて。ここからは、『戦争』です」




